第20話 「初めての大失敗」
ジャック。
元ジャスティス仮面一号にて、今は冒険者としてシーフの活動に専念をしている。
銀髪痩身。よく見れば顔立ちの整ったイケメンだが、ジャックをそのカテゴリーで認識しているやつは、恐らくホープタウンにひとりもいないだろう。
性格は重度のビビり。悲観的で、弱い者に強い。
俊敏さと器用さは異常に高いが、それを生かすだけの度胸がない。
手癖が悪く、スリだけはとにかくうまいが、いざことに及ぼうとすると震える指がすべてのパラメーターを台無しにしている男。
つまりは、屑カード。
なのだが。
「なんで私もついていかなきゃいけないの?」
「ん」
俺とキキレアは爺さんに指定された場所へと向かっていた。
平和で雑多な街並みと、ぽかぽかした日差しが気持ちいい。こんな日は宿でごろごろしていたかったのに。
小さくため息をつく。
「だってしょうがないだろ、ナルはロング竜穿ソードの借金を返すために今、ウィグレットさんの加工屋でバイトしてんだから。暇そうなやつはお前ぐらいしかいなかったんだよ」
「別に私も暇しているわけじゃないんだけど……。この火属性のロッドの借金を払うために、あと薬草八千本ぐらい摘んでこないといけないし……」
さすがに神具を改造するとなると、使われる素材は超一流品のものばかりであった。
俺もまた、ほぼ一文無しになっちまった。【フィニッシャー】を取得するために奮発しちまったな。
しかし、今度はなんであの爺さんがフィニッシャーを持っているんだ?
もしかしてこのスーパーレア、区分だけは立派なくせに、そんじょそこらで野良猫からとかも取れるんじゃないだろうな……。
竜穿は仮にも神具だったからわかるんだが、爺さんはいったい……。
そして、そんな爺さんに己の寿命を七分の一削られる魔王とはいったい……。
まあ、深く考えても仕方ないが。
文無しになったから、働かないとな。
今回の一件は、ナルが喜んでいたから、まあいいけどさ。
そんなことを思っていると、キキレアがこちらにジト目を向けていた。
「……あんた、ナルちゃんには甘いわよね」
「そうか? まあ年下だしな」
「別にいいけどー」
妬ましそうな口ぶりでそっぽを向くキキレア。
なんだこいつ。
「そもそもなんで行かなきゃいけないのかという根源的な問いになると、俺も首をひねらざるをえないわけでな」
「ジャックくんのおうちに行くんでしょ? ていうか冒険者で、三か月前にホープタウンに来たばかりなのに、もうおうちがあるなんてすごいわよね」
「家っつったってどんな家か知らないけどな」
ジャックのことだ。河川敷に段ボールハウスを作って「ようこそ」とか言いそうな気もする。
「まあサンダードラゴン戦では危ない役目を負わせたからな。見舞いとしてねぎらいながら、散々バカにして帰ろうぜ」
「私自分が性格悪い自覚あるけど、あんたも相当なものよね……」
「よくわからないことを言うなよ、キキレア。お前の性格の悪さにはかなわないさ。腹が減ったからって、アイスキャンディーを嬉しそうに舐めている幼女に『おとせ、おとせ、おとせ……おとせえええええ!』って呪詛をぶつけ続けるようなお前にはさ」
「私そんなこと言った覚えないわよね!?」
指定の場所に近づいてくると、キキレアは眉をひそめた。
「……ねえ、ホントにこっちで合っているの? ここらへん、上流階級が住む区画よ」
「……ううむ、間違いないはずなんだが」
景観が明らかに変わっている。
ていうかホープタウンにこんな品の良い通りがあったんだな。
ホープタウンには荒くれ者しかいないんだと思っていたよ。
緑の飾られた街並みは、ビバリーヒルズ的だ。
いかにもマダムたちがプードルなんかを散歩させていそうな風景である。
ジャックの印象とはまるで合わない。
やっぱり間違いだろうか、そう思った俺の前に、ひときわ巨大な屋敷が見えた。
真っ白な豪邸だ。広々とした庭には、庭園のようなものもあった。
騎士のような形に刈り込まれた植木もある。
場所はここだが……。
うん、絶対違うな。ありえない。
ジャックはきっとこの屋敷の天井裏か、あるいは下水道に住んでいるんだろう。
回れ右をしようと思った俺の前。
――あの仮面の爺さんが音もなく現れた。
「お待ちしておりました。マサムネさま、キキレアさま、こちらでございます」
ウソだろ。
本当にこの屋敷なのか。
俺の横ではキキレアが「なにこの屋敷……! 妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい……!」とハンカチを噛みちぎりそうな形相をしていた。
豪邸は中もわけがわからないぐらいすごかった。
たくさんのメイドさんに出迎えられたり。
甲冑が飾っていたり、絵画があったり。
毛の長い絨毯はふかふかで、倒れ込んで寝たら気持ちよさそうだなーって思ったり。
でっかいシャンデリアはきっとあれを銃で打って落下させて、その下にいる敵をまとめて押し潰すんだろうな、とか。
「なんなの、なんなの……!? 金持ち……? 金持ちなの……? あいつ金持ちなの……!? たくさんの金を持っているの……? なんで、なんで持っているの……? あんな品性のないやつが……あんな品性のないビビりが……!」
隣でつぶやき続けているキキレアが少しこわいんだが。
……つーか、こんなんで、なんでシーフやってんだよ。
シーフって金ないやつのやる職業だろ……。
そんなことを思いながら通された先は、客間ではなく、ジャックの部屋だった。
だった、っていうか……。
この扉、外側から鎖でがんじがらめにされている……。
「あの、爺さんこれ」
「こうでもしないと、ジャックさまがお逃げになってしまいますのでな」
爺さんは袖から鉄鍵を取り出し、ひとつひとつ錠前を解除してゆく
ばちんばちんと音を立てて外れてゆく鎖は、まるで巨大なモンスターを召喚する儀式のようだった。
「さ、ジャックさま。ご友人が来られましたよ」
室内からドタバタという音がしてきた。
なにやってんだあいつ。
がちゃりと扉を開く。
すると、ジャックがベッドに腰掛けていた。
「や、やあ、マサムネ! キキレアさんも、来てくれたのだね!」
なんだかやつれているように見える。
倒れていたっていうのは、本当だったのか。
窓にはめられた鉄格子と、そこにあるなにか必死に削ったような跡からは目を逸らしつつ。
「容体大丈夫か? いや、大丈夫じゃないな。俺も幻覚でお前の住んでいる屋敷が、こんな大豪邸に見えてしまうんだ」
「ああ、そう、幻覚だったのね。だったら仕方ないわ。私もひどく悪い夢を見ていたみたい。ねえマサムネ、どうせこれ幻覚だったら火をつけてみたいと思わない?」
「そうだな、キキレア。いつだってレイズアップのオイルの準備はできているぞ」
俺たちの言葉に、ジャックは乾いた笑いを見せる。
「ま、まあ、この屋敷はハンニバルが勝手に用意したものだからね。僕もちょっと居心地が悪いんだ」
大丈夫なのかそれ。すごい犯罪臭が漂うんだが。
振り返ると爺さんはなにも言わずに一礼した。
何者なんだよ、このマッチョな爺さん……。
しかし、倒れたと聞いていたが、平気そうだな。
むしろ俺たちの方がめまいがしてきたよ。
「それよりも、ちょっとキミたちにお願いがあるんだ」
「嫌だ」「嫌よ」
「まだなにも言っていないのに!?」
キキレアは斜め下を睨みつけながら吐き捨てる。
「金持ちの道楽に付き合っているような暇はないわ。私みたいななんの力もコネもないクソ貧乏人は生きていくために小銭を稼ぐので精いっぱいなの。私の代わりに薬草あと八千本集めてきてくれたら聞いてやるわ。聞いた挙句に『ふーん、大変そうね? カネの力で解決したら?』って小気味いいアドバイスをしてあげるわ」
「まあ落ち着けキキレア。思わず俺も衝動的に嫌だと言ってしまったが、聞いてやろうじゃないか。クソ金持ち様のクソワガママをな」
「トゲが! トゲがすごいよ!」
ジャックは頭を抱え、それからこちらを見上げてきた。
「実は、僕の叔父は冒険者ギルドのお偉いさんでさ」
「あ、そう。すごいどうでもいいわ。死ねば?」
「クソ金持ち様は、クソコネ持ち様だったんだな。甘やかされて育ったからその意気地のなさか。人生イージーモードで恥ずかしくないの?」
「お願い、聞いて」
ジャックはめげずに、ぽつりぽつりと語り出す。
「最近、このホープタウンはずっと騒がしかっただろ? なんてったって、あの魔王の配下までやってきたんだからね。それで今回、視察が入ることになったんだけど、ちょうどいいからって大きな冒険者ギルドに務めている僕の叔父が来ることになったんだ。ついでに、久しぶりに僕にも会いたいって言ってきてね……」
部屋の机の上には、開きっぱなしの手紙があった。
あれか。
「でも、でも……。今のこんな僕の姿を、叔父に見せるわけにはいかないんだ……」
「そうか? 別にいいじゃねえか、無能な腰抜けシーフで」
「ああああああああああ!」
ジャックは悶え出す。
「だめなんだ! 叔父は冒険者ギルドのエリートだよ! それなのに僕が冒険者ランクE級の腰抜けシーフなんてやっているんだって知ったら、叱られてしまうよ! 僕は叱られたくないんだ! そんなことを考えていたら、心労で倒れてしまったんだ! 僕には明日が見えないよ!」
「はあ」
そんなことを言われてもな。
横を見ると、キキレアも同じような顔をしていた。
「別にいいじゃない。それがあなたの今の実力でしょ。本当の姿を見られて幻滅されるようなら、思う存分叱られて、甘んじて受け入れればいいじゃない」
「キキレアのくせにまともなことを……? これは、俺の幻覚……?」
「私はいつだってまともなことを言っているわよ!?」
怒鳴るキキレアのたわごとはさておき。
「ま、そういうわけだな、ジャック。いくらなんでも、その頼みは聞けねえよ。つか、別に胸を張っていりゃいいじゃねえか。サンダードラゴン戦の囮は大したもんだったさ」
「そうそう、帰りましょ。私も早く爪がボロボロになるまで薬草摘みにいかなくっちゃ」
そうして俺たちが立ち去ろうとしたそのときだった。
ジャックがぽつりと言った。
「……だったら、『お礼』……」
ぴたり、と俺たちの足が止まる。
キキレアの顔もまた、驚愕に染まっていた。
なんだ、この力は……魔法か……!?
「払うから、『金貨三枚』……だから、お願い……」
ぐっ、動かない……!
足が一歩も、前に進まない……!
こいつ、やりやがったな……。
この部屋に、罠を仕掛けて待っていやがったんだ……!
――汚ねえぞ、ジャック!
「どうしたんだ……! 体が動かないぞ……!」
「マサムネも!? 私もなの……! どうして……!?」
「もしかして俺たちの体のコントロールが奪われたのかもしれない……」
「まさか! そんな魔法が!?」
絶望に染まるキキレアに、俺はうなずいた。
そうして小声で彼女に言い聞かせる。
「ああ、こうなっては無傷でこの屋敷を出ることは無理だ。今はあの男に従った振りをするしかないだろう……」
「なんてこと……! そうなってしまったら、まるで私たちが金貨に釣られたみたいじゃない! そんないやしい目で見られるなんて、私耐えられないわ!」
「キキレア! 今はこらえるんだ! 金貨に釣られた振りをしてでも、生きるために……! そうだ、生きるんだ……! 命さえあれば、いつだってやり直せる!」
「ああ、なんてことなの……! 神様! フラメル様!」
下唇をかみしめるキキレアは、泣きそうな顔をしていた。
そんなやり取りを続けていると。
後ろからジャックのひきつった声が聞こえてきた。
「……君たち、どれだけ僕に素直に協力したくないの……」
というわけで、ジャックを叔父に見せるために、俺たちは一芝居を打つことになった。
「いやはや、これで一号の病気もよくなると思われます。ありがとうございます」
「あいつの病気は『ビビり』って病名だから、一生完治しないと思うぞ……」
ハンニバルに感謝されながら屋敷をあとにし、早速冒険者ギルドに向かう。
そこで俺はいつもの面々に、冒険者ギルドのお偉いさんが視察に来ること。
そいつがジャックの身内であることを話した。
「視察って言われれてもなあ。別に俺たちはいつもみたいに昼間っからこうして酒場で酒を飲んでりゃいいんだろ」
「それ割とダメな気がするけど……」
ダメ人間を見るような目で、ゴルムを見下ろすキキレア。
まあ、押さえろキキレア。これも金貨のためだ。
「で、だ。ここからが問題なんだ」
俺は全員に聞こえるように、話をする。
「その叔父というのは、実は身内びいきがすごいやつでな。もしジャックが活躍していないと知ったら、この冒険者ギルドは大した価値のないギルドだ、よって予算をさげてやろう、という話になってしまうわけだ」
キキレアがきょとんとしている。
「そんな話あったっけ?」って顔だ。
俺はすまし顔を取り繕う。
いいか、これは『可能性の話』なんだよ。
(もしかしたら)予算が削られてしまう(かもしれない)という話でな。
俺は嘘を言っていない。
そこで金切り声をあげたのは、受付のババアであった。
「キエエエエエエエイ! 予算が削られちまうだってえええええええ!?」
「お、おう」
一同は背筋を伸ばす。
誰かが食いつけばいいとわざと大きな声で説明したかいがあった。
しかし、まさかババアが食いついてくるとはな。
この冒険者ギルドにおいて、たったひとりの受付嬢であるババアの権力は最強。
他の誰も逆らうことができない。ババアに嫌われたらクエストを発行してもらえないからな。
ババアはこのギルドの法であり、女神のような存在だ。
……汚ねえ女神だな。
「あんたたちいいいいい! これ以上予算が落ちたら、エールに水混ぜて、そこらへんの雑草を和えたものをサラダと言って出すからね!? 絶対にその視察団に粗相をするんじゃないよおおおおおお!」
『へい! ボス!』
冒険者一同は直立不動で額に手を当てた。
よし、婆をうまく乗せてやった。
これで作戦は成功したも同然だな。
あとは俺がなにもしなくても、冒険者たちは勝手にああだこうだと話し合っていた。
なんてちょろい仕事だぜ。
「こんなんで金貨がもらえるんだから、金持ち相手の商売はマジでチョれえな。もっとふんだくってやればよかったぜ」
「マサムネ、私も人のことは言えないけどあんた今、すごいいやらしい顔をしているわよ」
「よくわからないことを言うなよ、キキレア。お前の金意地の汚さにはかなわないさ。かわいそうな火打石売りの少女相手に『なんなのこの品質……、ったく、こんなものをS級冒険者の私に売りつけようとしてんの? ったく話になんないわ。でも仕方ないわね、もらってあげるからタダでよこしなさいよ』って思いっきり難癖つけるようなお前にはさ」
「あんたの中の私、どんなことになってんの!?」
しかし、自分で手を下さなくてもいいだなんて、なんて楽勝なんだ。
さて、きょうは宿に戻って、もう寝るか。
視察団が来るまでには、手紙とのタイムラグを考えて、少なくとも三日はかかるようだしな。
明日の朝、再び詳しい打ち合わせをすることを決めて。
俺は散々冒険者たちをおちょくりまわした後で、宿へと帰る。
宿についた俺は「そういえば」とバインダを取り出した。
「エディーを倒して手に入れたカード、試していなかったな」
その名は【トランス】とあった。
名前からして強そうだ。
消費魔力もなかなか大きい。
当たりだと嬉しいんだけど、まあ、もう期待はしていない。
「一応念のために、外に出るか」
攻撃魔法だったら大変だ。
俺は今文無しなんだ。弁償だってできやしない。
さて、空き地まで来たところで、使ってみるか。
「オンリーカード・オープン! 【トランス】!」
その次の瞬間だ。
光り輝くカードが辺りを照らすと、とても信じられないようなことが起きた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌日――。
俺はこわごわと冒険者ギルドのドアを開いた。
「……キキレア、ナル、いるか……?」
ゆったりとしたローブを着た俺は、おそるおそる呼びかける。
ナルもキキレアも朝食はこの酒場で取ることが多い。
だから、朝一で急いでやってきたのだ。
まばらな客の間に、そのふたりの姿があった。
緑髪と赤髪の美少女の取り合わせは、遠くからでもはっきりとわかる。
よかった。こいつらはなんだかんだ真面目だから朝が早いんだ。
助かった。
「ん、マサムネ……く……ん、じゃないよね? キミはマサムネくんのお友達」
ナルは俺を見てきょとんとしている。
キキレアは不機嫌な顔で豆をフォークでつついていた。
「……あいつ、なんだかんだで冒険者の知り合い多いわよね。どうせ女の子にいつもちやほやされているんでしょ、憎々しいわ。マサムネのくせに」
「だ、だめだよキティー。初対面の子にそんな人を呪い殺すような目を向けたら……」
……まあ、そういう反応をされるのも無理はないな。
俺はため息をついて、彼女らと同じテーブルについた。
キキレアは俺の勝手な行動に、眉をつりあげる。
が、俺の落ち込んだ様子を見て、ほんの少しだけ雰囲気を和らげた。
「……なあに。困っているんだったら、力を貸してあげてもいいけど。あのマサムネにひどいことをされたの? お金を貸したけど返してもらっていないとか? 連帯保証人にされたとか? 別に私はあいつと違って金は取らないわよ」
「キティー、普段マサムネくんをどういう目で見ているの……」
まったくだ。
俺はうなだれた顔でつぶやく。
「……お前たちが俺をどう思っているか、よくわかったよ」
「ええ? なにそれ?」
その言葉を聞いてナルは笑っていたけれど。
鋭いキキレアは一発で気づいたようだ。
「…………もしかして、あんた」
キキレアは俺を上から下まで眺めて、眉をひそめる。
「ああ」
情けない気持ちでいっぱいだ。
「――女になっちまった」
カード【トランス】の能力は、自身の性別を変える能力だった。
昨日から一日経ったのに、いまだ解けない。
そう告げると、ふたりは「はー」とため息を漏らした。
「すごい、すごいよ、マサムネくん! いや、今はマサムネちゃんかな!? ねえねえ、マーニーちゃんって呼んでいい!?」
「……しかし、すごいわね。髪も伸びて、どこからどう見ても女の子よ。しかも、け、結構な美人じゃないの。わ、私ほどじゃないけど……」
「胸も膨らんでいるよね、マーニーちゃん! あたしたちより大きいんじゃない?」
「……なんなの? あてつけなの? 殺すわよ」
「待て待て待て」
俺は首を振った。
「この状態を歓迎していないのは、俺も一緒だ。なにをどうやっても解除できないんだよ。着るものにも困ったから、お前たちを頼ってきたんだろうが」
慌ててもう一度トランスを使っても、なにも起こらなかったんだ。
「そう言われてもねえ」
キキレアは悩ましげに唇を撫でる。
「あんたの力、本当によくわからないわね。性別を変える魔法なんて、聞いたことないわ。いったいどういうことなのよ。そもそもの仕組みがわからなければ、私にもどうしようもないわ」
「参ったな」
俺は椅子の背もたれに深くもたれた。
時間経過で解けてくれればいいんだが。
さすがにこんなことは、予想をしていなかった。
しかし、長い髪が邪魔だ。
胸や股間の辺りにもひどい違和感を覚える。
女はこんな感覚で普段過ごしているのか……。
ナルは物珍しそうに俺の体をぺたぺた触っていやがるし。
「わあ、すごい、すごいすごい! 柔らかい! かわいい! いいなあいいなあ、マーニーちゃんいいなあ! 美少女! 美少女マーニー! これほしいなあ、おうちに持って帰りたいなあ! リューちゃんと三人で並んで寝ようよ! ねえねえ!」
「やめろ……」
「突っ込みにも覇気がないわね」
キキレアも眉根を寄せる。
「とりあえず、あとで服を買いにいきましょう。何日そのままかわからないけど、服はあるに越したことはないでしょう」
「……すまん」
自分で自分が情けない。
この世界に来て、初めての大失敗だ。
落ち込んでくる。
「それで、ギルドの受付嬢の話だけど」
落ち込んでいる俺に変わって、キキレアが口火を切る。
彼女は紅茶に砂糖を入れながら、こちらを見た。
まあ、いつまでも落ち込んでいても仕方ないしな。
俺はうなずく。
「ああ、冒険者ギルドの顔といったら、受付嬢だ。ここは受付にはババアしかいねえ。言っちゃ悪いが、これじゃあ雰囲気は最悪だ。店内も薄暗いしな。もっとクリーンな雰囲気にしなくっちゃならない。だから、とりあえずは笑顔が明るい受付嬢を雇おう」
「なるほどね」
「ふむふむ」
パスタのようなものをすすりながらうなずくナル。
本当にわかっているのかは疑問だが、まあいい。
「ハキハキと喋って、表面上の事務仕事ができて、冒険者ギルドに詳しくて、それでもってそれなりに知的に見えるような受付嬢を見繕って来るのが、最初のミッションだ」
もちろん顔がいいに越したことはない。
となると、目の前のどちらかがその適任者なんだろうが……。
キキレアは知的だが、目の奥にある闇が強すぎる。受付嬢というよりは、根っからの冒険者顔だ。
美人だけあって、シリアスな顔に迫力があるんだよな。
逆にナルの雰囲気は明るくて申し分ないのだが、こいつは馬鹿だ。
視察相手にぼろを出す可能性が高そうで安心して任せることはできん。
どちらかというなら、まあキキレアなんだが。
こいつに笑顔の特訓をさせるのは、人食い虎を草食動物にするような難題に思える。
「だからさ、お前たち。誰か冒険者ギルドの受付嬢の代理に、心当たりはあるか?」
一応聞いてみる。
かなり厳しい条件を課していると、自分でも思うが……。
しかしキキレアはあっさりとうなずいた。
「あるわ」
マジか。
この町に来たばかりなのに、アテがあるのか。
正直に感心してしまった。大したものだな、S級冒険者は。
「すごいな、キキレア。とりあえず連れてきてくれ。俺が面接をする」
「そんなことをしなくても、ここにいるわ」
そして、キキレアは真顔でこちらを指差してきた。
……あん?
「――女になったんだし、あんたが受付嬢やればいいじゃない、マサムネ」
待て。
待て待て待て待て!




