第42話 「テイルズオブクズ」
イクリピアは連日連夜のお祭り騒ぎだった。
ここの住人はもともとは大人しくて、真面目で、勉強熱心な気質らしく、あのホープタウンのようにバカ騒ぎが大好きってわけではないらしいんだが。
しかし、それでも嬉しくて酒を飲みたい日はあるだろう。
というわけで、魔王軍を追い払って一週間近くが経ったのに、そこらへんの酒場とか飲食店は、飲めや歌えの大騒ぎを繰り広げていた。
もちろん俺たちマサムネパーティーは英雄扱いだ。この国を救った救世主であるため、どこへいってもタダで食事を振る舞ってもらえる立場なのである。
だが、これには問題点があった。
ひたすらにせがまれるのである。俺たちの武勇伝を、だ。
やれどんな風に七羅将を倒したのか、とか。やれジャラハドさまはどんな風な雄姿をしていたのか、とか。
せがまれるのである。まるで絵本に夢中になった寝る前の子どものように。
そりゃ最初のほうは気分がよかったさ。多少脚色して、俺が天下無双をしている場面を演説してやった。が、そんなことを毎日繰り返していたらさすがに飽きる。飽きないのはナルぐらいだろう。
ジャックもキキレアもうんざりしていたようだ。というわけで、俺たちは別々に各自食事を取る。適切な料金を払って、だ。タダメシの誘惑は捨てきれなかったが、しょうがない。
ので、俺はイクリピアのお偉いさんから貸し出された、上等な宿に戻ってきた。
腹も膨れて、満足だ。イクリピアはどこかのホープタウンと違って治安もいいしなー。
というわけで、部屋に帰ると、ベッドでごろんと横になって本を読んでいる女がいた。うつぶせになって脚をぷらんぷらんと揺らして、植物の図鑑を楽しそうに眺めている。幼児か。
だが違う。長い金髪を後ろにまとめたこの見た目だけはめちゃくちゃ美しい女は、幼児からもっとも遠い存在だ。いわばババアだ。そうか、こいつババアなのか……。そうだよな、寿命すごそうだしな……。なんだかテンションが下がってきた。
「あ、おかえりなさーい、マサムネさんー」
「ただいま、ババア」
「!?!?!?」
衝撃に頭を揺らすミエリを無視し、俺は椅子に腰かけた。いやあ、宿泊費がタダで、その気になれば食事もタダっていうのは、素晴らしいな。
このまま一生イクリピアに住んでいてもいいな。
ジャックが王子様だろ? で、俺は国の一大事を救った英雄だろ?
だったら、そのそばで一生甘い蜜を吸えそうじゃないか。
だが仕事をしないというのはよくない。そうだな、美食大臣というのはどうだろう。いろんな店を食べ歩いて、それぞれに評価をつける仕事だ。
いやーこれは大変だなー。毎日おいしいものを食べて評価しないといけないんだもんなー。つらいなー。いやー、つらい仕事だろうなー。
とかなんとか考えていると、ミエリがベッドに腰かけてじーっと俺のほうをねめつけていた。なんだなんだ。
「お前も美食大臣になりたいのか? でもだめだ、もう役職は埋まっている。お前はそうだな、あちこちの肩こりに悩む老人の肩に電気を浴びせる、肩こりほぐし大臣というのはどうだ?」
「さっぱり話が見えないんですけど……。あとそんなお仕事ゼッタイにやりたくないんですけどぉ……」
「仕事をえり好みしてはいけないぞ、ミエリ。お前は女神だから知らないかもしれないが、労働は人間の義務なんだ」
「じゃあわたしもその美食大臣っていうのがいいです」
「だめですぅー、もうこれは決まってますぅー。これはぼくの担当ですぅー」
「なんなんですか!? どうせ妄想じゃないですか! だったらわたしが美食大臣でもいいはずですよぉ! どうせ毎日毎日おいしいものを食べ歩きして、『うむ、今の店は☆三つ!』とか言うだけの役職でしょ!」
「バカ言うなお前! これがどれだけつらいかわからないのか! 確かな舌を持って、万人が納得するような評価をつけなければならないんだぞ! その苦労も考えたことがない上に貧乏舌なお前ができるような仕事だと思うな!」
「だ、誰が貧乏舌なんですか! わたしは言っときますけど、そんじょそこらの猫まんまじゃ満足しませんからね! キリッ! このわたしを満足させたら大したものですよ! ☆三つをあげてもいいですね!」
「うるせえ猫! 野良猫! 捨て猫! お前なんて一生猫まんま食ってろ! ネズミでも掴まえてきて飼い主に誇らしげに見せてからバリバリむさぼってろ!」
「えーうっそー、マサムネさんってネズミ食べたことないんですかぁー、やだぁー、遅れてますにゃー。猫界でそんなこと言ったら生後三か月の子にも大爆笑されちゃいますにゃー」
「え、お前ネズミ食ったことあんの……? 冗談のつもりだったんだけど……」
「え……? あ、えっと、あの……」
「うわー……、女神なのに? マジで? そこまで落ちぶれたの?」
「……あ、あの」
「うわー……、引くわー…………」
俺が真顔で繰り返すと、ミエリは自分のローブの裾を持ちながら俯いてぷるぷると震えていた。
と、そんな風にミエリをからかって暇をつぶしている最中のことだった。
突然、ガチャリとドアが開いた。
「ん?」
ノックもなかったから、宿屋の従業員ではないだろう。俺はその手にバインダを出現させる。
だが、入ってきたのはよく知っているふたりだ。
ともにこの街を救った英雄。ナルとキキレアである。
ふたりはなにやらヨイショヨイショと掛け声を合わせて、でかい椅子の背もたれのようなものを運び込んできた。
いや違う、それはどっかで見たことがあるような台だ。
部屋の中央に台をドンと置くと、キキレアは額の汗を拭った。ナルは涼しい顔だが、いつもと違ってニコニコとはしていない。
なんだなんだ?
「えー、それではマサムネ」
「おう」
「ここに立ちなさい」
「……ん?」
言われた通り、俺は台の前に立つ。
すると、先ほどまで俺が座っていた椅子にキキレアが腰をかけた。これ見よがしに足を組む。
一方ナルは部屋の入口に陣取り、ガチャリとドアをしめた。さらに鍵をかけた。この部屋にいるやつを絶対に逃がさないぞ、という構えだ。
俺とミエリは顔を見合わせた。
「なんですかこれ?」
「いったいなにが始まるんすかねえ」
「見ていればわかるわ。それでは始めるわよ」
キキレアは膝の上に、小さな木の台を置いて、そうしてそこにどこからか出した小槌を叩きつける。部屋の中にコンコンと澄んだ気持ちのいい音が響いた。
あ、これ知ってる。
裁判長とかが持っているやつだ。
「被告人、マサムネ。あんたはわたしたちに隠し事をしているわね。洗いざらい吐いてもらうわ」
キキレアの目が、証言台の前に立つ俺を突き刺す。
「――まずその女は、結局なんなの?」
裁判長が指差すのは、ベッドサイドにきょとんとして座るミエリ。
――こうして、俺への取り調べが始まったのであった。
まあ、意味はわかる。
ミエリをニャン太郎と言ったり、急に美人になったり猫になったり。かと思えば雷魔法を使ったり。本当なんなんだろうな、不思議生物だな。
キキレアはミエリと俺を交互に眺めながら、剣呑な声を発する。
「……前にも一度聞いたけど、転生と雷の女神、ミエリさまなんでしょ? 猫のときから同じ名前だったし、さらに雷魔法の使い手。容姿だってほとんど同じ。今は猫耳と尻尾もない。完全のミエリさまよ」
「そうです」
いつしかミエリはベッドの上に立っていた。そうして胸に手を当てて、誇らしげな顔で語る。
「わたしこそが転生と雷の女神、ミエリです。今までありがとう、キキレア・キキ。あなたの信仰心は、わたしの大いなる力となりました。これからも力を貸してくださいね」
お、おう。あっさりとばらしやがった。
ニコニコと微笑むミエリを前に、キキレアは苦悩しているようだ。
「状況証拠としてはほぼ確実にミエリさまのはずで、本人もそう言っているからそうなんだろうけど……なんでかしら、このどうしても認めたくない感じは……、なんなのかしら……!」
「なんでですか!?」
悲鳴をあげるミエリ。だが、ナルのほうは素直に感動しているようだ。
「わあー! ほんとに、ほんとにあの伝説のミエリさまなの!? すごい、すごい、あたし感激だなあ! まさかあの伝説の女神さまにお会いできるなんて! わあすごいなあ、すごいなあ!」
「ふふふふふふふ」
ミエリがこれ以上にないぐらいに気持ちよさそうだ。
キキレアがこちらをキッと睨んできたので、俺は頭をかきながらつぶやいた。
「まあ、そういうことだよ、キキレア、ナル」
「くっ、なんだか感情的にすごく納得できないわ……。だったらなんで猫になったりしていたのよ」
「あれは闇の力が強いところにいったのと、光の力を使いすぎたせいっていう、ダブルの効果だったかな」
「そうです。わたしの代わりに答えてくれてありがとう、マサムネ。敬虔ですね。その調子でこれからも励むのですよ」
慈しみ深く微笑むミエリ。俺が証言台を降りて両手を構えながら真顔でじりじりと近づくと、ミエリは冷や汗を流しながら同じ距離だけじりじりと下がった。
キキレアは海溝のように深いため息をつく。
「そのせいで、私たち雷魔法使いがミエリさまのご加護を受けられなくなったってことなのね……。ああもうわかったわ、わかったわよ、ミエリさまだって認めるわよ。こう見えても一応はまだミエリさまの信徒も続けているつもりだしね。神様の御言葉を疑うべからず、だわ。だからマサムネ、もとの場所に戻りなさい」
「おう。……あんま調子乗んじゃねえぞ、ミエリ」
「ひっ」
小声でぼそっとミエリにささやいてから、俺は証言台の前に戻る。ていうかこのセットは必要だったのか? なんだか居心地が悪いんだが。
さて、キキレア裁判長はさらにポンポンと小槌を鳴らした。
「マサムネ。じゃあ次はあんたに質問よ。なんであんたがそのミエリさまと一緒にいたの?」
「いや旅の途中で偶然知り合って」
「ナルが言うには、あんたは最初から猫を連れていたって言うわよ。あと肉屋にも売り飛ばそうとしていたって」
俺が肉屋に猫をだって? そんな非人道的な真似をするわけがないじゃないか。なにかの間違いだ。よっぽどお金に困って、一週間パンと雑草だけで生活していたならともかく……。
振り返ればナルは少し目を尖らせていた。
「もう、動物にかわいそうなことをしちゃ、だめなんだからね」
「でもこいつは女神だぞ」
「なおさらダメでしょーが。私たちの元第一信仰神になにやらかそうとしてんのよ」
「軽い冗談だったんだけどな」
俺は顎を撫でながら、うめく。
そうしていると、またもミエリが余計な一言を告げた。
「わたしたちは、魔王を倒すために、この地上に降りてきたのです」
胸に手を当てながら、女神さまはそう言い切った。
次の瞬間、キキレアが「( ゜Д゜)ハァ?」みたいな顔をした。
キキレアはまずミエリを見た。
それからすごい打ちのめされたような顔で俺を見た。
さらにミエリに向き直った。子羊のようなキキレアがそこにいた。
「え、私たちは、って、え? え? こ、この、この、こいつも? ていうか、こいつが? 食べるのに困って猫を肉屋に売り飛ばしそうになったり、女装して受付嬢の真似をしたり、目先の銅貨に必死に飛びついたり、手からパンを出して喜んでいるような、こいつが……?」
震える指先で俺を指すキキレアに、ミエリは慈母のような顔でゆっくりとうなずいた。
「はい、そうです。マサムネはわたしが選んだ賢者です」
「――」
キキレアはその場に卒倒した。
おいおい、少しリアクションが大きくないかい? キキレアさんよ。
数分後、額に濡れタオルを当てながら椅子に深くもたれかかるキキレアは青息吐息をはきだしていた。
「ごめんなさい、ちょっとあまりにも衝撃的すぎて、このS級冒険者であるこの私、キキレア・キキの魂ですら壊れてしまいそうだったわ」
「そうか、大変だな」
俺は証言台に肘をついて寄りかかる。ナルはなんだか知らないけどテンションがあがって、はしゃぎっぱなしだ。俺を見る目つきが宝石を見る少女のようにキラキラと輝いていて少し胸が痛い。こんな俺でごめんな。
「つまり、マサムネは……女神さまにその、あの……え、え、えら……えら……、っ、だ、だめだわ! 私にそんな滅びの呪文は唱えられないわ!」
「選ばれたんだよ!」
「やめて! そんなことを堂々と言ってショックでイクリピアが海に沈んだらどう責任を取るつもり!?」
「わけのわからねえことを言うな! 俺は選ばれたんだ! 女神ミエリに選ばれてこの地に魔王を倒すために送り込まれた賢者なんだよ! だから色んなカードを操る変な力を持っているし、七羅将だってやっつけたじゃねえか!」
「ねえナル、そういえば昨日行ったあのレストランおいしかったわね。ふふっ、また一緒に行きましょうね」
「現実逃避してんじゃねえよ! ちゃんとこっちを見ろ!」
「いいいいやああああああ! キキレアなにもわかんない、キキレアなにも知らないもん! キキレアおうち帰るううううううう!」
手足をバタバタと振り回し、キキレアは絨毯の上で駄々っ子モードになった。
「そんなにか!? そんなに俺が救世主だとおかしいか!? 幼児退行するほどか!?」
くそう。今まで面倒くさいだろうからって喋らなかったんだが、喋っておいてこういうリアクションされるのは、それはそれで腹立つな……。
キキレアがジタバタしている間に、ナルがやってきて俺の顔を覗き込む。
「ねえ、マサムネくん……、ううん、マサムネさま!」
「うっ」
やばい。ナルの目がお星さまみたいになっている。
そうだ、この女は伝説とか英雄譚とか、そういうのにめっぽう弱いんだ。至宝の弓を使いこなせないくせに延々と振り回しているようなエルフだ。
そんなナルは、なんと俺の足元にひざまずく!
顔をあげながら、たわごとをほざいた。
「これまでもずっとずっとマサムネさまはただものじゃないと思っていたよ! さすがマサムネさま、その機転も知恵も強さも勇気も正義の心も思いやりも優しさも愛しさも切なさも心強さもなにもかもすごくあふれていて、そんなマサムネさまと一緒に戦えるだなんてあたしもう最高の気分! こんな名誉、他にはなんにもないよ! あたしマサムネさまのためだったらなんだってするね! なんだってするから!」
勘弁してくださいとこちらこそ土下座したい気分だった。
ただでさえ最近忠誠心がフィーバーしていたナルに注がれたのは、まさしく劇毒だ。ナルの愛をどう受け止めればいいのかもうわかんない。
ミエリはやけに満足そうな顔をしていやがるし。どうやって収集つけるんだよこの場を!
もういっそ【エナジーボルト】とかぶっ放して爆発オチにでもしてやろうかと思っている最中であった。
幼児退行したキキレアが起き上がって、汗で張りついた前髪をハンカチで拭いながら、つぶやいた。
「…………で、ということは、あんた」
「うん」
「き、キティー! マサムネさまに『あんた』なんて言っちゃだめだよ! 不敬だよ!? せめて『賢者様』とか『ご主人様』とか言わないと!」
「ごめんナル、ちょっと黙っててくれ」
俺が言うと、ナルはぴしりと背筋を正した。
「あと今までと変わらない感じで、普通に話してくれ」
「えっ、そ、そんな恐れ多いよ、マサムネさま!」
「頼む。お前にそんな言葉づかいをされると、背中がかゆくなっちまうよ」
「そ、そ、そんななんてお優しい……。マサムネさまの度量の広さは、あたしの住んでいた大樹の森の百二十個分ぐらいあるね……! し、しびれちゃう……、マサムネさま……、ううん、マサムネくん! すごい、かっこいいよ!」
「あ、うん……、はい」
そんな俺とナルのやり取りを、キキレアは虚無の目で見つめていた。
だが頭を振り、一転していつものキキレアに戻ると。
「じゃあマサムネ、あんたこれから魔王を退治しにいこうっていうの? もうすぐフィンたちは旅に出るって言っていたけれど」
「いやー」
彼女の真剣の言葉に、俺は後頭部に手を当てる。
そうして、普段通りの調子で答えた。
「戦い終わったばかりだし、すぐにそういうことするのめんどくさいし……、しばらくはここにいようかな、って」
キキレアは目を丸くした。
だがその直後、ぷっと噴き出して笑う。
「そっか、そうよね、ふふっ、あんたがそんな、そうに決まっているわよね」
「いや、おい、笑いすぎだろ」
「ごめんなさいね、……ふふっ」
目の端を指で拭って、キキレアは笑いながら俺に偉そうなことを言う。
「所詮、賢者だろうが女神に選ばれていようが、マサムネはマサムネってことよね」
「うっせーな」
俺はそっぽを向いて、口を尖らせた。
「ま、せいぜい魔王退治だって、のんびりとやるさ。な、ミエリ、ナル」
「わたしはいつでもすぐでも構いませんけどぉ~」
「うん、あたしはマサムネくんの言う通りにするよ!」
これが俺たちのパーティーだ。
焦らず、マイペースで、それでもやるときはやる。
そんな俺のパーティーさ。
そして、
それから三か月が経った。
……
……。
「……ねえ、マサムネ、あんたいつになったら旅に出るのよ」
「え? いや、そうだな、今は時期が悪いな。うん。ちょっと曇ってたみたいだし。やっぱ旅立ちってのは晴れてないといけないよな。なあ、ナル?」
「うん、もちろんだよ、マサムネくん! あ、おなか減った? 喉乾いた? それとも膝枕する? 久々に耳かきしてあげよっか?」
「うむ、くるしゅうない」
俺はごろりと横になり、ナルの膝元に転がった。ナルは嬉しそうな顔で俺の頭を撫でた。細い指先が冷たくて気持ちいい。
隣のベッドではミエリも同じようにごろごろして惰眠をむさぼっている。
そう、俺たちは今まさに、英気を養っている最中だ。魔王軍と戦うのなら、休めるときは全力で休まないといけないからな!
そんな俺たちを見下ろして、キキレアは顔を手で覆いながらつぶやいた。
「もうだめだわこいつら……」
その声は「私がなんとかしなきゃ……」という使命感を帯びていたが、今の俺はナルの耳かきが気持ちよくてそんなのはどうでもよかったのであった。




