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第9話 「竜を穿つ者たち」

 ギガントドラゴン。

 それは通常のドラゴンとは異なり、地上での行動に特化したドラゴン種であった。

 通常のものよりも何倍も巨体で、凶暴。

 その大きな体とは裏腹に動きも機敏で、さらに大地を薙ぎ払うような必殺のストーンブレスを吹き出すという。


 めったに人里に現れることはなく、その名は恐怖とともに知れ渡る。

 魔王軍の何者かが放ってきた刺客だとも言われているようだ。

 最初の町の近くに、すげー強いボスを配置するとか、なんて汚い野郎だ魔王。


 実際、三度繰り出された大規模討伐隊のそのすべてを返り討ちにし、今なお、近くの森の深くに眠っているらしい。


 下手に町を襲ってこないで、嫌がらせにとどまっているのも厄介だ。

 もし町にワンパンでも入れようものなら、王国上の冒険者と騎士団がギガントドラゴンを討伐しに来るだろうに。

 まあ、もう向かってきているのかもしれないけどな、ナルがここにいるってことは。


 とまあそんなわけで、初心者がどれだけ束になってかかっても倒せるはずがない相手だ。

 本来なら、な。


「まったくもう、マサムネくんは心配性なんだから。大丈夫大丈夫、大船に乗ったつもりでいてよ。こっちには竜特攻の宝弓『竜穿』があるんだからねー」

「……まあな」


 俺たち三人(ふたりと一匹)は森の中を歩いていた。


 エルフ族の弓使いナルルースに緊張はない。

 むしろ彼女は、その竜退治のスペシャリストだ。

 猫駆除の業者が猫を恐れないように、彼女もまた竜を恐れてはいなかった。


 冒険者として活動を始めたのはつい最近だというナルは、まだ駆け出し。

 カードに記載されたレベルは、1であった。


 しかし、同じくカードに記載されているそのステータスは俺のと比べても飛び抜けている。

 特に『力』と『身の守り』は成長限界値であるMaxに近かった。


 宝弓を引き、矢を放つほどの膂力。

 いったいどれほどのものか、まるで想像できん。

 その弓から放たれる矢は、まさしく一撃で竜の腹を突き破ってしまうのかもしれない。

 試しにその辺りを射ってみてほしいが。


「エルフのあたしが、自然や動物をむやみに壊したり、殺したりするわけないでしょー」


 とのことらしい。

 辺りには魔物の気配もなかった。

 ギガントドラゴンの影響だな。


 鬱蒼と茂った森には、わずかな木漏れ日が差し込むだけだ。

 なのに不思議と緊張感がないのは、ナルの雰囲気のせいだろう。


「あたしのいた森とはちょっと違うねー。これぐらい年若い森だと、むしろ森っていうか、村って感じかなー。あ、コバワリ草だ。あれって根っこを炒ってかじると結構イケるんだよねー」


 ナルは生えている木だの草だのを指差しては、勝手にぺらぺらと喋っている。

 散歩に来たんじゃないんだから、お前。


 だが、巨大な弓を抱えながらひょいひょいと木の隙間を潜り抜けてゆくさまは、さすが森の民といったところか。

 ミエリなんて、獣のくせに歩くのは嫌だからって、ナルの肩に乗っているからな。


「でもさすがだね。森を歩いて、あたしについてこれるなんて。ちょっと見直したよ。見かけよりずっと体力があるね」

「いやまあ」


 それは【ラッセル】のカードの力だな。

 俺は頬をかく。


 そんなときだ。

 森の中に、不自然な一本の道があった。

 いや、これは道じゃない。

 木々がなぎ倒されている。


 それに、何者かが腹這いに歩いたようなあとがついている。

 とてつもなく巨大な何者かだ。


「竜の通り道だ」


 俺がつぶやくと、ナルは小さくうなずいた。

 日も暮れ始めている。


「きょうはここでキャンプにしよ」


 ナルの提案に、俺も首肯した。




 竜は火を怖がらない。

 どっちみち辺りには獣もいないため、俺たちは火を焚かずに野宿をしていた。


 しかし、森ってマジで暗いのな。

 エルフのナルは夜目が見えているようだが。


 ナルは木の上に乗って寝転んでいた。

 器用だな。


 しかしこの状況。

 町の外で、見知らぬ女と二人っきりって、実は危ないんじゃないだろうか。


 もし彼女の言っていたことがすべてデタラメで、快楽殺人者のような存在だった場合。

 俺はここでナルに殺されてしまうということもあるんじゃないだろうか。


 いやいやまさか。

 ここは現代日本じゃない。ファンタジーな世界なんだ。

 人を殺したければ、わざわざこんな手間をかける必要はない。

 そこいらの村でもどこでも、好きに襲えばいいのだ。


 俺の用心深さが変な方向に作用しているな。

 これはいずれ修正しなければならないだろう。


「どうかした?」


 音もなく、ナルが俺の後ろに降り立っていた。

 なんだこいつ、すげえな。


「さっきから難しい顔をしているよ。ああ、緊張しているのかな」

「……いや、そういうわけではない」


 ナルは人懐こい笑顔を浮かべていた。

 耳がピンと尖っている、エルフ。

 ほっそりとして、抱きしめたら折れてしまいそうな体だ。

 ファンタジー世界の住人が、目の前で小首を傾げているというのは、不思議な気持ちだった。


 しかし、彼女はなんていい香りがするんだ。

 日なたの香りだ。

 こんなに近いと、心までが持っていかれそうな気分になる。


 森でふたりきり。

 他に見ている人は、誰もいない。


 いや、もちろん手を出したりはできないよ?

 別にビビっているわけじゃないけど、ほら俺、慎重派だし。


 ただなんとなく、なんとなくだけど。

 たぶんこのシチュエーションに頭がくらくらしているんじゃないかな、的な、ね。

 自分の判断材料がありませんよ、もう。


「な、なんで顔を赤くしているの?」

「いや……」


 俺はそっぽを向く。

 暗闇でも見えるなんて、ずるいな。


 なんで顔が赤いかって? 俺にもわかんねえよ。

 高校生男子は、女の子とふたりっきりでいると、そうなっちゃうんだよ。


 足元で猫がにゃあにゃあ鳴いている。

 うるせえな、口にパンを突っ込むぞ。


 エルフの美少女は頬をかいて、照れたように笑う。


「そんなじっと見つめられると、ちょっと困っちゃうな……。と、とりあえず、まずはドラゴンを退治してからね。そのあとで、キミにもちゃんとお礼をするから……ね?」

「…………お、おう」


 ドラゴン退治が終わったら、お礼……。

 ちゃんと、お礼、か!


 よし、がんばろう。

 なんだかよくわからないが、燃えてきたぞ。




 翌朝。

 俺たちは再びドラゴンの生息地と思われる場所に向けて、歩き出す。


 ナルが木に登ると、ドラゴンはすぐに見つかった。

 そこから射ればいいのではないかと思ったが、そこまで『竜穿』の射程は長くはないようだ。


 いよいよか。

 準備を整えていこう。


 用心には用心を重ねておかないとな。

 仮にナルがドラゴンを一撃で葬り去ったとしても、準備は無駄にはならないから。


 俺たちはいったん昨夜のキャンプに戻る。

 ナルは怪訝そうな顔をしていたが、これが大事なことなんだ。


「さて、それじゃあ今から大作業が始まるぞ」

「なにをするの?」

「仕掛けを作るんだよ。バインダ・オープン!」

「わっ」


 俺が魔典を広げると、彼女は目を丸くしていた。

 初めて見る力のようだ。まあそりゃそうか。


「な、なにそれ……? キミ魔法使いだったの?」

「まあな」


 説明が面倒だったので、そういうことにしておこう。

 この猫のミエリが本物の転生の女神だとか言ったら、どんな面倒なことが起きるかわからないしな。

 魔法を使わない人にとっては、オンリーカードも魔法も対して変わらないだろ。


 ナルはひとりでドラゴンを倒しに行こうと走り出すのかと思っていたが、オンリーカードの効果が珍しいようだ。

 作業中の俺を物珍しそうに眺めていた。


「へええええ……魔法ってすっごいね。これだけのことを人の手でやろうと思ったら、一か月はかかっちゃうんじゃないかな。キミ、実はいろんなことができるんだね!」

「ん」


 まあな。

 寝癖を直したり、パンを出したり、タンポポを生やしたりできる魔法使いなんて、この世界でも俺ぐらいだろうな……。

 泣けてくる。


 結局、対ドラゴン用の仕掛けを作るために、俺は丸一日をかけた。

 これだけのものを一日で作れるんだから、ポテンシャルはすごいんだよな、ポテンシャルは……。




 さらに翌日だ。


「ドラゴンはまだ動いていない。こちらからいこう」

「ああ」


 俺たちは体に特殊な薬品を振る。

 魔物に気づかれにくくなる効果があるらしい。

 ドラゴン相手にどれだけ有効かはわからないが、とナルは言っていた。


 いいさ。

 こういう準備は大切だ。

 やれることはやっておかないとな。


 近づいてゆく。

 ドラゴンが起きあがったら、俺たちもさすがにわかるだろう。

 あの巨体だ。静かに、というわけにはいかないはずだ。


 静かに走る俺たち。

『竜穿』がわずかに輝いたその瞬間。

 一斉に鳥が飛び立った。


 ドラゴンが起きたな。



 ギガントドラゴンは頭を起こして、左右を見回した。

 その鋭い目が辺りを睨みつける。

 眼光ひとつで森が焼き尽くされそうなほどの迫力だ。

 しっかりと四つ足で地面を踏みしめているギガントドラゴンは、竜というよりはどちらかというと、恐竜のような姿だった。

 体表の色もそれっぽいしな。


 というわけで、ギガントドラゴン戦である。


 その竜が反応するよりも早く、ナルはガシッと地面に竜穿を突き刺した。

 弓の下を固定し、体を倒すほどに強く弦を引く。


 おい、ちょっと待て。

 矢はどうしたんだ、と思いきや。


 矢が出現した。

 まるで破城槌のような巨大な矢だ。


 これがナルの力なのか、あるいは弓の力なのかはわからない。

 だがそれは、間違いなく竜の心臓を貫くほどの威力に思えた。


 ナルルースは渾身の力で弓を引き、そして打ち出す。


「乾坤一擲! 一騎当千! 我がこの弓に、貫けぬものなーし――!」


 空気を引き裂くような音がした。

 それはうなりをあげながら着弾し、辺り一帯を爆砕したかのように土を巻き上げる。


 外した。

 頭を上げたギガントドラゴンがこちらを睨む。

 それだけで風が起こり、木々がざわめいた。

 だがナルの二射目の方が早い。


「乾坤一擲! 以下略」


 それ毎回言わないとだめなのか。

 ナルのバカデカい矢は再び放たれた。

 そして――俺の足元に突き刺さる。


「うおおおおおお!」

「あっ、ごめんね! そっちいっちゃったか! ええい、もう一回! 乾坤一擲!」

「に゛ゃあああああああああ!?」


 さらにもう一射は、ミエリの近くに突き刺さって、土砂を巻き上げる。

 こ、こいつ……!


「えい! えい! えい! えい!」


 彼女が射るごとに、俺たちの周りの地面に矢が突き刺さる。

 気分的には串刺しにされているようだ。

 あと一歩間違えば、この体がバラバラになってんぞ!


「お前狙ってやってんじゃねえだろうなあ! ふざけんなよ! 相手はギガントドラゴンだろ! あんな図体どこ射っても当たるだろうが! 真面目にやれよ!」

「ごめん! ごめんって! おっかしいなあ! きょうは当たんない日だなあ! 待って、待っててね! たまには当たるから!」

「ふざけんなよ!?」


 思いっきり怒鳴ると、ギガントドラゴンがこちらを見た。

 でけえし、こええ!


 ナルはさっきからパスパスと矢を放っている。

 だが、一発も当たらない。


 こ、この野郎……。

 ――屑カードじゃねえか!


「お前、俺を騙していたのか!?」

「竜穿は正真正銘の本物だよ! こいつが当たればギガントドラゴンだって一発だよ!」

「何発射れば当たるんだよ!?」

「当たるときは当たる! 乾坤一擲!」

「うおおおおおおおおおおおおい!」


 叫んだ途端に、俺の目の前にいたナルがギガントドラゴンのパンチ一発で吹き飛んでいった。


「ナルルースーーーーーー!」


 死んだか? 死んじまったのか? 生きていてほしいが。

 ああ、もうだめだ。くっそう。


 なにが凄腕のアーチャーだ。

 当たらないアーチャーなんて、屑カードにもほどがあるだろう。


 騙された。騙された。騙された。騙された。

 俺は内心、舌打ちを繰り返す。


 矢の牢獄から這い出て、ギガントドラゴンの前に立つ俺たち。

 その鼻息だけで、吹き飛ばされてしまいそうだ。

 ちょっとデカすぎんよ。


 どうする、タンポポを出すか?

 タンポポを出して、「俺はタンポポの神、タン・ポ・ポウだ」とか言い出すか?


 ギガントドラゴンの目は真っ赤に染まっていた。

 全然話を聞いてくれなさそう。

 完全に魔物じゃねえか、こいつ。


「こっちにこいよ、ギガントドラゴン!」

「に゛ゃ~~~ん!」


 俺はミエリの首根っこを掴み、猛然と走り出す。

 いいじゃねえか、やってやるよ、ギガントドラゴン。


「準備が無駄にならなくて、よかったよ!」


 ナルがここまで使えないやつだとは、思っていなかったけどな!




 走って戻るのはキャンプの場所だ。

 それまでの間に何度も踏み潰されて殺されそうになったが、【ラッセル】のカードの力で避けることができた。

 このギガントドラゴンは左右よりも真正面のほうが安全だというのは、本当だったな。

 知識が生きた。


 昨日、俺はあらかじめ【ホール】の連打で落とし穴を作っていた。

 その穴にタンポポで編んだお馴染みのシートをかぶせ、一定以上の体重で落ちる仕掛けを用意しておいた。

 聞いた限りの話では、ギガントドラゴンの全長は12メートル。

 時間はかかったが、無事完成した。


 そして今。


 ――ギガントドラゴンは見事罠にかかった。


「どうだおらぁ!」


 そこに俺は火打石でつけた火種を、パンに挟んで放り投げる。

 かぶせておいたタンポポには、十分に【オイル】を含ませてあったため、火はすごい勢いで燃え上がった。

 油は中にもたっぷりあったしな。


 ギガントドラゴンの叫び声があがった。


 よし、いいぞ。

 こいつが普通のドラゴン種ならば、火なんてとても効かなかっただろう。

 だが、ギガントドラゴンは違う。――炎耐性がないのだ。


 落とし穴の中でもがくギガントドラゴンを見下ろしながら、俺は額の汗を拭う。

 とんでもない熱気が立ち上ってきている。


 落とし穴なんて原始的なものにドラゴンが引っかかるなんて意外だが、しかし人間だって落とし穴にかかるんだ。

 しっかりと下調べをし、その習性を調べつくせば、やってやれないことではない。

 これが判断材料というやつだ。


 さて、あとはもう俺のやれることはない。

 初手で最大戦力をつぎ込むのは、勝負の鉄則。


 ここは立ち去り、あとで死体のありさまでも確認しに来るとするか。

 ――だが、ギガントドラゴンはそれだけでは死ななかった。


「――!」


 ドラゴンは穴の中でもがく、もがく、もがく。

 あまりの震動に足がとられて、俺は立っていられなくなった。

 くそっ、なんだこいつ……。

 ホールで作った落とし穴が破壊されそうだ。


 そうだ、俺は失念していたのだ。

 いかに相手を罠にはめて、完全勝利の状況を作ったとしても、だ。


 ――これはカードゲームの勝負じゃない。


 いくらルールにのっとって相手を倒したところで、生きるか死ぬかの戦いなのだ。

 そう簡単に命を諦めて、負けを認める奴なんて、いない。


 ギガントドラゴンは跳躍した。

 尻尾で強く地面を叩き、穴から脱出しやがった。


 ――そんなの、事前情報になかったぞ。


『――ギャオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 天まで震えるかのような雄叫び。

 その叫び声で、俺の体は完全に停止してしまっていた。


 なんだよ、動けよ。

 ちくしょう。こんなところで死んでたまるかよ。


 ギガントドラゴンは焼けたその体で、こちらに向かってくる。

 くそっ、くそっ。


 そのときミエリが俺の頬をひっかく。


「っ、ってぇえな! てめえ!」

「にゃー! にゃにゃ! にゃー!」


 わかっている。

 俺を正気に戻してくれたんだろう。


 だがそのときにはもう、ギガントドラゴンは目の前に迫ってきていて。

 その腕を振り上げていた。


 もうだめだ、と思ったとき。

 俺の体が何者かに持ち上げられた。


「――ご、ごめんなさい、遅くなって!」


 ナルルースだ。



「てめえ、なにがひとりで大丈夫だ! 騙しやがったな!」

「嘘じゃないよ! 当たれば倒せるんだから!」


 ぎゃあぎゃあとわめく。

 ギガントドラゴンに吹き飛ばされたはずのナルは、ピンピンしていた。

 本当に人間の体か? 防御力高すぎるだろう。


「もともと体は丈夫なほうだからね!」


 限度がある。


 ギガントドラゴンは怒り狂いながら俺たちを追いかけてきている。

 間一髪をナルに助けられた俺は、彼女と一緒に走っていた。


「しかしすごいね、あの体! キミがやったんだ!? 大したものだね! やっぱりあたしの目に狂いはなかったんだ!」

「俺の目は狂いまくっていたよ!」


 しかし、なんつータフさだ、ギガントドラゴン。

 どこまで逃げりゃ、引き離せるんだ。


「もう一度距離を取って、遠くから狙い撃つから! 今はいったん逃げよう!」

「どの口が言うんだてめえ!」

「大丈夫! 任せて! あれだけ大きな体だよ! 十発も射ればそのうち当たるでしょ!」

「俺もそう思っていたさ! だが当たらなかっただろうがああああああ!」


 俺は強くナルの腕を引く。

 前につんのめるようにして、彼女は足を止めた。


「ちょ、ちょっと、なに!? 追いつかれちゃうよ!?」

「いいか!? ナル! てめえは屑カードだ! それも当たるか当たらないかという効果が五分五分……いや、命中一厘の失敗九割九分九厘の屑カードだ! 本当の屑カードっていうのは、効果は低いが確実にダメージを与えることができる! 安定性のないお前はつまり屑屑カードだ!」

「ちょっとあんまり屑屑言わないでよ!」


 涙目のナルに、俺はめいっぱい顔を近づける。

 そして怒鳴った。


「だが、どんなカードも使いようだ! 来い!」

「え、え、え、え?」

「俺がお前を使ってやる! お前の戦場は弓の射程じゃねえよ、ここだ! 【ホール】 そして【ホール】!」

「わ、きゃあ、ええっ!?」


 俺とナルはふたりで落とし穴に落ちる。

 狭い穴の中に、押し合いへし合いふたりきり。

 だがもう、女の子の体を感じているような余裕はなかった。

 俺は必死だ。


「ちょ、え、なに!? なに!? あ、やだ!? ちょ、どこ触っているの!? キミ、まさか死ぬ前にあたしと、とか、そういうことを思っているんじゃないよね!? 待って、早まらないで!?」

「俺たちはここだ、ギガントドラゴン! ここにいるぞ!」

「なにー!?」


 すぐにギガントドラゴンが追いついてくる。

 だが、やつの尻尾は太くて短い。このホールにいくら突っ込もうとしても、入るものではない。


 となれば、やつの行動はひとつ――。


「さあ、やれ、ナル!」

「え、えええ?」


 竜穿は真上を向いたまま、穴の真ん中らへんで引っかかっている。

 そんな穴を、影が覆った。

 ギガントドラゴンだ。


 暴竜が大きく息を吸い込む。

 そう、やつは、この穴の中に特大のストーンブレスを放射しようとしているのだ。


 ならば、口は穴の前にある。

 無防備な、その頭部がある――。


「お前の射程はここだ! 食らわせてやれ!」

「――!」


 さすがのナルも気づいたようだ。

 引っかかっている竜穿を掴み、まるで壁に立つようにして弓を構え、そして、思いっきり弦を引く。


「乾坤一擲! 一騎当千!」


 巨大な矢が出現した。

 さあ、ぶちかましてやれ。


 目の前には、いっぱいの竜の口。

 狭い穴の中では、矢もどこにもゆくはずがない。


 決めろ、お前の決定打フィニッシャーを。

 零距離射だ――。


「――我がこの弓に、貫けぬもの無し!」


 ナルの目がカッと輝くと同時に、竜穿はその破壊力を解放した。

 凄まじい音が響き渡る。

 矢が口内を貫通し、その脳へと突き抜けてゆくのが見えた。


 直後、影に覆われたはずの穴からは、空を仰ぎ見ることができた。

 ――青空だ。



 はぁ、はぁ、という息遣い。

 それは俺のものだったのか、それともナルのものなのか。


 ぐったりとした俺が空を仰いでいると、ギガントドラゴンの体から出た一筋の輝きが、フォルダの中に吸い込まれてゆくのを見た。

 そうか、あの灰色のカードに色がついたのか。

 あとで確認しよう。

 今は、ただ、疲れた……。 


 ナルはその柔らかい体を俺に預けている。

 暗い穴の中で、俺たちはふたりきりだった。

 すぐそばに、頬を赤らめた美少女の顔。

 汗をかいて、紅潮していた。


「は、ははは……や、やった……やったよ、キミ……」

「…………ああ、本当にたった一撃だったな」


 俺は深い息をつく。

 ――ナルルースが、見事に竜を穿ったのだ。




 ギガントドラゴンの死体を確認しに来た冒険者ギルドの係員は、その姿を見て歓声をあげた。

 ホープタウンの脅威がついに取り除かれ、そして俺たちはこの町の英雄となった。


 

 ギガントドラゴン編後日談、23日24時更新予定

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