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第2話 「なんだこのダメそうな女神…」

「なんだろここ」


 死んだはずの俺が目を覚ましたのは、書庫であった。

 背表紙になにも描かれていない本が、背の高い左右の棚に詰め込まれている。

 なんとなく手を伸ばして一冊を引き抜いてみる。しかし中を見て、俺は眉をしかめた。


 読めない。


 奇妙な文字で書かれたそれは、地球のものとも違う、まったく未知の言語であるような気がした。

 そっと戻す。


「……俺、車に轢かれて死んだんだよな?」


 俺が着ているのは、制服だ。

 別にどこも破れたりはしていない。


 自信なくなってきた。

 でも、目を瞑れば、すぐそこまで迫ったダンプカーの迫力が思い出された。

 冷や汗かいて、目を開く。


「じゃあここは死後の世界ってこと、か?」


 俺は書庫をぶらぶらと歩く。

 図書館などにありがちな、すえた本の匂いや、舞い上がる埃などは微塵もない。

 ここはとにかく清浄な空気が満ちていた。


 本を手あたり次第にめくってみても、俺のわかる言語で書かれたものは一冊もないようだ。

 参ったな。


 辟易しながら、俺は書庫をてくてくと歩く。

 ただひたすらに前に、前に。



 どれくらい歩いただろう。

 入り組んだ迷路のような構造だからわからなかったが、書庫は信じられないほどに広かった。


 何時間ぐらい歩いただろうか。

 もしかしたら、何日も歩いていたかもしれない。


 こんなに広い書庫が、現実にあるはずがない。

 これは俺の夢か?

 そんなことを思っていたとき。


 ――急に視界が、開けた。


 本棚と本棚に挟まれた行き止まり。

 わずかに開けたその空間には、ひとつの長机があった。

 机の上にはうずたかく本が積み上げられている。

 そして――。


「……」


 娘がひとり、机に突っ伏していた。


 ゆっくりと近づく。


 長い金髪の間から顔を見ると、彼女は信じられないほどの美人だった。

 整った彫りの深い顔立ちは、俺が今まで見たこともないほどに端正で、美少女の持つ儚さと美女の持つ色気を同時に合わせ持つようだった。


 のだが。


 今は口の端からわずかに涎を垂らしながら、くーくーと寝息を立てている。

 割と幸せそうな寝顔であった。


「あ、あのー」


 俺が近づくと、彼女はバッと顔をあげた。

 机の上に放り出していた両手をわちゃわちゃと動かし、信じられないものを見るような目で、こちらをじっと見つめている。


「ひ、人……!」

「あ、はい」

「本物、本物の人……人ぉ!」

「ええ?」


 彼女は机を飛び越えてきた。

 そのまま、抱きついてくる。


 しかし、明るい金髪といい、宝石のような蒼い瞳といい。

 ていうか、目が醒めるような美貌といい、ただの人間じゃなさそうだ。


 抱きつかれて、頬ずりされている辺りで、俺は彼女を押し返す。

 恥ずかしいよきみ。


「はー、ようやく、ようやく来てくれたんですね……」


 彼女はほんの少し恥ずかしそうに頬を染める。

 そうして、胸元に手を当てて、こちらを見やってきた。


「申し遅れました。わたしは転生と雷の女神、ミエリって言います」




 俺はこめかみを抑えた。

 目の前には、キラキラと輝く美貌を持った、金髪の美女がいる。


 話を聞くと、女神である彼女は死んだ人間を選りすぐり、その中から『才能』を持った人を他の世界に送り込む係のようだ。

 だが、どうにも今まで、うまくいかなかったとか。


 死者の魂を引き寄せる設定?みたいなものが、あまりにも厳しすぎたため、誰も来なくなってしまったのだという。

 だから、ずっとひとりきりだったらしい。


「あなたさまには、異世界に旅立ってもらおうと思っています。今、闇と光のバランスが狂ってしまって、創造主のお父様が困っているんです。なので、闇の王。すなわち――魔王を名乗る者を打倒、あるいはなんとかしていただこうと思いまして」


 魔王退治?

 壮大だな、おい。


 いやいや、そんなことをするような柄じゃないし、俺。


「でも大丈夫ですよ、マサムネさん、心配いりません。あなたには特別な力、才能が眠っています。あなただけが使える、あなただけの異能力。あなたさまの魂の中に眠る『覇業オンリーワン』を、今から目覚めさせます」


 ……おんりーわん?


「その力はまさしく千差万別です。肉体強化、能力解放、他者操作。あなたさまにはどんな力が備わっているのでしょうか。ふふっ、ワクワクしますね。それでは――」


 おいおい、勝手に話を進めるなよ。

 と、そんなことも言う暇もなく。


 女神は両手を広げ、天を仰いだ。


「さあ、あなたさまの魂より現世に至れ!」


 ――次の瞬間、俺の胸の奥が熱くなった。


 なんだこれ。

 今までに感じたことがないような気持ちだ。

 魂の高揚――とでも言うのだろうか。


 激しい熱は血流をたどって、右腕から飛び出した。


 ――それは光を放つ『一冊の本』だった。

 ピカピカと輝き、ふわふわと手のひらの上に浮かんでいた。



 これが、俺の魂の力?


 念じると、本は俺の手の中に出現した。

 出したり消したりも、自由自在らしい。


 持つと、ちょうどいい重みがあった。

 ふむ。装丁も綺麗だな。


 ぺらぺらとめくると、ふと気づく。

 あれ……これって、本じゃないな……。


 俺にとっては、見慣れたもの。


 ――『カードバインダ』だ。



「こ、これは……とてつもなく強い力を感じます……!」


 ミエリの声が震えていた。

 彼女は俺とバインダを交互に見つめている。


「あなたさまは、もしかして……」

「ん、んん?」

「い、いえ、なんでもありません。おそらくその中に入っているカードは、こちらです」


 そう言って、彼女は本を突きつけてきた。

 文字は見えないけれど、そこに書かれていたのはまさしく俺の持っているカードと同じ紋章だ。


 炎のようなマークの中に中心に、太陽が見えるレリーフ。

 非常によく似ている。

 いや、ていうか、これ……。


 ――オンリー・キングダムのカードじゃないか?


「恐らく、使うと特別な力を発動させられる、カードだと思います。本来はひとりの人に特別な力はひとつまでだと決まっているのですが、あなたの授けられた力は、その唯一をカード化し、複数を同時に操る――そう、まさしく無限の力ですね……!」


 ミエリはごくりと唾を飲み込んだ。


「あっ、しかもこれ、マサムネさんの魂の成長に応じて、さらにどんどんとカードが増えてゆくみたいです! すごい、すごい!」


 ミエリは興奮していた。


「ひとりひとつしかない覇業を、束ねて自由に操ることができる、バインダを持つだなんて……あなたはいったい何者……?」

「いや、ただの屑カード使いだよ」


 俺はよくわからず、首を振った。

 バインダの中に収まっていたカードは、合計七枚。


 ……オンリー・キングダムのカードのはずだが、見覚えがないな。

 俺がわからないということは、オリジナルのカードなんだろう。


 だがどんなカードでも、俺が使えば、それは無限の価値を持つ。

 しかも使用回数に『∞』のマークがついているじゃないか。

 七枚のカードを、状況に応じて使い放題とは。

 そんなに強い能力をもらってもいいのか。


 頼もしい限りだな、このバインダは。



 ミエリは本とバインダと俺を交互に見比べる。

 そうして、口元を嬉しそうににやけさせた。


「よし、よし、これなら、これなら完璧です……。思った以上です。これならわたしも、よし、よし、さあ、マサムネさん、さあ行きましょう。このわたしの司るもうひとつの力『雷魔法』が火を噴きますよ! さあ!」

「え? お前も一緒に行くの?」


 聞いてなかったぞ。

 女神がついてくるのか。


 ……いや、それは、いいのか?

 お前は転生の女神で、ここで次の人物を待つんじゃないのか。


 だが、ミエリは当然とばかりにうなずいている。


「さあ、行きましょう! ともに! 闇を祓いに! さあ!」

「待て、ミエリ」


 俺は手を突き出した。


 行く気満々のこの女に、先に言っておかなければならないことがある。


「待て、俺は嫌だ」

「嫌だ!?」


 愕然とするミエリを見つめ、俺は重苦しく言う。


「ミエリ。俺はお前のことをなにも知らない。そんな相手と一緒に異世界で生活などはできない。信用ができないのだ」

「え、えええ……? わたしがついていくくらい、いいじゃないですかあ。わたし、あなたの命を改めて他の世界に送り出してあげようっていう、転生の女神ですよ。いわばあなたの命の恩人みたいなものですよぉ?」

「それが押しつけがましい」

「押しつけがましい!?」


 しかし、ミエリは首を振った。


「でも、もう、異世界の扉ひらいちゃいましたよぉ……」

「なんだと!?」


 今度は俺が驚く番だった。

 先ほどまではなかった、巨大な扉がせりあがってきていた。

 ぱっかりと開いた扉の中には、闇だけがあった。


「まて、待て! まだ俺はお前を連れていくと決めたわけではない! 衝動的はだめなんだ!」

「さっきはいいっていいましたよぉ!」

「言ったが! クーリングオフは一週間以内なら可能なんだぞ!」

「女神だけは対象外なんですよぉー!」


 押し合いへし合い。

 俺はミエリを押し返そうとしたが、――しかし、無駄だった。

 もはやこいつは、なぜだか知らないが、地上に降りる気満々だったのだ。


「あなたさまの未来にあまねく栄光をー!」


 やけくそ気味に彼女が叫んだ、次の瞬間であった。

 ――俺の体は、扉の中に吸い込まれてゆく。


 必死にもがいてみるが、しかし意味がない。

 感覚がなにもかも消え去ってゆく中、俺の右手にはしっかりとした女の子の感触だけがあった――。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 すべてはここから始まる。

 枝分かれした無数の未来が今、俺の手の中には握られていた。


 異世界でなにを為すのか。

 すべてはこれからだ。


 遠い道のりを、俺は征くことになる。

 この手の中には女神ミエリと、そして俺だけの覇業『カードバインダ』があった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ――そして、だ。

 俺は地面に今、突っ伏していた。


 すごい衝撃と共に地面に叩きつけられてしまったのだ。

 ずいぶんと乱暴な転送方法だな……!


 そしてそんな俺に手を差し伸べるのは――。


「はわわ、だ、大丈夫ですか? マサムネさん……?」


 心配そうにこちらを覗き込んでいる青い瞳の少女。

 長い金髪をさらりと風になびかせて、極上の美貌を持った女神がいた。


「わたしたち、異世界にやってきたんですよ。きょうから一緒に、がんばりましょう?」


 彼女はこちらに手を伸ばして、微笑んでいる。

 俺はその手を取らず、うめいた。


「まずはお互いを知るために、三年はほしかったのに……」

「世界ほろんじゃいますよぉ……」


 女神ミエリは、泣きそうな顔でつぶやいていた。


 しかし、なんだここは。

 薄暗い空に、真っ黒な大地。

 ごろごろと岩の転がった不気味な荒野だな。


「くそっ、突然の事態で忘れていた。異世界に関する判断材料も山ほどほしかったんだ……」


 こんな準備が足りない状態で放り出されるなんて、胎児のとき以来かもしれん。


 ミエリは周囲を見回し。


「それにしても、ここ、どこなんでしょうね……。ずいぶんとマサムネさんが暴れたので、降りる地点が狂っちゃったみたいですよぉ」

「そうか。つまりお前のせいだな」

「えええぇぇ……」


 細く長い悲鳴をあげるミエリは気にせず。

 俺は手のひらに力を込める。


 すると、すぐに輝いたカードバインダが現れた。

 俺だけの覇業か。


 中に入っていた七枚は、いったいどんな効果なんだろうな。

 早く試したいが、まずは安全を確保してからだ。


 ミエリはきょろきょろしている。


「それにしても、うーん。町はどっちでしょうか。なんだかさっきから方向感覚が働かないというか、うまく力が使えないところですねえ、ここ……。書庫に閉じ込められている間に、光の力が弱まったのかなあ」


 と――。

 そのとき、ミエリは信じられないものを見たような顔をした。


「あ、あのマサムネさん……」

「ん?」

「あ、あ、あれ……」

「なんだよ」


 俺も一緒に顔をあげる。


 お、城があるな。

 なんだかあちこちが尖っていて、黒い輝きを発していて、かっこいい城だな。威厳というか、威圧感があるというか。あまり城に詳しくない俺も、心が震えたつようだ。

 しかしどうしてこんな荒野のど真ん中にあるのか。立地が不便だろうにな。


 ミエリはつぶやいた。


「あれ、魔王城です……」

「……」


 ……。

 ……え?



 

 

 所持カード。

 

 

・コモン/屑/物質 【マサムネ】 コスト10 使用回数∞


・コモン/屑/強化 【ピッカラ】 コスト4 使用回数∞


・コモン/屑/変容 【ホール】  コスト3 使用回数∞


・コモン/屑/物質 【パン】   コスト1 使用回数∞



・****** コスト31 使用回数∞


・*** コスト57 使用回数∞


・**** コスト250 使用回数∞


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