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第25話 「女神を信じぬ者たち」


 東の街、フレイムバレー。

 その名の通り、渓谷の中にある街である。

 両側に高々とそびえる赤い壁は、土を焼き固めたものだ。


 この地に住むフラメルを信仰する魔法使いたちが、総出で作業を行なったものだという。

 というわけで、火の魔法使いが山ほど滞在している街でもある。


「わーい、新しい街、新しい街ですよー、マサムネさんー」

「そ、そうだなー」


 天真爛漫にはしゃぐミエリ。

 だがその一方で、暗い顔をしているのがナルだった。


「あ、じゃああたし、リューちゃんとあっちを探してくるね」


 人化した竜穿ことリューとともに、ナルは街の中へと消えてゆく。

 なんだか避けられているようだ。


「のう、ナルや……。わしのこの姿、腹と背中に剣が突き刺さっておるから、内臓を貫通しているように見えんかのう……」

「うん。そうだね、リューちゃん……。そうだねそうだね……」

「やっぱりそうか!? どおりで周囲の視線が刺さると思っておった!」


 ミエリの妻発言より、ずっとこの調子であった。

 あれは即座に否定したのに、しかしナルの機嫌は戻らなかった。


「エルフ族に伝わる惚れ薬が――」とか怪しげな言葉をつぶやいていたような気もするが、まあ、それはそれだ。


 とりあえずこの町で、キキレアを探そう。

 あいつはここにいるはずなんだ。


「ジャック、お前は情報屋を探してくれないか。シーフのお手の物だろ」

「ふふん、マサムネ。君はまだ理解が足りないね。僕が見知らぬ人に話しかけることができるとでも?」

「………………そうだな、じゃあフラメル神殿の前で、張り込んでいてくれ。定期的に【ダイヤル】するから」

「お安い御用さ! あっ痛い!」


 笑顔で親指を突き立てるジャックの後頭部を叩き落とす。

 難しい御用はできねえんだろうがてめえ……!



 フレイムバレーは、ホープタウンに比べるとずいぶんと活気がある街だ。

 活気というか、どちらかというと商売っ気、かね。

 ミエリとふたりで歩いているだけでも、ひっきりなしに声をかけられる。


「……ま、こいつのこの格好だしな。金持ちに見えるのかもな」

「にゃ?」


 ミエリは相変わらず、シミや汚れひとつない真っ白な衣を身に着けている。その輝きは、さぞかし名のあるマジックアイテムに見えるだろう。


 さらに衣を身にまとっているのが、純真無垢を絵に描いたような金髪の美女だ。

 どんなお屋敷で育てばこんなお嬢様ができあがるのかというほどに、その肌は白く眩しく輝いており、人形のようなほっそりとした手は食器よりも重いものを持ったことがないかのようで。


 ミエリと並んで歩いていると、きっと俺はそのお付きにしか見えないのだろう。

 中身を知らないっていうのは、幸せなことだよな……。


「それで、どこに向かっているんですか?」

「とりあえずは冒険者ギルドだな。キキレアが来ているなら、一発でわかるだろう」

「はーい」


 元気よく手を挙げるミエリ。

 たくさんの人を前にして興奮しているのか、尻尾をせわしなくぱたぱたと動かしている。

 おのぼりさんかよ。


「しかし、この世界の魔法使いは信仰によって魔法を使うだとか、まるで神官みたいだな」

「そのふたつに大きな違いはありませんねー。自分より高位の存在に力を借りるなら、お願いしなきゃだめじゃないですか? マサムネさんの世界はそういうのなかったんですか?」

「んー……」


 思い返すが、あまりピンとこない。

 いや、でもここ一番のカードの引きについては、ディスティニードローの神様に祈ったりはするかな……。

 別にそれで運命が変わるってわけじゃないんだが、なんとなくな。


「ですから、本当に強い魔法の力を手に入れるためには、長い時間が必要なんです。昔は供物を捧げていた方々もいたそうですよ。それがひどくなってゆくと、それこそ処女の心臓を捧げたり。でもそういうのはやめなさい、ってお父様が言いきかせて、それで人間たちはもうちょっといい子になってくれたんです」

「はあ」


 お父様って、この世界の創造主だろ?

 なんかこいつと話していると、神という存在がすごい身近に聞こえてくるよ。


 しかし供物か。カードゲームではおなじみの言葉だが、そういうのもあったんだな。

 おかしくはない。なんせ、ここは神の力がダイレクトに奇跡となって現れるんだ。

 それくらいのことをするやつは、出てくるだろう。


「フラメル、か」


 新生と火の女神、だったかな。

 ミエリは確か、妹だとか言っていたな。


 通りを見ると、あちこちに火のロッドや、赤いローブを身に着けた魔法使いたちがいる。

 ホープタウンでは魔法使いは貴重だったが、さすがここはおひざ元だけあって、魔法使いだらけだな。


 つうか、これじゃキキレアを見つけるのはしんどいぞ。


「フラメルってば、いつの間にかこんなに信徒を増やして……。あの子は本当に、昔から愛嬌がいいというか、人の心の隙間に付け込むのが上手だというか……」


 面白くなさそうな顔でそんなことをつぶやくミエリ。

 お前それ、周りの奴らに聞かれたら袋叩きにされそうだから、やめてくれ。


 フレイムバレーの冒険者ギルドでは、キキレアらしき人物が来たという情報は得られなかった。

 ……どこいっちまったんだ、あいつは。



「どうだ、ジャック」

「ああ、マサムネ。こっちに直接来たのかい?」


 お前の仕事ぶりが心配だったからな。

 ジャックは茂みに隠れて、神殿の入口を見張っているようだった。

 どこからどう見ても不審者だが、まあいいか。シーフだしな。


 にしても、さすがというかなんというか、豪華な神殿だ。

 真っ白い建物の前に、恐らくはフラメルに似せたような彫像が立っている。

 魔法使いらしき人物がひっきりなしに祈りをあげに来ているようだった。


「栄えてますねえ……」


 ミエリが寂しそうな口調でつぶやいた。

 そういえばこの世界のどこかに、ミエリ神殿もあるんだよな。

 今はどうなっているんだろう。

 ……取り壊されているんだろうか。


 まあ、いいんだけどさ。


「って、あれ!」

「ん」


 ジャックが俺の肩を揺すってくる。

 するとこいつの指さす先には、赤毛のツインテールがいた。


 紛れもない、キキレアだ。

 ようやく見つけたぞ。

 神殿から、今出てきたのか。

 だが……。


「隣にいる人、なんだろうね」

「……」


 キキレアは変なオッサンと連れ立って歩いていた。

 ……新しいパーティーメンバーのようには、見えないな。


 下卑た顔をして笑っているような、小汚いやつだ。

 キキレアはいかにも嫌いそうな感じだが。


「なんか、親しげだけど」

「……」


 一瞬、俺は声をかけようかかけまいか迷ってしまった。

 なんとなく、俺の知らない場所で俺の知らないやつと話しているキキレアに、妙な感情を抱いてしまったのだ。


 ……なんか、なんだろうな、この気持ち。

 それはもしかしたら、キキレアがよそゆきの顔で笑っていたからかもしれない。


 ……こいつがまた一からやり直そうというなら、それもいいんじゃないだろうか。

 雷魔法を捨てても、キキレアなら火魔法で頂点に立つことができるだろう。


 こんなところにまで来て、俺はいったいなにをやっているのか。

 帰ろうか、と。


 俺が口を開こうとしたその瞬間だった。


「――てめえ! 見つけたぞ!」


 怒鳴り声がした。

 その男は怒りの形相で、キキレアに剣を突きつけている。

 ――だが、なぜパンツ一丁なんだ。



「なによ、あんた」

「とぼけんな! 俺の元から勝手に逃げ出しやがって! 慌てて追いかけてきたんだよ!」

「逃げ出した? よくわからないけれど」


 すると、キキレアは唇に指を当てながら、口角を吊り上げた。


「初めてだったから、緊張したわ。あんたみたいなのと一緒に食事をしてお金をもらうのはね。でも、お布施が心もとないからって慣れないことはするものじゃないわ。罪悪感がはんぱないもの。エマのやり方は私には、あんまり合わないわね」

「ふざけんな! 食事を一緒にするだけで終わりになってたまるかよ!」

「へ?」


 キキレアはきょとんとした。

 それから眉をひそめる。


「ひょっとしてあんた、他になにかしたいことあったの?」

「当たり前だろ! ガキの遊びじゃねえんだぞ!」

「???」


 キキレアのその顔は、とても演技には見えない。

 本気か。こいつ、男女の知識とかないのか。キキレアのくせに……。


 一方、キキレアと一緒に歩いていたオッサンは、そそくさと逃げ出していた。

 おかしな争いに巻き込まれたくなかったんだろう。


 それにも気づかずキキレアは、見るものが勘違いしてしまいそうな清楚な笑顔を浮かべる。


「よくわからないけれど、安心しなさい。またお金を持ってきたら一緒に食事をしてあげるわ。今のわたしはフラメルさまへの信仰心と、愛であふれているの。愛の使者、キキレア・キキよ」


 どうしたんだキキレア。

 そんな菩薩みたいな顔をして……。

 こいつ、頭を打ってしまったのか……。


 様子を窺っていた俺に、そっとミエリはひそひそとささやいてきた。


(フラメルの教えは、愛で世界を救う、ですからね……。たぶんそれを実践しているんだと思います。信徒も心優しい人たちが多いんですよ)

(それであいつ、あんなことになってんのか……)


 見ていて鳥肌が立つような笑顔だ。

 無理するな、キキレア……。お前にはミエリが似合っている……。


 オッサンは剣を振り回しながら叫ぶ。


「黙れこのブス! お高くとまっているんじゃねえぞ、冒険者のくせに! いいから飯代返せおら!」

「――」


 次の瞬間、キキレアのこめかみに度筋が走ったのを、俺は見た。

 やばい。

 ブチ切れるぞ。


 腰を浮かせたところで、しかしキキレアは静かに首を振った。


「いいえ、最初に契約に同意をしたのはあなたよ。お金を返すことはできないわ。だってついさっき私、フラメル神殿に全額お布施払ってきたばかりだもの」

「ああ!? んないいわけが立つかよ、てめえ! 舐めた口効いてんじゃねえぞ腐れブスが! ブス! ブス! ブース!」


 命知らずかこのオッサン……。


 フラメル神殿の前で起きている騒ぎを、人々は遠巻きに見ている。

 ジャックなんかは今にもキキレアの導火線が爆発するのを恐れて、どこかに逃げていった。

 賢明な判断だ。


 しかし、キキレアは己の胸にそっと手を当てる。

 慈母のように微笑んでいた。


 すげえ、まだ耐えているのか……!


「私は愛の使者キキレア・キキ。新たな火魔法を覚えて、今はウキウキして気分がいいの。だからその無礼な言葉は許してあげるわ」

「はっ! だったらてめえが土下座して詫びるんだな! お食事をオゴってもらったのにご奉仕せずに申し訳ございませんでした、ってな! そうして一週間その体を好き放題させろ! それで許してやるよ!」

「え?」

「だから、謝れっつってんだよ! この俺様の足元に這いつくばって! おら、早くしろよ、ブス!」


 その男はぎゃあぎゃあと騒ぎながら、キキレアに詰め寄る。

 こいつは気づいていないかもしれないが、キキレアは静かに拳を握っていた。

 しかも己の手のひらに爪を立てるように、だ。

 短い付き合いだが、わかる。あれは相当頭に来ているぞ……。


 キキレアの笑顔がぎこちないものになってゆく。


「ええと、土下座は勘弁してくれないかしら。フラメルさまの見ている前で、そんな恥ずかしい真似はできないわ。謝れというのなら、謝ってあげるから」

「どーげーざー! どーげーざー!」


 げへへと笑いながら男は手拍子を打つ。

 この男、半裸でよくこんな目立つような真似ができるな。

 ある意味、すごい度胸だ。


 しかしその土下座コールひとつごとに、キキレアの怒りのボルテージが高まってゆくようだ。


「おらどうしたブス! フラメルさまの見ている前で、愛を証明しろよ! それが魔法使いの務めだろ!? できねえのかよ! だったら俺がさせてやるよ。おらブス! こいや!」


 するとついに男が、キキレアに向かっていった。

 その頭を掴んで、無理やり土下座の姿勢をさせるつもりだろう。


 キキレアは鬼のような笑顔を浮かべ、まだ紙一重で踏ん張っていた。

 だめだ。これ以上はさすがに、見ていられない。


「――やめろ」


 俺が歩み出ると、男はこちらを睨みつけてきた。


「ああ!? なんだてめえは!」

「……マサムネ?」


 キキレアはこちらを見て、驚いていた。

 俺はこほんと咳払いをする。


「通りすがりの正義の味方だよ、オッサン。いいじゃねえか。食事をオゴるぐらい、よくあることだろ。そんなんでカリカリしてんなよ」

「ふざけんな! 俺は自慢じゃねえが、他人のために金を払ったことは生まれて一度もねえんだ! オゴられるのはともかく、オゴるなんて絶対にごめんだぜ!」


 マジで自慢じゃねえな。

 俺はちらりとキキレアを見て、首を振る。


「いいから、そのへんでやめとけ。この女とかかわらねえほうがいいぞ。殺されるぞ」

「はっ、低級の火魔法しか使えねえブスが気取ってんじゃねえよ!」


 そう言った途端だ。

 オッサンはその手に持っていた剣を掲げる。


「見ろ! フレイムソード!」


 すると、その鉄の剣が炎をまとう。

 こいつ、こんなところで争いを起こす気か!


 恐らく、キキレアが自分より弱いと思って見くびっているんだろうが……。


 俺はひとりで震え上がっていた。


 ――このキキレア、今は雷魔法が使えるんだぞ!


「おい、やめとけって! 俺はお前の体を心配してやっているんだぞ、オッサン! キキレアに近づくな! マジでやめろ!」

「知るか馬鹿! こういうプライドが高そうな女は、一度徹底的にへし折ってやらなきゃならねえ!」

「お前の骨という骨がへし折られるぞ!」

「あんたはどっちの味方をしてんのよ」


 半眼でうめくキキレア。

 しかしその瞳の色が、徐々に変わってゆく。


「……私がこんなにも下手に出て、ようやくファイアボールを覚えたっていうのに。屑みたいなやつが、中級魔法のフレイムソードを使えるだなんて、納得がいかないわ……。妬ましい……」


 やばい。

 やばいぞ!


 キキレアのスイッチを入れるんじゃない。

 穏便に、穏便に済ませてくれ。


「し、しっかりしろ愛の使者キキレア! いいか、今ならなにもなかったことになる! オッサン、ここは俺に任せて早く逃げろ!」

「ああ!? せっかく剣まで抜いたのにこのまま帰るわけには――」

「うるせえばか! 逃げろっつってんだよ! 命を粗末にするなあああああああああああああ!」

「お、おう」


 オッサンは俺の勢いに一瞬だけたじろぐ。

 だがそれでも逃げようとはしない。あくまでもキキレアに痛い目を見せようとするつもりか。


 そこにさらに声が響いた。

 ナルだ。


「おーいキティー! やったー! 見つけたよー!」

「……ナルルース? なんであんたまで」

「マサムネくんが、キティーを連れ戻しに来たんだよ! 転仰する前に、ね?」


 ナルはキキレアに会ったからか、別れた時よりも少しだけ元気そうだ。

 その後ろを歩くリューが「うう、せめてこの剣と柄、アタッチメントにしてくれんかのう……」とぼやいていたが、それはともかく。


「……私を連れ戻しに? なんで?」

「なんでもいいだろ!」

「よくないわよ!」


 ぐっ。

 ええいもう、情に訴えてやる。


「俺にはお前が必要なんだよ! お前にそばにいてほしいんだ、キキレア!」


 手を伸ばして怒鳴ると。

 ナルが「えええええええええええええ!」と悲鳴を上げていた。


 だが、キキレアは即座に叫び返す。


「嘘よ! だって私よ! 史上最弱のS級冒険者よ! こんな私がそばにいたってできることなんてなにひとつないじゃない! 連れ戻してどうするっていうのよ! 薬草集めぐらいしかできないわよ! あれ、手がボロボロになっちゃうからもうやりたくないのよ!」


 ええい! 自己評価の低いやつめ!


「嘘じゃない! 本当だ! 戻ってきてくれ、キキレア!」

「嫌よ! あんたみたいなやつの言葉が信じられるわけないわ!」

「ほら、もう一度あのパンを食わせてやるから!」

「私の舌を自由にできても、私の心まではあんたに屈しないもの!」


 なんでこんな痴話げんかみたいなことをしなきゃいけねえんだよ!

 この分からず屋が!


 そのとき俺は思わず、『衝動的に』叫んでしまった。


「――ミエリの力が復活したからお前はまた雷魔法を使えるようになったんだよ! だから、俺のパーティーに戻って来い、キキレア!」


 その瞬間だった。

 キキレアは真顔で、つぶやいた。


「へえ――」


 絶対零度の声だった。

 ――あ、やっちまった。



 俺はナルと、キキレアに向かって無邪気に「復活しましたよー」と手を振っているミエリの首根っこを掴む。

 さ、避難するぞ。


 キキレアの周囲には魔力が渦巻いているようだった。

 それも、とてつもない怒りの魔力だ。


「げへへ、まずはその顔を傷つけられたくなかったら、土下座するんだなあ!」


 オッサンはいまだに空気も読めず、そんなことを叫んでいる。

 それが最後の言葉か。


 スマンな、オッサン。

 俺はお前を守れなかった。


 キキレアはゆっくりと手を掲げる。

 その目は、残忍の一言。


「そう、そうなのね」


 オッサンは炎をまとう剣をキキレアに向けた。


「どうしたどうした愛の使者! 痛い目を見てえのか! ああ!?」

「――愛の使者は死んだわ」


 キキレアが指先に雷をともす。

 彼女はローブをはためかせながら、名乗りを上げた。


「私はS級冒険者キキレア・キキ! 人呼んで、『稲妻のキティー』!」

「へ……?」


 オッサンの間抜けな顔が紫電に照らされて光る。


 キキレアの周囲にはバチバチという電撃が弾けていた。

 そうして悪魔のような形相のキキレアは、完全にプッツンしている顔であった。


「この私をよくもよくも馬鹿にしてくれたわね! 土下座を一億万回したって絶対に許してやらないわ! 願わくば貴様に永遠の辛苦を与え続け輪廻転生させてそしてまた永遠に辛苦を与え続けてやりたいけれど、今はこの一瞬で済ませてやろうじゃないの! ――死ね!」


 まるでラスボスのような台詞を吐くキキレア。

 そして怒り狂う魔女は詠唱を開始した。


「脈々と受け継がれし聖なる鉄槌! この世のあらゆる魔を滅し、灰燼と化せ、穢れなき雷! 此処に! 我がかいなにお出でなさい!」


 ちょ。


「――やめろキキレア!」


 そいつは――。


 最強の雷魔法、インディグネイションじゃねえか!


 ブチ切れすぎだろお前!

 発動すれば、この一帯が消し飛ぶぞ!

 町を破壊する気か!


「やめろおおおおおおおおおおおお!」


 俺の制止も聞かず。

 キキレアはその手を振り下ろす――。


「――インディグネイション!!!」






 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






 がらがらがらがら、と車輪の回る音がする。

 俺たちは馬車に乗って、ホープタウンへの道を辿っていた。


「むにゃむにゃ……マサムネくんの、ばかぁ……。ほれぐすり、はやくのんでよぉ……」


 俺の膝の上、倒れ込むようにしてナルが眠っている。


「ふにゃー……。えへへ、おいしい、おいしい……。ぜんぶ、わたしのー……」


 その反対側には、ミエリがやはり俺に寄りかかり、寝息を立てていた。


 ジャックは別の馬車にて、ひとりで帰りたいと言っていた。

 キキレアがよほど恐ろしかったらしい。


 そして――。


「……」


 斜め向かい、窓に頬杖をついているのは、キキレアだ。

 こいつはぼうっと夜空を見上げていた。


「まあ、でもよかったよ」

「……」

「お前が大量殺人犯にならなくてさ」

「……なにがよかったのよ」


 キキレアは悔しそうにつぶやいた。


 いや、お前の気持ちもわかるが、でもよかっただろ。

 インディグネイションが発動していたら、俺たちまで消し飛んでいたんだぞ。


 結局、キキレアの放った魔法は、あのオッサンを痺れさせただけであった。

 そう、本来の威力をまるで発揮できなかったのだ。


 オッサンは泣きながらキキレアに土下座し、許しを乞うていた。

 それでも気が収まらず、ひたすらにヤクザキックを繰り返すキキレアを止めるのは、骨が折れたよ。

 しかし、名も知らぬあのオッサンのカードを遺品として手に入れることがなくて、本当によかったよ……。


「……ぬかったわ……。まさか私の信仰が、あそこまで落ちていたなんて……」

「いやまあ」


 お前、ミエリのことを散々屑女神屑女神言っていたからな……。

 そりゃあ、信仰もなくなるだろうて。


 最上位魔法を使うのは、並大抵の信仰では不可能だ。

 というわけで、キキレアは普段の雷魔法を使うことはできるようになったが、しかしそれだけだ。


「……こんなんじゃ、『稲妻のキティー』の名は、返上しなくっちゃ」

「まあまあ、今から改めて信仰を高めてゆけばいいだろ。転仰はせずに済んだんだからな」

「……」


 そう、そうなのだ。

 キキレアの主神はあくまでもミエリのままだ。

 本来の目的は達成できたから、俺は満足していた。


 キキレアはため息をついた。


「ところで、マサムネ」

「あん?」

「いつの間にか一緒にいたけど……。そこでよだれを垂らしながらグースカいびきをかいているその猫耳の子は、何者なの?」

「……」


 ちらりとミエリを見る。

 フレイムバレーの名物料理を味わって腹も膨れたこの女神様は、とても気持ちよさそうに眠っている。

 復活のデブリとなるのも、そう遠くはない未来かもしれない。


 さあて、なんて言ってごまかすか。

 いや、これが女神ミエリだとはさすがに言えないな。

 キキレアの残った数少ない信仰心が、根絶やしにされるだろう。


 俺は眉の間をもみほぐしながら、告げる。


「こいつは、ニャン太郎だ」


 キキレアは「そう」と小さくつぶやく。


 そして、なんだかなにもかも一件落着したかのように。

 ――久しぶりのキキレアらしい、勝ち気な笑顔を浮かべた。


「アホみたいな名前ね」


 まったくだ。




 ホープタウンに帰ったキキレアは、今度は一切の雷魔法を使えなくなった。


「なんでなのよおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 女神への面と向かっての罵倒は、一撃必殺の威力があったらしい。

 キキレアの信仰心はついに根絶やされた。


 まさかこんなことになろうとは……。

 俺はなんのためにこいつを迎えにいったんだ……。


 手で顔を覆う俺のもとに、一枚のカードが降りてくる。


『異界の覇王よ――。其方の仲間を想う心に、新たなる力が覚醒めるであろう』


 うるさいよ。


『其方のささやかな胃痛は、その覇業によって叶えられるであろう』


 ……。


 試しに実験台ゴルムにカードを使ってみると「おお、なんだか昨夜飲みすぎた胃の痛みが、すーっと引いていくぜ」と嬉しそうに言っていた。


 そのカードの名は【キャベジン】だ。


 俺はキキレアを連れ戻し、そしてキキレアが本来使えるはずだった雷魔法が使えなくなる代わりに、大事なものを手に入れることができた。

 仲間を想う心によって発動する、胃痛を軽減するカード【キャベジン】だ。


 うん。


 うん…………。




 そして今度は、ナルが冒険者ギルドに顔を見せなくなり。

 ――変わった冒険者が、ホープタウンにやってきた。


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