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第77話 「恋人はキキレア その2」

 俺とキキレアは近くの食堂にやってきた。キキペディアの検索結果によるおいしい料理屋らしい。


 ていうか、ここ……。昨日ナルと来たところだな……。


「いらっしゃいませ、二名様ですか? あ、すみません、申し訳ないのですがうちの店は、童貞の方はご利用には……」


 と、顔をあげるイケメンのウェイター。彼は昨日と違う女を連れている俺を見て、ハッとした。


 先日はエルフの美少女。そしてきょうは赤髪の美少女。そう、とっかえひっかえである。俺こそがスーパー童貞だ。


 俺はなにも言わずにうなずく。彼もなにかを察したように深くうなずいた。俺たちの心は今、通じ合っていた。


「こちらへどうぞ……、お童貞さま」

「ああ、ありがとう」


 奥まった席に案内され、俺はひと時のVIP気分を味わう。そんな俺を見たキキレアは、首を傾げていた。


「あんた、あの店員さんと知り合いなの?」

「ま、男同士だからな」

「???」


 俺が見るとウェイターは敬礼をしていた。それは心の底から尊敬する男へ送る、彼なりの敬意の表し方だったのかもしれない。



 キキレアに「そんなに肉ばっかり食べていないで野菜もとりなさいよ」だの「ほら、リキリの実よ。この果物はちょっと酸っぱいけど、滋養効果があるんだからね。ほら、一息に食べなさい、ほら」だの、お前はオカンかと言いたくなるような食事を終えて。


 腹を膨らませたあと、俺たちは店を出て大通りをぶらついていた。


「あ、なんかマサムネ、面白そうな飲み物が売っているわ。恋人同士の運勢を占う、フォーチュンジュースだってよ」

「ん、露店か」


 ひとつ銅貨5枚だそうだ。結構高い。俺、こういう怪しい飲み物好きじゃないんだよな。新発売のジュースとか、絶対に手を伸ばさない性分だし。慎重に買うかどうかを迷いたいもんだが……。


 だが、キキレアは俺の横でウキウキと物珍しそうにジュースを眺めていた。しょうがない。


「おっちゃん、このフォーチュンジュース一個くれよ」

「ああ? 悪いけど童貞に売るようなもんは――お、おんな連れェ!?」


 おっちゃんは目を剥いていた。キキレアはきょとんとしている。悪いな、俺はただの童貞じゃないんだ。


「し、失礼しました! お童貞様、どうぞこちらです! へへー!」

「お、おう」


 銅貨を差し出して、果実の中身をくりぬいて作ったであろう器を受け取る。その中には、ピンク色の液体と、さらに二本のストローが飛び出ていた。


「ほらよ、キキレア。たんと飲め」

「いやいや、なに言ってんのよ。ストロー二本刺さっているのって、どう見ても恋人同士で飲みなさいってことでしょうが」

「……ここでか?」


 大通りである。周囲はカップルだらけだ。キキレアもおじけづいたように、裏路地を指す。


「こ、こっちにしましょ」

「お、おう」


 俺たちはひっそりとした裏路地でお互い向かい合いながら、器のストローに口を伸ばす。微妙に長さが足りないのが、俺とキキレアの顔はめっちゃ近い。


「こ、これ恥ずかしいぞ」

「そ、そうね。でもせっかく買ってもったいないから飲まないとね」

「そ、そうだな、もったいないもんな」


 俺たちはそれぞれストローに口をつけた。ちらりと目線をあげる。同じようにこちらを窺っていたキキレアと目が合った。キキレアの顔が赤く染まる。


「な、なに見てんのよ」

「そ、そっちこそだろ」


 俺たちは裏路地で向かい合いながらジュースを飲み切った。味はよくわからなかったが、やけに甘ったるかった気がする。


 ジュースを飲み切ると、器の中には文字が刻まれていて。


『ふたりの恋愛運は最高潮! 今夜はエラールの宿でハッスルハッスル!』という文字と、さらにその宿の地図らしきものがあった。


 俺はげんなりとつぶやく。


「なんだよ、ただの宣伝か……」


 だが、キキレアの様子は違うようだ。彼女は頬を紅潮させて器を見下ろしていた。


「さ、最高潮だって、マサムネ……」

「う、うん」


 たぶんどの器にも同じことが書いてあると思うんだが……、まあ、いいか。キキレアはいったん宿に器を置いてきたいと言い出したので、その通りにした。綺麗に拭いて、取っておきたいそうだ。


 それもまた、彼女の意外な一面であった。




 ちなみに宿に戻って待っているところで、俺は謎の当たり屋から攻撃を食らいそうになった。


「危ないですー!」

「んあ?」


 曲がり角からもう突進を仕掛けてくる金髪の女だ。俺は極めて冷静にバインダを開くと、【ヘヴィ】を女の足に使った。女はつんのめって俺の手前で、顔から地面にべちゃりと転んだ。


「……なにしてんだ、お前」

「うう、いひゃい……、違いますわたしミエリじゃないですー……、たまたまこの時期に転校をしてきたけれど学校に間に合わなくて走ってきた女子高生って設定ですー……」

「そうか、お前は日本のサブカルが通じるんだな。で、改めて聞こう。なにしてんだ、お前」


 ミエリは鼻を押さえながら立ち上がった。そうして俺をびしりと指差す。


「ま、マサムネさん! 暇だったらまたあのカードで勝負しましょうよ! わたし、今度は負けませんから!」

「は? 馬車の中でやっていたオンキンか? いや、俺は今忙しいんだよ」

「じゃーん、こんなカードを作りましたー! どうですかー!」


 人の話を聞かないミエリが勝ち誇って見せてきたのは、明らかに手書きでさっき作ってきたと言わんばかりの、粗雑なオンキンのカードだった。


 カードを見る。そこには『攻撃力一兆億、防御力一兆億、とくしゅこうか:このカードを出すとたいせんあいてはしぬ』と書いてあった。


「幼稚園児か!」

「あああああああああああ!」


 俺はビリビリにカードを引き裂いて地面に叩きつける。ミエリは半泣きでそのカードを拾っていた。


 そこに宿から戻ってきたキキレアが合流した。彼女はジト目で俺たちを見やる。


「……なにしてんの?」

「いや、なんでもない。バカのたわごとに付き合っていただけだ。行こう」

「う、うん」

「うわあああああん! マサムネさんのばかああああああああああ! 鬼畜! ド外道! 女好き! アホ! 間抜け! 人でなしー!」


 俺は泣きわめくミエリを置いてさっさと歩き出す。キキレアは何度か振り返っていたようだが、そのたびに首を傾げていた。


「……ねえ、まさかとは思うけど、ミエリって」

「ん?」


 聞き返すと、キキレアは首を振った。


「ううん、なんでもないわ」

「ん」



 通りを歩いていると、今度はキキレアが商店の中にさっさと入っていった。なんだかキキレアのショッピングに付き合わされているようだな。


 すぐに出てきたキキレアは、大きな紙袋を抱えていた。


「なんだそれ」

「いいものあったから買ってきちゃったわ。ねえ、公園に行きましょ」

「なんかお前、完璧なデートプランとか言っていたけど、むしろ行き当たりばったりのように見えるんだが」

「ああ、あれはやめたわ」

「えっ?」


 キキレアはふふんと口元を緩めながら、言う。


「別に特別なデートなんて、本当の恋人同士になったって、いつでもできるでしょう。そんなことより、私は私のやりたいようにするわ。だってあんた相手にかっこつけたって、しょうがないじゃない」

「なんだよそれ……」


 奔放に振る舞うキキレアは、俺を見ながら童女のように無邪気に笑う。


「きょうは私が恋人なんだからね。ちょっとぐらいワガママに付き合ってよね」

「はあ」


 こいつ、完全に浮かれていやがるな。


 新鮮なキキレアのあとをついていって、俺たちは公園にやってきた。するとキキレアが紙袋の中から取り出したのは、まるでバトミントンのラケットのようなものである。二本ある。


 さらに小さなボールに羽がついているものを取り出した。


「ポレポレってやったことある?」

「ないな」


 アフリカの部族の雨ごいの踊りのようなネーミングセンスである。


「ポレポレ! って言いながら、ラリーをするのよ。ボールを地面に落としたほうが負けだからね?」

「なんだよポレポレって……」


 キキレアは俺に一本のラケットを渡すと、数メートルの距離を取った。なるほど、バトミントンみたいなもんだな。キキレアはボールをふんわりと上に投げると、ラケットを振った。


「ぽれぽれっ!」

「お、おう。……ぽ、ぽれぽれ」

「ぽれぽれっ!」


 アホみたいな掛け声とともに、キキレアがボールを打ち込んでくる。ラケットを振るうたび、キキレアの赤髪ツインテールが仔犬の耳のように跳ねた。


 だが残念だったな、俺には【ラッセル】のカードがある。この程度のスポーツ、児戯にも等し、あっ、落としちまった。


 キキレアはにんまりと笑っている。


「あーらら、うちのパーティーリーダーさまは、ちょっと反射神経に難があるようね。どうする? お願いしたら、少しくらいはハンディをつけてあげてもいいわよ」

「なめんなよ! ポレポレっ!」


 俺は【ラッセル】から【レッド】にカードを切り替えた。剣もラケットも同じようなもんだろう。先ほどとは打って変わって鋭い一閃がキキレアを襲う。


「っ! ぽれぽれっ!」

「ほう、よく今のに食らいついたな! ポレポレっ!」

「ぽれぽれっ!」

「まだこっちの猛攻は終わらないぜ! ポレポレっ!」

「ぽれぽれっ!」

「打ち返すのが精いっぱいのようだな! ぜぇ、ぜぇ……、ぽ、ポレポレっ!」

「ぽれぽれっ!」


 だめだ、もう追いつけなかった。3ラリーで限界とか、なんなんだレッド隊長……。お前よく生き残ってこれたな……!


 身のこなしが軽やかなキキレアは腰に手を当てて、余裕気に笑っている。たびたびちらっとワンピースの裾から見えるキキレアの生足が、俺の集中力を奪ってきているのだ。くそ、汚いぞキキレア……!


「マサムネ、あんたホントもうちょっと体動かしたほうがいいわよ。体力なさすぎじゃない? よく今まで生きて来られたわねー。まったくもー」

「う、うっせえな! 本当の勝負はここからだ! いくぞ、ポレポレっ! アンド、【ヘヴィ】!」

「あっ、ちょっ、それずるくない!? ぽ、ぽれぽれっ!」

「ずるいものか! 俺は俺のすべてを使ってお前に勝つ! お前を乗り越える――! ポレポレっ!」



 俺とキキレアのポレポレは夕暮れまで続いた。お互いが汗だくになるほどの熱戦だった。どっちが勝ったかとか、そんなものはどうでもよくなるようないい勝負だった。


 互いの栄光をたたえ合おう。スポーツだから勝ち負けがないといけないっていうのは、凝り固まった価値観だ。その瞬間が楽しければいいじゃないか。楽しんだものが勝ちなのだ。つまり全員が勝者だ。


 という理屈をとうとうと説明したら、キキレアが「いや、罰ゲームは罰ゲームだからね」と極めて冷静に言い放ってきた。くそう。


「んだよてめえ、俺になにをさせようってんだよ、この野郎……」

「ふふふ、それはまたあとで考えようかしらね」


 結局キキレアは最後までバテることがなかった。魔法使いのくせに体力があるなこいつ……。どうなってんだ、これがポレポレ玄人の実力なのか……。プロポレポラー恐るべし。


 俺が公園の地べたに腰を下ろしていると、キキレアが手を伸ばしてきた。


「ほら、『ヒーリング』」

「ん……」


 その手のひらから放たれた緑色の風が、俺を優しく包み込む。体の疲労感が少しだけ和らいでいった。


「……サンキュな」

「ううん、じゃあ、行きましょ」

「ああ。今度はどこに行くんだ?」


 ポレポレ第二回戦とかは、ちょっと勘弁してほしいぞ。


 立ち上がった俺の手に、キキレアはごくごく自然な素振りで指を絡めてきた。俺たちは手を繋ぐ。ふたりの伸びた影はひとつになっていた。


 俺はドキッとした。だがそれ以上に、キキレアの俯いた顔は、夕日に照らされて赤くなっていた。


 彼女はそっぽを向きながら、唇を動かした。


「朝に、あ、あとでって言ったでしょ……。その、あとでを、よ」

「あ、ああ」


 俺たちは紙袋を抱えながら、公園を出る。



 そう、これから、夜のポレポレが始まろうとしているのだった――。


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