第22話 「笑顔の咲く者たち」
というわけで、チャッキーをもてなすためのミッション、スタートだ。
すべては金貨のために――。
「いらっしゃいませ」
ニコニコと微笑む俺の前、やってきたのはエルフの美少女アーチャー。
とんでもない宝の弓である竜穿を担いだナルルースだ。
「やあマサ……マーニーくん、きょうも野に咲く薔薇のように、綺麗だね」
「あはは、ありがとうございます、ナルルースさん」
ナルは精いっぱい気取った喋り方で、カウンターに肘をつく。
「どうだい、このあと一杯?」
「まだまだ業務がありますので……あはは」
「フッ、それは残念。またフラれちゃったな」
そう言ってニヒルに……なりきれない無邪気な笑顔を浮かべるナル。
これがナルの描く熟練の冒険者像なんだろうか。
なんだかよくわからんが、きっとそうなんだろう。
ガシャガシャと金属音を響かせて、チャッキーがやってきた。
「ほほう、その人が『竜を穿つ者』のナルルースさんですか」
「ええ、そうです」
俺はニッコリと笑う。
とにかく笑顔、一も二もなく笑顔。それこそが俺の学んだことだ。
「ナルルースさんはかのギガントドラゴン討伐、それに魔王七羅将ギルドラドン、そしてその配下であるエディーとサンダードラゴン退治という、数々の戦果をあげていらっしゃるんですよ」
「ふふん♪」
鼻歌でも歌うように上機嫌のナル。
しかしそれはスーパー冒険者というより、子供っぽい笑顔である。
「冒険者カードを拝見しても?」
「よろしくってよ♪」
差し出してきたカードをガントレットで受け取るチャッキー。
彼はそれを見て、首を傾げた。
「ん……。それにしては、ずいぶんと冒険者ランクが低いですね……。これほどの功績をあげているのに……?」
「え、あ、それは」
途端にナルは不安そうな顔で俺を見た。
うむ、任せておけ。
「ナルルースさんは冒険者ではなく、エルフの里で弓の腕を高め続けていらっしゃったのです。なので、まだ冒険者としてのシステムがよく理解できていないのですよ」
「……つまり、その功績を正当に評価されていない、と?」
「いえ、現在手続き中でございます。すぐにでも彼女はBランクに昇格することでしょう」
フルフェイスの上からでもわかるほどのねっとりとした視線が浴びせられていた。
しかしそれは俺の笑顔の前、すぐに霧散する。
「なるほど、そうでしたか……。よかったです……。あ、こちらはお返しいたしますね」
「はっ、はい」
がちゃがちゃと音を立てて、彼はナルにカードを返した。
ナルはほっと胸を撫で下ろし、俺にささやいてくる。
(さっすがマサムネちゃん! 頼りになるぅ!)
(安心しろ。俺にミスはない)
心の中ではにやりと笑いながら、俺は顔面に笑みを張り付かせていた。
こちらを見たエマが、親指を立てている。
ありがとうよ、スマイル師匠。
スマイル師匠との特訓は、本当に辛かった。
なにも事情を知らない冒険者のオッサン三人を雇って、ひたすらに「ン? マーニーたん、緊張しているん? ン? おじさんがその細いおみ足をサワサワしてやるか? ン」だとか、「ハァハァ、マーニーちゃん、マジ天使。どや? 一晩銀貨3枚でどや?」とかセクハラを受けたり。
あるいは「ねえねえマーニーってさぁ、マジ今彼氏いんの? ねえねえ、マーニーさあ、ねえマーニーさあ、今度遊びにいかね? わ、それ嫌だってこと? ノリ悪くね?」だとか。
そんなクソウザい絡みをされる中、それらを笑顔で耐える練習に比べたら、こんなのなんともないぜ……。
あいつらはあとで個人的に俺がぶん殴る。いやそれはともかく。
チャッキーはガチャガチャと冒険者ギルドを回っているが、甘いな。
今ここにいるやつらは、全員エキストラだ。
「ははは、きょうはいい天気ですなあ」
「ええ、ええ、まったくです。ところできょうはいい天気ですなあ」
「ははは、午後から雨が降るんですかなあ。しかしいい天気だ」
「おお、あ、そういえばきょうはいい天気ですね。なんていい天気なんだろう」
あのテーブルの片隅でさっきから延々と天気の話題だけを繰り返しているやつらも、もちろんエキストラだ。安心してくれ。
もしそうじゃなかったらすげー怖いしな。
というわけで、ぼろを出すことはない。
なぜなら、あいつらは絶対に余計なことを喋らないからだ!
NPCのように決められた台本通りの言葉を喋り続けているやつらから、どんな情報を得られるっつーのかな。
くくく、それができるならやってみろよ、チャッキーさんよぉ!
「なんか、あんたが今なにを考えているか丸わかりなんだけど……」
「おっとキキレア。やっと来たか」
「むしろ待ちくたびれていたわよ」
そう言うと、チャッキーは「うん……?」とこちらにやってきた。
この餌には食いつくと思っていたぜ。
「……おや、そこにいるのはもしかして、あの『稲妻のキティー』氏ですか……?」
「ええ、いかにもそうよ」
ふんぞり返るキキレア。
キキレアにはなにも指示はいらないな。
こいつはいつも通りでいい。
「この私、キキレア・キキになにか用かしら? フルプレートアーマーさん」
「……いえ、お話は聞いておりましたので……」
チャッキーはぼそぼそとつぶやく。
「なんでも、『稲妻のキティー』が……、すべての魔法を失って、ひどく落ちぶれて、無一文になって……、始まりの街ホープタウンに泣きながら帰っていった、と……」
「殺すわ。こいつ殺すわ。思い浮かぶ限りもっとも残虐な殺し方をするわ」
「待って! キティーちゃん待って!」
ナルがキキレアを羽交い絞めにする。
キキレアの目は闇の炎に燃えていた。
チャッキーは怯えながら(といっても表情はわからないが)、ぷるぷると首を振る。
「ま、まってくださいよ……。それは、すべて噂ですよ……。流れている噂、です……。自分が流したんじゃありませんので……」
「誰が噂を流しているのよ! 誰が広めているのよ! 殺すわ! 全員殺すわ! その噂を話したやつのすべてを殺すわ! 噂を話したやつの親類縁者、全員殺すわ! この私が世界を血で染めてやるわ!」
「ダメダメダメダメ! 屍山血河に火気厳禁!」
ナルが慌てふためく中、俺はその言い争いをニヤニヤと見守っていた。
いいぞ、いいぞキキレア。お前は今、真っ赤に輝いているぞ。
このエキセントリックな弾けっぷりを見て、チャッキーはこう思うだろう。
(うわあ、いやなやつに絡まれたなあ……)と。
そう、そして評価は下がるだろう。
――キキレアの評価だけがな!
あいつがS級から落ちようがどうしようが、俺はどうでもいい。
というかむしろ、あいつにとっては下がったほうがいいだろう。余計なプライドも捨てられるしな。
「なんなの!? 大体なんであんたはその噂を聞いて真偽を確かめなかったの!? なんで確かめに来ないのよ! ギルド職員なんでしょ!? だったら冒険者の名誉は守りなさいよ! 私たち冒険者が世界平和のために戦っているから、冒険者ギルドが運営できるんでしょう!? 持ちつ持たれつじゃない!」
「あ、はい……。そうですね、そうですね……」
チャッキーはちらちらとこちらを見ているが、しかし俺は手元の書類が忙しい振りを続ける。
だいたい、フルフェイス越しの視線なんてわかんねえって。
スーパークレーマーのキキレアの剣幕を受けて、チャッキーはタジタジだ。
どうだ、我がギルドが誇る難癖付け装置の威力は。
――これで散々時間を稼いでやろうじゃないか。
そんなときだった。
「――そ、そうでした! そういえば、あともうひとり、このギルドにはすごい人がいるんですよね!?」
焦った声のチャッキーに、キキレアは眉をひそめる。
「すごい人、って……誰よ。そんなやつこのギルドにはひとりもいないわ。だってそんなやつがいたら、私の妬まし手帳に真っ赤な名前が書きこまれているもの。いるわけがないわ」
そんなもんつけてんのかよ……。
名前を書かれると数日後に死ぬとかじゃないよな……。
チャッキーはガントレットの手を打ち鳴らす。
「あ、あのほら……。変わった名前の……、そう、マサムネさんって言う」
「……マサムネ?」
その瞬間、キキレアが眉をひそめた。
それはなんというか、険が取れたというか、わずかに表情が柔らかくなった、というか……。
「あ、あいつがなんなのよ……、べ、別にあいつは……。そりゃあいつのおかげで、何度か命が救われたけど……、でも、別に……」
「いやあ……、素晴らしい人だと聞いております」
「す、素晴らしくなんてないわよ! あいつは卑怯でずるがしこくて金に汚くて用心深くて抜け目なくて人使いがすご~~~~~く荒いやつよ!」
「そ、そうなんですかぁ……。それはひどい人ですねえ……」
「ひどい!? 誰がひどいっていうの!? マサムネのことをバカにしたら私が許さないわよ! あんたにあいつのなにがわかるっていうのよ! あいつはああ見えて結構大したやつなんだからね!」
「もうどうせえと……」
チャッキーは両手をあげる。お手上げのポーズだ。
苦い顔をする俺に気づいたのか、キキレアは慌てて目を逸らす。
チャッキーが俺の話を出したことによって、冒険者たちが口々に喋り出した。
「マサムネくんはカッコいいよねえ……。あたしもマサムネくんのおかげで、何度も何度も助けられたよ。マサムネくんがいなかったら、こうしてここにいるなんて考えられなかったなあ、えへへ」
「マサムネか……。まあ、いいやつだと思うぜ。弟の仇も討ってくれたしな。あいつが来ていなかったら、今頃この町は滅んでいたかもしれねえよ。ただまあ、人格的にどうかってところはあるけどさ……。本性は確実にゲスなんだよなあ、あいつ……」
「にゃんにゃにゃーんにゃにゃーんにゃにゃーんにゃにゃー」
「マサムネは僕の大親友さ! 彼とともに繰り広げた冒険の数々は、僕にたくさんの勇気をくれたからね! まあ時々人殺しみたいな目をしたり、僕に対する突っ込みがあまりにも厳しくて、本気で落ち込んでしまうことも多いけど……あれ、なんか落ち込んできたな……。ひとつだけ言えることがあるとしたら、少なくとも彼はいい人ではないな……」
おい、おい……。
そこはもっと俺を褒めるだとかなぁ……!
――っ。
その瞬間、俺の足が踏み抜かれた。
エマだ。
「だめすよ、マーニーちゃん。ほら笑顔、笑顔」
「は、はい……」
俺の鉄壁スマイルが崩れていたらしい。
くそう……。
さらにだ。
エキストラとして雇っていたはずの冒険者たちも、笑いながら語る。
「まーあいつは面白い奴だよなー」
「ええ!? どこがだよ、俺はあいつのせいでサンダードラゴン戦のときに危うく死ぬところだったぜ!」
「でもあの子がいなかったら、私たちそこで死んでたわよ?」
「ひでえ目には合っているけど、助けられてんだよなあ」
くそう、そんなに和やかにしているんじゃねえよ!
ほら、チャッキーがあのガントレットで器用にメモを取っているじゃねえか!
「……なるほど、わかりました、と」
キキレアで時間稼ぎをする手は、もうおしまいか……。
まあいい。ここまで段取りを整えたんだ。あとはどうにでもなるだろう。
――ところが、事態は思わぬところから俺の予想を裏切った。
ギルドの事務所にこもって、早一時間ってところだろうか。
チャッキーは帳簿を手にのっそりと現れた。
がっちゃんがっちゃんと鋼鉄の音を鳴らしながら、チャッキーは俺のもとに来る。
なんだなんだ。
「あのー……。この帳簿について、少々お話を聞きたいんですがー……」
「どうぞ、なんなりとお申し付けください」
俺がニコッと笑うと、酒場から「マーニーちゃんかわいいー! マーニーちゃんマジ美少女―!」という野太い声が飛んでいた。
あいつらもうできあがってんな……。
「ええとー……。これ、なんですけど」
「はい?」
帳簿を差し出され、俺は目を通す。
それは収支報告書だ。
ギルド運営のための金の流れが一括化されている。
なにもおかしいところはないはず、だが……。
「こちらがどうかいたしました?」
「なんですがー……。で、こっちも見てもらいますかー」
さらに帳簿を見せてくる。
クエスト管理帳簿か。
ふたつの紙を交互に見るが、別に変わったところはどこにもない。
ババアの説明通りだ。
しかしチャッキーは首を傾げていた。
「おかしいですねー……。本来あるべきではない記述がー、あるんですがー……」
「ええ?」
なんだと、そんなものは習っていなかったぞ。
俺のこめかみに汗が伝う。
いや、落ち着け。これはチャッキーのブラフかもしれない。
そうだ、どんなときでも笑顔だ、笑顔。
「どちらのことを言っているんですか?」
「ああ、いい笑顔ですねー……。ぴかぴかしてますねー……。あなたはどうやら立派な受付嬢のようだ」
「ふふふ、褒めてもなにも出ませんよー」
チャッキーはため息をつく。
「――しかし、どういうことなんでしょうね、この、『討伐失敗報酬』というのは」
「……え?」
俺はクエスト管理帳簿を眺めた。
そこには堂々と『討伐失敗報酬』とある。
いや、待て。
こんなものは、習っていない。
振り向く俺の後ろには、受付ババアが立っていた。
「……そいつは、あたしが説明するよ」
チャッキーを見上げるババア。
ゆっくりと口を開く。
「そのまんまの意味さ。ギガントドラゴンに挑んで、そして失敗したやつらのための報酬だよ」
「おかしいですねえ……。そんなものは、ギルドの規定では存在しないはずなんですが……」
ふたりの会話に、冒険者たちがざわめいてゆく。
なんだ、なんなんだいったい。
チャッキーはガントレットをカンカンと鳴らしながら。
「しかもこの額……。すべて合わせて、かなりの高額を支払っておりますよねえ……。これじゃあ、この冒険者ギルドの補修費や修繕費など、数か月分も空になっちゃったんじゃないですかねえ……」
「ヘン、別にこのギルドがボロくなったって、死にゃあしないよ」
ババアは口をへの字に曲げていた。
その偏屈な態度に、俺は眉をひそめる。
こいつ、なんで俺に黙っていたんだ。
受付嬢の俺が、なにも知らされていないぞ。
「あのう、ジェーンさん……。しかし、これは大問題ですよおー……」
討伐失敗報酬などない。
しかし、存在しない支出が帳簿に記入されている。
それはつまり……、あるべきお金がなくなっているというわけで。
その分のお金を着服した可能性があるということだ。
ふざけるなババア。
てめえ、なんつー爆弾を隠していやったんだ。
ババアはもはや観念したかのように目を閉じている。
ふざけんなよ。
「あ、あの、これはですねー」
俺が横から口を出そうとすると、ババアに睨まれた。
「アンタは黙ってな。アンタの赴任前の話だよ。余計な首を突っ込むんじゃない」
だったらお前がこの窮地を切り抜けろよ!
てめえが黙っているから俺が何とかしようとしているんだろ!
チャッキーはその兜を横に倒して、つまりは首を傾げた。
「ジェーンさん、あなたはこのホープタウンの冒険者ギルドにとても長く勤めておりましたね……。そんなあなたが、このような形になるのは、とても残念なことです」
「ふん。さっきそこの赤毛のお嬢ちゃんが言ってたじゃないか。冒険者ギルドは冒険者のためのものだ。そんなこいつらに金をばらまいてなにが悪いってんだい。冒険者は依頼をこなさなきゃ食っていけないんだよ」
「自分にそう申されましてもー……。討伐失敗報酬なんてものはないんでー……」
「ふん!」
ババアはそっぽを向く。
この野郎……。
お前が金を着服したかどうかはともかく。
この状況はまずいぞ。打つ手がない。
どうするんだよ、これ……!
そのときである。
『異界の覇王よ――。其方の焦りに、新たなる力が覚醒めるであろう』
よし、カードだ。
今日も来てくれたな、俺の屑カード。
バインダに落ちた一滴の光が、絵柄を示す。
『其方のささやかな受付嬢生活は、その覇業によって叶えられるであろう』
その名は【スマイル】。
……よし、任せてくれ!
俺はファイルの中にバインダを隠し、力を放つ。
「オンリーカード、オープン! 【スマイル】!」
次の瞬間、受付ババアが眩しいほどの笑顔になった。
「つべこべ言っているんじゃないよ、もう!」
そう怒鳴るババアは、満面の笑みだった。
なんていい笑顔なんだ。初めて孫を抱いた老婆に目元がにやけている。
そうか、この力は誰かを笑顔にすることができる力か。
素晴らしい。
こうなったらやってやろうじゃないか。
俺は次々と唱える。
「【スマイル】! 【スマイル】! 【スマイル】! 【スマイル】!」
こうして冒険者ギルドには次々と笑顔が咲いた。
ナルも、キキレアも、ジャックも、ハンニバルも、そして恐らくは兜の下でチャッキーも。
みんなみんな、笑っていた。
これですべてが平和になった。
もうここに争いの種はない。
ありがとう、笑顔、ありがとう。
そして、俺たちの笑顔が世界を救うと信じて――。
「……そう言われましても、報告はしないといけませんからねえ」
――なん、だと。
チャッキーは難しい声を出していた。
まるで笑顔など存在しなかったように。
どうしてだ! みんな笑顔になったじゃないか!
だったらもう、いいじゃないか! 言い争う理由なんてないだろう!
いやいや。
金が着服されていたという話だしな……。
物事が笑顔で解決するなら、警察はいらねえよ。
なにがスマイルだ。死ね。クソが。
なんの意味もねえよ!
「まったく……これだからお役所仕事は、融通がきかないんだからねえ……」
真顔に戻っていたババアは、観念したかのように立ち上がる。
だが――。
そのとき、冒険者の一団の中から立ち上がる男がいた。
ゴルムだった。
「ま、待ってくれよ!」
こいつは緊張した面持ちで、叫ぶ。
「討伐失敗報酬は、確かにもらった! 俺たち冒険者はギガントドラゴンに挑んだが、全然勝てなくて! それでも、報酬をもらったんだ!」
お、おお……?
さらに古参の冒険者が立ち上がる。
「そうだ、俺もだ! あの当時、森はギガントドラゴンの縄張りと化していて、あの金がなければ俺たちは野垂れ死んじまってたよ!」
その叫びが、さらに叫びを呼んだ。
波紋が広がるように、口々に声がする。
「ババアは俺たちのために金をくれたんだよ!」
「そうだそうだ! ババアは悪くねえぞ!」
「冒険者がいなくなって困るのは、町の人でしょ!」
「ババアいじめんな!」
俺のクソスマイルなんかより、もっともっと強い意思の力だ。
――それは『恩義』という名であった。
そして巻き起こる『かーえーれー! かーえーれー!』コールである。
チャッキーは頭を抱えた。
「しかしー、規則は規則でしてー……」
俺も「お前ら落ち着け!」と叫ぶが、しかしコールは止まらない。
そのうち、誰かが皿やコップなどをチャッキーに投げつけ出した。
ば、バカ野郎!
なんのために今回、こんな演技をしたと思っているんだ!
一時の感情によって衝動的に動いているんじゃない! こらえろよ!
チャッキーは慌てて入り口へと走ってゆく。
「あのー、冒険者の方々―……。そういうことをするのは、よくないと思うんですけどー……」
『うるせー! かーえーれー! かーえーれー!』
やめろバカ!
ああ、ああ、追い出しちまった……。
くっそう……。
俺はがっくりと肩を落とす。
やっちまった。
俺の完璧な作戦がパーだ。
もうおしまいだ。
だってのに、ババアは嬉しそうである。
「……まったく、アンタたち……バカな子だよ、本当に」
そこにあった不敵な笑顔は、俺が【スマイル】で発動させたよりもずっと自然で、ババアに似合っているものだった。
目の端に浮かんだきらりとした涙には、気づかないふりをしよう。
位置的に俺にしか見えていないだろうしな。
ババアの目にも涙だ。
って。
なんとなく話が一段落したような気分になっているんじゃねえよ!
問題はここからだぞ……。
この単細胞どもめ……!
だが、笑みを浮かべたキキレアが、俺の肩をぽんぽんと叩く。
「さっきの帰れコール、ス―ッとしたわね! もう一度やる!?」
「ちくしょうがあああああああああああああああ!」
俺は渾身の力で叫んだ。
誰よりも大きな声で叫んでいたよな、お前!
俺の鉄壁のスマイルは、その瞬間に完全崩壊したのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌日だ。
馬車に乗ろうとしている貧相な男を、俺は捕まえた。
「どうも」
「……あなたはー?」
首を傾げる中年男性――、チャッキーに俺は名乗る。
「マサムネだ」
「ほー、あなたがあの噂の……。想像していたより、ずっと普通ですね。自分はてっきり、邪神王みたいな姿だとー……」
「その噂はいったん忘れてくれ」
早朝だ。町はまだ寝静まっている。
チャッキーの周りには護衛がついているものの、俺の邪魔をする気はないようだ。
「あんた、きょうはフルプレートじゃないんだな」
「ええ、まあ。冒険者ギルドに入るときはつけています。荒くれ者さんと話すの、こわいんで……」
「そうか……」
こいつ、ジャックの叔父だもんな。
血の繋がりを感じるよ。
「あのババア、冒険者ギルドをクビになるのか?」
「えー……。まずは報告をしてからですねー……」
「お前はどう考えている?」
俺に見つめられ、チャッキーはぽりぽりと頬をかいた。
「まあ、十中八九、クビでしょうねえ。お金の問題はシビアですしー……」
「そうか」
別に、俺はあのババアに恩も借りもない。
どうなろうが知ったこっちゃない。
だが――。
「なあ、チャッキー。この世界に魔王がいるのは知っているか?」
「? ええ、まあ……魔王領域に座する、あの……?」
「その魔王だ」
不審げな顔をする彼。
俺はため息をつく。
「魔王の部下たちは今なお各地で暴れ回っている。日ごとに被害が出て、罪のない人間が殺されている。そうだろう?」
「ええ、まあー……。自分の街のエンデバーは前線に近いですからねー……。ところで、それがなにか? だからこんなことをしている暇があれば、もっと実のあることをしろとおっしゃるんです? ですが、不正をあばくのも、大事で必要なお仕事でー……」
「違う」
俺はきっぱりと言い放った。
そして、バインダを出現させ、それをチャッキーに見せつける。
「……?」
「チャッキー」
「はあ?」
発動するカードは、【タンポポ】。
俺とチャッキーの間に、一輪のタンポポが咲く。
それを見て、チャッキーが眉をひそめた。
「……これは、タンポポー……? なぜ突然……? ん、そういえば、今、魔族の間に噂があったよーなー……」
だろうな。
冒険者ギルドのお偉いさんなら、その情報は知っていると思ったぜ。
「そうだ。タンポポの神、タン・ポ・ポウとは、俺のことだ」
俺はそう名乗った。
チャッキーはぽかんとこちらを見つめている。
「俺が魔王を倒す。俺はそのためにこの地にやってきた。あのババアには、世話になったんだ。だから」
「……」
こちらを見つめていたチャッキーは、ふいに笑い出す。
しゃくりあげるような笑い方だった。
「ま、まさか、まさかまさかまさか、魔王退治と引き換えに、ジェーンの不正を見逃せと……?」
「あのババアは不正をしていない。この俺が誓おう」
「いやあ……これは、困りましたね……」
チャッキーは髭の剃り跡をかく。
「まさか本当に? あなたが魔王を退治する? そのためにこの地にやってきた? いやしかし、この頃ホープタウンで多発している騒動を思えば……? ううむ……?」
「もう一度言うぞ、チャッキー。これは取引だ。俺は魔王を倒す。お前は今回のことを、穏便に報告しろ。俺はお前を信じているぞ」
こんなのは取引でもなんでもない。
俺はもともと魔王を倒すためにやってきたのだからな。
だが、こうした決断を肩に委ねられた人間は、どうするか。
そりゃあ、決まっているよな。
「……きょうのところは、これで帰ります。よく考えさせていただきますのでー……。それではー」
チャッキーはそう言い残して、馬車に乗り込んでいった。
口ではああ言っていたが、表情まではごまかせるものではないな。
遠ざかる馬車を見送っていると。
俺の隣に、ひとりの老紳士がやってきた。
ハンニバル……もとい、仮面をつけているからジャスティス仮面二号か。
「いやはや、なんとか落着いたしましたな」
「……そうかね?」
俺は渋い顔だ。
もう少しスマートにやりたかったな。
これは決着打での勝利ではない。
泥仕合だ。
「なんか、ジャックのこともうやむやになっちまったな。もともとはあんたに頼まれたのにさ」
「いえいえ、収穫はございました」
ジャスティス仮面二号はにっこりと笑った。
「あなたさまのような人がおそばにいれば、一号もきっと変われることでしょう」
「……そうか?」
「ええ、わたくしはそう確信しております」
そうかねえ……。
いまいち、実感ないな。
「というわけで、ジェーン女史の件についても、いいようにしておきましょう」
「……ん?」
二号は懐から一枚の封筒を取り出した。
なんだそれは。
「今回の視察の報告書です」
「……なんでお前が持っているんだよ」
「チャッキー氏に、そう依頼されましたのでね」
「は?」
俺はあっけに取られて聞き返す。
ハンニバルは、当然とばかりにうなずいた。
「どっちみち、一号のいるこのギルドに余計な手出しをさせるつもりはありませんでしたからな。提出するものはこちらでございます。ええ、問題はありません。あのチャッキー、ああ見えてもワイロにはたいそう弱い人物でして」
「はああああああああ!?」
涼しい顔で言う二号。
じゃあなにか、あのチャッキーがなにをどうしようと、結果は決まっていたってことか!?
全部、このジジイのてのひらの上か!
つか、なんなんだジャックの一族は!
無能集団か!
「ふざけんなよお前!」
「まあまあ、あなた様が最後にチャッキーを言いくるめてくれたおかげで、ばらまくお金も少なくなりそうです」
「だったらその分、俺によこせよ!」
「はっは、若人は無理をおっしゃる」
てめえ……!
っていうか、あの演技とか全部この爺さんに見られていたのか。
なにもかも台無しじゃねえか。
あれほど頑張ったのにな……。
「……頭痛いぜ……」
「ほっほっほ。それではごきげんよう、未来の勇者様」
二号は恭しく腰を折って、去ってゆく。
その背から、一筋の光がこぼれた。
そして俺の手のひらに、一枚のカードが舞い込む。
三枚目の【フィニッシャー】。
後日、遠方のギルドから「ホープタウン問題なし」の手紙が届いた。
ホープタウンの冒険者ギルドは、きょうも平和だ。
クスリを飲みすぎたジャックが再び昏睡状態で運ばれていったが、それも穏やかな日常であった。
しかしもう三枚目か。
こんなに順調でいいのかね……。




