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第90話 「スローライフ・エンドロール」

 それから六十年の歳月が経った。


「ねえねえ、マサムネおじーちゃん! 冒険の話を聞かせてよ!」

「あたしもあたしも! ねえねえマサムネおじーちゃん!」

「ふぉふぉふぉ、そうじゃな……」


 俺は揺り椅子に腰かけながら、伸びた髭を撫でる。


 ラースとクルルによく似た子どもたちに、きょうはどんな話をしてやろうかな。


 俺がこの村にクッション革命を起こしたことか。あるいは小さなパン屋を世界一の名店にしてやったことか。それとも、無限にオイルを作り出す能力を作って、この世界に産業革命を巻き起こしたことか。


 いや、どれも話したことがある気がする。


 なんだかきょうは頭が冴えている。だったらあの話をしてあげよう。


「じゃあきょうはとっておきの話をしてやろうじゃないか――」

「えっ!?」

「なになに!?」


 ふたりの子どもたちは目を輝かせながら俺に飛びついてきた。


 俺は結局この村に骨を埋めてしまった。魔王はどこかの誰かが倒したらしく、世界は俺の知らないところで平和になった。


 別に戦うだけが人生じゃない。畑を耕しながら、日々を生きてゆく。幼い子どもたちの成長を見守ってゆく暮らしは、なにものにも代えがたい。俺は知らなかったが、世界はこんなにも美しかったのだ。


 俺はゆっくりとまぶたを閉じた。


「あれ、おじーちゃん……?」

「どうしたのおじーちゃん? お話は?」


 そこに聞きなれた声がした。


「ヒース、メルル、おじいちゃんはちょっと疲れているみたい。あっちで遊びましょう?」

「えー、お話―!」

「お話聞きたかったー!」


 いや、別に俺は眠くなんて……。


 でも、なんだろう。全身に力が入らない。こんなに気分がいいのに。まるで体が温かいお湯に浮かんでいるようなのに。


「ほら、いきましょう」

『はーい、クルルおばあちゃんー!』


 人の気配が遠ざかってゆく。


 でも、なんだか心は満ち足りた気分だ。


 俺は精いっぱい生きたよな、うん。


 こんな最後だってきっと、悪くないはずだ。


 そう思っている俺のまぶたから、涙が一滴こぼれ落ちる。


 どうしてだろう、この気持ちは。


 俺の脳裏に三人の少女の顔が思い浮かんだ。あの日、喧嘩別れをして以来、一度も会えなかった。彼女たちは幸せな天命を全うできただろうか。


 ただ、ひとつだけ心残りがあったとしたら――。


「最期に一度ぐらい……、女性に触れてみたかった……」


 この日、俺は死んだ。


 藤井正宗、享年77才。


 ――生涯童貞であった。



「うああああああああ!」


 俺は飛び起きた。ひどい夢であった。普通ああいうのって俺の子どもとかが出てくるんだろうが。なんなんだよ、生涯童貞ってなんだよ。ふざけんなよ。せめて夢でぐらい幸せになってくれよ。


 くそう。


 翌朝、俺はつい朝早くに目覚めてしまった。


 昼まで寝る主義の、俺としたことが……。これも昨夜早く寝てしまったからだ。廊下からドタドタと階段を駆け上ってくる音がした。恐らくはラースのものだろう。ていうか絶対ラースだ。


 勢いよくドアが開かれた。そこにいたのは意表をついてナル! とかではまったくなく、なんのひねりもなくラースだった。お子さまは朝から元気だなー……。


「お、兄ちゃん起きてんじゃん! よし、じゃあきょうは外で剣の稽古しようぜ! なあ兄ちゃん、おれに剣を教えてくださいお願いします――」


 頭を下げたラース。その背後にぬっと現れる奥さん。


 奥さんは柔和な顔を保ちながらも、ラースの脳天に拳骨を落とした。星が飛び散り、痛そうな音が響き渡った。ラースはその場にうずくまる。


「ラース。お客様を朝早くから起こしちゃいけませんよ」

「~~~~~っ! 母さん、痛えよおおおお!」

「ほら、いきますよ、ラース」

「うわああああああああああああん!」


 奥さんはラースの首根っこを掴んで引きずってゆく。なにげに母としての一面を垣間見てしまった。怒ると怖いんだな、奥さん……。


 徐々に遠ざかってゆくラースの悲鳴を聞きながら、俺はもう一度寝直そうと思ってベッドに潜り込む。


 しかし、寝付けない。なんということだ。早く寝たら人間は早く起きてしまうものらしい。そうだったのか、知らなかった……。


 俺はため息をついて、ベッドから起きた。仕方ない。ラースと遊んでやるとするか……。



 朝食を取ったあと、犬みたいにはしゃぎまわるラースを連れて、俺たちは村はずれの空き地に来た。


 するとそこにはもうすでに、大小さまざまなガキたちがうようよしていた。俺をまとめて襲って来たガキどもか。ラースは鼻をこすりながら胸を張って笑う。


「ここはおれたちの秘密基地ちゅうとんちなんだぜ! へへっ」

「ふーん」


 草を編んで作ったらしいテントみたいなのがぽつんとあるだけだ。中を覗くと布が敷いていたりするが、やはりどこまでもぼろっちい。


 まあそうだよな、この世界には段ボールもねえしな。秘密基地って言ってもこの程度の出来か。


「よーしお前ら集まれー!」


 ラースが声をかけると、ガキどもがわらわらと集まってくる。数えてみた。十二人もいる。この村の子どもすべてだろうか。


「へへっ、どうだ兄ちゃん。おれこの村で隊長をやっているんだぜ。ごっこ遊びなんかじゃない、本気でやってんだ! すげーだろ!」

「なるほど」


 俺は自慢げなラースと子どもたちを見下ろしながら、腕を組んでうなずく。


「子どもにしてはよくやっているようだが、まだまだだ」

「な、なんだよそれ!?」

「そうだな、足りないものは山ほどあるが、しいて言うならば考える力が足りていないな」

「なんだって!?」


 俺はしょぼい秘密基地の前に立って、カードバインダを呼び出した。


「おおっ」と辺りがざわめく。俺が魔法を使うときにこのバインダを手にすることは、もうみんなに知れ渡っているようだ。ちびっ子たちはなにか面白いことが起きるんじゃないかと、期待を込めた視線で俺を見上げている。


 俺は口元を緩めながら、バインダを掲げた。


「今から俺が、本当の秘密基地というものを、お前たちに見せてやろう!」



 俺は【ホール】を使って、地下室を作ることにした。


 だがホールで作れるのは直線の穴だけだ。中の工事は手作業でやる必要がある。だが、今の俺は昔と違う。手札が揃っているからな。


 土を掘るのは【ゴーレム】に任せ、掘った土を【ホバー】で地上に捨て、どんどんと地下室を拡張してゆく。


 子どもたちは目をキラキラさせながら俺の手伝いをしていた。


「すげえ! すげえや兄ちゃん!」

「ぼす! このひとすごい!」

「ニューぼすだ!」

「ぼくたちのきぼうのほし!」

「びっくばんがおきた!」


 わさわさと動くガキに指示を与えつつ、俺は次々とカードを使用する。


 ゆるんだ土に【グリス】を使って、粘着させたり。入口は例によって【タンポポ】を編んだシートを使って隠させる。これには手先の器用なちびっ子の女の子たちを借りた。彼女たちは夢中になってタンポポを編んでいた。


 さらに内装として、先日に手に入れたばかりの【クッション】を連打し、内部にクッションを敷き詰めてやった。ふっかふかだ。子どもたちは大喜びだった。


「どうだラース! これが本当の秘密基地ってもんだ!」


 俺が両手を広げると、ラースは拳を握りながら何度も何度もうなずいていた。


「兄ちゃんすげえなあ! さすが七羅将を倒した伝説の冒険者さまだ! 一億年にひとりの才能を持った魔法使い! あのイクリピアの第一王子のランスロットさまも下僕なんだもんな!」

「まあな!」


 話がどんどんとでかくなってゆく。俺が否定しないからなのだが。まあこれはこれで気持ちがいいしな!


「よし、次はここを掘るぞ! お前ら力を貸せー!」

『はい、ニューぼす!』


 俺はガキを引き連れて、拡張工事に挑む。


 服は泥だらけになっていったが、そのかいもあって、中は家族が暮らせそうなほどに広くなっていったのである。



「ラースくん、お兄さん、おひるごはんだよー」


 クルルが呼びに来た声がする。俺とラースは慌てて梯子を上って、地上に頭を出した。


「……なにをしているの? ふたりとも、空き地にそんな穴を掘って」

「いや、これは、なんでもないんだよ、なあラース!」

「う、うん! そうそう、だから母さんとかになにも言わなくていいから! クルル!」

「ばかやろう! 余計なことを言うんじゃねえラース!」

「はっ、ご、ごめん兄ちゃん!」


 俺たちがそう言っていると、クルルは困ったような顔をしていた。


「だいじょうぶです。これから外で水汲みにいってきますから。いや、そうじゃなくても、言いませんけど……。でも、なにをやっているんです?」


 ラースはニッと笑う。


「秘密基地作っているんだ! 秘密だぞ!」


 思いっきり言っているな、こいつ。俺まで奥さんに怒られるのは嫌だぞ!



 服を泥だらけにして帰ってきたラースは、またも奥さんに叱られていた。ちなみに俺の服も泥だらけになっていたが、そちらはなにも言わずに微笑んで洗濯に回してくれた。キモが冷えました。


 そんな風に俺は、午前中はラースの秘密基地作りを。午後からは村人たちに呼び出されてその悩みを解決していった。


「おっ、マサムネさん、昨日は世話になったな!」

「マサムネさんじゃねえか! きょうはどこ行くんだい? まさかまだ旅に出ねえよな? もうちょっと村でゆっくりしていってくれよ!」

「よう、マサムネさん! 今晩、宿に酒持っていくぜ! なあに、昨日の礼だ!」


 そんな風に、俺は歩くだけで声を掛けられる。あんなクズカードが誰かの役に立つなんて、思ってもみなかったな。気分がいい。


 ピースファームの風は気持ちいい。暑すぎず寒すぎず。土と草の匂いも俺の胸の隙間を埋めてくれるようだった。


 ホットランドでの魔王討伐戦の日は、明日に迫っている。


 ここからじゃきっと間に合わない。でも、今から急げばもしかしたら間に合うかもしれない。微妙なタイミングだった。


 だが……。


 別にもう俺が行ったところで、仕方ないだろう。


 世界中から選りすぐりの実力者が集まっているのだ。その中に俺が加わったところでな。


 俺がいなけりゃナルやキキレア、ミエリは活躍できないかもしれないが、それならそっちほうがいい。あいつらが危ない目に遭うよりは、ポンコツ扱いされて端っこに追いやられているほうがマシだ。


 と、気がつけばあいつらのことを思っている自分に気が付いて、俺は苦笑した。


 それも仕方のない話だ。だって俺はこの世界にやってきて半年以上、ずっとあいつらと一緒にいたんだから。


 バカやって、笑って、ピンチになって、なんとか乗り切って、貧乏になったり、金持ちになったりして。そんなことを繰り返しながら、こんな遠くまでやってきたんだ。


 童貞を捨てるだとか、捨てないだとか。そんなことにこだわっていた自分がなんだか遠いもののように思えてきた。


 俺はじっと手を見下ろす。


 改めて実感がわいてくる。俺はパーティーメンバーだけじゃなくて、数少ないこの世界の友達も失ってしまったんだな、って。


 小さくため息をついた。ホント、男ってバカだわ。目先の性欲に抗えない生き物なんだな。やっぱりもうちょっと慎重に生きればよかったのかもしれない。


 ちょっぴり後悔の味がして、俺は唇を噛んだ。


 と、顔をあげた俺は村が妙に騒がしいことに気づいた。みんなが門のほうに走っている。いったいどうしたんだろう。


「なあ、なにかあったのか?」


 俺は適当な村人を掴まえて尋ねる。そいつはとびっきり素敵な髪型をしたあいつだった。すると――。


「あ、マサムネさん! 大変なんだ!」

「わかったわかった。今度は誰の寝癖がひどいことになったんだ?」

「違う!」


 バインダを呼び出しながら言う俺に、素敵髪型男は血相を変えて叫んだ。


「魔王軍がやってきたんだ! この村が狙われている!」


 なんだと。

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