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prologue.

他のサイトで投稿していたものをアレンジしていこうと思っています。

拙い文章です。アドバイスなど頂けたら幸いです。

「……ねぇ、お兄ちゃん。ちゃんとあたしの話、聞いてる?」


「……ん。あぁ、うん、ごめん寝てた」


妹、詩雄(しお)の不機嫌な言葉に、兄の詩乃(しの)は寝ぼけながらに答える。微睡み覚めやらず、大きなあくびを一つ。


「信じらんない。可愛い妹の近況報告だっつーのにこの兄の態度。グレそうだわぁマジで」


「いや、もう立派にグレてるから。と言うより犯罪者だから」


ですよねー、あはは。と詩雄は屈託のない笑顔を見せる。顔立ちの良さと子供っぽい幼さが相成って、その笑顔に心を奪われた男性は数知れない。絵に描いたような美少女。

しかし今となってはその笑顔を見れるのは詩乃と、彼女を取り巻く研究員のみとなっている。


――真っ白な箱の中。

この二人を内包する空間は、そのように形容するしかない一室だった。


広さは縦と横に五十メートル、高さ二十メートル、床に壁に天井は全て白一色。詩雄を隔離する為の部屋であり、閉じ込め研究する為の牢獄である。

それだけでも気味悪い雰囲気を孕んでいるのに、中心で山積みにされた書物が特に異彩を放つ。それら全て漫画。全国から集めた漫画を、天井の中心に設けられた開閉式の扉から放り投げた末に形成された本の山。部屋の体積の四割を占めている。何故かと問われれば、中毒と云える程に漫画をこよなく愛する詩雄を、この場に繋ぎ止める為の物だった。その他諸々、理由はまだあるのだが、それはまた今度の話。


その山の端で、詩雄は体育座りをして、膝に片手と頭を置いて、傍らで漫画を開いてペラペラとめくり読んでいた。病衣に包まれ、物静かに読書にふける姿は孤独に感じられる。可憐な一輪の花。しかし言動から察するに、彼女の本質は真逆に位置するのだろう。


「なんだっけ。対物ライフルもクリアしたんだっけ」


「そそっ。バレットぅんたらかんたらとか言う狙撃銃。超かっこよくてさ、衝撃とかハンパ無いんだよ?」


「なんとなくは知ってる。取り合えず、お前みたいに五体満足ではいられないよな、普通」


詩雄はこの室内にて、単純な身体の強度を調べられるのが日常となっている。不定期に“どこまでいける?”という詩雄を管理する室長の問いに対して、彼女なりの見解を伝え、それに合わせた試験が行われている。因みに刃物類では、もう彼女を切り裂く事が出来ない。一部の有毒物質も彼女を苦しめる事が出来なくなっている。


「こっちに向けられた時は流石にチビったけどさ。当たってみれば何のその、やっぱり弾丸ってみんな同じだわ」


「……そりゃあ、お前はな。それと女の子がチビったとか言うな」


「女の子だってチビる時はチビるんですぅー」


つーんっ、と詩雄は唇を尖らせ、漫画を読み続ける。今年で十七歳になるのだが、やはりそういった態度には幼さが垣間見える。彼女に至ってはあからさまにも見えるのだが。中学卒業と共にここで過ごしている故の心の未熟さだろうか。


『おい。お兄ちゃん。そろそろ時間だ』


その時、室内に声が響き渡った。マイクを通しての乾いた音声。それは女性のものだったが、音はとても低い。おまけにドスが利いている。お兄ちゃん、という部分もどこか馬鹿にした言い方だった。


「ありゃ、クロちゃ……黒色(くろいろ)さんだ。もうそんな時間か」


「……なんか全然会話した気がしないんですけどぉー。てか、お兄ちゃんほとんど寝てたって事じゃん。一時間しか無いのにぃぃぃ」


「漫画見ながら喋ってる方も悪いんだよ。――じゃ、もう帰るわ。ああそうだ、この漫画貰っていいか?」


「……何故に十四巻」


「無くしたんだよ。いやぁ、丁度よく手に入ってラッキーだぜ」


詩乃は漫画を持って立ち上がると、足早に出入り口へと歩き出す。


「ちょちょちょ、何でいつも逃げるように帰るのさあ!」


「だってもう夜遅いし。眠いんだよバーカ」


「ムカッ。唐突に馬鹿とかムカッ。……ちょこっと、怒りモード……」


「げっ」


ふざけたような独り言だったが、しかし詩乃は失敗したとばかりに後悔する。詩雄はとても短気だった。恐る恐る振り向けば、それは直立して自分を睨んでいた。猫が獲物を捉えたかの如く。

一番に際立って目につくは彼女の髪。薄い茶色で、身長の三倍も長い髪。暇潰しに伸ばしているらしく、顔も体も半分は覆い隠されていた。所々が裂けたローブを病衣の上から被っているかのよう。


「わ、悪かった。ほら、人間だれしも眠いと自分で思ってもいない言葉が出ちゃったりするだろ。言葉のあやだって。と言うよりこんな事で怒るなよ」


「逆ギレですかあ?」


ますます詩雄の表情が強張ってゆく。


「ちょ、待っ――く、黒色さん!やばいって。見てんだろ!?」


『ああ、見てる』


「冷静に答えないで下さいよ!俺いまかなり危険なんですけど!?」


『ただの兄妹喧嘩だろ。無粋な介入などせんよ』


「いやいやいや!下手すると俺死んじゃうってば!」


『ほぅ』


「ほぅ、じゃねぇよ!」


切羽詰まった詩乃の言葉に対して、その声はとても落ち着いていた。その姿勢はこう告げている。お前なんかどうでもいい、と。


「はい。ジャーーンプッ」


戯れるように宣言し、詩雄は跳躍。高々と上昇して、天井を蹴りつけ、詩乃目掛けて落下。


「うぅうおおお!?」


詩乃は必死に撤退した。その直後に、彼が立っていた場所に重低音を響かせて詩雄は着地する。


詩乃は後ろを確認もせずに、撤退の勢いのまま全速力で出入り口を目指す。幸い距離が離れている訳でも無い。このままなら逃げきれる。


「よいしょ」


事は無かった。数十メートルの差を一秒で無くすなど、詩雄にとって造作もない。

足を引っ掻けられた詩乃は盛大に転げ回る。回転が止まり床に打ち付けられた痛みにもだえていると、始めからそこにいたかのように、詩雄は彼を眺めていた。仰向けの兄と佇む妹の目が合う。


「……パンツ見えてんだけど」


「!?」


慌てて詩雄は裾を押さえる。


「……エロ兄貴」


「妹のパンツなんかに欲情しねぇよ」


『そこまでだ』


そこで、二人を止めるべく音声が割り込む。今度は男性の声だった。


『詩雄くん。そのまま続けると言うのなら、君が好んでいる漫画を一つ、投下するのをやめる事になるぞ』


「うえっ……」


詩雄の表情はバツが悪そうだった。男性の警告は彼女にとって困るもののようだ。まぁ、何より詩雄の漫画好きを理解している上での警告な訳だが。


「ふぅ……。まっ、そういう事だ。確かに今回は俺が悪かったよ。ごめんな」


「……急に優しくされても困るんですけど」


中断された事もあり、詩雄の高ぶりは収まっていた。まるで大人に怒られて拗ねた子供のよう。


「今度はちゃんと聞いてやる。それでいいか?」


「…………んっ」


詩雄は膝を折って屈む。そして小指だけを立てた華奢な手を詩乃の目の前に出した。それに応えて、詩乃も同じように手を差し出す。

二人は小指を合わせる。馴れた手つきだ。妹の機嫌が悪くなった時はいつもこうしているのだから当然と言えば当然。幼い頃からの、二人だけの仲直りの契り。


――かくして。


不可思議でいて奇妙な兄妹喧嘩は、これにて丸く収まった。

超人的な妹を持つ兄、詩乃のしがない日常の、ごく一部の出来事である。

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