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第17話 「百発零中の天才アーチャー」

 俺たちは七羅将のうちのひとりを倒したことによって、英雄のような扱いを受けることになった。

 冒険者ギルドに顔を出せば騒がれて、クエストにいかないかと引っ張りだこだ。


 しかし三日も経てばそんな嵐は過ぎ去った。

 この町の冒険者は、大らかで、享楽的な気質があるようだ。

 まあ、冒険者なんてやるやつは、安定志向とはほど遠いだろうしな。



 というわけで、俺は宿でゴロゴロしていた。

 ここ数日は、戦いの傷を癒していたのだ。


 うまいものを食べて、温かいベッドで寝る。

 これこそ幸せな生活というものだろう。


 ああ、素晴らしい。

 怠惰は人間の作り出した最高の文化だ。


 俺はきょうもベッドの上に横になりながら、手に入れたカードを眺めていた。

 ギルドラドンを倒して手に入れたカードは三つ。さすがはボスといったところだ。


 入手した三枚のカードのうち、二枚はそれなりに使えそうなものだった。

 だが、残る一枚が気になる。


 なんとこのカード、屑カードではないのだ。

 初めての屑ではないカードだ。

 レアリティはスーパーレアとある。

 胸が躍るな。


 しかし、これ単体で強いわけではない。

 これは七枚が揃って初めて使用条件が整うという。


 俺はそのカード【フィニッシャー】を眺めていた。


 七枚集める、か。

 こういったものは、カードゲームで時々あるんだよな。

 すなわち『ロマンカード』ってやつだ。

 五枚揃えたら勝利とか、すべてを場に出したら勝利とか。

 ロマンの塊だが、あえてやろうとは思わないな。


 しかし、どういう効果を持つのだろうか。

 七枚集めたら、魔王城の結界が壊れるだとか?

 あるいは、魔王を包む闇のバリアが消滅するとかか。

 いかにもありそうな話だ。


 だが――。


 そのカードには、珍しく説明書きがあった。


「……お?」


 なんだこれ、こんなのあるのか。

 ていうかすべてのカードにつけてくれりゃあいいのに。


 と、見ると。


「……は?」


 俺は呆気に取られた。

【フィニッシャー】には、こう書いてあった。


『――このカードを七枚集めて発動させたそのとき、魔王は死ぬ』


 ひでえ。



「つまりなにか、これを七枚集めたらこの世界は攻略完了ってことか……?」

「にゃあー」


 部屋でゴロゴロしていた猫ミエリは嬉しそうに鳴いた。


 あまりにもひどすぎないか。魔王なんだろう。

 俺がこのカードを発動させた瞬間に、そこで死ぬんだろ?

 デスカードかよ。


「まあでも、順当に考えたらこのカード、七枚ってことはさ。将軍の七人それぞれが、それぞれ一枚ずつ持っているんだろ?」

「にゃ……」


 うんうんとうなずく猫ミエリ。

 まあそういうものだよな。


 だったら、魔王一人を倒すか、残る六人の将軍を倒すかどうか、か。

 迷うところだな……。


「まあいいか。まだまだ先のことだろう」


 俺は冒険者っぽく見えるような洋服を着て、部屋を出た。

 腹減ったし、久々に冒険者ギルドにでも顔を出すか。


 後ろからぴょんとミエリがやってきて、俺の肩に飛び乗る。

 結構重いなこいつ……。まあ、猫って数キロあるしな……。


「ミエリ、お前最近ゴロゴロしているからか、太ったな」

「に゛ゃー!?」


 ミエリは俺の肩を飛び降りて自分の足で歩き出した。




 俺が冒険者ギルドに顔を出すと、すぐに可憐な美少女がやってきた。

 ちょっと近寄りがたいほどの美貌を持つ、魔法使いだ。

 目が合った瞬間、わずかにドキッとしてしまう。


「って、なんだ、キキレアか」

「やっほう、マサムネ。顔を出すのは久々じゃない?」


 店員さんに注文してから席につく。

 するとキキレアはにこにこと笑いながら、俺と同じテーブルに座った。


「久々にきょう魔法の勉強する?」

「……いや、魔法はもういい」


 一週間みっちりやったのに、結局なにひとつ身につかなかったからな。

 指先から火を出すことすらできなかった。

 俺にはこの世界の魔力を操ることはできないのだろう……。

 そんな気がする。


 キキレアはぐっと拳を握り、顔を近づけてきた。


「大丈夫よ、マサムネ! 私は二十年かけてようやく手のひらから砂を撒く魔法を習得した偉大な魔導士を知っているわ! あなたに根性があれば、できないことはないのよ!」

「やっていられるか!」


 二十年かけて手のひらから砂を出してどうする!

 地面のを拾え! 二秒で済む!


「大体、お前に二十年も付き合わせられるかよ。今回のお礼っていうので、タダで教えてもらっているんだしな」

「え? う、うん、まあ、そうね。二十年も一緒にいるだなんて、な、長いわよね」


 するとキキレアは顔を逸らして、もじもじと俯いた。

 なんだこいつ。


 そうか、俺があまりにも魔法の才能がないから、ずっとそばでバカにしていたいと思っていやがるのか……。

 そんなに俺を見下ろすのが楽しいのか……。

 悔しい。


「くそう、今に見ていろよ、キキレア……。絶対にお前に『申し訳ございませんでした! あなた様には完敗です!』って言わせてやるからな……」

「え、なになに、なんで私そんな暗い目で睨まれているの!」


 運ばれてきたピザのような食べ物を手づかみでかじっていると、キキレアが「うう」と頭を抱えた。


「ま、まあ、気長に頑張りましょ。私だって早く他の系統の魔法を覚えなきゃいけないし」

「にゃ、にゃあ」


 そこで猫ミエリが自分を指すようにしていた。

 だが、まあ、キキレアが気づくはずもなく。

 気づくはずもなく、毒を吐く。


「ミエリさまなんて信じていた私がバカだったのよ。もっとちゃんと信奉神を選ぶべきだったわ……。ノリで雷魔法がカッコいいからって、そんな選んだ私が、ええ、愚か者だったよ……」

「にゃあああ……」


 べたりと平べったくなる猫ミエリ。

 俺はその背をひょいと摘み上げて床に置くと、いつものミエリ用の皿にミルクを注いだ。

 彼女は諦めたように、その皿をぺろぺろと舐め出す。

 もうすっかり身も心も猫になったな、こいつ。


「それで、ギルドに来たってことは、クエストでもいくの?」

「ん」


 そういう予定はなかったんだけどな。

 俺は果物のジュースをすすりながら、クエストボードを眺めた。


 すると、ぞろぞろとやってくるやつらがいた。


「なになにー? マサムネくん、クエストいくのー?」

「だったら腕の立つシーフが必要じゃないかい?」


 ナルとジャックだ。昼飯時だからやってきたのか。

 俺はきっぱりと手を突き出す。


「腕の立つシーフ『が』必要なんだよ」

「つまり、そういうことだろう?」


 俺の顔を見てにやりと笑うジャック。

 どういうことだよてめえ。耳を切り落とすぞ。


 俺たちが四人(と一匹)集まったことによって、ギルドがざわざわとどよめく。

 まあなんだかんだいって、魔族の将軍を倒した英雄たちだからな。

 そういう目で見られるのは仕方のないことだろう。

 有名税ってやつだな。


「あれが、ホープタウンの三馬鹿か……」

「ああ、『百発零中のナルルース』、それに『敵前逃亡のジャック』、そして『史上最弱のS級冒険者、キキレア』だ……」

「そいつらを束ねているのが、あの男か。なんてろくでもない顔をしているんだ」

「しかしあいつらを使ってギルドラドンを倒すとは、さすがは『馬鹿使いのマサムネ』だ……」


 ……。

 俺は静かに立ち上がる。


 周りを睨むと、連中たちは一斉に目を伏せた。

 てめえら……。


 キキレアは烈火のような目で叫ぶ。


「ていうか誰!? 私を史上最弱のS級冒険者とか言っているの誰!? 出てきなさいよお! ぶっ殺してやるわああああ!」

「ま、待って! 落ち着いてキティーちゃん! ギルド内のケンカはご法度だから! ね、ね! いい子だからね!」

「離せ! ナルルース! 私は私をバカにしたやつを絶対に許せないわ! その口を永遠に開けないように焼き尽くしてやるわ! ざっけんなおらー! 殺すぞおらー! 離せえええええ!」


 ジャックが俺の肩をぽんと叩いた。


「ま、言いたいやつには言わせておけばいいじゃないか。本当の実力を知っているのは、友達だけで構わないだろう?」

「お前の本当の実力は『敵前逃亡のジャック』そのものだと思うが……」


 ていうか、なんだ馬鹿使いって、馬鹿使いって。

 使いたくて使っているんじゃねえ……。


 くそ。

 俺は立ち上がると、クエストボードに貼られていた一枚の紙を引っぺがした。


 おおー……。とそれだけでどよめきが起きる。

 そして俺は冒険者たちに見えるように、その紙を突き出す。


「見ろ! コボルトリーダーの討伐依頼だ! 俺はこいつを退治しに行く! 報酬は霊銀貨2枚! もちろん山分けだ! 俺と一緒に来たい奴はいないか! 俺の完璧な作戦を見せてやる!」


 するとどいつもこいつも目を逸らした。

 なんでだよ!!


「ゴルム!」

「い、いやあ……」


 奥の方にいたオッサンを捕まえるが、しかしこいつも口をもがもがさせていやがる。


「お前の度胸はわかるけどさ、でも、そんなギリギリの戦いにはついていけねえよ。ギガントドラゴンに挑んだり、将軍を退治したり……」

「なんだと!?」


 俺は頭を殴られたような衝撃を覚えた。


「いや、見ろよ! コボルトリーダーだぞ!? そんなに強くないだろ!? 普通に戦えば勝てるだろ!?」

「でもお前、普通に戦わねえじゃん」

「ウオオオオオオオアアアアアアアアア!」


 その場に突っ伏して、叫ぶ。

 なんてことだ。

 俺はいつの間にか、屑カードを有効活用することを考えるばかりで、一番大事な基礎をおろそかにしていたのか。


 なんてことだ……!


 そんな俺のもとに、三人の仲間たちが集った。

 ナル、ジャック、そしてキキレアだ。


「……見返してやろうよ、マサムネくん!」

「そうだよ、僕たちだってやれるんだってことを、見せてやろうじゃないか」

「私をバカにしたやつに、土下座させてその後頭部を思いきり踏みつけてやるまで、前に進みましょう!」


 お、お前たち……。

 俺は目に涙を浮かべながら、三馬鹿を見上げた。


「お前たちさえまともなら、俺だって馬鹿使いだなんて言われなかったのに……。ちくしょう……。お前たちのせいなんだよ……ちくしょう……」

『えっ!?!?』



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 コボルト族が出没するのは、南の平原であった。

 だだっ広いこの平原のどこかに、コボルトどもが群れを作っているらしい。


 コボルト族は犬のような顔を持つ、半獣半人のような亜人だ。

 性質は臆病で怖がり。警戒心が強い。

 馬車などが襲われて被害が出るというよりは、農作物がやられちまうらしい。

 まあ、害獣みたいなもんだな。


 ナルが拾った土を風に流して、なにかを確かめるようにうなずく。


「なるほど。風は北東から南南西へと緩く吹いているね。この風向きなら、大丈夫。調整できる」

「誰にアピールしているか知らんが、無駄にかっこつけるなよ、ナル。たとえ無風でも竜巻の中でもお前の弓は当たらないだろ」

「マサムネくんひどくない!?」


 愕然とする彼女を置いて、俺は辺りを眺める。

 コボルトリーダーか、どこにいやがるんだろうな。


 俺の装備は新調されていた。

 ギガントドラゴンの装備品が完成したのだ。

 上半身にはポイントアーマーが、そして腰にギガントドラゴンのボーンロングソードをくくりつけている。

 ベルトで固定しているからか、それともそういう素材だからか、ほとんど重みを感じない。

 背中には頼りになるクロスボウを装着しているし、ずいぶんと冒険者らしい格好になったものだ。


 同じように仲間たちも装備だけは一丁前だ。


 今回のナルはプレートアーマーではないけれど、全身にしっかりとした革鎧を身に着けている。

 その上、毅然とした顔で竜穿を背負っているのだから、見るからに強そうだ。

 エルフだし、美少女だし、伝説級の装備を持っているし、外側は完璧なんだけどな、こいつ……。


「な、なんであたしを見てため息をつくの!?」 ねえ、ねえ!?」

「自分の胸に手を当てて聞いてみてくれ」

「わかんない! あたしわかんないよ! さっぱりわかんない!」


 さて、次はジャック。

 軽業師らしく、関節部の動きを制限しないよう部分部分で急所を守るような装備をしていた。

 チェインアーマーかね。

 そして腰には四本のナイフの鞘を刺している。

 こいつも武器を新調したんだな。


「任せておくれ。影のように忍んで、影のように敵を倒してあげるよ」

「そして影のようにいなくなるんだろ」


 俺が指摘すると、乾いた笑い声をあげるジャック。

 モンスターとの戦闘中に逃げ出さないシーフが雇いたいです。


 そして最後にキキレアだ。

 さすがというかなんというか、こいつだけは別次元の装備を持っている。


 雷属性の攻撃魔法を強化する杖や、雷属性の魔法のダメージを増幅させるアミュレット。

 さらに雷属性の魔法に補正を加える指輪や、雷属性の魔法に加護を与えるローブなどだ。


「全部ゴミじゃねえか!」

「あんたいきなりなに言っちゃってんの!?」


 涙目になりながら悲鳴をあげるキキレア。


「確かに、今はどこも雷属性の装備は大暴落よ! 二束三文よ! 代わりに火魔法や水魔法の装備がすごく高騰しているけど! けど! これは私が駆け出しの頃にがんばってお金をためて買った大事なものだったり、必死に内職をして手に入れた指輪だったりするのよ!? ばかにしないでくれます!?」

「だったら大事におうちに飾っとけ! あれほど火属性のロッドを買って持って来いって言っただろうが!」

「やーだーやーだー! ランクが低い杖なんて装備したくなーいー! 私はS級冒険者なんだもんー!」

「ランクの高い木の棒振り回して役に立つのか!? ああ!?」

「うわあああああああああん!」


 キキレアがナルに抱きついてめそめそと泣き出す。

 ランクとプライドが高いくせに、口喧嘩には弱い奴だ……。


 しかし、改めて見たら、なんてひどいパーティーなんだ。

 全員が自分の長所を完全に殺していやがる。

 やたら攻撃力は高いのに防御しかできないカードだとか、死ぬほどコストが高いくせに使ったらコスト削減効果があるカードのようだ。

 それ誰が使うの? という感じだ。


 ため息をついていると。

 慰めるようにミエリが俺の足をぽんぽんと叩く。


 俺は冷たい目でミエリを見下ろした。


「獣は毒にも薬にもならん。無だ」

「に゛ゃ゛!?」




 俺たちは手分けをしてコボルトを探すことにした。

 前衛後衛のワンセットで別れて、俺とナル。そしてジャックとキキレアだ。

 キキレアには、ジャックを見張るように重々言い聞かせておいた。

 あいつならまあ、大丈夫だろう。執念深そうだしな、キキレア。


「いないねー」

「そうだな」


 俺はカードの【ダイヤル】を使い、キキレアたちと連絡を取り合っていた。

 効果時間は三分しかないから、使い続けている間に、割とMPを消費しちまうな。

 他の方法を考えればよかった。


「ねえねえ、マサムネくん」

「ん」

「あの、その」


 見れば、ナルはわずかに俯いていた。

 うなじから覗く首筋が、赤い。


「こないだは、ごめん、ね……」

「ん?」


 こないだ?

 心当たりが多すぎてわからない……。


「ギルドラドン戦のこと……。あたし、途中でふっとばされちゃったでしょ? あのとき、すごくこわかったんだ。自分が傷つくことよりも、戻ってマサムネくんたちが死んじゃってたらどうしようって」

「ああ」


 そういえばそんなこともあったな。


「俺は気にしていないさ、ナル」

「……そ、そう?」

「ああ。屑カードを配置したのは俺だ。お前は自分のステータスとスキル通りの働きをした。それで負けたのなら、俺の失策だ」


 そう告げると、ナルは目を逸らす。


「……マサムネくんは、強いね」

「そうか?」

「うん、そんな風に考えられるなんて、すごいよ」


 そう言われてもな。

 俺は鼻の頭をかく。

 なんか、こういうシリアスな雰囲気は苦手だな。


「ねー、竜穿。マサムネくん、すごいよねー」


 ナルは自分の弓に話しかけていた。

 おかしなやつだ。


 そんなときである。

 ――遠方に黒い影が動いているのが見えた。


「ん……あれは……?」

「あっ、コボルトだね!」


 俺よりずっと目のいいナルが断言する。

 そうか、ようやく見つかったか。

 これなら夜になる前に帰れそうだ。


「オンリーカード・オープン! 【ダイヤル】!」


 俺はキキレアたちに連絡を取ると、身を伏せた。

 さて、あとはあいつらを待つだけだ、が。


 ……なんだ、コボルトがこちらに向かってくるぞ。

 しかも、その移動速度はかなり速い。


「見つかったか!」

「わわわ」


 コボルトは四足歩行になって、こっちに一直線に向かってきている。

 なんだよ、コボルトは臆病な生き物じゃなかったのか!


「リーダーがいるからだよ! 迎え撃たないと! 戦闘準備!」

「くそっ」


 ナルは早速弓を構えていた。

 そうして、開幕に一撃をぶっ放す。


「乾坤一擲! 一撃必殺! てー!」

「うおおおおお!」


 その矢はありえない軌道を描いて、俺の足元に突き刺さる。

 爆風のような衝撃が弾け、俺は地面を転がった。


「わああああごめんなさいいいいいいい!」

「慣れっこだぜ……」


 もう怒る気にもなれない。


 新品の装備を土だらけにして起き上がると、俺はバインダを開いた。

 さて、やってやろうじゃねえか、ギルドラドンからゲットした新カードだ。


「来い、オンリーカード! 【ライメイン】!」


 その瞬間である。

 ドォンという大地を揺るがすような巨大な音がした。

 驚いたコボルトたちは思わず立ち止まり、音の主を探す。

 だが、そんなものはいない。


 ――このカードは、ただ大きな音を発生させるだけのカードだからだ。


 コボルトどもの突撃が止まったな。


「【レイズアップ・ホール】!」


 次の瞬間、コボルトはまとめて穴に落ちてゆく。

 ホールをレイズアップすると、巨大な穴を発生させることができるようになる。

 これでさらに時間が稼げた


 だが、――全身からぐったりと力が抜けてゆく。

 今になっても、レイズアップのコストは重いのか。


 レイズアップ・スクリューをぶちかましてやろうと思ったが、難しそうだ。

 まあいい。あとはキキレアとジャックが来るのを待てば――。


 と、そのとき穴の中から跳躍してくる影がひとつ。

 周りのコボルトよりも一回り大きい。

 リーダーか!


 コボルトリーダーは四足でこちらに飛びかかってくる。

 その凶暴な瞳は真っ赤に染まり、俺を捕えて離さない。


「くっ!」


 俺はボーンロングソードを抜こうとするが、しかしうまくいかない。

 剣の修行なんて、ほとんどしていないからな!


 まごついている間に、コボルトリーダーは一瞬で距離をつめてきて。

 ――胸に、コボルトの剣が叩きつけられた。


 衝撃が走り、俺の体は後方に吹っ飛んだ。


「マサムネくん!」


 ――っ、いてえな……。


 鎧の上からだったのが助かった。斬撃はほとんど効果がない。

 しかし、代わりに衝撃が大きかった。

 息がつまる。


 早く、次の手を打たないと。

 そう思ったが、バインダは俺の手を離れて転がっていた。

 剣もない。

 再び本を召喚して、俺の一手は遅れた。


 コボルトの動きは機敏だった。

 すでに俺の眼前にまで、やってきている。


 コボルトリーダーは俺めがけて、剣を振りおろそうとしていた。

 なんだと。

 こんなところで、やられてしまうのか。

 おいおい、嘘だろう。


 そのときだ。

 ナルが俺の落とした剣を拾って、こちらに駆けてくるのが見えた。


「――マサムネくん! マサムネくん!」


 その必死の叫びに、コボルトリーダーは振り返る。

 だがお前、弓使いが剣なんて持って、どうするんだよ――と。


 その一瞬の出来事だった。


 ナルの剣が閃いた。

 ――コボルトリーダーはたった一撃で首を切り落とされていた。


「……え?」


 せき込みながら、俺はナルを見上げた。

 ナルは俺の足元にやってきて、くたりとしゃがみ込んだ。


「マサムネくん、大丈夫!? 生きている!? 平気!? 大丈夫!?」

「いや、それよりもお前、剣を……」

「えっ、あ、うん、なんか無意識で!」


 ナルはわたわたと手を動かして、そのまま剣を俺に差し出してくる。


「ご、ごめんなさい、血で汚しちゃいました!」

「いや、それが剣の使い方だから、いいんだが……」


 俺はボーンロングソードを受け取ると、まだ茫然とナルを見返す。


 穴に落ちたコボルトたちは、落とし穴から這い上がると次々と転身し、逃げ出していった。

 リーダーが倒されたからだろう。


 間もなくキキレアとジャックがやってきて、俺たちは町へと戻ることにした。

 九死に一生を得た気分だ。




「しかし、ナルルースさんが剣を使うだなんてねえ」


 ジャックは気楽に笑っている。

 戦わずに済んだからだろう。


「剣まで使えるなんて、妬ましいわ……」

「あはは……」


 キキレアに妬みを向けられて、ナルは控えめに笑っている。

 俺はその最中、ずっとあることを考えていた。


 町へと戻る手続きをキキレアとジャックに任せて、俺はナルを呼ぶ。


「なあ、ナル」

「な、なあに?」


 ナルはびくびくしていた。

 なにを言われるか、心当たりがあるのかもしれない。


 俺はつぶやく。


「お前、本当は剣を使えるんじゃないか?」

「えっ、そ、そそそそんなわけないじゃんー! あたしアーチャーだよー! 笑止千万だよ!」


 ナルは目を逸らした。

 やはりか。


 俺は顎を撫でる。


「別に黙っていたことは構わない。何度か命の危機にさらされたが、そのことを恨む思いもない。いや、少しぐらいはあるが、まあいい。あとで土下座をして金貨をよこせば許そう」

「結構恨んでいる!?」


 突っ込みを入れたあと、ああっ、とナルは頭を抱えた。

 引っかかったな。

 不器用なお前が俺に隠し事をできるわけがないだろ。


「それよりもだ。どうしてお前は黙っていたんだ。弓使いではなく、剣士ならばパーティーに引っ張りだこだろう? お前の身体能力ならば、もっともっと上を目指せるはずだ」

「え、ええっと……」


 ナルは手に抱えた竜穿を、助けを求めるように見つめる。

 ……まあ、なにか事情があるんだろうな。


 嘆息する。


「まあいいさ、あまり事情は追及しない。今回、助けてもらったしな」

「ご、ごめんなさい……」


 ナルは小さくなって頭を下げた。

 やれやれ……。


 

 と、そのとき――。


「いうにことかいて! わしのナルをいじめないでほしいんですけどー!」


 ……ん?


 甲高い声がして振り返ると、そこにいたのは、ひとりの幼女だった。

 緑色の長い髪をしていて、一見はエルフのようだが耳が尖っていない。

 衣装もなんだか古風で、まるで巫女だ。


 町の外にひとりで歩いている幼女というのも、なんだか不思議だな。

 珍獣感が漂っている。


「なんだお前」

「わああああああああああああああああ!」


 ナルが俺と幼女の間に割って入った。


「な、なんで出てきちゃったの!? あたしとふたりっきりのとき以外は、その姿になっちゃダメだって言っていたのに! 絶対厳禁!」

「じゃがなじゃがな、ナル! わしはもう我慢の限界じゃ! あまつさえナルに剣を使えだと!? そんなのだめじゃ! だめなのじゃー!」


 短い手足をバタバタと上下してわめく幼女。

 駄々っ子そのものである。


「ナルはずっとわしを使い続けるって、わしと一緒に天下を取るって誓ったのじゃ……。じゃからふたりはずっと一緒で……、一緒なのじゃー……」

「う、うん、ごめんね、ごめんね。そうだよね」


 困った顔で幼女をあやすナル。

 俺は首を傾げた。


「いきなり出てきてなんだか知らんが、奇妙な喋り方をしやがって、お前は何者だ?」


 怪しさ満点だぞ。

 すると幼女は嬉しそうに胸を張っていた。


「うむ! わしは!」


 幼女がナルを見上げる。

 ナルは諦めたように幼女を差し、つぶやいた。


「竜穿ちゃんです……」


 気づく。

 ――ナルが背負っていた弓がなくなっていた。



 いや、それも結構な衝撃だったんだが。


 それよりも、俺が目を奪われたのは――。

 その幼女は首から紐にくくった一枚のカードをぶら下げていた。


「お前、それ……」

「ん? なんじゃなんじゃ?」


 灰色のカードのその絵柄には、見覚えがある。


 ――これ、七枚集めると魔王を殺せるカードの、

 二枚目の【フィニッシャー】だろ。

 

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