第30話 「衝撃のサンダーポート」
眺めても眺めても代わり映えのしない平原のど真ん中を貫く街道を、俺たちの馬車は走っていた。
この馬車はジャックが選んで買ってきたものらしい。
一番高いものを選んできただとか。
よく知らないが、この世界の馬車(もちろん馬も含む)といったら、小さな家ぐらいの値段はするだろうに。
「さすがはパーティーの金策担当で知られるシーフだな。パーティーの財布係と呼ばれるだけのことはある」
「それってこういう意味じゃないと思うわ」
苦虫を噛み潰したような顔をするキキレア。
しかし、走り出してから、俺たちは嫌な現実に直面した。
この馬車の乗り心地は最悪だったのだ。
まず車輪の質が悪いから、ガタガタと揺れる。
次に街道がしっかりと整備されていないので、ガタガタと揺れる。
つまり、合わせてガタガタガタガタと揺れているわけだ。
「フレイムバレーいきの馬車は、もっとまともだった気がするぞ……」
「そうね……。どうせしょうもない金持ちのドラ息子がやってきて、目利きもできないからって、海千山千の商人にしょうもないのつかまされたんじゃないの。ジャックみたいなのはいいカモよ。私だってそうするわ」
「なにを言うんだい!」
ジャックは心外とばかりに声を張り上げた。
「この馬車はかつて創造神ゼノスさまが乗っていたという、偉大なる馬車だよ! その三人娘であるエンピトルさま、ミエリさま、そしてフラメルさまがこの馬車に乗って諸国漫遊の旅に出ただとか!」
「六億パーセント騙されているわよあんた!」
「なんだって!?」
キキレアが叫び、ジャックは目を見開いた。
「そんな、まさか……。この馬車に乗っていた最中、かの魔神竜デスバハムートに襲われたミエリさまたちは必死に応戦し、その際の衝撃で車輪が多少歪んでしまったけれど、それはあくまでもご利益だからあえてそのままにしておいたあえてな、って言われたのに……」
「ばかじゃないの!? ばかじゃないの!? ばかじゃないの!? ばかじゃないの!? ていうかばかじゃないの!? ばかじゃないの!?」
水を得た魚のようにキキレアがジャックを罵倒している。
一応隅っこにいるミエリを見てみるが、彼女は嫌そうな顔で首を振っていた。
いやまあ、そりゃそうだよな。本当なわけがない。
馬車は幌がついた荷馬車である。
前の方の空いたスペースに椅子が備え付けられており、後ろ側にはたくさんの食糧が詰め込まれていた。
飲み水は樽で、それ以外は乾燥させた日持ちのする食べ物などなど。
ジャックが急いで用意したものだけに、こっちも質が心配だ……。
ちなみに馬車を走らせているのは御者席に座るジャックではなく。
「ゆけゆけ、ゆくのじゃー」
その隣にちんまりと腰を下ろす、喋る竜穿ことリューである。
ナルが稼いだお金のおかげか、アタッチメント式になっている刃と柄は取り外されており、彼女はどこからどうみてもただの美幼女となっている。
ぷにっとした頬をぽよぽよと揺らしながら、頭を左右に揺らしていた。
重くて重心が定まっていないのだろうか。
俺の向かいに座るナルルースが、にこやかに口を開く。
「リューちゃんは昔から、動物に言うことをきかせるのがすごく得意だったんだ」
「わしは竜族に恐れられているからのー。その威光を使えば、この程度の家畜の使役などお茶の子さいさいなのじゃー」
ふむ。
あのちびっこに行く先を任せるのは少し不安なところもあるが、まあ俺がなにをどうこうできるわけでもないしな。
成り行きに身を任せるしかないだろう。
俺の隣にはミエリ。
そして向かいにナルと、その隣にはキキレアがいる。
ジャックとリューが御者席だ。
ナルは足を伸ばしてだらんとしており、ジャックを罵倒するのに飽きたらしいキキレアは上品に足を揃えて座っていた。
ミエリは外を眺めながらなんだか楽しそうにしている。
絶世の美少女に囲まれた旅行だが、馬車の乗り心地は最悪だ。
「こんなんで、あと数日も旅もするのか……」
俺はげんなりとつぶやいた。
街道には馬車のキャンプ場のような場所があるらしい。
といってもたどり着いてみたら、ただの空き地だったんだけどな。
夜のたびにこういうところに寄って、夜を明かすのだ。
俺たちの他に、人影はいないみたいだな。
日も落ちてきたので、そこに馬車を止めて、俺たちはキャンプの準備を始めることにした。
リューは馬を休め、ナルとキキレアが食事の準備。ジャックがテントを張り、俺は念のために【ゴーレム】を召喚して辺りを見回ってくることにした。
暇そうにしているミエリにも声をかけると、こいつもついてきた。
辺りは見晴らしのいい草原だから危険な生物なんていないだろうが、念のためにな。
2メートル半が護衛についてくれるというのは、なかなか頼りがいがある。
クリーチャーカード、ありがたい。
「マサムネさーん」
「んー」
「ピピちゃんたちは元気にやっていますかねえ」
「さて、どうかな」
ぴこぴこと耳を揺らすミエリは、猫時代を思い出しているようだ。
毛並みの美しい白猫として飼われていた時代。幸せだったころだ。
実は馬車で旅立つ前に、ミエリたっての希望で、別れの挨拶をしてきたのだ。
相変わらず幸せそうな白い家の前に立ち、ミエリはぼーっと庭を眺めていた。
そこには新しい猫がいた。
ニャン太郎そっくりの、白い毛並みの猫だった。
一家の娘である幼いピピちゃんは、その猫をニャン次郎ニャン次郎と呼んで、可愛がっていた。
それがフラメルだったら最高に面白かったのだが、そういうわけではなく。
ただの愛玩動物の、猫であった。
――そう、ミエリの役目は終わったのだ。
そのことを寂しいとも悲しいとも言わず、ミエリはただ微笑んでいた。
ピピちゃんが楽しそうでよかったです、とだけ言っていた。
ミエリらしからぬ女神のような微笑を浮かべながら。
俺がこの猫耳女も女神だと思い出したのは、その直後だった。
結局、俺は庭に咲かせた【タンポポ】で「アリガトウ」と書き置きをしていった。
余計なお世話だったかもしれない。
その後に一家がどうなったのかは知らない。
まあきっとニャン次郎と無事でやっているだろう。
そういうことがあったからか、
「世界が闇に包まれたら、あの子たちもきっと無事ではすみません。それだけは阻止しないといけないんです」
そう言って、俺の隣を歩くミエリはキリッと目を吊り上げた。
どこか吹っ切ったような。
久々のやる気に満ちた顔であった。
この女神、そういえば最初から使命感だけは強かったな。
なんとなく俺は視線を逸らし、頬をかく。
すでに夕日は地平線の向こう側に沈んでいこうとしていた。
果たして俺はこの世界で何を思い、何を為すのか……。
そんな言葉が浮かび、俺はぽんとゴーレムの背を叩いた。
そのときである。
どこからかワオーンという遠吠えが聞こえてきた。
ほう、犬か。
いいじゃないか、俺は犬も好きなんだ。
野良犬かな、幸いビーフジャーキーみたいなものはたくさんあるからな。
少しぐらい分けてやっても。
なんてのんきに考えていられるわけがない。
――あくまでもここは、ファンタジーの世界なのだ。
「野良犬っつーか、野犬だよな!」
そう、たくさんの群れで行動し、時には熊をもハントするようなやつらだ。
こわい。食われたくない。
「戻るぞミエリ! 【ピッカラ】!」
「は、はい!」
俺はミエリの手を引き、ピッカラで足元を照らしながら走り出す。
ドッシンドッシンとゴーレムが後ろをついてきてくれている。
やがて開けた場所に出た。キャンプ地だ。
ナルとキキレアが息を切らした俺たちを見て、きょとんとしている。
俺は指差し答えた。
「恐らく野犬だ! 遠吠えが聞こえたんだ!」
「ほほう!」
腕組みをしながら立ち上がったのはリューだった。
「ならばわしの出番じゃの。どおれ、このわしが一撫でしてやれば、どんなに凶暴な犬もまるで生まれたばかりのスズメバチのようにおとなしくなるというものじゃわい」
「スズメバチに大人しいイメージまったくねえけどな!?」
叫ぶが、気にせずリューは暗い草むらに入ってゆく。
さすが神具。戦いに関しては度胸満点だ。
「大丈夫なのかね、あいつ……」
「心配ご無用だよ、マサムネくん。リューちゃんの威光はそりゃもうかなりものなんだから」
「そうよ、心配しすぎよマサムネ。本来四至宝って言ったら、伝説級のお宝なんだからね。あれ一本で豪邸二十軒は立つわよ。あんまり見くびらないほうがいいわ」
そう言って、ナルとキキレアが次々とフラグを立てる。
本当に大丈夫なのか……?
『ギャーーーーーーーーー!』
絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
ほら大丈夫じゃなかった!
俺たちが駆けつけると、原っぱでは両手両足を犬にかじられているリューがいた。
小柄で四方から引っ張られているため、空中にはりつけにされているようだ。
「やめるのじゃ~~~~! わしは人間じゃないから食べてもおいしくないのじゃああああああああ!」
これ、あれだな……。
リューだから耐えられるんだろうけど、これから子供の四肢がもぎ取られるって思うとすんごいグロ映像だな。
しっかしデカい犬だ。
すごいな、小さい馬ぐらいあるんじゃないだろうか。
リューちゃーん! とナルがあわあわしている間に、キキレアが冷静に解説する。
「イビルウルフだわ」
「知っているのか雷電」
「誰が雷電よ。この辺りでは珍しいモンスターだわ。コンビネーションが得意で、なかなかの強敵よ。C級冒険者の一パーティーぐらいだったら恐らく勝てないわね」
「ほー」
相変わらずの物知り博士キキレア。
キキペディアと呼ぼう。
「史上最弱のS級冒険者、キキペディア。その知識はうちのパーティーになくてはならないものだな」
「フフフ」
俺の言葉にキキレアは暗黒微笑する。
喰われかけている幼女を眺めながら笑うこの女はやべえ、と俺は改めて思った。
「いいわ、そろそろ私もその名には飽き飽きしていたところなのよ。そろそろ見せてあげようじゃないの。この私の――真の実力を」
「な、なんだと!?」
「フフフフフ」
大げさに驚く俺に気を良くしたのか。
キキレアは羽織っていたローブをバサッと脱ぎ捨てた。
その中から、肩をあらわにした身軽なシャツが明らかになる。
真っ白でふわふわの、フェミニンなやつだ。
「意外に可愛い趣味しているんだな、お前」
「今の私はそんな言葉に動揺しないわ! 真人間になったこの私はね!」
わずかに頬が赤く染まっているキキレアが恥じらいを捨て去るように叫ぶ。
彼女は両手を高々と掲げた。
その体に、赤い魔力が渦巻いてゆく。
とにかくすごい魔力だ。
「影なき闇に火の光! 照らせ、赤々と! 女神の愛はこの世のすべてを抱き留めて地に還す! 爆ぜろ!」
キキレアの詠唱は滔々と響く。
イビルウルフは不穏な力を感じ取ったのか、ぱっとリューを離した。
べちゃりと地面に落ちたリューが「ふわぁぁん」とうめき声をあげる。
しかし本当に恐ろしいことが起きるのは、これからだ。
キキレアは掲げていた両手を下ろす。
同時に、火焔の槌が力強く大地を叩いた。
「――フレアバーン!」
水しぶきがあがるかのように、土砂が舞い上がった。
凄まじい爆発だ。大地にぽっかりと穴をあけるほどの。
たったの一撃で何匹ものイビルウルフが吹っ飛んでいた。
イビルウルフたちは悲鳴をあげる。
「リューちゃああああああああん!?」
ついでにナルも悲鳴をあげていた。
それはともかくとして、広範囲に渡る火魔法か。
「キキレアさん、すごいです! やりますにゃ!」
「す、すごい! すごいじゃないか!」
ミエリと(どこかに隠れていたであろう)ジャックが同時に歓声をあげる。
確かにすごい威力だ。
これが低級魔法とは思えない。
少なくとも中級クラスの威力だ。
いったいいつの間にこんな魔法を習得していたんだ……。
キキレアは頬に手を当て、悪の組織の幹部がそうするように高笑いをした。
「ほーっほっほっほっほ! どう! どうよ! この威力! どうよ!」
「確かにすごいな」
「でしょう!? でしょうマサムネ! そうでしょう!」
「お、おう」
なぜか俺の胸ぐらを掴んで眼力を飛ばしてくるキキレアに、うなずく。
キキレアの目はマジだった。
「この私が! 一度は冒険者を止めておうちに帰ろうかな、とか、あるいは七羅将と刺し違えてしまおうかと思っていたこの私が! 再びどうしてこれほどの力を手に入れることができたのか! 知りたいでしょう! ぜひとも知りたいでしょうマサムネ! 知らずにはいられないでしょう!? その命を賭してでも!」
「は、はい」
首を縦に振る以外になにができるというのか。
キキレアはふふっと微笑むと、きらめくような赤髪をかきあげた。
「ならば教えてあげましょう! このキキレア・キキ列伝のそのひとかけらを! イビルウルフ! あんたたちも聞きなさい! いい!? 今飛びかかってきたら末代まで恨むからね!」
イビルウルフたちは恐らくその言葉をわかるほどの知能がないだろうが。
しかし、顔を見合わせながら「グルル……」と気まずそうにうなっていた。
キキレア、すげえな。
狼をドン引きさせる女、キキレア・キキは我こそがこの世界の女王であるかのように告げる。
「この私は、愛に目覚めたのよ! フラメルさまの言っていた愛は、やはり素晴らしいものだったの! それを私はナルルースの献身によって知ったわ! そう! 愛に気づいた瞬間、私の火力は跳ね上がったのよ! やはり愛は素晴らしいわ!」
「それ絶対に愛じゃないだろ!」
「愛は火力よ!」
堂々と言い放つキキレアは、再び魔法を唱えていた。
「愛で死ね! フレアバーン!」
一撃ごとに、地形が変わるほどの爆撃が炸裂する。
そのたびに高笑いと、イビルウルフの無残な死体が飛び散った。
ナルが手を伸ばして「リューちゃああああああん!」と叫んでいた。
俺は両手を合わせて、静かに目を瞑る。
「愛だわ! これが私の愛よ! 愛の力! どう、すごいでしょう! 凡百の雑魚ども、その目を開けてみてごらんなさい! あはははは! 楽しい! 楽しいわ! 圧倒的な愛の力でモンスターを蹂躙するのは楽しいわ! 泣き叫びなさい! 許しを請いなさい! その怨嗟の涙を私の愛の炎が焼き尽くしてやるわ! あはは! 雑魚が!」
キキレアは魔力が枯れ果てるまで、延々とフレアバーンを使い続けていた。
爆心地からふらふらと這い出してきたリューは、ちょっぴり巻き添えを食らっていたらしい。
服の端っこが焦げていた。
「ふわぁぁぁん、こわかった、こわかったのじゃ~~~~~~!」
と泣くリューをナルがあやしていた。
キキレアのあまりの暴れっぷりに、俺も泣きそうだ。
炎に照らされたキキレアの横顔は、まるで鬼神のようである。
愛って怖い。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そんなこんなで、旅を続けて二週間。
ひたすら続くジャーキーの味に不平不満をつぶやいたり。
ジャックが馬車に揺られて思いっきり酔ったり。
ナルとキキレアがなぜかふたりで意味深な視線を交わして茂みに消えていったり。
満月の夜に猫耳と尻尾がなくなったミエリが、不思議生物扱いされたり。
リベンジを掲げたリューが、再びイビルウルフの群れに食われたり。
そんなことを続けながら――。
――こうして俺たちは、港町にたどり着いた。
真っ青に広がる海。間違いなく海。
そこにくっついている、カリブの海賊じみたちっちゃな街並み。
そして、どーんとたくさん停泊している帆船の数々。
はるばる遠くまでやってきたな、という気持ちがあふれた。
たった二週間の旅だけどな。でも、来てよかったかもなんて思ってしまった。
というわけで――港町、サンダーポートだ。
馬車はいったんここで手放して、旅の資金に変えるらしい。
なんとも豪勢なやり方だ。
今度はジャックひとりでは非常に心配なため、竜穿を担いだナルとキキレアが一緒に交渉しにゆくようだ。
ナルはともかく、史上最貧のS級冒険者であるキキレアがいるなら心配はないだろう。
その間に俺は、乗る船を確保しに行こうじゃないか。
行く先は帝都イクリピアだ。
さて、サンダーポートについてから、ミエリはウキウキだ。
軽くスキップしているようにも見える。
「どうしたミエリ。ジャーキーじゃない飯を食べられるのが、そんなに嬉しいか」
「それも嬉しいですけど、違いますよお。えへへー」
ゆるみきったその顔がムカつくので頬を引っ張る。
しかし、ミエリはそれでも笑っていた。
「なんだよ、どうしたんだよ」
「ここは港町じゃないですかー」
見りゃわかる。
「わたしってー、ほらー、雷の女神じゃないですかぁー。雷魔法って水棲モンスターに効き目抜群なんですよねー。だからぁ、わたしぃ、港町ではすっごく敬われていてぇー、ぶっちゃけアイドル扱いっていうかぁー? 女神様ランキングダントツぶっちぎりの一位っていうかぁ? アタクチ、モテてモテて困っちゃぁう☆」
「ほう」
「あっ痛い痛い! なんでヘッドロックするんですか!? わたしをこの町でいじめるなんてなに考えているんですか!? 女神ミエリのバチがあたりますよ!?」
その女神ミエリはお前だろうが。
ぱっと手を放すと、先ほどの涙目もなんのその、ミエリはドヤ顔をしたまま通りを悠々と歩く。
大の大人が三人ぐらい広がったらもういっぱいになりそうな、手狭な通りだ。
「いやあ本当に、海の男たちの信仰はすっごく厚いっていうかぁ。魔法が使えなくっても、ミエリさまミエリさま豊漁祈願をーって熱心に祈ってくれて、すっごく可愛かったんですよー。えへへー」
「ふーん」
でもさ、そのミエリさ。
二か月半ぐらい、まったく加護がなかったんだよな。
この世界から、一切の加護が消えていて……。
それで結果、どうなったかって。
ミエリに現実を伝えてやるのも、優しさだよな。
俺は通りのゴミ捨て場を指差した。
「ところで、そのミエリさまの像がさっきゴミ箱に頭から突っ込んでいたんだが、お前は見なかったのか」
「なんでー!?」
自明の理じゃなかろうか……。
波止場につくと、船乗りたちからさらに詳しい情報が得られた。
二か月半、ミエリの加護が失われたことによっていくつかの事件が起きていたらしい。
まずは護衛の雷魔法使いたちが、ことごとく役に立たなくなった。
これによって港町サンダーポートは海の魔物から大打撃を食らった。
幸いにも死者は出ていなかったらしいが、漁が完全にストップしたのだ。
今は改めて雷魔法が使えるようになったのだが、しかし雷魔法使いたちは皆、もはや信仰の力を失っていた。
よって、この町ではミエリへのヘイトがすごく高まっているようだ。
船首にくくりつけられていたミエリ像の頭だけもいで、フラメル像に改修されていたり。
なんという突貫工事だ。ボディとのバランスがよくないぞ。
その結果、首だけがゴロゴロとゴミ捨て場に転がっていたりするのだが。
やばい。すごい猟奇的だ。
転がる頭を抱き締めて「うわーーーん!」と涙を流すミエリもまた、少し怖かった。
まあそんなところに、ミエリ丸出しの猫耳娘がミエリ丸出しの顔でやってきた。
俺たちは船着き場についた途端に、男たちに囲まれたというわけだ。
「あんだてめえ!?」
「ミエリ丸出しの格好できやがってよお!」
「今はそれどころじゃねえんだよ!!」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
俺の後ろに隠れて悲鳴を上げるのが、そのミエリ本人だ。
いやあ、潮の匂いがすごいね。
まさしく海! って感じだ。いや、海なんだが。
「まあまあ、落ち着け落ち着け」
俺は海の男たちをなだめると、話を切り出した。
「帝都イクリピアにいく船を探しているんだ。俺たちは冒険者でな」
そう言った途端、彼らは顔を見合わせた。
腑に落ちたと同時に、なにやら険しい顔をしている。
「こいつはミエリそっくりだろう。見ての通り雷魔法使いでさ。イマドキ珍しく、まだ信仰を失っていないんだ。乗せてくれるなら比較的安全な旅が保障されると思うんだが、どうだ?」
しかし俺の言葉にも、彼らは険しい顔をしていた。
いったいどうしたのか。
「おいおい、あふれんばかりの船が泊まっているだろ? 一隻ぐらいイクリピアに向かってくれてもいいじゃねえか」
ひとりの男が眉根を寄せたまま口を開く。
「だめだ。船には乗せられねえ」
「なんでだよ、ケチケチすんなよ」
俺が再びタンポポ神の力を見せてやるしかないのかと思ったその時、男が首を振った。
「――海には七羅将が放った怪物『クラーケン』がいる。一か月前に姿を現したんだ。船で近づいたら一瞬でお陀仏よ。俺たちはこの港から出られねえのさ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「クラーケンね、知っているわ」
「何でも知っているなお前」
冒険者ギルド内の酒場にて合流した俺たちの前、キキレアは腕組みしながら椅子にふんぞり返っていた。
「この辺りの海を荒らしていたという伝説的な怪物よ。ずっと昔の英雄に退治されて、海の底に封印されていたはずだけど。恐らく魔王軍がよみがえらせたのね」
「天敵である雷魔法使いがいなくなった今がチャンスだったってことか」
「恐らくね」
キキペディアがうなずく。
さてさて、どうするかな。
「り、陸路でイクリピアに向かおうじゃないか!」
ビビったジャックの提案に、キキペディアは顔をしかめる。
「陸路でとなると、大陸の南をぐるりと迂回しなくちゃならないわよ……」
「ほ、他の海路は?」
「ないこともないけど、大幅な時間ロスだわ。下手したら二か月、三か月……ううん、最低半年はかかるかも」
半年かー。
俺は椅子に深くもたれる。
「諦めてホープタウンに帰るってのは?」
「却下」
キキペディアに却下されてしまった。
まあそうよな。
俺は辺りを見回す。
冒険者ギルドは閑散としていた。
この町の雰囲気は、ギガントドラゴンが現れたときのホープタウンに似ている。
住民の誰もが諦め、希望を捨てた顔だ。
ホープタウンは森の恵みを、ここは海の恵みを奪われた。
一番大切なものを魔王軍に奪われたのだ。
ミエリは「退治しましょう! 退治!」と息巻いている。
キキレアも主張こそしないものの、やる気だ。
ナルは俺たちの決定に従うようなことを言っている。
ジャックはまあ、いつもの通り逃げ出したいんだろう。
うーむ、仕方ねえなあ。
だったら手分けしてクラーケンの情報を集めて、作戦を練って、船を借りて沖へ出て、クラーケンに戦いを挑むか。
海上の決戦。
不安だが、こちらには雷の女神ミエリがついている。
火力で引けを取るということはないだろう。
そう考えた俺が口を開こうとしたとき、だ。
ジャックがおずおずと手を挙げた。
「わ、わかった……それじゃあ、戦おうじゃないか……! あの、伝説の怪物と……! 僕も、覚悟を決める、よ……!」
お……?
俺たちは顔を見合わせた。
ジャックがおかしなことを言い出した。
不安げな空気が漂う。
俺たちは努めて優しい声を出した。
「どうしたんだジャック、心にもないことを口に出して。今だけ目立とうと思っているのか。そんなことを言ったところでお前のイメージは今さら1ミリも改善されないから大人しく座っていろよこのクソビビりが」
「そうよジャック。海に金貨を撒いたところで、クラーケンは買収されないわよ。気を確かに持ちなさい。あんたみたいなクソ金持ちには到底理解できない現実かもしれないけれど、カネの力にも限度があるのよ」
「う、うん……。ジャックくん、大丈夫? 疲労困憊? 長旅で熱があるのかな? 宿に帰る……?」
「にゃあー」
「割と予想していた反応だけど予想以上に辛辣だ!」
ジャックは髪をかきむしりながら立ち上がる。
そしてその美しい銀髪をぐちゃぐちゃにしながら、拳を握って叫んだ。
「ぼ、僕にはどうしてもイクリピアに戻らなきゃいけない理由があるんだ! だから、こんなところでつまずいていられないんだよお! いつもの僕が頼りないのは自分でもわかっているからさあ! 人の決意に水を差すなよお!」
涙目であった。
まあでも、理由はわからないが、ジャックがやる気ならいいか。
海の怪物を退治しにいくとしようじゃないか。
そう決めた俺の頭上から、光り輝くカードが舞い降りてくる。
新たなる力だ。
『異界の覇王よ――。其方の船出に、新たなる力が覚醒めるであろう』
なんだか久々のオンリーカードのゲットだな。
クラーケン退治に役立つものだったらいいんだが。
さほど期待せずに、俺はバインダの中に沈み込んでゆくカードを見下ろした。
と。
「ご注文はお決まりでしょうか~?」
話もひと段落したことだし、久々にジャーキー以外の食事といくか。
注文を取りに来た若いウェイトレスにメニューを頼む。
そして俺たちは五人同時に彼女に銅貨を突き出した。チップである。ほとんど無意識の動きだ。
だが、それを見たウェイトレスの子が、顔を赤くして慌て出す。
「えっ、こ、これチップですか? さ、さすがにこんなに受け取れませんよっ」
『えっ!?』
エマに調教されていた俺たちは、
これが普通の反応だとしばらく気づかなかったのだった。




