第94話 「俺たちの戦い」
魔物――獣人族たちは、俺たち歯向かった村人に向かって猛然と突撃してくる。
近づかれたらおしまいだ。俺は白い衣を脱ぎ捨てながらバインダを開いてカードを取り出した。
「オンリーカード・オープン! 【レイズアップ・ホール】!」
直後にドレイクが叫ぶ。
「そいつは落とし穴だ! 注意していれば食らうことはない。皆、自分の足元だけに注目してやつらに突撃せよ――アァアアアアアー!!」
かつてドレイクに仕掛けたときよりも遥かに巨大な穴が広範囲に出現し、前方の地面を丸ごと陥没させる。
さらにもう一度。【レイズアップ・ホール】の二連打で穴に落とせた獣人族は約半分といったところか。
村人たちはクワや硬い木の棒、それもないやつらは椅子などを手にしている。そんなもので魔物に接近戦を挑むのは危険すぎる。
「お前たち! 手にしたものをとにかく投げつけろ! それがなくなったら石を拾ってブン投げるんだ! 火種があるやつらは俺の合図を待て!」
俺は腕を掲げて指示を飛ばす。もしかしたら敵前逃亡をした俺の言葉なんて聞き入れてくれないかとも思ったが、しかし村人たちは皆ラースのように、俺がひとりでドレイク軍に攻撃を仕掛けていったことを知っていたようだ。「任せてくれ!」となんの疑いもなく応じてくれた。
どいつもこいつも無垢すぎる。まったく。
手に持った武器を放り投げる村人たち。一度きりの遠隔攻撃だが、獣人たちはビビったように勢いが削がれる。戦闘技能がなくても、村のパワーは相当なものだ。あとは石を投げてもらおう。こちらは数で優っているんだ。石を投げ続けるだけでも、相当なプレッシャーのはずだろう。
そこに俺はライトクロスボウの矢を放ち、援護する。ボルトは獣人の足に突き刺さった。地面に倒れ込んだ獣人はその場を転がった後、あとからきた獣人に踏まれてもみくちゃになっていた。これでさらに人数が減ったな。
しかし先頭部隊は間もなく俺に到着する。ここからは接近戦だ。俺は【ラッセル】から【レッド】にカードを切り替える。
四匹の獣人が俺に向かって飛びかかってきた。
「――兄ちゃん!」
俺を心配するラースの声が飛ぶ。心配いらん、任せておけ。
バインダを閉じて手のひらから消失させると、俺は腰につけたドラゴンボーンソードを握る。
「タン・ポ・ポゥは剣技の使い手だってことを覚えておけ! お前たちの血で死出の華を咲かせてやろうではないか!」
「抜かせ、偽者が!」
魔物に向かって、俺は笑いながら告げる。
「ほう、偽物かどうか試してみるがいい! ただしこの俺によって斬り殺された者は永遠に植物地獄において俺の植えたタンポポに養分を吸収されて生きながら無限の苦しみを味わい続けるハメになっちまうだろうがな!」
「ええっ!? それマジで!?」
「ヤダコワイ!」
ほら、魔物たちの足が鈍った。
ざんっと抜き放った初太刀は、無防備に飛びかかってきた一匹のコボルトの首を刎ねた。さらに返す刀でギョッと目を見開くミノタウロスの胸を貫く。
一瞬にして二匹を仕留めた俺に、ケンタウロスは剣を叩きつけてきた。俺はその剣を受け流す。手にしびれが走った。いくらレッド隊長が剣の使い手でも、俺の身体能力が強化されているわけじゃないんだよなあ!
打ち合いになったら負ける。俺は空いた手に再びバインダを呼び出す。片手でバインダを開き、指を滑らせてカードを引き抜くと、その一枚をケンタウロスの顔面に叩きつけて叫ぶ。
「オンリーカード・オープン! 【エナジーボルト】!」
顔面に魔力の塊を浴びたケンタウロスはのけぞり、そのまま地面に倒れた。そうこうしている間に落ちたバインダを何者かが拾い上げていた。
「ひっひっひ! 見ていたぜ! お前の魔法はこれで使うんだろう! これさえいただけばお前なんぞ窮鼠だ! ひっひっひ!」
突撃してきた四人のうち、最後の獣人だ。リザードマンであった。口から舌をチロチロと出しながら、蛇人間は目を細めて笑う。
俺は拳を握ってさも悔しそうに叫んだ。
「く、くそう! そのままじゃ魔法が使えない! なんて野郎だ! 俺の弱点をこんなに早く見抜くとは! とんでもない慧眼だ! まさかお前は隠された魔王軍の実力者なのかー!?」
リザードマンも調子に乗った。
「ひっひっひ! そうとも! 俺様はあのドレイクさまの甥にして、魔王軍の見回り班に配属されたスーパーエリート! いずれは間違いなく見回り班長に昇格するであろう俺様の名は――」
俺は左手の指を鳴らす。するとリザードマンががっしりと掴んでいたバインダは次の瞬間、俺の手の中に収まっていた。悪いけどこのバインダ、出したり取り寄せたり自由なんだよね。
バインダを奪われたことに気づいていないリザードマンに向けて、俺はカードを唱える。
「オンリーカード・オープン。【ホール】【ホール】【ホール】」
「俺様の名は――アァァァー!!」
謎の男は暗くて狭い穴の中に落ちていった。魔王軍、こんなやつばっかりだったらいいのにな。
さて、そろそろか。出鼻をくじいたところで、後続がレイズアップで作ったホールの中から抜け出そうとしている。
俺は村人たちに叫ぶ。
「今だ! 穴に向かって松明を投げろ!」
『おー!』
放物線を描いて放り投げられてゆく松明。毎日畑仕事をしているだけあって、筋力は相当なものだ。俺はそれに合わせて、バインダからカードを三枚抜き取った。
相当魔力を使っちまいそうだが、ここで一押しだ!
「【ダブル・ゴーレム×オイル】! いけ!」
次の瞬間、地中から現れたのは油まみれのゴーレムだった。
「その身に炎をまといしゴーレム! タンポポ神に仇為すすべての敵を討て!」
「もうタンポポ関係なくね!?」
魔物が悲鳴をあげたが、そんなのは無視だ。
真っ黒な液体を滴らせながら、ゴーレムは地面を力強く蹴る。松明の火を浴びたゴーレムは直後、大炎上した。まるでその姿はファイア・エレメント。炎の塊となったゴーレムは、穴に飛び込む。穴の中から魔物たちの悲鳴があがった。
よし、いいぞ。
さらに残る松明にも【オイル】を浴びせ、火の壁として有効利用する。これでしばらくは魔物も近づいてこれないだろう。飛ぶ魔物がいないのはありがたい。
戸惑う魔物たちに向かって、村人たちは次々と石を投げる。投石って意外と強いんだよな。下手したらそれで死んじまうことだってあるぐらいだし。
「俺の魔球を見てくれ! バーニング髪型カッコいいだろボール!」
村人のひとり、あの妙に素敵な髪型をした男が振りかぶって投げた石は、穴から這い出てきた魔物の顔面を直撃した。かっこーんと音がして魔物は再び穴に落ちてゆく。
凄まじい速度だった。なんだあいつの肩……。もとプロ野球選手なのか? それともこれが畑仕事の力か……!
俺もじりじりと下がりながら、ライトクロスボウで支援する。穴の中ではゴーレムが善戦しているためか、こちらに飛びかかってくる魔物は一匹、また一匹と少なくなってゆく。
穴の中にはゴーレムが。外に出れば投石の雨あられだ。結構嫌な気分だろう、これ。
うまくいくかもしれない。村人をひとりも傷つかせずに、魔王軍を退却させられるかもしれない。俺は【村人】というカードを操っての戦いと、盤面のコントロールに手ごたえを覚え始めていた。
そんな戦闘の最中に、クルルとラースが駆け寄ってきた。
「兄ちゃん! やっぱり兄ちゃんはかっけえよ!」
「マサムネさん、あの、本当に……ありがとうございます!」
人に感謝をされるのは、あまり慣れていない。俺はライトクロスボウを打ちながら、小さなため息をついた。
「本当は戦うなんてのは、愚の愚だ。戦わずに勝てればそれが一番いい。すまねえな、ラース。この平和な農場を戦いに巻き込んじまってさ」
ラースは首を振った。
「なに言ってんだよ、兄ちゃん! この村はおれたちの村だよ! おれたちが守るのは当たり前じゃないか! それなのにひとりで行って、兄ちゃんは本当に水臭いんだからさ!」
「そうか」
俺は口元を緩め、ラースの頭を乱暴に撫でた。
「だったら今度こそ守れよ、お前はお前の力でな」
俺の視線の先にはクルル。それに気づいたラースは口元を引き締めて、大きくうなずいた。
「うん!」
次の瞬間だ。
ドーンと大穴からなにものかがこちらに向かって吹っ飛ばされてきた。
あぶね! 俺はラースとクルルを抱いてその場を転がる。
すると地面にぶち当たったなにかが土をまき散らしながら砕けた。
それは俺の呼び出したファイアゴーレムだ。まさかこんなに早く?
俺が見つめる先。炎に照らされて一匹の男が穴から飛び出してきた。両手に剣を握り締めたその男のシルエットは、今まで見たことがない。ドレイクかと思ったのだが、違う。
その男は口を開いた。
「くくく、まさかこの形態を使わされるとはな、タンポポ神」
「……ドレイクなのか?」
ゆらめく炎を一太刀で断ち切り、ドレイクはさらにこちらに向かって来る。その姿は一回りほど大きくなっていた。さらにトカゲの頭から角が生えて、より猛々しい風貌に変わっている。あれじゃあリザードマンというよりも、まるでドラゴンだ。
ドレイクは剣を払いながら、さらに近づいてくる。
「タンポポ神に苦汁をなめさせられてから、故郷のジャングラに帰った俺は、さらなる修業に身を投じた。そうして、ようやく新たなる力を手に入れたのだ」
とんでもない力を感じる。こいつはまるで七羅将に匹敵するほどのプレッシャーだ。
「俺はもはやただのリザードマンではない。この俺の身はドラゴンウォーリアと化した! 俺は今ここで、この双剣――アグナの剣と、グテナの剣を用いて、お前を殺す!」
ドレイクは両手に握った剣で俺を差す。
「そう、俺は神殺しを為すのだ!」
「くっ――」
やばい。こいつは今までの雑魚とは格が違う。
俺は胸を押さえながら一歩退いた。
こいつを倒さない限り、俺たちに勝利はないだろう。俺はドラゴンボーンソードとバインダを強く握り締めていた。
俺がなんとかしなければならないな……!




