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第31話 「海を染める者たち」

 俺たちは水着を着ていた。

 海に落ちるかもしれないということを見越してだ。


 鎧を脱ぐことには多少の迷いはあったものの、どっちみち海に落ちたときの危険性のほうが大きいということになってな。

 というわけで、俺たちは全員水着である。


 慎ましい胸に似合う、真っ白なワンピースタイプのキキレア。こいつは相変わらず趣味が可愛らしい。


 健康的なオレンジのビキニとパレオを巻いているナル。腰はくびれているが、こういうのを幼児体型と言うんだろうな。絶壁だ。


 さらにパーティー一番の巨乳を見せびらかすように、キャミソール風の水着をつけているミエリ。心なしか、顔がドヤっていた。


 ま、浮かれているような格好だが、皆は真剣だ。

 しかし、たまにこうして着飾っている姿を見ると、どれだけの美少女たちと一緒に旅をしているのか、と思い知らされてしまう。

 みんな違ってみんないい。

 ジャックは海パン一丁である。どうでもいい。


 そして俺は――。


 女性用のビキニを着ていた。

 女性用の赤いビキニだ。

 俺は変態ではない。

 もう一度言おう。

 俺は変態では、ない。


 これを着なければならないのだ。

 赤いビキニを、だ。

 くそう。

 屈辱だ。


 そんな俺の前に不思議な踊りをしながらジャックが現れる。

 そのにやついた顔面にグーパンしたい。


「一緒にがんばろうね! マーニーちゃん!」

「う、うん」


 俺の鉄壁のスマイルも、ひきつっていた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 時は少し戻る。


 ナルの持ってきた情報に、俺たちは顔をしかめていた。

 サンダーポートの冒険者ギルド内である。


「……ねえ、もう一度聞くけど、それマジ?」


 キキレアがひどく嫌そうな顔で聞き返す。

 ナルはあっけらかんと言い放った。


「うん! なんでもあのクラーケン、若い女の子を率先して襲うらしく、その長い触手でぐちょぐちょのねっちょねちょにするのが大好きなんだって、船乗りの子が言ってたよ!」

「…………」


 重苦しい沈黙が漂う。


 禿げ頭のオッサンとかが「ふ、ふひひひ、あいつはその長い触手でキミみたいなかわいい子をぐちょぐちょのねっちょねちょにするのが大好きなんだよぉ……ふひひひ」とか言ってくるなら、明らかにセクハラだとわかるのだが。

 しかし、ナルが聞き込みをしてきた相手は、船乗りの女の子たちらしい。

 ひどく怯えながら言っていたんだとか。


 俺はぽりぽりと頭をかく。


「ま、これでおびき寄せる方法は見つかった、ってところか」

「本気ぃ?」

「使えるものはなんでも使うさ」


 顔をしかめたキキレアに、俺はこともなく言う。

 そうして、重々しくうなずいた。


「というわけだ、よろしくなリュー」

「ああなるほど。適任がいたわけね」

「あの幼女でタコをおびき寄せよう。なあに、死にはしないさ」

「そうよね、どうせ人間じゃないし。頑丈だものね」


 俺とキキレアがうなずき合う。

 ナルの背負っている至宝・竜穿から、だらだらと液体のようなものが染み出ていた。恐らく汗だろう。


 しかしナルが横に首を振る。


「さすがにそれはだめだよ。あたしが戦えなくなっちゃうし、リューちゃんにそんな危ない目はさせられないって」


 ぷんぷんと頬をふくらませるナルを見て。


「うん、そうだな。俺が間違っていたよナル」

「そうね、ナルルースがそう言うなら仕方ないわね」


 腕組みをしながら俺たちがうんうんとうなずく。

 ジャックは顔をしかめていた。


「キミたち、なんでナルルースくんの言うことだけそんな素直に聞くんだ」

「うるせえ、監禁経験のないやつは黙ってろよ」

「そうよ、あんなに愛を感じられる巣箱に入ったことがないだなんて、人生の9割9分9厘を損しているわね」

「完全に洗脳されちゃっているよお……」


 もの悲しい声でつぶやくジャック。

 だがエルフの美少女の微笑みひとつで、俺たちの心は救われる。

 ナルは本当に可愛らしいな。うん。


「で、話がそれちゃったけど、戦闘になった際はクラーケンはまっさきに女の子を狙ってくるっていう認識でいいのよね?」

「たぶん」


 自信なさげなナル。

 俺は顎をさする。


「相手の攻撃を引き受けるナルはともかく、魔法使いのキキレアとミエ……ニャン太郎が狙われるのはあまりよくない状況だな」


 そうか、まさかここで【マシェーラ・ゴーレム】の出番か!?

 黒髪をなびかせるゴーレムにビキニを着せて、クラーケン相手の囮に……!


 できるわけがない。

 よそう。


「ちなみに女は触手でにゅるにゅるのぐっちょんぐっちょんにされるらしいが、男はどうなるんだ?」

「全身の骨を砕かれて四肢をバラバラに裂かれて生きたまま食べられるらしいよ」

「そうか……」


 ナルの言葉に俺は目を伏せた。

 ジャックも青い顔をしている。


 ナルって武家の出身だからか、たまにこういった凄惨なことをすごくさらりと言うんだよな。

 その光ない目を見て、俺の中にいまだ残っているナル依存ゲージが少しだけ下がった気がする。


「……よし、だったらナルがキキレアとニャン太郎を守る布陣だな」


 言いながらも、俺は少し自信がなかった。

 クラーケンは巨大なタコの怪物らしい。イカではないようだ。

 まあ、だったら触手はたくさんあるのだろう。それをナルひとりでさばき続けるのは難しいに違いない。

 ゴーレムとインプを使って……、それでも無理か。


 ちなみにニャン太郎はこういうとき、いつも会議には参加せずにおとなしくジュースを飲んでいるか、テーブルに突っ伏して寝ている。

 この世界で獣人はそれほど珍しい生き物ではないらしく。

 キキペディア曰く「獣人は変な奴ばっかりだからね。今に始まったことじゃないわ」とのこと。

 だから誰もあまり気にしていないようだ。


 話が逸れたな。


 ううむ。どうするか。

 悩む俺の肩をぽんと叩くのは、史上最弱のS級冒険者もとい、史上最強のウィキペディアであるキキレアだ。


「ジャックはともかく、あんたはそんなに回避力高くないんだから、前線に出てきたら死にかねないわよ」

「……まあ、そうだな」


 狭くて逃げ場のない船の上での戦いになるだろう。

 クラーケンは浜辺に近づいてこないらしいしな。


 そこで追い詰められてしまえば、魔典遣いである俺は恐らく捕まってしまうだろう。

 そして骨を砕かれて四肢をバラバラに裂かれて生きたまま食われるのか……。

 勘弁願いたい。


「今回はマサムネなしでの戦いかしらね」

「えっ、僕は」

「大丈夫、マサムネくんなしでも頑張るよ! このあたしの乾坤一擲、百発百中の必殺矢でね!」

「むにゃぁ……もうおなかいっぱいで、食べられないにゃぁ……にゃふふ……」


 とりあえず船の上で竜穿を射って、それで甲板に突き刺さったら大変なことになるから、ナルにはロング竜穿ソードで戦ってもらうとして。


 俺は「ううむ」ともう一度うなった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 そして結局――。


「ま、マーニーちゃん!? どうしてここに!?」


 クラーケンとの戦いの準備を整えて船着き場に集合した皆の前。

 俺は【トランス】を使った姿となって、現れたのだった。


 こほんと咳払いし、俺は皆を見返す。


「この町に居合わせたのもなにかの縁です。今回はわたしも戦いに加わります。心配はしないでください。私にも多少の心得はありますので」

「がんばりましょうね、マサムネさん!」


 ぎゅっと拳を握ってそう言うミエリの後頭部を、ナルとキキレアが同時に張り倒していた。


 取り繕うようにナルが「わーまーにーちゃんきてくれたんだうれしいなー!」と大きな声でごまかす。

 その間にキキレアがやってきて、耳打ちしてきた。


(どういう風の吹き回しよ!)

(全身の骨をへし折られたくはなかった)

(そんなのわかっているわよ! 今回はあんた抜きで戦おうとしていたのに!)

(お前たちが全員海の藻屑となったら、俺の目的も達成されないんだよ!)

(大きなお世話だわ!)


 ぎゃあぎゃあとにらみ合う俺とキキレア。


「ま、まあキキレアくん……。ほら、あれだ、マーニーさんも手伝ってくれるっていうんだから、いいじゃないか、ね、ね?」

「あんたはこいつが触手まみれのねっちょりぷるんぷるんにされるのが見たいだけでしょ!」

「そ、そそそそそそそそんなことないけどおー!? 僕そういうのめっちゃ興味ないしぶっちゃけホモ一歩手前みたいなもんだしもんだしー!」


 ごまかし方が下手過ぎて衝撃のカミングアウトのようになっているぞ、ジャック。

 しかし、マーニーが突然ここに現れたことに対して、なにも疑念を抱かないのか……。

 お前それでいいのか。

 たくさん言い訳を用意してきたのに……。


(そんなに私たちが信用できないってわけ? 作戦通りにやってみせるわよ。まったく、この私も見くびられたものね!)

(勘違いするな、そういうわけじゃねえよ!)


 小声で言い合う俺たち。

 見かねたナルが、そんな俺とキキレアの手をぎゅっと握る。

 光り輝くような微笑みが、そこにはあった。


「マーニーちゃんが来てくれて、とっても心強いよ! みんなでがんばろ? ね、キティーも! ほら、仲良く仲良くしよっ♪」

「任せて、ナル! わたしがんばる!」

「そうね! ナルルースの言うことなら間違いないわ! 一緒にがんばりましょう!」


 もはやこのパーティーの決定権を掌握しているのは、ナル以外の何物でもないようだ……。


 というわけで、そういうことになった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 港町サンダーポートに到着してから、準備諸々に三日間。

 クラーケンの情報を集め、クラーケンと戦ってくれる船乗りを探し、武装を整え、そして作戦を立てた。


 久しぶりの緻密な作戦だ。

 マーニーの体は普段より背が低く手足が短いため、敏捷性には多少のマイナス修正が入ってしまうだろうが。

 まあ、骨を砕かれるよりは万倍マシだ。

 ジャックは気合で避けてくれ。


 俺たちは甲板に立ち並んでいた。

 辺りは一面の蒼海。風は穏やかに流れ、波はほとんどない。

 潮の匂いで包まれた俺たちにとって、絶好のシチュエーションだ。


「もうすぐで沖に出るぞー!」


 船乗りの叫び声がした。

 戦闘が始まったら、彼らにはすぐに船内に引っこんでもらうことにしている。


 よって、外にいるのは俺たちパーティーメンバーだけだ。

 ジャック、キキレア、ミエリ、俺、ナル、という横並びの隊列。

 前衛がひきつけ、魔法使いたちが止めを刺す。

 王道だ。


 海面を見つめていた俺たちは、その襲撃の予兆を捉えた。

 ぽこりと泡立ったのだ。


 なにものかが海中からやってくる。

 そう気づいた俺たちは、即座に行動を開始した。


「いくぞ、みんな!」


 その一言で散開する。

 俺、ミエリ、キキレアは中央。

 ジャックとナルは船の両端だ。


 同時に、バインダを掲げて叫ぶ。


「オンリーカード・オープン! 【レイズアップ・インプ】!」


 さすがに今回の戦いではゴーレムを召喚できないからな。

 代わりに呼び出したインプは、レイズアップされたことによって、普段よりもずっと強そうな姿をしていた。

 体長も二回りぐらいデカくなっている。

 さしずめ、ハイインプといったところだな。


 すでにミエリとキキレアは魔法の詠唱に入っている。

 クラーケンが姿を見せたその瞬間に、ぶちかましてやる気だ。

 インプも合わせて三人の詠唱が響く中。


 まずぬらりと姿を現したのは、真っ赤な触手だった。

 たくさんの吸盤がついたタコの手だが、その大きさは異常そのもの。

 絡みつかれたら、一撃でマストがへし折られてしまうだろう。


 キキレアが俺を見る。俺は首を振った。

 触手にどんなにダメージを与えても、相手はクラーケン。すぐに回復してしまう。

 魔法をぶっ放すなら、本体を狙わなければならない。触手の相手は前衛に任せよう。


「まったく、早く出てきなさいよ!」


 ゆっくりとジャックのもとに這い寄ろうとしていたその触手は、しかしまるで目でもついているかのように急激に反転した。

 そして凄まじい速さで――。


「わ、わ、わ!」


 まっすぐにナルの元へと伸びてゆく。

 だがナルは凄腕の剣士アーチャー。そのロング竜穿ソードが閃き、触手を一瞬で切り裂いた。


 さすがはナルだ。

 あと少しで細くて長くてそして意外とむっちりしてて、膝枕されるとすごく気持ちいいナルの美脚が触手でねちょねちょにされるところが見れたのにな……。

 いや、いやいや、がっかりなんてしていない。戦いの場でそんな邪心に心を乱されるわけがない。俺に精神的な動揺は微塵もないからな。


 斬り飛ばされた触手は甲板の上でぴちぴちと跳ねていた。

 つか、あんなのに絡みつかれたら、ねちょねちょどころじゃ済まないんじゃねえか?

 全身の骨を砕かれかねないぞ。


 触手を斬られたことで怒ったのか、クラーケンはさらに三本の触手を見せてきた。

 それらすべてがナルを狙う。いくらナルでも三本同時では対応できない。

 ジャックがカバーに入り、さらに俺の呼び出したハイインプが風の刃を操って触手に攻撃を仕掛ける。

 負担が軽くなったナルは、踊るように刃を振るう。


 が、一方。


「だめだ! 弾力がすごくて、僕の短剣じゃ全然歯が立たない!」


 そう叫んで飛びのくジャック。

 間髪入れず、マーニーも叫ぶ。


「大丈夫です! それも織り込み済みです! とにかく相手をひきつけてくれれば、ナルさんが倒してくれるはずです!」

「そっか! 僕ただの囮!? なんかこんな役目ばっかりだなあ!」


 うめきながらも囮慣れしたジャックは、ちょこまかと動いて触手に細かな傷をつけてゆく。

 触手は甲板の上でジャックとナルを掴み損ねているようだ。


 そこで大きな水しぶきが巻き起こった。

 しびれを切らしたのか、クラーケンがその姿を現したのだ。


 真っ赤な頭部。ぎょろりとした巨大な目玉。八本どころか二十本以上はありそうな触腕の数々。そしてとてつもなくデカい。この帆船と同じぐらいか。

 まさしく海の怪物、クラーケンだ。

 言葉が通じそうには思えないな。倒すしかない。


 だが、こっちにはしびれを切らした女がふたりもいる。

 どちらも我慢強いとは言えない性格だ。


 彼女たちは同時に腕を突き出し、そしてその魔力を解き放つ。

 キキレアとミエリ。その髪が赤と青に輝いた。


「フレアバーン!」「ギガサンダー!」


 凄まじい爆発が起きた。


 キキレアの作り出した渾身の焔槌はクラーケンの脳天にぶち当たる。

 その巨大な頭が破裂し、そこから大量の青い血が噴き出した。


 ギガサンダーはさらに派手だ。

 天から降り注ぐ紫の鞭は何度も何度もクラーケンを打擲する。

 そのたびに飛び散った紫電が海をなめるように広がってゆき、海面は紫に染まった。


 大した威力だ。

 ハイインプも風の刃を放っているが、ふたりに比べたらまったく見劣りするな。

 キキレアすらも驚いていた。


「あんた、ギガサンダーまで使えたの!? 上級魔法じゃないの!」

「当然です! 雷魔法においてわたし以上の使い手はいませんもん! キリッ!」


 女神が信徒に張り合うなよな。

 気分をよくしたミエリはさらに詠唱を。負けず嫌いのキキレアもまた、火魔法を唱え出す。


 すごいな、本気になった魔法使いふたりの火力はこんなにすごいのか。

 これはそれほど苦労せずに勝てるかもしれない。


 だが、攻撃ばかり注目してはいられない。

 先ほどまでは三本を何とかしのいでいたのに。

 今度は――それの六倍以上の触手、二十本が同時に襲い掛かってくるのだ。


 ナルやジャック、それに俺たちはあっという間に取り囲まれた。

 こうなっては詠唱に集中するわけにもいかない。


 だが、それすらも織り込み済みだ。


「作戦をBプランに移行する!」


「わかったわ、ファイアボール!」

「りょーかい! 一騎当千! 一刀両断! 我が剣に絶てぬものなーし!」


 俺たちは作戦を変え、ミエリを守りながら残りのメンバーで触手を打ち払うことにした。

 クラーケンは見るからに大ダメージを受けている。この分ならギガサンダーをあと二、三発ぶち込めば倒せるだろう。


 それまでに踏ん張るんだ。


「オンリーカードオープン! 【エナジーボルト】!」


 ユズハに快くトレードしてもらったカード。

 その効果は、魔力の塊である矢を放つものだ。

 やはり威力は小さい。だが【ロックオン】がある俺は、その狙いを寸分たがわず――目に命中させることができた。


 クラーケンは大きく怯む。

 よし、いいぞ。


 ――だがその直後、クラーケンは途端に暴れ出した。

 発狂したかのように激しくなる触手の動きに、俺たちの対応が遅れる。


 ジャックとナルと俺とインプの間を潜り抜け――。

 触手が高々と、キキレアを掴み取った。


 しまった。


「――ちょ、やっ、ちょ、なにすんのー!」


 ぐいいいいと持ち上げられるキキレア。

 取ったぞー!とでも言うように、だ。


 キキレアの体に巻き付いているのは、今までの触手よりもずっと小さい。それこそ人間の男の腕ほどの太さで、彼女の両手と両足をぐるんと締め上げていた。


「ば、ばかばか! ばか! 下ろしなさいよ! ちょっとー! たこー!」


 粘液で汚れてゆくキキレアの顔は真っ赤だ。

 どうにかして逃れようともがくが、しかしあの触手は筋肉の塊。まるで無駄な抵抗であり、余計に自分の体が締まるだけであった。


「わ、私を誰だと思っているのよ! 私はS級冒険者キキレア・キキよ! この誇り高く、繊細な肌に、な、なにしてくれてんのよー! 男からも指一本触れられたことなんてないのに! ばかあー!」


 テンパっているのか、まったくキレのない毒を吐くキキレアの四肢が、どんどんと粘液でぐっちょんぐっちょんのぬるぬるになってゆく。


「キティー!」


 叫ぶナルはその瞬間、竜穿のアタッチメントを取り外す。

 そして弓形態になったそれを、思いきり甲板に突き刺した。


 その目がぴっかーんと輝く。


「待ってて、今助けるから! このあたしの弓で! このあたしの、真の力で――!」


 弓使いが剣を捨てて弓を構えるのは、誰がどう見ても勝利フラグだろう。

 事実、ナルの構えは堂々としていて、神々しくすらあった。

 だが、違うんだ。

 こいつ(ナルルース)だけは、違うんだ!


『やめなさいばかー!』


 マーニーとキキレアが同時に叫ぶ。

 だが、ナルは聞いちゃいない。


「乾坤一擲! 唯我独尊! 我がこの弓に、貫けぬものなーし――!」


 久々に放たれたその矢は確かに凄まじい威力で貫いた。

 見事に――真下の甲板をな。

 キキレアのフレアバーンにすら引けをとらない威力である。


 船の中央に大穴が空いた。

 徐々に、徐々に船が傾いてゆく。


「き、キキレアさんを、助けないと!」


 そう決意して顔をあげたジャックの前で、召喚したインプが触手に絡め取られる。

 ジャックはその光景を目の当たりにした。


 インプの全身の骨が砕かれ、その四肢がバラバラに裂かれ、そして生きたままで食われてゆく光景だ。

 キキレア相手とはまるで違う、情け容赦のない処刑である。


「うわあああああああああああああ!」


 もちろんインプはクリーチャーカードだから、魔力の続く限り何度でも召喚できるのだが。

 しかし、恐慌状態に陥ったジャックは、一目散に船室へと逃げ出してゆく。


 キキレアがさらわれ、陣形が崩れた途端。

 まるでドミノ倒しのように壊滅してゆく我がパーティーの面々。


 ナルは制止も聞かずに矢を放ち、ジャックはビビって逃げ出した。


 確かに俺の作戦が悪かった。反省しよう。

 だが、頼む、ひとつだけ言わせてくれ。


 ――やっぱりこいつら、屑カードだよ!!


 俺が魂の絶叫をあげた直後、何本もの触手を束ねたクラーケンの一撃が、ナルの一撃で傾いていた帆船を真っ二つに叩き割った。



 俺たちは木片とともに海に投げ出される。

 まったく、水着を着ていてよかったと思うだなんてな!


 全身は海水でびちょびちょだ。

 なんとかミエリだけを脇に抱え、俺は浮かぶ船の残骸の上に立っていた。


 船の乗組員たちはあちこちに投げ出されている。

 幸い死人も致命傷を受けたやつらもいないようだ。


 ナルやジャックは素早いし、きっと無事だろう。

 今はそれよりも、――皆が水浸しになっているこの状況だと、ミエリの雷魔法が使えないことが問題だ。

 全員巻き添えになっちまう。


 乗ってきた船は沖で砕かれて、キキレアが捕まり、ジャックは使い物にならなくなり、そしてナルは放り投げた剣のアタッチメントを探しに走り回っているこの状況。

 さすがは伝説の海の怪物クラーケン。今までの相手とは段違いの強さだ。

 しかし大丈夫だ。最悪に近い状況だが、まだ最悪ではない。


「まだ俺たちは負けていない! プランCに移行するだけだ!」

「ええい、サンダー! ぷ、プランCってなんですか!?」

「それは今から俺が説明する!」


 ばちばちと手のひらから火花を散らして触手を追い払うミエリ。

 俺はバインダを掲げて、叫ぶ。


「いくぞ、俺の新しい力! オンリーカード・オープン! 【ホバー】!」


 クラーケンと戦うことを決めた時に手に入れたカードだ。


 この覇業はすごいぞ。

 なんと指定したものを浮かべることができるんだ。

 さらに、地を滑るように移動することだってできる。

 その間は他の行動ができないが、非常に強力だ。


 俺は屑カードの運命から解き放たれたのだ!


「いくぞミエリ!」

「はいにゃ!」


 俺はミエリを脇に抱えたままもう片方の手でホバーを掲げ続ける。

 魔力を込めたその直後、しかし俺の体はぴくりともしなかった。


 いや、軽くジャンプするとわずかな浮遊感がある。

 つまりこれは……。


「二人分の体重は支えきれないのか! この覇業!」


 なんてこったい。

 とんだ落とし穴だ。


「くっそう、デブリめ……! デブリめ! この肉が、この肉が悪いんだぞ、お前! 俺のプランCを台無しにしやがって! 痩せろ!」

「なんですかそれ!? あまりにもひどくないですか!?」


 クラーケンが暴れるたびに跳ねまわる木片の上にて、ミエリは顔を真っ赤にして叫ぶ。

 女神の双丘がまるで抗議するように、ぽよんぽよんと弾んでいた。俺は慌てて目を逸らす。

 くそう、余計な肉をつけてやがって……!


「いいさ、プランDだ! それがだめならE,F、Gまでいく!」

「なんか雑過ぎません!?」

「心配するな! 逆転の秘策はまだまだ残されている!」

「マサムネさんが叫ぶたびに信用が下がってゆく気がします!」


 そんなバカな。

 ミエリもさすがにいっぱいいっぱいなんだな。わかるさ。

 だが、こんなときだからこそ、俺たちは協力し合わないといけない。


「ううううもうお嫁にいけないー……」


 たっぷりと触手に辱められたキキレアが、クラーケンにぶんぶんと左右に振り回されている。

 ぐったりと肩を落とす彼女は、るるるーと涙を流していた。さすがのキキレアのメンタルも、許容値をオーバーしてしまったようだ。

 オークに三日三晩蹂躙されても平気そうな顔をしていたのに、意外とこっち方面には弱いのか。誤算だ。


 さらにその触手は、今度はナルに迫っていた。


「ひあああああああああああああ!?」


 ナルも触手に捕まってしまう。

 エルフ特有の処女雪のように白くてキメ細かな肌が、粘液によって汚されてゆく。

 ああ、あの美しいナルの姿が、陵辱、陵辱されてゆく……!

 くっそう、あんのエロタコがぁ!


「サンダー! サンダー! サンダー!」


 ミエリは必死に雷魔法を連打して、触手を近づけさせない。

 だがそれも決定打とはなりえない。


 やはり、デカい一撃が必要だ。

 俺はミエリをその場に下ろし、二枚の札を掲げた。


「いくぞミエリ、プランZを繰り出す」

「それもう打つ手がないってことじゃないですか!?」


 そして、唱えた。


「【レイズアップ・タンポポ】!」

「マサムネさんが狂ったぁあああああああ!」


 巨大なタンポポが咲き、ミエリが叫んだその直後――。

 再びクラーケンの触手が、俺たちの乗っていた瓦礫を打ち砕いた。



 ――だが。

 滝のようなしぶきの中から、ひとつの影が飛び出す。

 俺とミエリだ。


 ミエリは必死に俺の腰にしがみつき、俺は手綱のようなものを握っていた。

 それは茎だ。

 俺たちの姿を見た船乗りたちは次々と叫びをあげる。


「なんだあれ!?」

「タンポポ! 巨大なタンポポだ!」

「しかも海の上を走っている! 俺たちは夢でも見ているのか!?」

「ああなんて美しい光景なんだ……! タンポポ! タンポポの奇跡だ!」


 みるみるうちに戦意が回復してゆく男たち。


 そう、俺はレイズアップしたタンポポを、さらにレイズアップしたホバーで走らせていたのだ。

 その速さは鳥か馬かといったところだ。

 グングンと魔力が減ってゆくだけのことはあるな!


「ひああああああああ!」


 お世辞にも乗り心地はよろしくない。振り落とされまいとミエリは俺にしがみついている。

 俺はフライング・タンポポで海上を滑るように飛び回る。


「海に投げ出された船員を助け出す! そのあとに、お前の特大の魔法をぶち込んでやれ、ミエリ!」

「ふぁ、ふぁい!」

「口閉じてろよ! 舌噛むからな! でも詠唱はしとけ!」

「二律背反―!? マサムネさんすっごい無茶言いますねあだっ」


 案の定舌を噛むミエリだが、その後にもごもごと詠唱を開始していた。

 ここからは俺の腕の見せ所だ。


 四方八方から迫ってくるクラーケンの触手を、紙一重でかわしてゆく。

 綺麗なドライビングテクニックである。タンポポの扱いなら、お手の物だ。


 そうして俺はタンポポの葉っぱを伸ばし、海に投げ出された船員をひとりずつ助け出してゆく。

 合計で十二人。その誰もがあまりのタンポポの神々しさにひれ伏す。


「ああ、ああ、タンポポ、俺たちは命をタンポポに救われた……!」

「溺れる者はタンポポを掴むとは、このことか!」

「タンポポばんざーい! タンポポばんざーい!」


 さすがに十二人乗せることは不可能だ。なので瓦礫を引っ張り、そこに船員を乗せることにした。

 これだけ離れていれば、巻き添えも食らいはしまい。


 レイズアップを三度使用し、さらにホバーを使い続けている俺の魔力は、もう残り少ない。

 いよいよクライマックスだ。


「ミエリ、いけるな」

「は、はい、でも、あの」

「お前の特大の魔法をぶち込んでやるんだぞ、ミエリ」

「あの! 捕まっている方が! あの! キキレアさんとナルさんが!」

「ミエリ! お前の使命はなんだ! 闇を祓うことだろう!? そのことを忘れるんじゃない!」

「いやいやいやいやでも!?」

「ここで死んだら転生させて来世で幸せにしてやるんだな! よし突っ込むぞー! ミエリー!」

「うわああああああああああああああん!」


 肉の壁が迫ってくるかのように、触手が俺たちに襲い掛かる。

 右肩を貫かれ、耳をかすめ、さらにタンポポに突き刺さり、水しぶきが舞い上がる。

 しかし、俺は突撃を止めない。

 一瞬だけなにも見えなくなり。


 ――そして、その飛沫を抜けた先に、クラーケンの巨大な目があった。

 ミエリはあらゆるものを振り払うかのように、高々と右手をあげた。


 ついに放たれる、雷系最強魔法。


「いっけえええええええええええええ!」


 その直前にナルとキキレアの「嘘でしょーーー!?」という叫び声があがったような気がするが、空耳だろう。

 俺のまぶたの裏にいる彼女たちは笑顔で空に浮かんで、微笑んでいるから――。


「うわあああああ! インディグネイション――!」


 ミエリの雷魔法が、世界を蒼に染め上げた。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 俺たちは帝都イクリピアへと向かう船の中にいた。

 あのあと、閃光と音で気絶した俺たちを、船員さんたちが拾って、港まで運んでいってくれたのだ。


 クラーケンに直撃したミエリの大魔法は、海の怪物の頭部を半分吹き飛ばしたらしい。

 四肢の先まで焼き尽くされ、クラーケンは見事に退治された。

 それはそれは恐ろしい威力だったとか。



 一方、ナルとキキレアだ。

 彼女たちが全身に浴びていた粘液は、なにやら電気を通しにくい性質があったらしい。

 よって、直撃を免れた彼女たちは、せいぜい手足がちょっぴり焦げる程度で済んだ。

 済んだものの、なぜかキキレアからもナルからもひどく責められてしまった。


『なんで!? なんなの!? 仲間を犠牲にするつもりなの!? あんたどんだけ鬼畜なの!?』といった風だ。

 だが恐らく本心ではないだろう。彼女たちは立派な冒険者だ。ときにはその命よりも大事なものがあると、知っているのだろうから……。



 俺は海風に吹かれながら、甲板の上にいた。

 すでにマーニーからマサムネに戻っている。


「まあ、別にいいけどね……」

「キキレア」


 手足に包帯を巻いている彼女が、険しい顔でやってきた。

 腕組みをしている。


「まだ怒っているのか」

「怒ってはいないわ。似たような状況になったら、私はきっと同じことをするもの。ナルの頑丈さと、私の魔法防御力なら、きっと耐えられるでしょうし」

「クラーケンに絡みつかれて泣きべそをかいていたとは思えない立派な言い草だ」

「……そのことは忘れて」


 キキレアは悔しそうな表情をした。

 しかしすぐに顔をあげてこめかみをとんとんと叩く彼女は、さほど迷った様子もなく、俺に尋ねてきた。


「それよりもニャン太郎よ。あの子、何者なの」

「……何者、って」

「いいわ、質問の仕方が悪かったわね。改めて聞き直すわ」


 どうやらもはや確信を抱いているようだ。

 キキレアはきりりとした瞳で、俺の心を射ぬく。


「あの子、転生と雷の女神、ミエリさまでしょ。この世界広しといえど、インディグネイションを放てる術者なんて、そう多くないし。ずっと不思議だったのよね。あの美しすぎる姿、物語に出てくるミエリさまとほとんど同じだし。猫耳と尻尾は生えてなかったけど」

「……」


 俺は視線を斜め上に向けた。


「俺はよく知らないんだが、転生と雷の女神ってどういうやつなんだ?」

「そりゃあ……。女神さまだもの、知識と愛にあふれて、とても優しい心を持った神様よ」


 キキレアの綺麗な顔に陰りが差す。


「……特にミエリさまは物静かで、ゼノスの娘の三女神の中でもっとも知性に満ちていて、正義の名の元に英雄たちに試練を与えることもあって……。またの名を図書の神と言われて、あらゆる物語を司っているから、またの名を第二創造神とも……」


 徐々に辛そうな顔になってゆくキキレアの肩を、俺はぽんぽんと叩く。

 そして、指で彼方を指し示す。


「その言葉を思い出しながら、もう一度よく見るんだ、キキレア・キキ。曇りなき眼で、真実を見定めるんだ」


 そこには真っ白な耳をピンと立てて、釣竿を持つミエリがいた。

 数々の船員たちの中に紛れ、口元をだらしなく開き、よだれを垂らしながら。


「えーへーへ―! おさかにゃっ! おさかにゃっ! おーさーかーにゃー!」


 体を左右に揺らしながら満面の笑みを浮かべるミエリだ。

 話に聞く猫科の獣人とほとんど似たようなアホっぽい姿である。


 そのバケツの中には瓦礫、長靴、そして黒焦げのジャックが突っ込まれていた。

 姿を見ないと思っていたが、生きていたんだなジャック。見つからないから半分諦めていたよ。


 キキレアは頭を抱えて悶える。


「でも、でも……あの子はインディグネイションを使ったし、使ったし……!」

「俺はなにも言わないよ、キキレア。ただ、お前は少し、疲れているんだよ。ほら、船室に戻ろうじゃないか、キキレア。な、きょうは早く寝るんだ。いい子だから、な?」

「なんなの!? 私間違ったこと言っている!? だって使ったでしょ!? 使ったもの! インディグネイション! 誰でもポンポンと使える魔法じゃないのよあれ! 私が習得にどれだけの時間をかけたか! 納得できないわ! ええいそんな目で私を見ないでくれる!? やめろこらー!」


 暴れるキキレアの肩を押す。

 ナルにメンタルを癒してもらおうな、な。




 さて、イクリピアまで、あと一週間といったところ。

 クラーケンを撃破した俺たちは一時の平和を満喫するのであった。


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