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第6話 「あがめよ、我こそがタンポポ神なり」

 ――しまった。

 荒野において、俺たちは完全に取り囲まれてしまっていた。


 辺りには魔物の群れ、群れ、群れ。

 少なくとも30匹はいるだろう。


「参ったな……」


 俺の額をじわりと汗が伝った。

 これほどの相手を前に打てる手は、ない。


 あらゆる判断材料が、俺の行く先は死だと教えてくれていた。


「ま、マサムネさぁん……」


 ミエリが震えながら、俺に抱き付いてきている。

 こいつは相変わらずポンコツまっしぐらだな。

 人を怒らせるのは大得意のくせに、人の役には立たない女神だ……。


「心配するな」


 俺は内心の焦りをひた隠し、そう言い切った。

 カードバインダを眺め、魔物たちと見比べながら、打つ手を探る。


 俺は諦めが悪いからな。死ぬ覚悟なんてできないさ。

 最後の最後まで生き残るための道を探して、迷って、あがいてみせるぜ。


「聞け、魔物たち!」


 俺はなるべく尊大に聞こえるような口調で叫ぶ。

 ――こんなところで、死んでたまるか。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 俺たちは、拠点からひたすらに南を目指すことにした。

 ミエリによれば、南のほうが若干だけれど、闇の力が薄いらしいのだ。


 空を飛ぶ魔物を警戒しながら、俺たちは少しずつ岩だらけの荒野を行く。

 こちらが先に魔物を発見し、そしてそのたびに岩に隠れるのだ。

 ドキドキするようなスニーキング・ミッションだな。


 葉っぱを編んだ服を身に着けているし、姿勢も低く保っているので、そう簡単には見つからないと思うんだけどな。

 移動速度が非常に遅いのが、難点だ。


「おっと、ミエリ隠れろ。魔物だ」

「はぁい」


 岩場に身をひそめる俺たち。

 今度は、羽の生えた鳥人間のような魔物だ。

 辺りを旋回した後、別方向へと飛び去ってゆく。


「へへ、ちょろいやつですね」


 空を見上げながらにやりと笑うミエリ。

 こいつもう、完全に調子に乗っているな……。


「魔王軍といっても、光の力すら感知できないような小物揃いなんですね。もしかして人材不足なんでしょうか。これだったらわたしが降りてこなくても、マサムネさんひとりに任せてもよかったかもしれませんねー、えへっえへっ」

「判断材料が足りないのにそんな結論を導き出すのは早計だぞ」

「そんなけつろんをみちびきだすのはそうけいだぞ、キリッ」

「……」

「あっ、痛い、痛い痛い、ごめんなさい痛い、痛い痛い痛い」


 ミエリの頭を掴んでゴリゴリと押し付けていると、北側を魔物の兵士が見回りをしているのが見えた。

 俺たちは頭を伏せる。やれやれ、さすが魔王城周辺だ。息つく暇もないな。


 そして、難所はすぐにやってきた。



「……ここを越えるのか」


 俺は岩場に潜みながら、うんざりした声をあげた。


 今までなんとかして見つからずに済んだのは、辺りが岩場の荒野だったからだ。

 身を隠せるような岩がごろごろと転がっていたしな。

 しかしここからは、見通しがよく、起伏の少ない荒野が広がっている。

 

 参ったな。


「こんなの一発で見つかっちまうぞ。ミエリ、まだ転移魔法は使えないのか?」

「闇の力はまだ届いていますね。たぶん、この荒野を越えれば、使えるようになるとは思うんですけど」

「ううむ」


 あまりにもリスキーだ。

 しばらく辺りを探索してみるか?

 いや、それにしても見つかる危険性はあるんだ。

 ならここを突っ切った方が早いのは確か、か。


「ミエリ、進むべき方角はわかっているんだよな?」

「はい、100%の確率で間違いなくあっちの方です」


 指さすミエリを、今は信用しないわけにはいかないだろう。

 とても不本意な話だがな……。


 手持ちの判断材料を総合すると、方法はこれしかない。


「よし、ミエリ。魔物にどれだけ効果があるのかはわからないが、ここで夜を待つ。それから出発だ。この荒野を突っ切るぞ」


 俺はこの手にカードバインダを呼び出す。

 それまでに俺は準備を完了させておこう。


 作っておかないとな、大量の【タンポポ】を。



 ミエリに手伝ってもらって、俺たちはタンポポを編んだ二枚のシートを作り終えた。

 これをかぶりながら匍匐前進で進めば、上からの監視はやり過ごせるかもしれない。


 さらに、こちらが先に地上の魔物を発見した場合は【ホール】を使う。

 隠れてその穴にタンポポシートをかぶせ、しばしやり過ごすのだ。


 うまくいくかどうかは賭けだが、今のところこれ以上のことはできないだろう。

 辺りには夜のとばりが降りてきた。


 よし、いくか。

 俺の緊張がミエリにもうつったようだ。

 彼女も口数少なく、俺たちは無言でうなずきあった。



 遠くからは平坦に見えた荒野も、実際に歩いてみれば、結構デコボコしてたりするんだな。

 俺たちはタンポポシートを風呂敷のようにかぶりながら、そそくさと走っていた。

 ほんのりと輝く月明かりだけを頼りに、進む。


 遠くで動く影があれば【ホール】を使い、その穴に飛び込んで息を殺す。

 MPにはまだまだ余裕がある。

 拠点を拡張したおかげだな。


 このままうまくいけばいいのだが。

 ――だが、そういうわけにはいかなかった。


 魔王軍には見つからなかったが、その代わりに厄介なものが絡んできたのである。

 それは恐らく辺りの食物連鎖のヒエラルキーの下部に位置するであろう、魔物だ。

 体長50センチぐらいの、赤く光る甲殻を持つサソリだった。


「げ、なんだこいつ」


「ひ、ひい、追いかけてきますよぉ」

「ま、まあいい。俺には【ホール】がある」


 ハサミを揺らしながら追いかけてくるサソリを、落とし穴に突き落とす。

 ウサギ相手にあれだけ苦戦したのだ。サソリと戦っている時間などない。尻尾とかすごい毒がありそうだし。


 ふん、大したことではないな。

 時間を稼いでいる間に、逃げればいいだけだ。


 しかし――。


「あ、あっちからも!」

「なにっ!?」


 見やれば、次から次へとサソリが現れて、俺たちを追いかけてくる。

 くっそう、夜まで待ったのは失敗だったか!


「走るぞミエリ! 【ホール】!」

「で、でも、タンポポシートが邪魔で!」

「そんなのは捨てていけ! 囲まれたら殺される! 【ホール】!」


 俺たちは全速力で駆け出す。

 幸い、サソリたちは本気で走る俺たちよりはわずかに遅いようだ。

 このままでは撒けるだろう、が――。


「見ぃつけたぞぉおおおお!」


 空から降りてきた何者かが、俺たちの前に立ちはだかった。

 それは巨大な曲刀を持つトカゲ男だ。


「ニンゲンども! 貴様たちにコケにされて、半日、土の中に生き埋めにされたこの俺、見回り班長ドレイクの借りを返す時が来たようだなああああ!」


 くそ、こんなときに!

 俺は足を止めずに叫ぶ。


「【ホール】!」

「おっと、その手は食わんぞ! 貴様の落とし穴の発生は、発動からほんのわずかなタイムラグがある! 来るとわかってさえいれば穴に落ちることはない! 生き埋めになりながら何度も何度もシミュレートしたからなぁ!」


 そう叫ぶドレイクは、すぐにサソリの津波に巻き込まれていた。

 なにをしにきたかわからんやつだ。


 いや、そんなことよりも――。


 俺は頭上を見上げた。

 そこには、ドレイクを運んできたと思しき、巨大な大鷲がいた。グリフォンか。

 撃ち落としたりなにかできればよかったのだが、こちとら手持ちに屑カードしかないからな。


 くそっ、もう完璧に見つかったじゃねえか。


「走るぞ、ミエリ! 走って走って、このまま逃げるぞ!」

「ふぁあい!」


 汗水垂らし、ぶんぶんと腕を振って走るミエリが、必死な顔でうなずく。

 その直後であった。


 ドーン! と背後で凄まじい音がした。

 思わず振り返った俺が見たものは、サソリの群れを剣で吹き飛ばすドレイクの姿だ。

 なんだよあいつ、強いのかよ!


「バカにしやがってー! この俺様の本気を見せてやるー!」


 ドレイクは叫びながら、腕を天空に向けていた。

 しまった、あれは――。


 ぱしゅーっ、と闇夜に光の玉が浮かび上がり、そして中空で弾けた。

 辺りをまばゆい閃光が照らし、そしてすぐに暗闇を取り戻す。


「血祭りにあげてや――うぉわうあおあ!」


 再びサソリにたかられるドレイクを眺め、俺は舌打ちをした。

 あいつ、仲間を呼びやがった――。



 力尽きるまで走っても、闇の力の影響下を抜け出すことは、できなかった。


 あちこちから集まってきた飛行部隊が、俺たちを先回りする。

 さらに槍や弓で威嚇してくる飛行部隊を迂回するように走ると、今度は後ろからやってきた地上部隊の魔物たちに追い立てられた。

 あとは行く手をふさぐように、飛んでいた悪魔たちが降りてきて。


 ――俺たちは完全に取り囲まれてしまった。


「て、手間をかけさせやがってよお!」


 全身をサソリの針だらけにしたドレイクが、俺たちを殺す気満々のまなざしで睨んでいる。

 周りのやつらも、それにつられて殺気立ってやがるな。


 30匹以上の魔物の群れ。

 絶体絶命な状況。

 使える手札は、限られている。


「お父様、お母様、お姉様、フラメル、ああミエリはもうおしまいです……。先立つ不孝をお許しください……」


 ミエリは、泣きながら空に祈りを捧げていた。


 いいや。

 諦めるのは早い。


 カードゲームの大会でも、こういうことは幾度となくあった。

 次の相手のターンでの死が、決定づけられている状況だ。

 それでも俺はなんとか勝ちを拾ってきた。


 少ない手札と口八丁でこの場を切り抜けて見せる。

 そっちが俺を追いかけまわしている間に、俺はもう作戦を練り上げていたんだ。

 お前たちのターンには、させない。


「魔王軍よ、聞くがいい!」


 カードバインダを掲げ、兵士たちに叫ぶ。

 先手必勝――。


「――俺はタンポポの神! タン・ポ・ポウだ!」


 全員の目が点になった。



「正体を隠していたが、俺はニンゲンではない! 悪の神でも、善の神でもない、中立神だ! ゆえあって、この地上に降り立った! お前たちに危害を加えるつもりはない!」


 冷たい風が吹き抜けてゆく。

 ミエリがそっとつぶやいた。


「気が狂ったんですね、マサムネさん……。ああ、おかわいそうに……」


 違う。

 俺はバインダから一枚のオンリーカードを取り出し、魔王軍に見せつけた。

 そこにはタンポポの絵柄が描かれている。


「俺の使命は、この荒れ果てた大地に一輪の花を咲かせ、そしていつかは一面のお花畑に変えることだ! そのために、この地上にやってきたのだ!」


 ざわざわと、兵士たちの話し声がする。


「なんだあいつ、やべえんじゃねえの……」

「おで、あいつと、かかわりたく、ない」

「もういいよ、うっとうしいから殺しちゃおうよ」

「だがあのカードからは凄まじい力を感じるぞ」


 よし、いいぞ。


「見よ、【ピッカラ】!」

『うわっ!』


 別のオンリーカードを唱えると、周囲のやつらは一斉に目を逸らした。

 俺の薄目の間から、まばゆい光が漏れているのだ。

 洞穴で何度も使っていたため、どうすれば眩しくなくなるのかは、すでに練習済みだ。


「な、なんだあの魔法は!」

「あんな魔法、見たことないぞ」

「いや、あれは魔法ではない……! いったいなんの力なのか、想像もつかん!」

「もしかして、本当に神なの……?」


 ミエリが顔を背けて笑いをこらえているのが見える。


「マサムネさんが、おかしく、おかしくなった……うぷぷぷ……頭おかしいこと言っているぅ……ぷぷぷぷ」


 お前、あとで岩ゴリゴリの刑だからな。

 魔王軍を悠々と見回し、俺は胸を張る。


「その証を、今見せようではないか――。俺の力を、さあ、とくと見るがいい!」


 俺の両目の光に照らされて、まるでスポットライトのようになにもない大地が浮かび上がる。

 一同がごくりと生唾を飲み込み、見守る中。


 俺は叫ぶ。


「オンリーカード発動――【タンポポ】!」


 そこに、ふわりと一輪の花が咲いた。

 こんな大地にも、健気に咲く黄色い花。

 そう、――タンポポだ。


 魔王軍たちの間から、歓声が沸き上がった。


「タンポポだ! 本当にタンポポが咲いたぞ!」

「こんな闇の力で覆われた荒野に、タンポポが咲くなんて!」

「いやっほう! なんてかわいいタンポポだ!」

「おで、タンポポ、すきだ」


 だがそこに水を差す男がいた。

 ドレイクだ。


「ふざけるなよ! なにが神だ! お前の体からは確かにニンゲンの匂いがプンプンするんだよ! いい加減にしろ!」

「だがドレイク班長。今のあいつらからは、獣臭さしか感じないぞ」


 それはしばらく風呂に入っていなかったからだな。

 さらに、魔法使いのような帽子をかぶった少女が、ドレイクを手で制す。


「待って、ドレイク。あいつらからは光の力を感じるわ。もしかしたら本当に、ニンゲンじゃないかもしれないよ」

「ナニッ!? タンポポの神だとでもいうのか!?」


 もちろんだ。

 ここにいるミエリは、正真正銘の女神である。


 ミエリは腕まくりをしながら、その少女を睨みつける。


「ちょ、ちょっとちょっと、誰がタンポポの神ですかぁ! わたしは神界を総べる創造神であるお父様の娘、転生と雷を司る女神ミエ――むぐっもががが」


 ミエリの口の中に作り出したパンを詰め込み、俺は穏やかな表情で両手を広げる。


「さあ、君たち。そこをどくがいい。俺の使命はこの大地に花を咲かせること。争い事は好きではないのだよ。さあ、さあ」


 俺が告げると、魔物たちは「どうしよう」と顔を見合わせていた。

 よし、このまま押し切ればいける――。


 しかし、やはりこの男が立ちはだかった。


「そんなもん、認めるわけねえだろうが!」


 顔を真っ赤にしたドレイクだ。


「なにがタンポポだ! なにが神だ! だったらどうして俺を生き埋めにしたんだ! それに最初に魔法使いだって名乗っていたじゃねえか! たった一輪だけタンポポを咲かせただけで、うさんくせえんだよ!」


 そう言った途端、辺りには「確かに……」という空気が流れ出す。

 こいつをどうにかしないことには、包囲網を脱出することはできないようだ。


 俺は手のひらを突き出す。


「あのときは悪かったな、ドレイク。だが神界からお忍びでやってきた以上、名乗るわけにはいかなかったのだ。それにどうだ? こんな芸当が魔法使いにできるとでも? 【タンポポ】!」


 ぽんっと、なにもない荒野にタンポポが咲く。

 それを見た魔王軍からの「タンポポ! タンポポ!」コールだ。


 どうだドレイク。ニンゲンに罪があっても、タンポポには罪がないだろう。

 この状況で、お前が打てる手は、あとどんなものがあるというのだ――。


 と、目が合った。

 ドレイクはにやりと口元を緩めていた。

 嫌な気配がする。


「だったら神様よ。そんなチンケな手品じゃなくて、もっと盛大に、ばーっと花を咲かせてくれないかねえ」

「……なんだと?」

「一輪ずつだなんてまどろっこしいことはしないで、辺り一面をお花畑にしてくれって言っているんだよ!」


 こ、こいつ……。

 なんてことを言い出しやがる。


 俺の【タンポポ】は、たった一輪だけ花を咲かせるカードだ。

 それ以外のことは、できない。


「どうしたんだよ、おい、タン・ポ・ポウ。できないっつーのか? タン・ポ・ポウ。神様なのに、たった一輪ずつ? それっておかしくねえか? タン・ポ・ポウ」

「……いや、闇の力が強いこの辺りでは、ひとつずつ咲かせるのが精いっぱいでな」

「中立神なんだろ! だったら関係ねえじゃねえか!」

「まだ地上に力が馴染んでいないのだ! そのうちたくさんの花を咲かせるようになるだろう!」


 俺が怒鳴ると、ドレイクはにやにやとしていた。

 ……なにか、まずいことを言ったか?


「だったら復活するまで待ってやるよ! おい、こいつらを捕まえろ! 牢屋にぶち込むんだ! 本当に神様だとわかったら、出してやるよ!」

「なにぃ!」


 くそっ! まさかそんなことを言い出すとは!

 魔物たちがじりじりと輪を狭めてくる。


「ああ、安心しな、タン・ポ・ポウさんよ。もしニンゲンだったとしても、殺しはしないでやるよ。手も足も切り取って、一生タンポポを咲かせるだけの生活になるがなあ!」

「――っ」


 だめだ、追い詰められた。

 必死に【タンポポ】を連打するが、こいつらはもう聞いちゃいねえ。


 ミエリはさっきからなにかをぶつぶつつぶやいているし。

 もはや打つ手は残っていないのか。


 捕まったらもはや脱出の目はあるまい。

 手持ちの屑カードじゃどうにもならない。


 くそう。

 こんなところで死んでたまるか。

 なにか手はないのか。

 なにか――。


 そう強く願った瞬間。

 ――俺の頭の中に、声が響いた。


『異界の覇王よ――。其方の機転に、新たなる力が覚醒めるであろう』


 開きっぱなしだったバインダに、一筋の光が落ち、辺りを輝きで照らす。

 それは灰色に染まっていたカードに、色を与えた。

 使えなかったはずのカードに、絵柄が浮かび上がる。


 ――【レイズアップ】


『其方のささやかな願いは、あらゆる覇業を光の力によって増幅させるであろう――』


 来たか。

 ハラハラさせやがって。


 俺の新しい力か。

 それがまさか、オンリー・キングダムの基礎カードである【レイズアップ】とはな。


 ピッタリじゃないか。

 こいつを待っていたんだ。


 ありとあらゆるカードの効果を増幅させる能力、レイズアップ。

 これはどんなカードとも組み合わせることができる。

 オンリー・キングダムの基礎であり、そして奥義とも言えるカードだ。

 こいつさえあれば、俺は負けない――。


 凄まじい魔力を感じたのか、魔物たちは俺を遠巻きに警戒している。


 俺はバインダを持ったまま、彼らを見返した。

 ――よし。


「いいだろう、それでは見せてやるぞ、ドレイク」

「ああ!?」

「俺を疑ったことを、後悔するがいい。神の御業を、とくと味わえ!」


 俺がカードを手に持つと、一気に倦怠感が襲い掛かってきた。

 今までの比ではない。気を抜いたら意識が持っていかれそうだ。

 なんて大量の魔力を消費するんだ、このカードは。

 だが、それだけの力はあるってことだろう。


 このカードの使い方はわかっている。

 同時に、もう一枚のカードを引き抜いた。

 二枚のカードを掲げ、俺はそれを天に放り投げる。


「見せてやる! これが俺の――タン・ポ・ポウの力だ! オープン! 【レイズアップ・タンポポ】!」


 次の瞬間、辺りにまばゆい光が走った。


 土埃が舞い上がる。

 魔物たちは皆、目を凝らしていた。

 そして、そこにあった光景を前に、驚愕した。

 俺も驚愕した。ミエリも驚愕した。


 それはまさに神の力と呼ぶしかないだろう。


 なにもなかった大地には、全長2メートルほどのタンポポが咲いていた。

 ――デカくなるのかよ。



 魔王軍たちは浮かれていた。


「すげえ、タンポポ神すげえ!」

「俺きょうからタンポポ神を崇拝するわ!」

「こんなにでかいタンポポ初めて見たな……」


 ひとりの魔物がぽんとドレイクの肩を叩く。


「さすがにこれを見たら疑うわけにはいかないな、班長。神様の邪魔をしちゃいけないよ。魔王城へ帰ろうぜ」

「…………」


 ドレイクはぷるぷると震えていた。

 感動に震えているのか? いや、違う。


 ドレイクは突然、曲刀を掲げた。


「ふざけんなー! なにがタンポポだ! 知ったことか、死ねえ!」

「おい!」


 今までにドレイクを納得させられるだけの判断材料は与えたはずだろう! なのになぜ斬りかかってくる!

 これだから衝動的に行動するようなやつは、嫌なんだ!


「タンポポの神に狼藉を働くと、お前の腹からタンポポが生えてその内臓を突き破るぞ!」

「だったら今やってみろってんだ! 俺様は花なんてどうでもいいんだよ!」


 くそう、どうすれば。

 魔王軍たちは困ったような顔をしているが、しかし積極的に助けには来ないようだ。

 タンポポのために命を投げ出すのはねえ……という顔をしている。

 お前たちにとってタンポポはその程度のものだったのか!

 さっきまでの歓声はなんだったんだ!


 そんなとき、ずっとぶつぶつとつぶやいていたミエリは、急に顔をあげた。


「うん、うん、これなら、これならいけそうです! この巨大タンポポ、強い光の力を感じます! これなら!」

「ああ!?」


 ドレイクと追いかけっこをしながら、俺はミエリを見やる。

 彼女はレイズアップ・タンポポの上に立ち、両手を広げていた。

 なにをする気だ。


 ミエリの金髪がふわりと舞う。

 あれは、魔法の発動だ。


「輪転、無転、栄転、時転――。空と地の狭間を繋ぎ、栄華の園を今一度、この手に――」


 辺りに雷のような火花が散った。

 いったいなにをする気だ――。


「――ゆきて戻らん! ディバインゲート!」


 その瞬間、ミエリの頭上にひとつの扉が生まれた。

 あれは、俺がこの世界に連れてこられたときの――。


「マサムネさん、早く! 長くは持ちません!」


 ミエリの髪が毛先から、急速に白くなってゆく。

 あいつは体の中のなにかを振り絞って、転移魔法を唱えたのだ。


「ああ、わかっている!」

「させるかぁ!」

「てめえ!」


 あくまでも邪魔するつもりか、ドレイク。

 だが無駄だ。衝動的に行動をした時点で、お前の負けだ――。


「いいだろう、ドレイク、やってやろうじゃないか。お前の体内に咲かせてやろう、死出の花を。真っ赤に染まったタンポポをな!」


 俺はカードを見せつけ、ドレイクに叫ぶ。


「【タンポポ】!」

「――グッ!」


 ドレイクは身をよじる。

 表面上はなにも変わったことは起きなかった。

 大地に花が咲くこともない。

 だが、ドレイクは膝をついた。

 俺はその横を駆け抜ける。


「き、貴様……」


 そう、なにも起きたようには見えないだろう。

 ――実際に、なにも起こっていないんだからな。

 体内に花を咲かせるなんて、できるかよ。


「じゃあな、ドレイク」


 俺はミエリとともに、転移の扉へと飛び込んだ。

 すぐに視界が暗転し、俺は虚脱感に包み込まれる。

 上下左右に体が引っ張られ、シェイクされるような感覚の中、俺は意識を失ってゆく。


 ――さて、今度目が覚めたときは、どうなることやら。






 太陽の光がまぶたの裏に突き刺さる。

 夜が明けていた。


「……ん……」


 どうやら、助かったらしいな。


 空き地のような場所で目を覚ましたとき、俺のそばには一匹の白猫がいた。

「にゃー! にゃー!」とわめき散らしながら、その場を転げまわっている。


 ずいぶんと騒がしい猫だ。

 そう思いながら起きあがる俺の前、猫は地面をひっかいて文字をかいた。

 そうして何度も自分を指差している。


 なんだこの器用な猫は。

 さすが異世界は違うな。


 そんなことを思いながら、

 猫の書いたその文字を覗き込む。


『 わたしミエリ 』


 ……猫になってる。




 ――第一章 『絶体絶命の脱出編』 完


 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 マサムネたちがいなくなった後。

 巨大なタンポポの咲く荒野で、その場にしゃがみ込んだドレイクは、小さくつぶやいた。


「……なあ、俺、死ぬのかな……」


 誰もが目を逸らす。

 もはや余命あとわずか――だと思い込んでいる――のドレイク班長に従うものは、どこにもいないだろう。

 彼は神に手を出してその呪いを浴びるという、愚かな真似をしたのだから。


 そう、タンポポに笑うものは、タンポポに殺されるのであった――。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 明日より、第二章が始まります。

 これからも応援よろしくお願いします!


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実は眠っていなかったドレイク、たんぽぽまみれになってここに眠る
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