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第7話 「町の危機とエルフの弓使い」

「あれ、フィン。なんか黄色いものが見えないか?」

「……ん?」


 二番手を歩いていたフィンは目を凝らした。

 しかし、荒野の先まで見通すことはできない。


「さすがに僕の目では、それほど遠くは見えないよ。エルフの千里眼かい?」

「そんなに大したものではないさ。少し目がいいだけだよ」


 弓を背負った男が肩をすくめる。


 四人は、魔王領域を歩んでいた。

 辺りを警戒しながら、散発的な襲撃を確実に撃退し、増援を呼ばれる前に叩き潰す。

 彼らは手練れの冒険者たちであった。


「しかし、先ほど魔物呼びの光が瞬いた割には、この辺りにはほとんど魔物がいないな。誰かが魔物を倒したのだろうか」

「でも冒険者ギルドでそんな話は聞かなかったよね?」

「だとしたら、魔物の手違いかもしれないな」


 そんなことを言い合っていると、だ。

 一番後ろにいた女の子が、どんと胸を叩いた。


「ま、どんな相手が現れたって関係ないわ。この大魔法使いキキレア・キキの雷魔法で、一網打尽にしてやるんだからね」


 その言葉を聞いた青年たちは、苦笑する。

 だが皆より二回りも小さな彼女が、この世界有数の魔法使いであることは間違いない。


 齢十六歳の天才魔法使い、キキレア・キキ。

 その可憐な容姿とは裏腹に、雷魔法を使わせれば、彼女の横に並ぶものはいないだろう。


「ああ、頼りにしているよ、キティー」

「まっかせなさい」


 どんと胸を叩くキキレア。

 一同は進軍を続ける。


 そこで信じられないものを見た。

 ――そこには、一輪のタンポポがあった。


 しかし、そのサイズがおかしい。

 二メートルぐらいあるのである。


『……』


 一同は不可解そうに首を傾げる。

 ――なぜこんなところにタンポポが。

 それ以外の言葉がない。


『この地にタンポポの神、タン・ポ・ポウが舞い降りたのだ』という噂がまことしやかにささやかれるようになるのは、それからそう遠くない出来事であった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 さてさて。

 俺たちが転移した場所は、ホープタウン。

 またの名を、『旅立ちと希望の町』と呼ばれる町らしい。

 看板にそう書いてあった。


 その中の空地に放り出されたわけだな。

 いつまでも寝ているわけにもいかないで、あちこちを見て回ろうか。


 そこはRPGの世界を彷彿とせるような街並みであった。

 車二台がすれ違えそうな幅の地面には石が敷き詰められており、立ち並ぶ家々もまた、石造りだ。ところどころには木も用いられているようである。


 通りすがる人々は、胡散臭いものを見るような顔でこっちを見やっている。

 彼らの衣装は色味の薄い簡素なものであった。明らかに現代日本で売っているデザインとはかけ離れている。


 さらに彼らの中には本物の皮鎧を身に着けていたり、剣を腰に下げている人もいる。

 街をあげてのコスプレ大会? いえいえ、違います。


 うん、これぞ異世界。


 対する俺は轢かれたままの学ラン姿だ。

 まあ浮くというか、目立つというか。


 しかし、ようやく人の姿を目にすることができた。

 よかった、本当によかった。


 もう洞穴暮らしや、パンだけの生活、

 それに、魔物を怯えながらのスニーキング・ミッションは嫌だ……。


 早速なにか美味いものでも食べにいこう。

 久しぶりにタンパク質を摂取したい。


 ああ、ここらへんは商業区か。

 屋台で焼いている串焼きみたいなものの、匂いが漂ってくる。


 俺の足元で、やたらと毛並みの美しい白猫も、にゃーんって鳴いているしな。

 きっと食べたいんだろう。


「あのー」

「はい、いらっしゃ……いらっしゃい!」


 俺を見てわずかに言葉を止めた店主は、しかしにこやかな笑顔を見せてくる。

 串焼きを二本くださいな、と声をかける。

 すると。


「はい、銅貨二枚だよ」


 そんなことを言われて、俺は固まった。

 ……あれ、俺、お金持ってなくない?


 店主の笑顔が鬼のような形相に変わった。


「……んだよ、冷やかしかよ! 小汚え格好しやがって! 帰れ帰れ!」

「えっ」




 もはや一週間以上もあの洞穴で着の身着のまま過ごした俺の格好は薄汚れていた。

 乞食のようだ。

 道端でしゃがみ込んでいると、銅貨を一枚投げてもらえたほどだからな。


 やったー。

 あと一枚あれば、串焼きが食べられる。


 そうじゃない。


「お金? お金ってなんだ、どうやって稼げばいいんだ……?」


 俺は頭を抱えた。

 このままでは本日の宿にもありつけない。


 俺はうつろな目でその場に座っていた白猫の首根っこを掴む。


「おい、ミエリ! どうしてこんなことになっているんだ! というかそもそもなんでお前は猫になっているんだよ!」

「にゃーん」

「くそっ、喋れないのか! ええい!」


 大方、転移の魔法を使ったときに無茶をして、光の力を使い果たしてしまったとかだろう。

 そのせいで、人の形を保てなくなったとか、そんなところか。


「ミエリ。お前、俺の言っていることはわかるんだよな?」

「にゃん」


 白猫はうなずく。

 知能は残っているようだ。


「どれくらいで元の体に戻る?」

「にゃ~ん……」


 あいまいな返事だ。

 ええい、どこまでも使えない女神め……。


 しかし、金、金か……。

 俺はミエリを見下ろしながら、腕を組む。


「にゃん?」


 ……こいつに芸でもさせるか。



「さあ、猫の火の輪くぐりだよ!」

「に゛ゃああああああ!」

「世にも珍しいよ! 種も仕掛けもない! ほら寄ってといで!」

「ふに゛ゃあああああああああ!」


 大通り。

 タンポポで作った輪に、銅貨一枚で買ってきた火打ち石で火をつけ、そんなことをやっていたところ。

 怖いお兄さんがやってきてしまいました。

「オイコラ、誰に断わって見世物やってんねん、あぁん?」と脅され、俺たちは頭を下げて全力で逃げ出す。


 場所代を確保するにも、金がかかるのか!



 だったら外で獣でも捕ってこようかと思ったが、町の出口に近づいたところで、門番に呼び止められた。

 町から外に出るには、証明書が必要らしい。

 この町の住人であることを示すものか、あるいは冒険者カードだとか。


 出た人間と入ってくる人間は、全員分、記帳しているようだ。

 というと、だ。

 一回外に出たら、もう二度と町の中には入れないのではないだろうか。


 いや、入るためには許可証がなくても、銀貨二枚があればいいらしい。

 銀貨二枚とは、銅貨二百枚分のようだ。


 うん。

 ムリ。


 門番にたいそう怪しまれながら、俺たちはその場を後にした。

 ……ちょっと待て、なんか雲行きが怪しいぞ。




 こうなったら日雇いのバイトでも見つけて、きょうの宿代を稼ぐしかない。

 そう思った俺だが、しかし肉体労働はとてもじゃないが戦力にならない。

 この世界にはどうやら、筋骨隆々の男たちがわんさかいるみたいだしな。


 だったら算術が使えることをアピールしつつ、帳簿作成のバイトでも、と思ったのだが。

 そんな店は、身元不明で、しかも薄汚れた乞食同然の格好をしている俺を雇おうとはしなかった。


 当然だ、俺だってそうする。

 参った。仕事をするための服がない……。




 道端でもうとっくに食べ飽きたパンをかじりながら、俺は考え込んでいた。

 ……このパンを売るか?

 いや、だめだ。どうせまた場所代を請求される。

 それに俺だって、こんな小汚い格好をした男が売るパンなんて、どんなにおいしくても買いたくはない。


 せめてミエリが人の姿をしていれば、客寄せパンダくらいにはなったろうに。


「にゃーん」


 お行儀よく座るミエリに、俺はため息をつく。

 相手が猫では、怒りようもないな。


「なあミエリ、この町にペットショップとかないか?」

「にゃん?」

「全然関係ないんだけど、お前の毛並みって綺麗だよな。こうして撫でていると、すごく手触りがいい。きっと皆も気に入るだろうな」

「に、にゃー!」


 飛びのいて思いっきり威嚇してくるミエリに、俺は首を振る。

 冗談だよ、冗談。……今のところはな。




 あとどれくらいで日が沈むのかはわからないが、もう油を売っている暇はなさそうだ。


 すべての判断材料は、俺にひとつの道を示している。

 くっそう。魔王軍に囲まれて死にかけたばかりで、しばらく荒事は勘弁なんだが……。


 だが、やるしかないだろう。


「にゃーん」


 後ろからついてくるミエリが、がんばれ、とでも言うように俺の足を前脚でぽんぽんと叩いた。

 俺はそんな女神を、優しい目で見下ろす。


「大丈夫さ、ミエリ。もしものときは、お前に助けてもらうからさ」

「……にゃぁん……」


 ミエリはジト目で俺を見つめる。

 ずいぶんと表情が豊かな猫だな。


 そのときであった。

 勝手にバインダが開き、そこに一筋の光が落ちてきた。


『異界の覇王よ――。其方の決意に、新たなる力が覚醒めるであろう』


 お、おお。

 なんだなんだ、このタイミングで来るのか。

 いったいどういうことなんだ。

 俺がなんの決意をしたんだ。


 いや、まあいい。

 どんな状況であってもカードが増えるのは嬉しいことだ。

 さあ来い。

 手から金を出すオンリーカードなど、大歓迎だぞ。


『其方のささやかな欲望は、その覇業によって叶えられるであろう』


 カードの名が降りてくる。

 そこには【オイル】とあった。


 ……ふむ。

 コストはまあ、安めか。


 発動してみる。

 すると。


 指先からピュピュッと液体が出た。

 ……。


 地面に落ちたそれを指先で拾うと……。


 まあカード名から想像はしていたしな。

 油だ、これ。


【オイル】を使えば使うだけ、指先から油が発射される。

 ここが日本なら、石油王正宗の誕生だな。


 なるほど。こいつを集めて、壺にでも入れて、油を売れってことか。

 ふざけんなよ。ダジャレかよ。


「【オイル】!」

「にゃ!?」


 しばらく俺はミエリを的にして、その力を試していた。

 これで晴れて俺も、手から油を出すチート能力者となったか……。

 まあ、タンポポやパンに比べたら、それなりに用途がありそうだから、いいか。


 って、遊んでないでいかなければ。




 十分後。

 俺たちはその建物の前で、佇んでいた。

 正確に言えば、呆気に取られていた。


 なんだこれ。

 これが、冒険者ギルド、か?


 いや、看板が出ているな。

『ようこそ冒険者ギルドへ』って書いてある。


 俺はてっとり早く、魔物退治や素材集めをして、お金を稼ごうと思っていた。

 もちろん、危ないことはしたくない。だが、背に腹は代えられない。

 十分に計画を練れば、旅立ちの町の近くの魔物ぐらいは、どうにかできるだろうという楽観的な気持ちもあった。

 というわけで、異世界の定番である冒険者ギルドの前にやってきたのだが……。


 それにしても。

 外観、なんかすごい。すごい寂れている。

 町の外れの、今は誰も住んでいない洋館みたいだ。

 屋敷の壁にツタが絡まっているし。


 え、本当にこれ、中に人いるの?

 幽霊屋敷じゃないのか?


 とりあえず、入ってみる、か?

 いや、ここは判断材料を集めよう。

 というわけで、近くの建物の陰に隠れて、誰かが入るのを見守ることにした。

 だって、中に入ったらモンスターが出てきそうなところだし……。


 しばらく待っていると、ひとりの禿げ頭の男が取り巻きを連れて、中に入っていった。

 ここまでガハハという笑い声が聞こえるような、威勢のいい荒くれ者だ。


 お、ということは本当に冒険者ギルドなのだろうか。

 外観が寂れているだけで、中はまともなのかな。


 そんなことを思っていると、今度は先ほど入ったばかりの禿げ頭の男が出てきた。

 男は老け込んでいた。

 まるで老人のように腰を曲げ、取り巻きたちに肩を貸してもらいながら、やっとのことでよぼよぼと歩いている。

 今にも昔話を語りそうな勢いだ。


 いったい中でなにがあったんだ!

 さっきまでガハハと笑っていたじゃないか!


 だめだ、気になる。


 くそう、だが俺は衝動的な行動はしない……。

 しかしここでこうしていても、らちが明かないか。


 俺はせめて冒険者に見えるよう、【マサムネ】を腰に差し、歩き出す。

 このカッコいい刀を見せびらかすようにすれば、誰も俺を屑カードのような扱いはしないだろう。


 そうさ、俺は最強のスーパーレア。

 よし、いこう。


 俺は西部劇のバーのような押し扉を手で押して、中に入る。

 そこは薄暗く、どこもかしこも寂れていた。

 寂れていないところなど、微塵もない。

 酒場と一体化しているようだが、奥の方までは見れなかった。

 そして、人っ子一人いない。


 なんなのここ……。

 ミエリも俺の足元で、ぷるぷる震えている。


「あ、あのー」


 ギルドの中に声をかけると――。


「……見ない顔だね。初めての方かい」

「お」


 受付から、しゃがれた声が響いてきた。

 そこには、ひとりの老婆が座っていた。

「たたりじゃ! たたりじゃ!」とかわめきだしそうな老婆だ。


「仕事を探しに来たんだけど」

「あるよ」


 老婆は壁を指差した。

 そこには依頼が書かれている小さな紙が、ところ狭しと貼られていた。

 なんだよ、仕事あるんじゃねえか。


「だが、やめときな」

「え?」


 呼び止められ、振り向く。

 老婆は静かに首を振っていた。


「死ぬよ」

「……ええ?」


 そう言うと、老婆は「いひひひひひ」とけたたましく笑った。

 こっわ……。


 だけど俺、そんなに弱そうに見えるのか。こんなにカッコいい刀も持っているのに。

 まあ、死なない程度にがんばるさ。


「三週間前、近くの森にドラゴンが出たんだ」


 違った。

 笑い終えた老婆は語り出す。


「もともとここは駆け出しの冒険者が集まる町でね……。だけど、そこに現れたドラゴンによって、小僧どもはあっという間に殺されたよ。残っているやつらも、ドラゴンを恐れて森には入ろうとしない。依頼はパンクしそうだが、無理なのさ」

「……」


 俺は鼻の頭をかいた。


「どっかから応援が来たり、しないのか?」

「頼んではいるがね。あちこちの町が問題を抱えている今、なかなか来てくれりゃしないよ。ホープタウンにはびこっているのは、今は絶望さ。ひひひ……いーっひっひっひっひ!」

「そうか」


 ドラゴン退治か。そんなもの、今の俺には早すぎるだろう。

 だが――。


 しかし俺は見た。様々な依頼が貼られているそのボードに。

 一枚の灰色のカードが、突き刺さっているのを――。


「……なんだ、あれ」


 俺が小さくつぶやくと、ばあさんは眉をひそめた。


「なんだ? なんか変なのが見えるってのかい?」

「いや、あそこにカードが刺さってないか?」

「はあ?」


 俺はゆっくりと近づく。

 ほら、ここにあるじゃないか。

 オンリー・キングダムのカードが。


 しかし老婆は首を傾げていた。


「おかしな子だねえ、いひひひひ……」


 ……つまり、どういうことなんだ。


 意外にも――カードはすっと抜けて、俺のバインダに入った。

 俺のバインダに、九枚目のカードが収まる。

 だが、色はついていない。

 魂の高鳴りも、新たなる力を得たという声も、なにもない。

 選択できず、灰色のままだ。


 これはつまり、ドラゴンを退治するまで使えない、ということか?

 ドラゴン退治によって俺の魂が成長するとか、そういうこと、なのか?


 わからない。

 ミエリもカードが見えていたようだ。不思議そうに「にゃーん……」と首をひねっていた。


 そうか、ドラゴン退治か。

 ――まあ、やらないけどな。


 どうせこれだって、色がついたら屑カードになるんだろ!

 俺がほしいのは、せめて使える屑カードだ!

 タンポポを咲かせるような、正真正銘の屑カードはいらねえんだよ!


 俺が早々に諦めた、そのときだった。

 バン、と開いたドアに、ひとりの女が立っていた。


 ツンと尖った長耳。使い古された革鎧を着て、緑色の長い髪を後ろでくくっている女性。

 いや、まだ少女と呼んで差し支えがない年齢だろう。

 逆光の中に立つ彼女は、あまりにも美しかった。


 彼女は凛とした声で、告げる。


「噂のドラゴンを退治しに来た。あたしがエルフ族一の弓使い、ナルルースだよ」


 そのエルフ娘が担いでいる大弓は、彼女の背丈よりも大きかった。



 ドラゴン退治に来たエルフ、ナルルース。

 彼女は俺を見て、刀を見て、再び俺を見てから目を細めた。


「キミは?」

「あ、いえ。大したもんじゃないです」


 俺とミエリはそそくさと横に移動する。

 直立して彼女を見守る。


 堂々としていて、まさに歴戦の弓使いという雰囲気だ。

 ところどころ見せている白い肌が、目に眩しい。

 エルフかー、すごいな、すごい美人だな。


 しかし、助かった。

 この人がドラゴンを退治してくれたら、ホープタウンも平和になるだろう。

 あとは平和になったこの町で、俺は薬草でも採ってくればいい。

 うむ、完璧だ。


 それまでは、パンで食いつなぐか……。

 がんばってくれよ、ナルルースさん。応援しているよ。


「ねえ、キミ」

「はい?」


 再び声をかけられてしまった。気配を消していたのに。

 すると、彼女は俺の目をまっすぐに見つめながら言った。


「ちょうどいいや、キミでいいからさ。あたしと一緒にドラゴンを退治しにいこうよ。ねえ、どうかな? ほら、見てよ、ドラゴン退治。条件があるでしょう?」


 ほう。

 彼女は依頼の紙を、細長い指でとんとんと叩く。


 本当だ。

 パーティーメンバーを組むこと、とある。


 ナルルースさんはニコッと笑った。


「個人討伐したって、クエストを達成したってことにはならないんだよ、これ。あたしはソロプレイヤーだからさ。ねえ、一緒にどうかな? ああ、分け前は折半でいいよ。ドラゴンはあたしが倒すから、キミは実質なにもしなくていいってことで。全然悪い話じゃないと思うけど」

「嫌だ」

「嫌だ!?」


 しまった、いつもの調子で答えてしまった。


 だが、そんなうまい話に、誰が衝動的に乗るか。

 唖然とするナルルースさんを置き去りにして、俺はとりあえず受付へと向かう。


「まあそれはそうと、冒険者カードを作ってほしいんだ。外に出るのに大変でさ」


 外にさえ出られれば、ウサギでもなんでも獲って、タンパク質を補給できるしな。

 適当になんか拾ってきたものを売ったら、宿代ぐらいにはなるかもしれないし。


 受付の老婆はこちらに手を差し出して言った。


「あいよ。銅貨10枚ね」

「………………」


 俺はそっとミエリの首根っこを掴む。


「わかった、ちょっと待っていてくれ。ああ、その前にペットショップの場所を教えてはもらえないか」

「に゛ゃあああああああああああああああああ~~~!」




 そうして出て行こうとしたそのときだった。

 慌ててナルルースさんが、俺たちを呼び止めてきたのだった。


 なんだ、ドラゴン退治ならごめんだぞ。

 違った。


「ま、待って……。キミ、その猫ちゃん、ずいぶん嫌がっているよね……? それ、ペットショップに売るの?」

「まあ、あったらな。最悪、肉屋でも構わない」


 そう言うと、ミエリはより一層暴れ回る。

 こらこら、手をひっかくんじゃないよ、痛いよ。


 ナルルースさんは冷や汗をかいていた。


「ね、ねえ、なにか事情があったのか知らないけど、えと、お金が足りないの? そんなに可愛い猫ちゃんを売るぐらいならさ、銅貨が足りないならあたしがあげよっか……?」

「いやいやそんな」


 俺は慌てて首を振る。

 そんな、見知らぬ人に貸しを作るわけにはいかない。


「なんか気を遣わせて悪いな。大丈夫だ。見ず知らずの人にお金を恵んでもらうほど、落ちぶれてはいないつもりだ。自分のことは自分でするよ、ありがとうナルルースさん。まったく、手間をかけさせるなよミエリ。お前のせいで迷惑をかけちまっただろう。これはもう肉屋コース以外ありえないな」

「に゛ぁあああああああああ!」

「ま、まって! ごめんなさい! お金あげたいの! あたしキミにすっごく銅貨あげたいなあって思ってたの! だから猫ちゃんをひき肉にしないであげて!」


 慌てて俺の袖を掴んでくるナルルースさんに、俺はため息をつく。


「ありがとう、君はいい人だな」

「う、うん、ほら、だから猫ちゃんをそんな風に扱うのはよして。乱暴にしないであげて、ね? ね?」

「でもだめなんだ。今夜の寝床もないし、食事だってずっと肉を食べていない。だったらもう、この猫を肉屋に引き渡すぐらいしか俺にできることはもう……」

「それも全部あたしが面倒見るから! ね!? ね!?」


 ナルルースさんはもう半分涙目であった。




 異世界で初めての宿は、ふかふかのベッドとおいしい料理がついていた。

 なんていい人なんだ、ナルルースさん。


 ――だが当然それで、はいさようなら、というわけにはいかなかった。



 

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