第41話 「続・魔族を狩る者たち」(後編)
さて、ナルと一緒に魔法塔に突っ込んで、あれを破壊しようとしているわけだが。
俺たちの前には今もなお、無数のアンデッドどもがひしめいている。
まずはこの囲いを突破しなければならない。
どうしたもんかね。
ナルが『閃いた!』という顔で人差し指を立てた。
「マサムネくんを銀の矢にくくりつけて塔に向けて発射するっていうのは?」
「お前に憎悪を向けるアンデッドが一匹増えるだけだぞ」
斬新すぎる計画を立てたナルに、俺は半眼でうめく。
冗談はさておいて、本当にどうするか。
手持ちのカードを思い浮かべながら、頭を悩ませる。
「じゃあさじゃあさ、マサムネくんが単身で斬り込んでいって敵を蹴散らすっていうのはどう!?」
「ナルお前俺のことをなんだと思ってんの? 今まで俺がそんなことしたことあった?」
「でもマサムネくん、なんでもできるから!」
「できねえよ!」
こいつひょっとしてバカなんじゃないだろうか……。
なんてこった。賢そうな顔をしているのに……。
と、ぼやぼやしているとだ。
突然、空を巨大ななにかが覆った。それは地上の――俺たちめがけて落ちてくる。ナルがとっさに身を翻し、俺を抱きかかえて跳ぶ。
「危ないよマサムネくん!」
「!?」
どおおおん!と轟音を立てて飛来してきたもの。それは巨大な岩であった。直径一メートルぐらいはあるだろう。直撃したら間違いなく全身をばらばらにされそうだ。
いったいなぜこんなものが――。
俺は慌てて上空を見上げる。すると魔法塔の最上部がキラリと輝いた。もしかして、ブラックマリアがこっちを狙ってきてやがるのか!?
なんてやつだ。これほど多くの死者の軍団を操りながら、さらに魔法攻撃まで仕掛けてくるなんて。
見たところ大岩を降らせる魔法は土属性のものだろう。さすがにそれほど高位の魔法ではないとしても、この膠着状態では十分な打撃だ。
誰の攻撃も届かない塔から、一方的に魔法を仕掛けてくるだなんて、さぞかし気持ちがいいだろうよ……!
集団戦闘の最中に大岩を放り投げられた騎士団たちは、またもや陣形を乱して悲鳴をあげる。
「ちくしょう! あんなとこからじゃ、打つ手がねえ!」
「せめて魔法が使えたらよお! あんなやつよお!」
「魔法が使えないまでも、俺たちの中に誰か腕利きのアーチャーでもいれば……!」
「あんなに遠いところまでを正確無比に狙えて、それでもってブラックマリアを倒せるアーチャーなんているものか!」
「そうだそうだ! そんなのがいるとするならば、伝説級のアーチャーだ!」
その瞬間だ。助けを呼ぶ騎士団に応えて、ひとりの少女が毅然と髪をかきあげる。そう、彼女の名は――。
「――任せて! このあたし、ナルルース・ローレルが、君たちを絶望の淵から救」
「お前じゃねえ、座ってろ」
俺が強く腕を引くと、ナルは珍しく頬を膨らませて不満の色を濃く表した。
「あたしが人生でもっとも輝く瞬間がやってきたと思ったのに」
「大丈夫だナル。でっかい木箱を抱えてビガデスの魔法塔を爆破してきたお前は、最高に輝いていたぞ」
「えへへへへ、そうかなぁ~~~? やっぱりそう思う~~~?」
デレデレするナル。最高にチョロい。
そんなアホなやり取りをしている間にも、次々と岩が降り注いでくる。大した魔法じゃないはずなのに、隕石のような脅威だ。
くそ、ブラックマリアはデュエリストの才能があるな。適切な魔法を適切なタイミングで使用し、最大の効果を発揮しているのだ。
思わぬ強敵の出現に、俺は歯噛みする。
しかし、そう考えると今のこの場は、まるでカードバトルのようだ。
ブラックマリアは大量のアンデッドクリーチャーを出し、場を制圧しようとしている。フィールドカードの魔法塔によってアンデッドの性能は強化されており、さらにこちらのクリーチャーである『魔法騎士団』をスペルカードで直接攻撃を仕掛けてきた。
相手のマナ切れを待つわけにはいかない。フィールドカードを除去さえすれば俺たちの勝ちだが、除去できなければ俺たちの負け。ブラックマリアの勝ち筋は整っていて、状況は相当こちらに不利だ。
ふむ……。
なるほどな。
――いったん落ち着いたことで、俺の頭はクリアになっていた。
俺は冷静さを取り戻した男、マサムネ。慎重さと大胆さを併せ持ち、オンリー・キングダムのチャンピオンにまで上り詰めたんだ。順番に対処していくとしようじゃないか。
俺はバインダから一枚のカードを抜き取ると、それを空に掲げた。
こちらめがけて落ちてくる大岩を睨みつけ、叫ぶ。
ユズハからいただいたそのカードの名を。
「オンリーカード・オープン! 【ディベスト】!」
果たして、どうなるか。
俺の体からグッと力が抜けた。対抗呪文なだけあって、相当なMP消費量である。だが、俺はあの大岩を打ち出す魔法のコントロールを奪取した。
というわけで腕を振り下ろし、攻撃対象を――すなわち、着弾地点を変更するのだ。
「舐めんなよ! ブラックマリア!」
それは俺が指差した対象――、アンデッド軍団の中央らへんにいる、なんの変哲もないどこにでもいるごく普通の平凡なゾンビめがけて落ちてゆく。
ゾンビは一瞬だけ立ち止まって空を見上げ、そうしてそのまま潰された。
大岩はアンデッド軍団をどっかーんと吹き飛ばす。ぐちゃぁと肉片が飛び散った。やったぜ、今夜はバーベキューだ。
大岩はもう一個降ってきた。再度【ディベスト】を使ってコントロールし、街中で石を投げれば当たりそうな顔立ちをした特徴のないゾンビへと狙いを変更する。ゾンビは潰れた。どぐしゃあ。
周りの騎士たちは、ブラックマリアがなにをしているのかと首を傾げているだろう。ざまあみろ。
優位な状況のように見えるかもしれないが、実は俺の消耗は激しかった。
闇の力による魔力消費量の上昇というのは、俺の覇業には関係ないことなのだが……そもそも俺は、魔力の最大値が低いからな! 回復し切ってねえし!
だから、ブラックマリアがただ愚直に岩を降らし続けていたら、俺はいずれ負けるしかない。だが、あいつがそんなことをするはずがないと、俺は確信にも近い気持ちを抱いていた。
あいつもデュエリストの端くれなら(端くれではないのだろうが)一度破られた戦法を使い回すなんて、真っ平のはずだ。――そうだろう、ブラックマリア。
案の定だ。ブラックマリアはぴたりと土魔法を中止させた。それがどんなものかはわからないのだが、次なる手を打ってくるのだろう。
よし、今のうちだ。
「ナル! あのロング竜穿ソードを使え! 魔法塔への道を切り拓くんだ……って」
俺は目を見開いた。そういえばこいつ、今回あのアタッチメント持ってきてねえ! なんだ!? ドラゴンボーンソードどこやった!?
ナルは「えへへ」と照れ笑いをした。
「お兄ちゃんが、あれがあると竜穿の重心がずれて、目標に命中しなくなるからって」
「いいじゃねえか! どっちみち当たんねえだろ!」
「信じて修業を続けていけば、いつかは当たるもん!」
「いつかっていつだよ! 俺は不老不死のアンデッドじゃねえんだぞ! そのいつかを待っているだけの寿命は俺にはねえんだよ!」
「それにね、あたし気づいたの」
ナルは急にトーンを落とす。なんだよシリアスな声を出しやがって。
俺は思わず勢いを失って、ナルに問う。
「……気づいたって、なんだよ」
「『あ、これ、弓じゃないな』って」
「最初っから気づいとけええええええええええ!」
なんなんだ、こいつは本当にバカなんだな!? バカなんだろ!?
俺の絶叫が辺りに響く。頭をかきむしりたいのは山々だが、まだ魔法塔は遠い。あの上でふんぞり返っているブラックマリアをぶっ飛ばしてからだ。
よし、なら一度、正攻法でやってやる。
「オンリーカード・オープン! 【ゴーレム】! 発進だ! 行け! アンデッドを蹴散らせ!」
ふんがー! と雄たけびをあげるかのように、両腕を振り上げてポーズを取るストーンゴーレム。あまりMPを使わないように省エネでの運用だ。
のっしのっしと土を踏みしめながら突っ込んでいったゴーレムは、アンデッドに接近し腕を振るう。そのパンチに叩き潰されたアンデッドが次々と宙を舞う。
いいぞ、ストーンゴーレム。岩でできているから、爪や噛みつきも効かないしな。相性がいいようだ。
それとともに、遠くからジャックの掛け声もした。
「みんな、彼を援護するんだ! 我らが魔典の賢者には、なにか策があるに違いない!」
おお、ありがてえ。
あっちもいっぱいいっぱいだろうに、俺たちの救援に来てくれるらしい。
それはそうと、なんだよ魔典の賢者って。
あいつはあいつで、俺を利用して魔法騎士たちの戦意をあげようっていう魂胆だな。
我らには魔典の賢者がついている。だから我らは負けない。そういうことか。だったらいいじゃねえか、俺だって思う存分付き合ってやるよ。
「任せろ、ジャラハド! 俺の計算によるとこの作戦の成功率は98.76%! 俺たちは絶対に負けん! この俺の頭脳を信じろ!」
『おおおおお!』
それっぽく言おうとしたらむしろバカみたいになってしまったのだが、こちらに走って向かってきた騎士たちは次々と歓喜の声をあげた。とにかく勢いが大事なんだ、こういうのは。
そんなことをしていると、右方から手を伸ばしてくる騎士ゾンビに気づかなかった。肩を掴まれて、俺は目を剥く。
「やっべ!」
振り払おうとしたのだが、アンデッドの力はとてつもなく強い。慌ててバインダを呼び出してカードを発動しようとするのだが、それよりも早くゾンビはその口元を近づけてきた。
ゴーレムを呼び戻し――、だめだ間に合わん! ここで俺もゾンビになっちまうのか!?
「マサムネくん、屈んで!」
「っ!」
俺が前方に体を投げ出すと、その上を風が通り過ぎた。ナルだ。彼女は竜穿を地面に突き刺しながら、棒高跳びの要領でこちらに向かってジャンプしてきたのだ。
ナルのスカートが翻り、勢いつけたドロップキックが見事ゾンビの顔面を捉えた。首から上をぽーんと吹っ飛ばしたゾンビは、そのまま糸が切れたように動かなくなる。
その死体を見た周りの騎士たちは、「ああっ、あれは近衛騎士団のレッド隊長! 剣の腕はめっぽう立つのに向こう見ずで衝動的に突撃を繰り返しては窮地に追いやられる、体力のないレッド隊長……。まさかこんなところでゾンビになっていたとは、おいたわしや……!」だのなんだの嘆き悲しんでいる。うるせえ、ゾンビの詳しいプロフィールなんてどうでもいいんだよ。
それにしても、あ、危ないところだった……。
「大丈夫!? マサムネくん、どこも怪我はない!? 噛まれていない!?」
「ば、ばっきゃろー、こ、これぐらいなんてことはねーぜー、はーはは……。でも助かった、ありがとう」
ひっさびさにひやひやした。俺は胸を押さえながら、ナルに頭を下げる。彼女は「ううん」と気安く首を振って笑った。
「誠心誠意、相互扶助! いつも助けてもらっているんだもん、これぐらいお互い様だよ」
「確かに。よく考えたらそうだな。まったくだ。お前のせいで何度も死にそうな目に遭っているもんな。これぐらいで調子にのんなよ、ナル!」
「え、えええ~……?」
さて、俺のゴーくんはどこまで進んだものか。その姿を確認しようと目を凝らすが、ゴーくんはどこにもいない。
なんだ、アンデッドにたかられて沈められたか? と、そう思っていると、なにやら不気味な魔法陣が遠くに蠢いているのを見つけた。
なんだあれ……、絶対やばいやつじゃん……。引くわー……。
「な、なんだろうね、不吉だね……」
「ああ、そうだな……」
あれこそがブラックマリアの奥の手だろうか。
……だが、俺にはあの魔法陣がなにを意味するのかまるでわからない……!
くそう、キキペディア! お客様の中にキキペディアはいらっしゃいませんか!
すると遠方から叫び声がした。
『あの魔法陣は! 失われた禁術! まさかあれを使いこなせる魔族が、いまだに残っていただなんて!』
戦場に響き渡るキキレアの声である。
俺は冷静にぽつりとつぶやいた。
「あいつ独り言でもうるせえな」
「それはひどくない!?」
まあそうだな。垂れ流し解説の続きを待つとしよう。
キキレアに俺のつぶやきが届いたわけではないだろうが、彼女は声をひそめて――といっても、十分俺の戦場まで届くほどの声で――続ける。
『闇魔法リンカネーション……! 死者蘇生の禁術! どんなやつでもアンデッドにして生き返らせることができる、大魔法中の大魔法! アンデッド化したモンスターは攻撃力と耐久値が著しくあがるわ! でもあのブラックマリアの魔力ならせいぜいこの辺りで死んだばかりのやつを生き返らせるのが関の山のはず……!』
……って、おいおい。
俺はゾッとした。
恐らくキキレアも気づいているのだろう。
いったいなにが甦ってくるのかというと……。
――次の瞬間、魔法陣から黒い魔力が噴き上がった。それとともに、砕かれたゴーレムの破片がこちらに向かって降り注いでくる。ナルが俺の前に出て、竜穿を振り回して破片を蹴散らす。俺は瞬きするのも忘れて、前を睨みつけていた。
魔法陣の中から現れたのは――。
「――ウガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
七羅将のひとり、『巨氷のビガデス』のアンデッドであった。
ですよねええええええええええええ!
さーて参ったぞ。ボスのお出ましだ。
ここでフィンがやってきて一刀のもとにビガデスを斬り裂いた後に、なんか知らないがすごい力で魔法塔をぶち壊してくれたら大助かりなのだが、この考えは一般的に現実逃避と呼ぶのでやめよう。
超大型クリーチャーの登場に、場は騒然だ。除去カードがあればどうにかできるのだが、あいにくそんな便利な手持ちはない。未完成の【フィニッシャー】は働かねえしな!
考えろ、考えろ。
手札を思い出しながら、俺は考える。
様々な手段が取れるだろう。だが、今の俺にはMPがない。限られた魔力の中でやりくりしなければならないのならば、無駄打ちは厳禁だ。
なんとしてでもこのアンデッドの囲いを突破し、その奥で待つビガデスの腕を潜り抜けて、魔法塔まで行かなくては……。
黙考していると、ビガデスゾンビはくぼんだ眼下の奥を真っ赤に光らせる。知能がすっかり失われているようだ。タンポポを愛していたあのイェティは、今やブラックマリアの命令を聞くだけの怪物になってしまった。
その怪物は、そこらへんにいるアンデッドをむんずと掴んで、こちらにブン投げてきた。
うおおおおお、なんてやつだ!
とっさに俺の前に出た騎士が、大きな盾を構えてその死体を受け止める。水平に投げつけられたゾンビは盾に当たって木っ端みじんになったが、しかし盾を構えていた騎士もまた後方へ大きく吹き飛んだ。
「おい、おっさん!」
「ま、魔典の賢者、さま……、この国を、頼みます……」
そうつぶやいて、やがて意識を失う騎士。ビガデスゾンビはどんどんとこっちにアンデッドを投げ込んでくる。そう命令されているのだろう。くそう、これが大岩魔法の代わりかよ、ブラックマリア!
厳しい状況が続くぜ、ったくよお!
俺が気合を入れるために顔を張ると。ふと足元に。
一枚のカードが落ちていることに気づいた。
オンリーカードだ。
「……は?」
バインダから落ちたのか? いやさすがにまさか。じゃあこのカードはいったい。
なにげない仕草で拾い上げる。
光が弾けた。
頭上よりももっともっと高いところから、声が降り落ちてくる。
それは――。
『異界の覇王よ――。其方には、滅びしレッドの力が宿るであろう』
……。
……滅びし、レッド……?
ハッとして顔をあげた。
剣の腕はめっぽう立つのに向こう見ずで衝動的に突撃を繰り返しては窮地に追いやられる、体力のないレッド隊長のカードか!
俺は慌ててバインダをめくった。
すると、ラッセルの隣に灰色のレッドのカードが収まっている。それを手にした次の瞬間、俺の体に新たな力が宿った。
なんだこの、体を貫くような感覚は……。
まるで俺が剣の腕はめっぽう立つが向こう見ずで衝動的に突撃を繰り返しては窮地に追いやられる、体力のない男に成り代わったような感覚――!
俺は頭の吹っ飛ばされたゾンビの死体が持っていた剣を掴む。その騎士剣はほとんど重さも感じられず、まるで腕の一部であるかのようだ。ああ馴染む、手によく馴染むぞ。
これならいける。俺の作戦が遂行できる。
――足りないピースが、今揃った。
「ナル! 騎士団! 道を斬り拓くぞ! ついてこい!」
「ええっ!? ちょっ、待って、マサムネくん! 死ぬ気!?」
そんなつもりは毛頭ないな。
俺は走ってゾンビの大群に突っ込んでゆく。目の前にはたくさんのゾンビがいるが、問題ない。今の俺にはレッドの力が宿っている。
「うおおおおお!」
まずは正面に立つゾンビの首を刎ね飛ばす。あまりにも手ごたえがなく、俺は目を見張った。これが剣士の見ていた世界なのか。
さらに返す剣で、踏み込んできたゾンビの胴体をカウンター気味に斬り裂く。どさりと倒れるゾンビ。斬る俺。倒れるゾンビ。斬る俺。倒れるゾンビ。
やばい、なんだこれ、俺かっこいい……。
――俺かっこいい!
俺の時代が始まった! 俺が剣を振るうたびに、ゾンビどもは崩れ落ちてゆく。なんて弱いんだ。これが、この高みこそが、この俺が圧倒的強者という証なのではないか。俺は高笑いを押さえきれず、その場で哄笑した。はーっはっはっは!
そんなことをしていたら、深く切り込みすぎて、四方八方をゾンビに囲まれて大ピンチになっていた。
「ああっ! 魔典の賢者さまが、まるで剣の腕はめっぽう立つのに向こう見ずで衝動的に突撃を繰り返しては窮地に追いやられる、体力のないレッド隊長のような状況に!」
そうか! レッド隊長もこんな風にして死んだんだな! すごくよくわかった! まるで他人ではないようだ!
だが、ゾンビどもよ。
お前たちに教えてやろう。俺はレッド隊長とは違う。
なぜなら俺は――決して衝動的に行動したりはしないからだ。
「オンリーカード・オープン! 本日二度目の【ゴーレム】!」
数少ない魔力をかき集め、その場にどーんとゴーレムを呼び出す。俺は急いでそのゴーレムによじ登った。足元には大量のゾンビの群れ。こちらに向かってウーウー言いながら手を伸ばしてきている。さて、ここからだ。
「だいぶ距離は稼いだな。――じゃあ、いくぜ!」
ビガデスゾンビが俺に向かってゾンビを投げつけてきた。俺はそれを一撃で叩き切る。
俺の作戦とは、ここからゾンビを踏みつけながら走って、そうして囲いを抜けることだ。
どこかで仕掛けなければ、俺たちは確実に負けちまう。だったら、タイミングはもう今しかない。反撃に転ずるだけの力がまだ残っているうちにやらねえとな。
――みんな死んじまうからな。
危険だが仕方ねえ。成功かするかどうかもわからない。98%なんて確率は犬にでも食わせちまえ。勝つか負けるかの五分五分。あとは野となれ山となれ、だ。
ゾンビめがけて足を踏み出そうとしたところで――俺は気づいた。
なんだこれ、めちゃめちゃ息切れしている。
あれ、やばい。今からゾンビの顔面を踏みつけて、この囲いを一気に駆け抜けようとしたのに。
魔力を使いすぎたのか? いや、そうじゃなくて、純粋に体力がなくなったようだ。
なんでだ。いくらレッド隊長が体力のないオッサンだからといっても、俺にはラッセルのカードがあるというのに……。
そう思って俺はバインダをめくる。すると今度は……、【ラッセル】のカードが灰色になってしまっていた。
気づく。
……えっ、ブレイブカードってどっちかしか発動できないの!?
ゴーレムの上で俺はしばし茫然としていた。やばい。完全に血迷った。賭けるときはここしかないと思っていたのに。
このまま魔力が切れるまでゴーレムの上にいて、そうしてゾンビたちになぶり殺しにされてしまうのか?
レッド隊長、生前はもっと走り込みとかしておけよな……!
恨み言を叫びたい気分だった。
そうする前に、俺の体からふっと体重が消えた。
「って」
「お待たせ、マサムネくん!」
ナルが俺の顔を覗き込んでいた。というか、ナルが俺を抱きあげていた。あまつさえお姫様抱っこだ。
「さあ、突っ込もう!」
ゴーレムの上に立つ彼女は、迷いのない目でそう言い切った。
なにも言っていないのに、こいつ……。ただのバカじゃなかったのか……。
今だけはナルが天使に見えた。
「お……? お、おう!」
俺もまたうなずく。剣で指し示す先は魔法塔。
ナルが一歩を踏み出した。
「乾坤一擲! 全速前進! おー!」
ナルがゾンビの顔面に足を踏み込む。ふたり分の体重が乗って、ゾンビは膝から崩れ落ちる。その前にナルはゾンビの顔面を蹴って前に跳ぶ。着地地点でさらに踏み、跳ぶ。その繰り返しだ。
ナルは空を舞うかのように、前へと進んでいる。軽やかな動きだ。俺ではこうはいかなかっただろう。ナルやばい。ナルさんマジエンジェル。
そこにビガデスゾンビからの邪魔が入る。俺もまたこの態勢ではゾンビを斬り裂くことはできない。ナルエンジェルになんとか避けてもらうしか――。
だが、足元だけを注視しているナルは、ビガデスゾンビの挙動に気づかない。俺は躊躇した。ここで彼女に声をかけたら、集中力が切れて地面に落下するかもしれない。そうしたら完全にゾンビの餌だ。
ええい、頭がガンガンと痛むが、どうにかして撃ち落とすしかない――!
「『ホーリーシールド』!」
叫び声はジャックのものだった。俺とナルの体が乳白色の光に包まれる。聖なる盾だ。
俺たちに直撃したゾンビは、その勢いのままで盾に激突して四散する。ものすごいグロテスクな光景が目に入った気がするが、気にしないでおこう。
ジャックの使ったスキルは、アンデッドからの攻撃を一度だけ防ぐ効果があったようだ。乳白色の光は霧散する。だが、助かった。ジャック、あとで好きなだけパンを食わせてやる!
ナルがさらに足を踏み出す。よし、あと少しで囲いを突破する。
もうちょっと、もう少し。が――。
またもや阻んだのはビガデスゾンビだ。あいつは地面に思いきり拳を叩きつけた。というか、命令しているのはブラックマリアだろう。本当にロクでもない相手だ。
ビガデスが地面を叩くと、凄まじい震動が広がった。
すると辺りのゾンビがバタバタと倒れてゆく。ということは――。
「わ、わ、わ、わわわわわわ」
ナルもまたゾンビの顔面を踏み損ねて、そのまま地面にダイブした。俺をかばうような姿勢で土に叩きつけられ、そのままゴロゴロと大地を転がる。
慌てて起き上がった俺たち。ゾンビたちはまだ倒れているが、しかしこちらに腕を伸ばしてきている。飛び越えることはできない。
今度こそ一匹ずつ斬り捨てていくしかねえのか。まだ息が整っていない俺は剣を構えて――。
そこに、今度はキキレアの叫びが響いた。
「――ファイアーボール!」
爆発はドンピシャ。俺たちの真ん前に炸裂した。ゾンビたちが吹き飛び、進むべき道が開けた。
肩越しに一瞬だけ振り向けば、遥か後方、馬の上に立ってこちらを睨んでいるキキレアの姿が見えた。
「もういい加減、あんたの行動ぐらい私たちはわかってんだからね! なにをしようとしているのか知らないけど! 失敗したらホント承知しないわよ! このS級冒険者のキキレア・キキさまがここまでしてやってんだからね――」
そう叫びながら仰向けに倒れてゆく。恐らくは魔力切れだろう。虎の子のファイアーボールを打ち込んでもらったもんな。しかしそこまで俺を怒鳴りつけたかったのか。
まったく、俺のパーティーメンバーたちはこれだから。
「ジャック、キキレア、お前たちの尊い犠牲は、忘れない――!」
「死んでないよ!?」
レッドのブレイブカードをラッセルに切り替え、俺は必死に駆ける。ナルも大丈夫だ。しっかりとついてきている。
目的はあと少し。だが最後に立ちはだかるのはボスだ。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアア!」
もう魔力はカラカラだ。さすがにゾンビ相手にタンポポは効かないだろう。効いたらなんとなくちょっといい話になって一件落着するとは思うが、さすがにこの状況で賭けようとは思わない。
「ビガデス! そろそろてめえの顔も見飽きたな!」
俺はビガデスゾンビに向かって剣を投げつけた。【ロックオン】の効果でそれは回転しながらもビガデスゾンビの頭部に突き刺さる。
一瞬の隙を見逃さず、俺とナルはビガデスゾンビの横を駆け抜けた。
ビガデスゾンビがあがくようにして腕をこっちに伸ばしてくる。アンデッドだから痛覚がないのだろう、行動が早い。だが、あいにくお前に捕まれるわけにはいかねえ。
「オンリーカード・オープン! 【レイズアップ・オイル】!」
足元に放った油によって、ビガデスゾンビは一瞬足を滑らせる。そのため、拳は俺たちに届かない。伸ばした指先がかすめて俺の髪が舞い、頬が切れた。ああこええこええ。
まともな知能があれば、この程度の妨害は効かなかったんだろうけどな。
アンデッド化したモンスターは耐久値と攻撃力があがる。だが、別に最初から倒す気がなければ、ンなもんは関係ねえ。
カードゲームっていうのはな、勝利条件を満たしたやつの勝ちなんだよ!
俺とナルは魔法塔にたどり着いた。
こちらを振り返るナルに、俺は力強くうなずく。
「やってやれ、ナル」
「……うん」
ナルは大きく深呼吸をした。柄にもなく緊張しているようだ。
俺は気づいていた。ナルの矢が作ったクレーターは、そこらへんにあるものとそん色がないほどの大きさだった。
それは、アンデッド相手にぶち込んだ爆弾と――ほぼ変わらない威力ってことだろ。
「いつも言ってんだろ。お前の弓は、なんだって?」
ナルの顔が輝いた。
「任せて!」
命中率0%のエルフのアーチャーは竜穿をいつものように地面に突き刺すのではなく――横に構え、その先端をぴたりと魔法塔にくっつけた。
ナルの目が澄んでゆく。その体から緑色の燐光が立ちのぼり、辺りをほのかに照らす。
ビガデスゾンビは起き上がってこちらに猛然と走ってきている。だが、もう遅い。
竜穿に同時に三本の矢が出現した。おいおい、ちょっと張り切りすぎじゃありませんかね、ナルルースさん。俺は慌てて避難する。
「天下無双! 一撃必殺! 一騎当千『ワイドショット』!」
ナルが矢尻から指を離す。
凄まじい魔力の開放と共に、三本の矢が放たれた。
「――このあたしに貫けぬもの、なし!」
まるで破城槌。俺はナルの矢をそう称していた。まさしくその通りの威力である。零距離から放たれた矢は壁をぶち破り、たやすく魔法塔を貫いた。石壁がまるで紙でできているかのようだ。
三本の矢は魔法塔の中を暴れ回った後に地面に突き刺さる。塔の内部に三つのクレーターを作ったのだろう。どどどどどという轟音とともにその土台が破壊され――。第二射の必要すらもなく――。
直後、魔法塔は内側へと向かって崩壊していったのであった。
なんて女だ、ナルルース・ローレル。
空を覆っていた曇天は晴れていた。
辺りはもうすっかり夕焼けに染まっている。
動かなくなったビガデスゾンビの近くに、魔法使いのような恰好をしたひとりの少女が立っている。
彼女は頭からつま先まで全身埃だらけで、ときおりコホコホと土っぽい咳をしていた。
その周りには、俺たちと魔法騎士団。
さらにフィンたちのパーティーも揃っていた。
取り囲まれたブラックマリアは、懐から白いハンカチを取り出すと、それをぷらぷらと振る。
彼女は咳をしながら、大きなため息をついた。
「えー、もう勝ち目がないからー、マリアは降参するー。闇降参です」
そう言うと、マリアは己の右手のひらを掲げた。そこにはなにやら契約の証と思われる紋章が刻まれている。マリアは目を閉じて、小さくつぶやく。
「えー、魔王さま、ごめんね。マリアさようならするからー。えー、それでは契約さようならー」
直後、紋章から青い光がほとばしった。
それは空へ向かって伸びてゆく。それとともに、一粒の光が俺のカードバインダの中に飛び込んできた。
誰かがホッと息をつく。俺もつられて深い息をついた。
皆、疲労困憊だった。
ブラックマリアが死ぬ気で抵抗をすると言い出していたら、これ以上の犠牲が出ていただろう。
それで喜ぶのは恐らくキキレアぐらいのものだ。
もうこんなに疲れることは、俺はごめんだね。
ジャックは多くの魔法騎士に囲まれ、褒め称えられていた。彼こそがまさに真の英雄であると。夕焼けに照らされたジャックは、照れくさそうにしていたが、逃げずに笑っていた。
やれやれ。
俺はボロボロになった体で、ブラックマリアに背を向ける。
肩が痛いし、頭も痛い。早く帰って寝たい。
あとのことは興味がないから、戦後の処理が好きなやつにやってもらおう。
歩き出すと、ナルが笑いながら声をかけてきた。
「おつかれさま、マサムネくん」
「ああ、ナルも今回はよくがんばったな」
「えっ?」
ナルが目を丸くする。
「まさか、マサムネくんにそんな風に褒められるなんて」
「え?」
「なんか、え、だいじょうぶ? マサムネくん、実はその胸に致命傷を受けていて、もう自分の命が長くないことを知っていたり……しない? それが最期の言葉になったりしない!?」
「縁起でもないこと言うんじゃねえよ!」
ナルの後頭部を叩き落とす。それを見ていたキキレアが肩を竦めた。
「ナルもようやくマサムネの扱いがわかってきたようね」
「うっせえよ。魔力切れてさっきまでくーくー寝ていたくせによ」
キキレアはベーとこちらに舌を出してきた。悔しかったので俺もお返しにベーとしておいた。
やがて、ひとりの白いローブを着た女性がこちらに駆け寄ってきた。
彼女は両拳を握り締めながら、息もかかるほどの距離に来て、俺に顔を突きつけてくる。
そいつは――。
「さ、ま、マサムネさん! 魔族はどこですか! このわたし、お手伝いいたしますよ! 光の力が戻ってきましたから! さあ! さあ!」
俺はさらに盛大なため息をついた。
「……今ので疲れが百八倍ぐらいになった気がする」
「なんでですか!? それよりも、魔族はどこに!?」
「魔族とは本当は、悪しき人間の心そのものだったのかもしれない――」
「なに言っているんですか!? マサムネさん!? マサムネさん!?」
こうして、戦いは終わって。
俺たちはイクリピアの英雄となったのであった。
第四章「vs魔王軍」完




