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第18話 「幼女改造計画(合法)」

 いつものように、冒険者ギルドに戻ってきた俺たち。

 とりあえずジャックとキキレアにはコボルトリーダーの換金をお願いしてきた。


 というわけで俺の前には、ナルと猫ミエリと、そして幼女がいる。


「で、お前がナルの弓か」

「ふふふ、天下四至宝の凄弓、竜穿とはわしのことであるぞ!」


 よく通るような甲高い声で叫ぶ竜穿。

 だが、冒険者ギルドに残る面々は「ああ、またマサムネが変なのを拾ってきた……」という目でこちらを眺めている。

 わかるよ、言われなくてもわかる。


 俺だって相手にしたくはない。

 だが、この幼女が首から下げているカードは、俺がなんとしてでもほしいものだ。


「その前にひとつ聞かせてくれ。お前、そのカードはどこから拾ってきたんだ」

「かーど?」

「ほら、その胸元にある。ええい、ちょっと貸してみろ」


 腰を浮かせて手を伸ばす。

 その指が近づいてくると、幼女はハッと表情を変えた。


「ん? なにもないぞ? ……はっ、まさかおぬし、わしの胸を触る口実にそんなおかしなことを言い出して……!? やめてー! 近寄らないでー! ちかんじゃー! 助けてー!」

「なっ、てめえ!」


 ナルと猫ミエリが冷たい視線を向けてきている。

 冒険者ギルドのあちこちからもささやき声が漏れ聞こえてきた。


「やべえな、マサムネ……」

「ああ、馬鹿使いならぬ、幼女使いになったか……」


 俺は睨んでそいつらを黙らせると、再び席につく。

 まあ、いい。とにかくこいつには見えていないんだ。

 ……だったらどうにかして、あのカードを手に入れてないとな。


 つか、お前はあのカードが見えているんだろうが、ミエリ……。

 俺は作戦を変えることにした。


「まあまあ、変なことを言って悪かったな、竜穿。ほら、甘いジュースを頼んでやるからな」

「わぁい、わしジュースだいすきー」


 ちっちゃな手のひらで、運ばれてきたジュースを受け取る竜穿。

 柔らかそうな頬をリスのように膨らませて、一生懸命ストローですすっている。

 ちょれえ。


 幼女はにっこりと微笑んだ。


「こちらこそナルルースがいつもお世話になっておるの! いつもひとりのときはおぬしの話ばかりしておるぞ。きょうはマサムネくん冒険者ギルドにこなかったなあ、一日中待っていたのになあ、だとか、きょうのおぬしのあのドSチックな横顔がなんだかとってもきゅんきゅんしちゃったよぉ、だとか」

「わあああああああああああああああああ!」


 ナルが【ライメイン】ばりの大声をあげて割り込んでくる。

 耳がキーンとなってしまった。


 顔を真っ赤にしたナルは、なにかをごまかすように両手を振る。


「ま、まあその、そういうわけだから、マサムネくん……。あたし、他の武器を使うことはできないんだ。リューちゃんがいるから」

「別に関係なくね?」

「なっ、なにをいう!」


 するとスイッチがオンになったかのように、竜穿ことリューは激高した。


「ナルルースはこの世界で唯一わし、竜穿を引くことのできる選ばれし才能を持った娘じゃぞ! わしは何百年も光の届かぬ倉庫の中に閉じ込められておった! それを見つけてくれたのが九歳のナルルース! それ以降、彼女は天部の才を開花させ、わしを引くことができるようになったのじゃ! すなわちわしは、九歳のナルルースに救済されたのじゃ! 九歳のナルに、ぷぷ……救済……ぷぷぷぷ、お、面白すぎぃ……」


 俺とナルと猫ミエリは、一斉に冷たい目をリューに向ける。


「なあ、本当にこいつがいいのか、ナル」

「う、うん、まあ、うん」


 いまだにバンバンとテーブルを叩いて笑っているリューを横目に。


「あたしは昔からリューちゃんにはお世話になっているから、やっぱりふたりでその名を轟かせたいっていうのはあるんだ。迷惑かけてごめんね、マサムネくん」

「それはいいんだが」


 頬杖をつきながら、俺はぽつりとつぶやいた。


「お前、引けるけど全然その弓を使いこなせてねーじゃん」


 その瞬間だった。

 ――ぴしりと空気が割れたような音がした。


 ナルは愕然と目を見開いて、リューはわなわなと震えながら俯いている。

 え、なになに。

 なにこの空気、俺が悪いの?


 いや、違うだろ!


「だってそうだろ!? 引けるだけじゃん! 当たんねえじゃん! ギガントドラゴンだって俺がなんとかしたから当たったんだろ!? それでどうやって戦うんだよ! ああ!?」

「うわああああああああああん!」


 リューが思い切り泣き出した。


「そんなことないもん、そんなことないもん! ナルルースがわしを一番うまく使いこなせるんだもん! ふたりでこの世の名声を手に入れるんだもん! 有名になるんだもん!」

「有名にはなっているがな! 『百発零中のアーチャー』としてな! それで満足か!? お前はそれでいいのか!? だったら世界に響かせてやれよ! 『百発零中のアーチャー』といったらあの有名なナルルースとその弓、竜穿ってな!」

「やだあああああああああああああああああああああああああ!」


 リューが泣き叫ぶ。


 そこで何者かが俺の肩をぽんと叩いた。

 戻ってきたキキレアだ。


「あんた、本当に幼女相手にも容赦ないわねー……」

「俺は間違ったことはなにも言っていない!」

「真実こそが人を傷つけるのよ……」


 なんだかキキレアが言うと、重いな……。


「ジャックはどうした?」

「先に帰ったわよ。門限があるらしくて」

「シーフの門限ってなんだ」


 あの爺に過保護に育てられているのか。あいつの存在も謎だな。


 それより、とキキレアは同席する。


「マサムネ、町の外から拾ってきたこの子ってなに?」

「ああ、お前にはまだ話していなかったな」


 俺はキキレアにも事情を説明する。

 すると、彼女は「ははあ」と目を丸くした。


「すごいわね、さすがの私もインテリジェンス・ウェポンを見るのは初めてだわ」


 ――インテリジェンス・ウェポン。

 意思を持ち、思考する武器の総称らしい。


 へえ、そういうのがあるのか。


「でもあの『竜穿』となれば、不思議ではない、のかしらね」

「やっぱり有名なのか、その弓は」

「ええ、もちろんよ。かつて世界を滅ぼした光喰竜ひくいりゅうオルフェーシュチを穿ったと呼ばれる神具だからね」


 キキレアは小さく「まさか本物とは思っていなかったけど……」と続けた。

 ……そうだよな、命中したところを見たことないもんな。


 リューはほんの少しだけ胸を張った。


「ま、そういうことじゃ。このわしを引くことができる能力を持つナルルースを、わしがそう簡単に手放すわけにはいくまい」

「うん、それに、リューちゃんと『契約』しちゃったから、あたし」


 ナルは申し訳なさそうに笑う。

 キキレアが聞き返した。


「契約?」

「うん。だからあたしは、他の武器を使うわけにはいかないんだ。ね、リューちゃん」

「う、うむ。そうじゃな」


 リューはそっと目を逸らした。

 ……なんだか怪しいな。


「ちなみにナルは、他の武器はなんでも使えるのか?」

「なんでもってわけじゃないけど。まあ大体は」

「え、なにそれすごい。すごい妬ましい。私は私より才能がありそうな子が妬ましいです」

「呼吸するように妬ましがるな、キキレア」


 ナルは剣も槍も斧も棍棒も杖も、さらには素手での格闘技も、なにもかも習得をしているらしい。


「あたしのおうちはエルフ族の中でも有数の武家だったからね。幼い頃から叩き込まれてきたんだ」

「そうだったのか……」


 能ある鷹は爪を隠す、なんてもんじゃないな。

 武芸の天才だ。


「しかしそれであえて一番困難な弓を選ぶとは……」

「竜穿を一目見て惚れちゃったのは、あたしだから。それにもうリューちゃんとは契約しちゃったから、今更やめましたってわけにはいかないよ。あたしはリューちゃんと天下を取るんだ。ねっ」

「う、うむ」


 リューはずずずと行儀悪くストローをすすっている。

 だがそこで首を傾げたのは、キキレアだった。


「でも、インテリジェンス・ウェポンとの契約って確か、持ち主と武器の間で意思の疎通ができるっていうやつよね」

「うん、そうだよ。だからあたしはリューちゃんが弓の形態でもおしゃべりすることができるんだ」


 それに見てみてと、ナルは手を突き出した。


「あたしの体も一部リューちゃんと同化しているから、防御力もグーンとあがっているしね」

「ああ、それでか」


 ギガントドラゴンに叩かれたり、ギルドラドンの攻撃に耐えられていたもんな。

 ナルは寂しそうに笑う。


「だから、あたしはもう一生リューちゃんとは離れられないんだ。ずっと、ふたりで生きていこう、って、ね。一蓮托生だよ」

「待って、待って待って」


 だがそこでやはりストップをかけたのはキキレア。

 彼女はこめかみを抑えながら、つぶやく。


「そんな話、聞いたことがないわ」

「えっ?」

「インテリジェンス・ウェポンはただの武器よ。持ち主の体をどうこうなんてできないわ。神具だって当然よ。どうなっているの?」

「どうって……」


 ナルはちらりとリューを見た。

 リューは天井を見上げながら手を打つ。


「そうじゃった! わし、明日も早いから寝ないといけないんじゃった! いかんいかん、子供が夜更かしをするわけにはいかんの! それじゃあこれで」

「【へヴィ】」

「ぶべらっ!」


 逃げ出そうとしたリューの足を重くすると、俺はじろりと幼女を睨んだ。


「どういうことか説明してもらおうか」

「リューちゃん……」

「うううううう」


 リューは観念したように頭を抱えた。




「だって、だって、ナルルースがわしを捨てちゃうんじゃないかって思って……」


 リューはめそめそしながらそんなことを語っていた。

 ここは冒険者ギルド奥の空き部屋だ。

 便宜上、取調室と俺は名づけた。


「つまり、嘘を言ってナルを拘束していたわけだな」

「そ、そんな人聞きの悪い! まぶしっ!」

「だな?」

「……は、はい」


 俺の【ピッカラ】に照らされたリューは、抵抗も空しくうなずいた。


 ナルは自分とは離れられない。もう体は同化している。

 これは契約だ。そしてその契約は絶対だ――。


 そんなことを言ってこの竜穿さまは、ナルを良いように使っていたわけだ。

 いや、ていうかあの体の頑丈さは生まれつきかよ、ナル。

 ぱねえな。


 じゃなくて、だ。


「ひどい話だな、なあ、キキレア」

「マサムネ、目がキモいわ……。なんで光っているの……」


 キキレアは思いっきり引いていた。まあそれはいい。


 一方、ナルは俯いていた。

 歯を食いしばっているようだ。

 そりゃそうだ、騙されていたんだからな。


「リューちゃん、別にそんなことを言わなくても……」

「ふ、不安だったんじゃ!」


 リューは涙目で叫ぶ。


「おぬしの兄、エドラヒルのように、おぬしも我に興味をなくしてしまうのではないかと思って! わしは、離れたくなかったんじゃ!」


 そこでぴくっとキキレアが震えた。


「エドラヒル……」

「知っているのか?」

「こっち見ないでマサムネ、眩しい」

「ひでえな」


 リューはさらに首を振っていやいやする。


「わしを使いこなすためには、途方もない年月が必要じゃ……。じゃが、続けてゆけばナルルースにはきっと才能がある……。今は、その、百発零中なんて言われているが、そのうち、きっと、その、たぶん……。しかし、その途中でくじけてしまいかねないじゃろう……。わしはそれが怖かったんじゃ……」

「……リューちゃん」


 ナルはきゅっと拳を握った。


「ごめん、ちょっと外の空気を吸ってくるね」

「ああっ、ナルルースや! ナルルースやー!」


 走って外に出てゆくナルに手を伸ばすリュー。

 しかし、ナルはそのまま部屋を出て行った。



 やれやれとキキレアは首を振った。


「あの子としては、自分が信用されていなかったと思っちゃうでしょうね。これから一生懸命がんばっていこうと思っていたのに、水を差された形だわ」

「まったく、神具さまはずいぶんと傲慢であらせられるな」

「お、お、おぬしらが真実を暴露したからじゃろおおおおおお!」


 もはやぽろぽろと涙を流しながら叫ぶ幼女に、俺たちは首を振った。

 やれやれだ。悪党がなにかを言ってやがる。


「ま、これであの子が剣を持ってくれたら、あたしたちのパーティーはずいぶんと安定するわね。頼もしい前衛がひとり増えるだけで、ずいぶんと違うわ」

「そうだな。そうしたら俺とナルで新たにパーティーを組んで、あとは前衛をもうひとりと後衛をひとり探すだけだな」

「待って、ねえ待って」


 くいくいと裾を引っ張ってくるキキレアはともかく。

 俺はめそめそと泣きじゃくるリューを見下ろしながら思う。


 しかし、今回の件はこれで解決という風ではなさそうだ。

 幼女の首から下げたカードが光っていないしな。


 大体、ナルを自由にしろ、という内容だったらカードを持っているのはナルのはずだ。

 だったら、リューの抱えている問題を解決させてやらなければならないのだろう。


「……えっ、こいつ幼女の胸見てる……」


 ピッカラに胸元が照らされているから、丸わかりのようだ。

 違う。


 リューはびくっとして顔をあげた。

 そして己の胸を慌てて隠す。


「な、なんじゃおぬし! わ、わしは武器じゃぞ! 無機物じゃ! 変な気を起こすでないぞ! 繁殖能力なぞ備わっておらんぞおおお!?」


 ひどい誤解をしていやがる。

 まあ、いいが。


「要するに、お前はナルとこれからも一緒に戦いたいってことなんだよな」

「う、うむ……」

「だったら」


 俺はにやりと笑った。


「どんなことでもするか?」

「ひっ――」


 リューの口元がひきつった。

 幼女はガタガタと震えながら、その身をくねらせる。

 柔らかそうな内腿をすり合わせ、その未成熟な躰を見せつけるようにしていた。


「わ、わしは、わしはぁ……」


 目の端から零れる涙が、幼き媚肉に落ちた。

 瑞々しい肌は、ぷるりと液体を弾く。


「もう一度、戦場のあの空気を味わいたいのじゃ……。強大な魔物を打ち倒すあの瞬間の快感を、何度でも……。そのために、そのためにナルに使ってもらえるのなら、わしは、わしはなんでもするぅ……」

「よし」


 俺はリューの手を引いた。

 無理やり立ち上がらされたリューは、たたらを踏む。


「ひぇっ」

「にゃっ、にゃっ?」


 猫ミエリが突っ込みを飛ばしてくる中、俺はリューを見下ろす。


「わ、わし、まだ、こころのじゅんびがぁ……」

「今なんでもするって言ったよな?」

「ふぁぁぁ……」

「大丈夫だ、心配するな」


 俺はにっこりと笑った。


「ちょっとお前の体を好きなように弄ぶだけだ」


 リューはこの世界が終わったような顔をしていた。

 その一方で。


「ね、ねえ、マサムネ。新パーティーを組むっていうの冗談よね? ね? ねっ? 私を捨てないわよね? ねっ? ろ、ロッド、ロッド買ってくるから、ねっ?」


 先ほどから俺の裾を引っ張ってくるキキレア。

 こちらもずいぶんと必死な様子だった。



 ――だがその翌日、事態は急転する。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ん、あ、あれ……」


 宿でむっくりと目を覚ましたナルルースは、その身を起こした。


「あたし、いつの間にか、寝ちゃってた……?」


 昨夜は遅くに宿に帰ってきて、それで……。


「あ、頭いた……」


 慣れないお酒などを飲んだからだ。

 革鎧だけ脱いで、ほとんど着の身着のままだったから、服がしわくちゃだ。

 長い髪も、ぼさぼさになっている。

 こんな姿では、マサムネに顔見せできない。


「……そうだ、リューちゃん」


 彼女が自分を良いように操っていたなど、信じたくはなかったが。

 しかしそれでも、彼女には自分しかいないのだと思うと、力になってあげたかった。


「……」


 きっとどこかでひとりで寂しそうにしているだろう。

 ナルルースにとって、竜穿は子供の頃からの、たったひとりの友達だった。

 そんな彼女を今さら手放せるわけにはいかない。


 今頃はマサムネと一緒にいるのだろうか。


「迎えに、いかなくっちゃ」


 シャツを脱いで、着替えよう。

 そう思ってぱさりと服を脱いだ、そのときだった。


「――おい、ナル!」


 ノックもせずに扉が開いた。

 そこには真剣な顔をしたマサムネがいた。


「あ、マサム、ね……くん……」


 ナルの顔が真っ赤に染まってゆく。

 今彼女は、パンツを身に着けただけの姿。

 つまり上半身裸だ。

 パイ生地の上にブルーベリーを乗せたような控えめ胸が、あらわになっていた。


 マサムネと目が合う。

 彼もまた、耳まで赤く染めていた。


「きゃあああ!」

「わ、悪ぃ!」


 慌ててドアを閉めるマサムネ。

 ナルルースは思わずその場にしゃがみ込んだ。


「まさかこんなタイミングだとは思わずな! すまんな! 寝癖直すか!? 大得意だぞ!」

「は、はい……い、いえ、こ、こちらこそ、その、ごめんなさい……」


 なぜか謝り合う。

 ナルルースの心臓は、ドキドキと脈打っていた。


「昨日は、その、勝手にいなくなっちゃって……」

「ああいや、そんなことより――」


 マサムネはドアの向こうから、叫んできた。


「――来やがったんだ。ドラゴンだ。ギルドラドンの仇を討ちに、今度は空を飛ぶやつが!」

「えっ」


 ナルルースは窓の外に目を向けた。

 カーテンの隙間から、――大空を飛び回る一匹の青い竜が見えた。



「なんなんだ……。なんでいつもホープタウンがこんな目に遭うんだ……。この町がいったいなにをしたっていうんだ……。疫病神だ、絶対に疫病神がいるんだ……。そいつは真っ白な本を抱えて、謎の魔法を使うんだ……」

「頭抱えてんじゃねえよ、ゴルムのオッサン」


 俺たちは冒険者ギルドに集まっていた。

 居並ぶのは、見慣れた面々だ。


 さて、と前に立つのはキキレア。

 彼女は安っぽい小さな赤いロッド(火属性のものだ)を教鞭のように振るい、黒板らしきものをぺんぺんと叩く。


「今回の敵は、上空を飛び回る一匹のサンダードラゴンよ。こいつ、ミエリさまの加護がなくなった今でも、自分なんてまるで無関係ですーみたいな顔をして雷属性のブレスを使いこなすやつよ。絶対に許せないわね。絶対に許せないわ。なにをのうのうと生きていやがるの。憎すぎる。骨の一辺までも叩き砕いて、あの世で永遠に地獄の炎で焼き続けてやりましょう」

「私怨以外ねえなおい」

「こわい」


 つぶやいたのは端っこのジャックだ。

 今回は逃げずにやってきたようだ。


 キキレアは教師のように続ける。


「サンダードラゴンは以前に見たギガントドラゴンとは逆。地上に降りることは滅多になく、上空からブレスを連射してくるわ。どちらかというとワイバーンに近いわね。だから今回は恐らく遠距離攻撃がメインでの迎撃になるわ。みんなの中で多少なりとも遠距離攻撃の心得がある人は、協力してちょうだい」


 さすが知識だけは超一流だ。

 誰かが感動したかのようにつぶやく。


「史上最弱のS級冒険者の名は伊達じゃないな……」

「ケンカなら買うわよ!? いつでも買うわよ!? 前に出てきなさいよおらぁ!」


 そこでジャックが実に悔しそうな顔で拳を握る。


「くそっ……。僕も一緒にこの町を守りたいのに、でも僕には遠距離攻撃の手段がない……! 投げナイフぐらいでは、あのドラゴンには届かないだろう……! なんて口惜しいんだ! 僕も一緒にこの町を守りたいのに! 守りたい気持ちは嘘じゃないのに! 酒場でみんなの帰りを待ってエールを飲みながらソーセージに舌鼓を打っていることしかできないなんてー! いやあ残念だなー! 参ったなー!」

「よしみんな、うちのパーティーで一番身のこなしの達者なジャックが囮になるそうだ」

「え゛」


 俺は皆を見回す。


「ジャックがとにかく目立つ格好であのドラゴンを町はずれに引き付ける。そこで地上から一斉に鉤爪のついた矢を打ち込もう。あとはそのまま地上に引きずりおろして、叩く。それでどうだ?」

「問題ないわ。それでいきましょう」


 キキレアは静かにうなずく。

 周りの冒険者たちも、口々に同意した。


「そうか、さすが勇敢なシーフだな、ジャック。俺様にはとてもできねえ」

「え……」

「お前のことを『敵前逃亡のジャック』なんて呼んで悪かったな。お前は立派な男だよ、ジャック」

「いや、あの……」

「あたい、町はずれで待っているから、ちゃんとドラゴンを連れてきてよねっ!」

「えと……」


 俺はテーブルを叩いて、檄を飛ばす。


「ジャックはやるときはやる男だ! ここで逃げるようなことがあれば、町の人すべての命が危険にさらされる! こいつがそんなことを許すはずがない! 年老いた老人も、これから育ってゆく可憐な女の子も、みんなが死ぬんだ、ジャックのせいでな! まあそんな事態になるはずがないとは思うが。さあ、みんな! 今こそジャックの勇気に感謝しよう! 拍手―!」


 一同から万雷の拍手が飛ぶ。

 その中心に立つジャックは、呆けた顔をしていた。

 わなわなと震える手を見下ろし、つぶやく。


「これ、夢?」


 ところがどっこい現実です。


 ぞろぞろと冒険者ギルドを出てゆく際、俺はふとキキレアに尋ねた。


「そういえばお前、なんでそんなみすぼらしいロッド持ってんの?」

「それあんたにだけは言われたくないわねええええええええええええ!」


 涙目のキキレアに腹パンされた。

 俺がなにをしたんだ。



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