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第46話 「限界・正宗荘!」

「…………」

「暇だねえ、ミエリさま」

「そうですねぇ、お客さん来ませんねぇ」

「………………」


 オープンから二週間。

 正宗荘では、早くも閑古鳥が鳴いていた。


 なぜだ。おかしい。こんなはずじゃなかった。

 先ほどからこの三つの言葉が頭の中をグルグルと回っている。


 俺たち三人は、暇そうに店の前に突っ立っていた。


 ホットランドは少しずつ復興の兆しを見せている。あちこちには旗が立ち、元祖温泉宿! だとか、本家温泉宿! だとか、真・温泉宿! だとか、ネオ温泉宿! だとか、そういった自分の店こそが最強なのだという競争が行なわれている。

 町人もたくましく、町を歩く観光客や冒険者に熱心に声かけている。これこそが本来のホットランドの姿なのだろう。なによりもホットなのは温泉ではなく、この町の商魂たくましい町人たちの姿だったというわけだ。


 それはさておき、俺は再び繰り返す。なぜだ。おかしい。こんなはずじゃなかった、と。


 正確には『なぜだ』は間違っている。俺は現状を正しく把握していた。正宗荘が凋落した原因は、いくつかある。

 まずひとつは、うちで雇っていた従業員たちが皆、もとの旅館に帰ってしまったことだ。もともと他の宿から引っ張ってきた従業員なので、自分の旅館が復興したらそちらに戻る。それはわかっていたことだ。だが、ひとりまたひとりと去ってゆき、残されたものは素人同然の集団となり、サービスは目に見えて低下した。それがダイレクトに旅館の評判に響き、正宗荘からは客足が遠のいた。原因のひとつだ。


 ふたつめは、物珍しいジャパニーズ・リョカン・スタイルが、根付かなかったことだ。というかリピーターが生まれなかった。相変わらず一見さんはやってきてくれるが、それだけだ。素足で床の間で過ごすというのは、どうやらこの世界の人々にとってなんだか居心地の悪いものらしい。ガッデム。


 そして最後の理由。俺はすっかりと失念していた。

 この町に来る者たちは旅館ではなく、『温泉』が目当てなのだ。それなのに俺は温泉の充実を図ろうとはしなかった。ありきたりの温泉を置いて、それで満足してしまった。これではいけない。温泉こそが目玉なのだ。OMOTENASIなどどうでもいい。温泉を増やすべきだったのだ。目新しくて、画期的で、誰もが待ち望んでいて、効用たっぷりなそんな温泉を!


「……このままではいかんな。ミエリ!」

「ふぁい?」

「お前に重要な使命を与える。ついてこい!」

「なんだか面倒そうですねー。それもお給料に入りますかにゃ?」


 ぬぐぐ、ミエリめ……。金を与えて働かせたら、最近妙に金銭感覚を身に着けやがって……。ポンコツ女神の癖に……。


「わかった、特別手当を出す。これはお前にしかできないことだからな。雷と転生の女神のその実力を、存分に振るってもらうぞ」

「えー、しょうがないですねぇ。うふふ、マサムネさんってばようやくわたしの凄さがわかったようですね。そんな殊勝な心掛け、いいと思います。うふふ、このミエリが力を貸してしんぜましょうにゃあー」


 と、調子に乗るミエリの手を引いて旅館の中に戻ろうとすると、ナルが声をかけてきた。


「あ、マサムネくん、あたしは?」

「え? あ、いや、あの……、な、ナルはついてこなくてもいい」

「ん……、そっかぁ」


 ナルは寂しげに微笑む。俺はそれを見て、妙に胸の中がそわそわとしてしまった。


「な、なにもやることがないんだったら、店の前を掃き掃除していてくれ! そ、それじゃあな!」

「はーい」


 いつもと変わらぬ調子で返事をするナルを置いて、俺はミエリとともにまるで逃げるように旅館に戻った。


 ――気まずい!



 俺はミエリを箱詰めしながら、ため息をつく。


 確かにナルは美少女だ。顔もスタイルもいいし、多少胸はないが、性格もいい。だが、ここで俺が相手をひとりに決めてもいいものかと悩む。俺は慎重なんだ。この先、ナルとまったく同じようなポテンシャルを持って、なおかつ弓の扱いが人並みにうまいアーチャーと出会う可能性があるかもしれない。そう思うと、なかなか一歩を踏み出すことができなかった。顔を合わせると気まずいし。


「あの、これなんですか、マサムネさん、これなんですか?」


 箱の中からくぐもったミエリの声が届く。俺は小さく首を振った。


 そういえばイクリピアで別れたキキレアはなにをしているんだろう。ふとあいつの顔が浮かぶ。キキレアは女としてどうこうという風にはまったく思えなかったが、しかしそれでも色々な冒険を共にした仲間だ。見知らぬ誰かと大冒険を繰り広げているだろうか。新しいパーティーでうまくやれているだろうか。あんなにエキサイティングなキキレアだ。恐らくトラブルを起こしたりしているのだろう。無事でいてくれればいいのだが。


「なんでわたし箱の中に入れられているんですか!? このまま埋められるんですか!? わたしになにをしようとしているんですか!? わ、わたし女神なんですよ!? 罰が当たりますよー!?」

「ミエリ、お前には仕事を与える。お前にしかできない仕事だ」

「箱の中に入る仕事ですか!? 箱が爆破されるからその前に脱出するんですか!?」

「違う。いいか? 右上にランプがあるだろう。それが点灯したら、お前は微弱の電気を放つんだ。普段のサンダーの十分の一ぐらいの力だぞ。そんな微妙な力の調整はお前以外にはできないはずだ。いいな、ミエリ?」

「えっ……えっ?」

「いつランプがつくかわからないからな。頼んだぞ」

「えっ、えっ、えっ!? どういうことですか!? わたし、そのためにずっとここにいるんですか!? ええー!?」


 ミエリを置き去りにして、俺は歩き出す。

 ナルといざ会ったときのために、シミュレーションはしておかないとな……。


 そして新たに名物となるはずだった『電気風呂』は、お客さんの押したボタンに気づかずミエリが寝こける結果となり、終了を余儀なくされた。

 いいアイデアだと思ったんだが、使えねえ女神だな!



 いろんな風呂を試行錯誤して作り続けた。牛乳風呂や酒風呂は、すでに先駆者がいたから、後追いになってしまう。

 他にはなにがあるだろうと、俺は頭を悩ませた。苦心の末のタンポポ風呂(タンポポが浮いているだけだ)は結構好評だったのだが、その後のパン風呂(同じようにパンが浮いている)が死ぬほど評判悪く、客足が再び遠のく結果になってしまった。


 あまりにも経営不振が続くようなら、俺が掘った温泉の使用料を旅館からふんだくるしかない……。

 だが、そうやって急に温泉の使用料とか取るやつは、たいてい住人に恨まれたり刺されたり、ロクな末路を辿らないんだよな……。

 くそう、つらい。つらたんだ。


 最近はナルとはあまり顔を合わせず、会議もミエリと行なっていた。ミエリはだいたい役に立たなかったが、話し相手にはなってくれるしな。


 というわけで、夜も更けてきた頃である。


「はぁ、経営って大変なんだな。考えることが多すぎる……」

「マサムネさんはいちいち悩むからですよ。なんでもぱっぱっぱーって決めちゃえばいいのに、全部に悩んじゃうから」

「そうだな……。最近向いていないのかもしれないって、俺も思い始めてきた」


 ある程度はフィーリングで決めたほうがいいのかもしれないのだが、俺にはそんなことはできない。なにもかもきっちり結論を決めなければ……。


 そんな風に頭を悩ましている最中だ。机に向き直る俺に対し、べたーっと床の間にうつぶせになってゴロゴロしているミエリが、口を開いた。


「そういえばマサムネさん、最近ナルルースさんとなにかあったんですか?」

「…………」


 俺は内心の動揺を抑えながら、書類へと向き直る。


 こいつ、俺の弱みを握って、さらに俺からお賃金を引き出そうという腹積もりか……! そうはさせないぞ、絶対に俺は弱みなど見せないぞ……!


 最初はそう思っていたが、ミエリはどうやら本当に俺を心配してくれているようだ。ミエリのくせに。


「……別に、大したことじゃない」

「そうなんですか? ナルルースさんもなんだかちょっと落ち込んでいたみたいですけど」

「…………」


 俺はがじがじと頭をかく。


「別に、ちょっとしたことだよ」

「ハッ……まさかマサムネさん、ひょっとしてナルルースさんに無理矢理……!? ナルルースさんが抵抗できないことをいいことに、その情欲を温泉旅館の女将見習いのエルフさんに滾りの限り叩きつけて……!?」

「変な妄想しているんじゃねえよオラ。つかなにもしてねえよ、なにもしてねえから気まずくなってんだよ!」

「? どういうことですか?」

「あーもう」


 俺はこないだあった出来事を、ぽつぽつと語る。

 正直、ナルとあんな微妙な雰囲気を繰り広げるのは、限界だったのだ。少しでもこの荷を下ろして、楽になりたかった。たとえ相手がミエリでも。ミエリなんかだとしても。


「いっそ、押し倒して無理矢理俺のものにでもさせればよかったんだ。今の気まずい状況に比べたらそっちのが遥かにマシだ」

「どうせできないくせに」

「………………」


 俺が睨みつけると、しかしミエリは胸を張りながら笑う。


「へっへーん、今のビビムネさんになにを言われたってこわくないですよーだ。なんですかチューできなかったから気まずいって。中学生ですか、ちゅーだけに。ちゅーだけに!」


 これ見よがしにドヤ顔をするミエリ。うぜえ。

 やはり話したのは失敗だったのかもしれない。相手はミエリだぞ。なにを考えているんだ俺は。


「この野郎、調子に乗りやがって……、また箱詰めにすっぞ……」

「やめてくださいよあれお手洗いにもいけないんですから!」


 本気の悲鳴をあげるミエリを置いて、俺は立ち上がる。


「どこへ行くんですか? ビビムネさん」

「風呂だよ」



 一般客はいないため、きょうはのんびりと入れる。

 俺は更衣室で服を脱ぎ、戸を開いた。きょうは露天風呂にしておこう。大量の湯気が立ちのぼり、一メートル先も見えないほどの熱気である。


 さっと掛け湯をして、体の汗を洗い流した俺は、ゆったりと湯船につかる。

 足先から痺れてゆくようなこの感覚がたまらない。胸まで入ると、全身が温められてゆく。血流が熱を持って、コリというコリをほぐしてくれるようだ。


 やはり温泉はいい。これがあるから一日がんばれる。

 しかし自分が蒔いた種とはいえ、なぜ旅館の経営などしなければならないのだろう……。

 俺はもう少し、こう、ゴロゴロと生きていたかったのではないだろうか。今のミエリのように……。


 いろんな考えが頭をよぎってゆく。俺は目を閉じた。足を伸ばして、軽く体をひねる。お湯は温かく俺を包み込んでくれる。優しい。もうお湯と結婚したい。


 はあ、と大きなため息をつく。そのときだった。


「……ん?」


 奥の方から水音がすることに気づいた。この露天風呂は無駄に広い。誰かお客さんが先に入っていたのだろうか。いや、きょうはもう誰も宿泊していないはずだが……。


 俺はいぶかしげに奥を眺めた。湯気が濃くてよく見えないな。近づいてみようか。もしかしたら野生の動物が入り込んできたのかもしれないしな。


 そんな中、立ち上がった俺はひそかな予感を覚えていた。もしこれがラブコメだったらきっと女性の従業員だとか、たとえばナルだとかが先に入っているのだろう。俺が近づくと、ナルの裸をバッチリ見てしまって『きゃー!』だとかそういう展開が待っていたのだろう。


 だが、現実にそんなことが起きるだろうか? まずありえないだろう。だいたいここは男湯だ。『間違えて入っちゃった!』なんてリアリティがないからな。そんなミスをするようなやつが、いるはずがない。うちの残念アーチャーだってまさかそんなに残念なやつじゃないさ。じゃぶじゃぶとお湯をかきわけながら歩く俺はそんなことを思う。


 湯気が晴れた。


「えっ、ま、ま、マサムネくん!?」


 そこには首までお湯に浸かったナルがいた。もちろん全裸だ。バッチリ見てしまった。


「なんでだよ!!!」


 俺は力の限り叫んだ。


「えっ!? ど、どういうこと!? なんであたし、えっ、こ、ここ男湯なの!?」

「どんだけ残念なんだお前は! 俺が心の中で散々予防線張っただろうが!」

「うっ、うう……、ご、ごめんなさい……!」


 ナルはひたすら恐縮して体を小さくしていた。

 膝を抱えて、湯船の中に口元まで浸かるエルフの少女。

 湯だったのか、その白い肢体はほんのりと赤く染まっていた。

 はっきりいって、めちゃめちゃ綺麗だった。


 いかん、あまりジロジロ見るわけにはいかない。変な気分になってしまう。

 くそう、なんて状況だ。男湯にナルとふたりきりだなんて、こないだよりよっぽどレベルが高いぞ。


 ダメだ。気まずいなんてもんじゃない。ここは撤退だ。

 俺は背を向けた。ナルの素肌が目に焼きついて離れない。きょうの夜は一日中悶々としてしまうかもしれない。


「まったく……、俺は先に上がるぞ……。しばらくしてから出て来い」

「…………ねえ、マサムネくん、最近あたしのことを避けているよね」

「ええ?」


 それここでする? ここしなきゃいけない話? お風呂あがったあとにしようよ。

 俺が振り返ろうとかどうか迷っていると、さらにナルはつぶやく。


「こないだから、マサムネくんって……、なるべくあたしに会わないようにして……、やっぱり、迷惑だったのかな」

「いや、そういうわけじゃ」

「でも、なんにも、してくれなかったし……。こんな弓を射ることが誰よりも上手なだけのエルフ、別にどうでもいいんだよね……」


 俺はその思い上がりを明確に否定をしたかったのだが、ここでツッコミをすると話がこじれそうな気がしたので素肌に爪を食いこませて必死に耐えた。


「待て、ナル。お前はなにか思い違いをしている」

「……思い違い?」

「ああ」


 俺は振り向かず、一息に答える。


「いいか、ナル。お前は俺の大切な仲間だ。そんな仲間に好意を向けてもらえるのは非常に嬉しいことだと思っている。本当だ。だが俺はまだお前に対する感情を自分で理解できていないのだ。お前は大事なパーティーメンバーだが、異性としてお前を見たことは今までなかったからな。だから、俺の気持ちが落ち着くまでもう少し待っていてほしい。……というのは、どうだ?」


 しばらく、辺りには湯が浴槽に中にそそがれる音だけがしていた。

 背を向けているため、ナルがどういう顔をしているのかはわからない。


 俺が押し黙っていると、ナルが小さくうなずく気配がした。


「……うん、わかった、マサムネくん」


 どういう表情をしているのか気になる。気になるのだが……!

 振り向けばそこには裸のナルがいるわけだ。それはさすがにまずいだろう、色々と。


「まるで台本をあらかじめ用意していたかのようなよどみない言葉で、ちょっと飲み込むのが大変だったけど」

「ははは」


 変なところ鋭いな、ナル。

 俺は慎重な男マサムネ。このときのためにどう答えればいいかは、あらかじめシミュレーションしていたからな。


「でも、うん、わかったよ」

「そうか」

「うん、嫌われていないってわかって、よかった。ホッとした」

「お、おう」


 湯音がした。ナルが立ち上がったようだ。そうして彼女は――。


「あたしのこと大事なパーティーメンバーって言ってくれて嬉しい。ありがとう、マサムネくん!」

「――っ」


 後ろから抱きついてきた。


 俺も全裸で、ナルも全裸で。ナルはそんな感じで抱きついてきたのだ。

 背中に当たる感触は柔らかく、俺の意識は真っ白になってしまった。

 胸に腕を回される。温かくて、こそばゆい。


 こ、こ、この女……。

 まさか俺を、このまま陥落させる気では……?


 意識を失った俺を監禁して、さらに調教するとか……。

 そうだ、ナルはそういう女だ。力づくで相手を自分のものにしよう、とか考える女だ。エルフは森の民だが、狩猟民族なのだ。恐ろしい。


「な、なあナル、色々と当たっているんだが」

「うん! すごく恥ずかしい!」

「だったら離れろ!」

「でもあたしのこと避けていないんでしょ!? だったらよくない!? 異性として見ていないんでしょ!? こうされても全然異性として見ていないんでしょ!? ねえ!?」

「どういう理屈だそれはああああああ!」


 おそらくナルもグルグル目になっていて、自分がなにを言っているのかわかっていないのだろう。

 どうするか、ここは一撃頭に【エナジーボルト】でも食らわせて昏倒を狙うべきか。


 そんなことを思っているときであった。足元がわずかに揺れ出す。それは地震……というよりはどこかおかしく、まるで人為的な揺れのようであった。

 俺たちはハッと我に返った。


「……な、なんだ?」

「まさか魔王軍!?」

「嘘だろう、おい!」


 ナルとふたり、顔を見合わせて走り出す。

 しかし、俺は人知れずほっと胸を撫で下ろしていた。


 なんていいタイミングに来てくれたんだ魔王軍!

 お礼にぶち殺してやるぜ!




 だが、違った。

 湯上がりのまま服に着替えて外に出てみると、うちの宿の裏手にはぽっかりと巨大な穴ができあがっているのが見えた。

 これが地震の正体か。

 そう深い穴ではないようだが、中は暗くてとても見通しが効かない。


「なんだこれ」

「自然に作られた穴……、ってわけじゃなさそうだね」


 俺とナルは穴を見下ろしながらつぶやく。

 近くの宿の人々も起きてきて、辺りには野次馬がたくさんやってきていた。結構響いたんだな、地震。


 ミエリもあとからやってきて、首をひねる。しかしそれは穴を見てではなく。


「なーんか、マサムネさんとナルルースさん、一緒に男湯から出てきたように見えたんですけどぉ」

「うんそうなんだよ実はねミエリさま――」

「――そうだな、ナル! よし、中を調査してみようか!」


 俺はナルの手を掴んでこちらを無理矢理振り向かせる。ナルはにやにやと口元を緩ませていた。

 こ、こいつ……。意外としたたか……!


「えっ、マサムネさんこんなところに入っていくつもりですか?」

「お、おう……そう、だな……」


 ミエリが目を丸くして驚いている。俺は青い顔でうなずいた。くそう、衝動的にごまかしてしまった……。後悔しかない。


「いいさ、行ってくる」

「えっ、ひとりで大丈夫? マサムネくん、あたしも行くよ」

「大丈夫だ。少し降りて見てくるだけだ。お前たちは適当に野次馬の相手をしていてくれ」


 俺は風呂上りの散歩気分で【ホバー】と【ピッカラ】を使い、穴にゆっくりと落ちてゆくのであった。



 ううむ、しかしなんというか。

 俺は暗闇の通路に降り立つ。足元は石造り。通路は左右へと伸びている。ひんやりとした冷たさが辺りを包んでいる。


 どう考えても自然の洞窟って感じではないな。

 俺は立ち止まって辺りを見回す。天井もしっかりしていて、崩落の危険性はなさそうだ。


 するとだ。

 前方から緑色の塊が転がってきた。なんだこれは……。

 俺は目を凝らす。すると眩しそうにピッカラの光を避けながらも、それはぷよぷよとこちらににじり寄ってくる。


 俺はバインダを開き、【エナジーボルト】を取り出した。なにかを仕掛けてくるなら、すぐにでも放てるように。


 緑色の塊はぼよんと跳ねて、俺に飛びかかってきた。


「うお! 【エナジーボルト】!」


 とっさに反応した俺はカードを使う。

 魔力の矢を浴びた塊は、その場でびくびくと痙攣して地面に落下した。べたんと広がった後、黒い煙となって消えてゆく。


 ……これ、もしかしてスライムか?


 俺は暗闇に伸びる通路を眺め、顎を撫でる。

 となると、この場所はただの洞窟というわけではなさそうだ。というよりも、むしろここは――。


「――ダンジョンってやつなのか」


 ホットランドの地下には、どうやらダンジョンが眠っていたようだ。

 温泉だけじゃなかったのか。


 俺は「ふむ」と腕を組む。

 正宗荘の裏手にできた、ダンジョンへの穴、か。

 なるほど。


 俺はそうして閃く


「……こいつは使えるな」





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 イクリピアの書庫にて、ジャックとキキレアはひとつの報告書を受け取っていた。

 それはホットランドの地下から、大きな迷宮が発見されたという報告だ。


 調査は順調に進んでおり、町の冒険者により地下二階まで踏破されたという。

 ジャックはその報告を聞いて、満足そうにうなずいた。


「やはり見つかったか」

「なにそれ、あんた知ってたの? ホットランドに迷宮があるって」


 キキレアは眉をひそめた。自分の知らないことをジャックが知っていたというのが、プライドにさわったのだ。


 ジャックは肩を竦める。


「かつてね、ホットランドの周辺にあった迷宮を、何代か前のイクリピアの王族が封じたらしいんだ。その封印がもう少しで解けそうだと聞いていたので、念のためにマサムネくんを送ったんだよ。でもまさかこんなにドンピシャで見つかるとは。やはり彼はなにかを持っているようだね」

「へえ、迷宮ねえ……。私抜きであいつらがねえ、へえ、ふーん、はーん……」

「キキレアくん目が怖い、目が怖いよ」


 ジャックはわずかに身を引く。キキレアが机の角を握り締めていて、それがギリギリと音を立てていた。とてつもない握力というか、とてつもない怨念というか。

 同じく怯えたような顔をしていた騎士が、小さく手を挙げた。


「あの、もうひとつご報告があるんですが……」

「ん、なんだい?」


 生霊キキレアの黒いオーラから目を背けつつ、ジャックは問いかける。騎士はなんとも形容しがたい顔で言う。


「こんなチラシが、ホットランドに撒かれておりまして……」

『ん?』


 そこにはこう書いてあった。



『――おいでよレジャーダンジョン!


 温泉で体を温めたあとは、迷宮を探索しないか?

 安全安心なレジャーダンジョンで、君も今日から冒険者だ!

 ホットランドの新たな観光スポット、レジャーダンジョン!

 さあ日帰りで楽チンな旅に出ようじゃないか!


 ※なお入場料は別個に頂きます(小さい文字で)』



 キキレアとジャックはチラシを見つめながら、眉根を寄せた。


「なにこれ……」

「僕のご先祖様が封印した迷宮が、観光地化されている……」



 言うまでもないことだが。

 マサムネの仕業であった。


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