第16話 「魔族を狩る者たち」
真夜中である。
『轟鳴のギルドラドン』の野営地は近くの空き地にあった。
欠けた月が輝く下、ギルドラドンは侵入者の気配に気づいて目を覚ます。
亜人族たちは真夜中だというのに、せわしなく駆けている。
ギガントドラゴン召喚の準備を整えているのだ。
「……ふうむ。なんだ、敵……という雰囲気ではないがな」
怪訝そうな顔をして髭を撫でるギルドラドン。
そんなときだ。
悪魔将軍の前に現れたのは、白衣の男だった。
頭には、花の冠をかぶっている。
「ぬふおあ!?」
驚いた。なんだこいつは。
すべてを慈しむような顔をしたその男は、両手を軽く広げていた。
「ギルドラドンよ……。去るのです……」
「な、なんだ貴様は!? その格好……、なんて、なんて安っぽい! まるでそこらへんの布屋で慌てて買ってきたシーツを繋ぎ合わせてローブっぽく見せかけたようだ!」
「去るのです! 【ピッカラ】!」
「うおうまぶしい!」
急に目を光らせたその男からわずかに後退する。
ギルドラドンは恐れを抱いていた。
なんだこの得体の知れない男は――。
「き、貴様はいったいなんなのだ!?」
その叫びに――。
男は目を光らせたまま、胸に手を当てて答える。
「私は神……」
「神だと!?」
ギルドラドンに大きくうなずき、そして両手を広げて言い放った。
「タンポポの神――タン・ポ・ポウ!」
「なんだとおおおおおおおおおおおおおおお!?」
ギルドラドンの巨大な叫び声が、夜空を引き裂いたのであった。
なぜこんなことになったのか、というと――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夜中の冒険者ギルド。俺たちは顔を突き合わせていた。
町の一大事だ。ギルド(の受付ババア)も快くここを貸してくれた。
ここには俺とキキレア、そしてナル(あとテーブルの上に猫ミエリ)がいた。
ジャックにも声をかけようと思ったが、やつは逃げたらしい。
あいつは本当に、どうしようもないやつだな……。
「悪いな、ナル。ここまで付き合ってくれて」
「ううん、そんなことないよ! あたしだってキティーのこと、絶対に守らなきゃって思っているし!」
どんと胸を張るナル。
いつの間にそんなに仲良くなったんだか。
彼女を物珍しそうに眺めるのは、キキレアだ。
「ね、ねえ、あなた……前から気になっていたんだけど、もしかしてその弓って、『竜穿」だったりする……?』
「お、よく知っているね! そうだよ、あたしの宝物!」
「うっわ……すご……」
ほう、有名なんだな。
キキレアは大口を広げていた。
「『竜穿』って、あの伝説の弓でしょ? あらゆるドラゴン族に五倍撃の特攻を持つっていう……。そんな子が、どうしてここで冒険者やっているの?」
「あたしはギガントドラゴンを倒しに来たんだよ。ひとりじゃどうしても勝てなくて、大ピンチになっちゃったんだけど、そんなときにこのマサムネくんが! あたしを助けてくれたの! あたしが今ここに生きているのは、マサムネくんのおかげなんだよ!」
ババーンと口で言いながら俺を褒め称えるナル。
キキレアは目を丸くしていた。
「へ、へえ……そうなの。け、結構、大したもんじゃないの、ふぅーん」
「俺を見直したか」
「妬ましい……」
「なんでだ!?」
キキレアの顔が闇に染まってゆく。
「きっとあなたたちには、華々しい未来があるんでしょうね……。ここからすごく強くなっていくんでしょうね……。私にもそういう時代があったのに、なのに私はなんで今こんな風に……。未来のある若者が妬ましい……」
「お前だって年変わらねえだろ」
「まあ17歳だけど……」
俺と同い年じゃねえか。
「ナルはいくつだ?」
「あたしは16歳だよ―」
「年下だったのか」
ちょっとした驚きだ。
そう思ったら、バカっぽい言動も許せなくは……。いや、そんなことはないな。
それはそうとしてだな。
キキレアは心配そうな顔をしていた。
「ねえ、本当に倒せるの? あのギルドラドンを……。言っておくけどあいつ、すごく強いわよ。攻撃力も防御力もトップクラス。素早さは多少劣るけれど。魔力だって高いし、並大抵の攻撃は通用しないわ。私の雷魔法でもなければ……」
だが、今はないんだろう、その魔法は。
ないものに頼っても仕方がない。
俺の頭が回転を始める。
となると……、決定打はあれだな……。
よし、決まった。
これにしよう。
「ナル、キキレア。今から言う作戦をよく聞いてくれ。」
――話し始めてから数分後。
ナルは目を輝かせ、キキレアは唖然としていた。
「すごい、すごいよ、マサムネくん!」
「え……それ、本当に実行できるの?」
俺は確信を持ってうなずく。
「できる。俺に任せておけ」
拳を握って立ち上がるナル。
「だったら、明日から準備をしないと」
「いや、今からだ」
『えっ!?』
ふたりの声が重なった。
当然だ。
一日経つごとにギガントドラゴンが増えるんだろ。
大型クリーチャーを召喚される前に、蹴りをつける。
夜襲だ。
準備を始めようと思ったそのとき、柱の陰からひとりの男が現れた。
銀髪をなびかせながら、彼は微笑む。
「お、おおおお困りのよよようだね……。ぼ、ぼぼぼぼぼぼ僕も手を貸そそそそそそうか」
俺はジャックの肩を掴んだ。
「よし、ジャックが来てくれた! お前がいれば作戦はより確実性を増すだろうな! ジャック、お前にはこの作戦の中核を任せる! ジャック、非常に危険な仕事だが、お前になら任せられるだろう! 僕らのジャック!」
「ありがとうジャックくん!」
「あなた、意外と勇気があるのね……」
「にゃーん」
「――え゛」
肩を掴んだ指に力を込める。
絶対に逃がさないからな、ジャック。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夜勤の門番に頭を下げて、俺たちは町を出た。
がっちゃんがっちゃんと音が鳴る。
ナルが身に着けている全身鎧だ。
「マサムネくーん、これなんなのー。おもいよー、おもいよおー」
「我慢しろ」
うへー、とため息をはき、ナルがヘルメットのフェイスカバーを開く。
だが、俺が即座にがしゃんと下ろした。
「あのー、マサムネさ、これ完全に作りかけだよね……」
「そうだな」
ジャックは短い剣を持っていた。
ドラゴンボーンソード……の作りかけである。
削った刀身をそのまま柄に差しただけの代物だ。
「マサムネ、あんたその格好……どういうことなの」
「俺は神だからな」
そして俺は頭から白衣をかぶっていた。
ローブだ。その上、頭には花の冠をつけている。
あまりにも怪しいご一行だ。
そりゃ門番も「え……え?」って感じで二度目してくるもんだよ。
「心配するな、お前たち。コントロールさえ任せてくれるなら、俺の作戦はうまくいく。なんたって俺は屑カード使いだからな」
微笑みながら親指を突き出すと、皆は不安そうな顔をしていた。
まあいいさ。すぐに俺が正しかったとわかるだろう、お前たちよ。
な、ミエリ。
「にゃぁん……」
なんでお前まで死を覚悟したような目をしているんだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そして、今に至る。
敵の駐屯地のど真ん中に、俺は単独で潜入していた。
さすがに足が震えてくる。
なにかひとつ間違えたら、命取りだ。
――だが、やりきってみせる。
「タンポポ神、だと……」
そんなギルドラドンの驚愕の声の残滓が、今も夜の闇に残っている。
俺はその声が完全に消えないうちに、一枚のカードを発動させた。
「……ああ、そうさ、【タンポポ】!」
ぽいん、と小さな音を立てて出現するタンポポ。
ギルドラドンの目が点になる。
「これは、まさしく、タンポポ……となるとお前が、ドレイクの言っていた、タンポポ神か……!?」
「ほう、彼を知っているのだね」
ドレイク……? ドレイクって誰だったか。
あ、あのトカゲ男か。
そんなやついたな。
「タンポポ神が世界をタンポポだらけにする旅を、阻んではならぬ」
「……くっ、確かにドレイクはお前にやられて、生死の境をさまよった挙句、魔王軍をやめて実家に帰ったと聞く……」
あいつそんなことになったのか。
なんかすまねえな。
でも、おかげでタンポポ神がやりやすくなったぜ。
伏線が活きたな(適当)。
「だが神よ! 我らがなにをしたのだ! 我らは人間と争っているのみ! 貴様の行く手を邪魔立てはしない!」
「いかぁぁぁああああああああああん!」
「!?」
俺の一喝に、ギルドラドンは目を見開いた。
「あの町……ホープタウンは、この私が次にタンポポを植えるためにやってきた場所なのだ。そこを荒らすというのなら、お前も敵になるだろう! 【タンポポ】!」
「な、なんだと……」
足元に生えたタンポポから慌てて飛びのくギルドラドン。
まるでそのタンポポが毒の花粉を放っているかのような挙動だ。
身長二メートルを超える武人が、タンポポ神の言葉に揺らいでいる。
俺が言うのもなんだが、――こいつはバカなんじゃないだろうか。
「だが、しかし、それが我らが魔族の務め……しかし、しかし……! 俺様も命は大事だ……! うぐぐぐぐぐぐ!」
俺が神であることを全く疑っていないよな。
大丈夫なのか。バカドラドン。
訪問販売で、高いツボとか買わされてないか。
思い悩むギルドラドンは、頭を抱えていた。
「ぐぐぐぐうううううううう、それもこれもすべてあの女、キキレアが悪いのだ……! なぜ俺様がこんなに悩まなければならないのだ! くそう、なんで神が日常的にこんなところを歩いているのだ! 納得がいかん、納得がいかああああああああああああん!」
その叫び声に、亜人族たちがゾロゾロと集まってきた。
ううむ、緊張する。
袋叩きにされたらおしまいだしな。
ギルドラドンも、頭の回線がパンクしそうだし。
これ以上は追い詰められないな。
……そろそろ、潮時かね。
「ならばわかった、ギルドラドンよ!」
「――!? なぜ俺様の名を!」
「お前も武人ならば、自らの言葉に従うがいい。【タンポポ】!」
ぴょこんと足元にタンポポが生える。別に意味はない。
「冒険者のパーティーをその力で粉砕し、打倒するのだ! キキレア・キキをここに呼び寄せてやろうぞ!」
「そ、そんなことができるのか!? タン・ポ・ポウ!」
「タンポポの力に不可能はない!」
俺が手を掲げると、周囲の魔族たちから拍手が巻き起こった。
そうだ、町を破壊するなんて、お前にとっても面倒だろう、ギルドラドン。
冒険者とタイマンで決着をつけられるのなら、それに越したことはあるまい。
さらに俺たちもこの言葉によって――、有象無象の雑魚を無視して、ボスと戦うことができるのだ。
誰もキキレアとギルドラドンの『一対一』なんて言ってないしな。
くくく。
「しばし待つがいい!」
ターンポポ! ターンポポ!の合唱が鳴りやまぬ中、俺は颯爽と茂みに入ってゆく。
しばらくゆくと、そこに隠れているキキレアたちと目が合った。
うなずく。
「準備は済んだ。向かおう」
俺は頭からご機嫌な花飾りをぽいと土に放ち、そして普段着に着替える。
そしてバインダを手に召喚し、みんなと歩き出す。
キキレアを先頭に、だ。
彼女の背中はわずかに震えていた。
俺がなにか声をかけるよりも先に、ミエリがそんな彼女の肩にぴょんと飛び乗る。
「にゃん」
「あら……慰めてくれるの? 猫ちゃん」
「あ、いいないいな、ミエリちゃんキティーに懐いちゃったんだね!」
「……ミエリ? この子、ミエリっていうの?」
きょとんとした後に、キキレアは微笑む。
「そっか、ミエリちゃん。ミエリちゃん、ね。うん、ありがとね、ミエリちゃん。私、頑張るわ」
そうして俺たちは駐屯地についた。
先頭に立つキキレアが、腰に手を当てて、叫ぶ。
「来てやったわよ! ギルドラドン!」
「あ、はい……、って、う、うわぁ! 人間だぁ!」
俺たちを迎えたのは、槍を抱えた小さなコボルトの兵士だった。
犬のような純粋な目を恐怖に染めて、俺たちを見上げている。
……ん?
「ギルドラドンは、どうした」
「だ、だ、大将軍は今、トイレにいったばかりでして……!」
「あ、そ……」
俺たち四人+猫一匹の前を、乾いた風が吹き抜ける。
夜の闇。人間に怯えるコボルトは俺たちに向かって、槍を突き出して叫ぶ。
「全軍、攻撃ぃいいいいいいいいいいい!」
『ええええええええええええええええええええええええええええええ!』
――この展開は読めなかった!
せっかく俺が! タンポポ神になって場を整えたというのに!
俺たちは野営地の中で、取り囲まれていた。
このままなし崩し的に戦いが始まるのか……?
そんなことには、させない……!
「いでよおおおお! 【パン】!」
俺たちとコボルトたちの間に、一個のコッペパンが出現する。
やるしかない!
「お前たち! 腹は減っていないか! 俺の力なら、いくらでも無限に【パン】を作り出すことができる! どうだ! このパン使いの作り出したパンは途方もなくおいしいぞ!」
だめだ! パンが踏み潰された!
突撃とまで言われて、俺の話を聞いたりはしないか! そうか!
「待てえええええええええええええええええええい!」
そのとき、叫び声が!
お前は! 俺たちのギルドラドン!
助けに来てくれたんだな!
「その勝負を引き受けたのは俺様だ! 貴様たち、俺様の顔に泥を塗る気か! 今すぐに槍を収めろ!」
なんて男気にあふれたやつだ……。
やばい、少し好きになっちゃいそうだぜ……。
「……ありがとうな、ギルドラドン」
「うむ。……うむ?」
改めて俺たちは武器を構える。
「そのお礼にぶっ殺してやるぜ! ギルドラドン!」
「お、おう」
ギルドラドンもまた、両腕を広げた。
「俺様は『轟鳴のギルドラドン』! 魔王軍の大将軍にして、七羅将のひとり! この鍛えつくされた拳と、肉体による最強の格闘技を味わいたい奴はかかってくるがいい! 人間よ! 俺様の無敵の肉体を崩す術は貴様たちにはあるはずが――」
なげえ!
「【ホール】!」
「ないのだグワハッハッハよって貴様たちは――うおおおおおおおおおお!?」
よし、落下した。
「ナル、ジャック、いけ!」
「任せて!」
「きええええええい!」
がしゃんがしゃんと全身鎧を揺らしながら走るナルと、奇声をあげながら走ってゆくジャック。
だが、その途中で勢いよくナルが転んだ。
「うわああ! これ、足元が見えないからああ!」
「え、あうああうあああ」
するとナルが隣からいなくなったことによって、ジャックもまた顔を青ざめて停止する。
お前はひとりでトイレにいけない女子中学生か!
そうこうしている間に、ギルドラドンが落とし穴から跳躍して出てくる。
ええい、さすが大将軍。ドレイクとは違うな。
「キキレア、いくぞ!」
「で、でも私、大した魔法は」
「ファイアーアローでいい!」
「――っ、灼熱の女神よ、その真紅の爪先を! ファイアーアロー!」
キキレアの手元で魔力が膨らむ。
タイミングを合わせて、俺もバインダを掲げた。
「オンリーカード! 【オイル】!」
銃の形にした俺の指先から黒い油が噴き出した。
それはファイアーアローと合わさって、その威力を倍増させながらギルドラドンの顔面に着弾した。
「うおおおおお!?」
よし、タイミングはぴったりだ。
だが、ギルドラドンはそんな魔法をモノともせずに突撃してきた。
まずはこいつだ。【へヴィ】!
「むっ、呪縛の類か! しゃらくさいわ!」
効いてないのか!
俺にギルドラドンの拳が迫る。
しかし――。
「危ない! ふたりとも!」
態勢を立て直したナルが戻ってきてくれた。
彼女のタックルをまともに浴びて、ギルドラドンは真横に吹き飛ぶ。
「ほう! アーマーナイトか! なかなかの体さばきだ!」
「違うよ! あたしはアーチャーだよ!」
「なるほど、アーチャーか……え? アーチャー? え?」
ギルドラドンが二度見してきた。
そう。そこの全身鎧を着て、背中にバカでかい弓を背負ったエルフは、間違いなくアーチャーです。
「な、なんの意味があるのがよくわからないが! この俺様のパンチの前にはすべてが無意味よ! 食らえ! ギルドラドンナックルぅ!」
その握り拳を一度は避けるナルだったが、しかし二度目はなかった。
彼女の鎧の上から、強烈な拳が叩きつけられる。
凄まじい音が響いた。
「な、ナルルースさん!」
ビビっていたジャックが叫ぶ。
だが――。
ナルはけろっとしていた。
「乾坤一擲! 盛者必衰! 我が弓に貫けぬモノ、なーし!」
その場で弓を立てて構えるナル。
――そう、かつてこいつは『生身』でギガントドラゴンに叩き潰されて、それでも傷一つなかった頑丈な体の持ち主なのだ。
『竜穿』を引くことができるこいつの身体能力は、バカみたいに高い。
どうせ遠距離から弓が当たらないなら、いっそのこと鎧を着せて接近戦をさせればいいのだ。
それが俺の屑カードを操る上での、第一のコンボ。
「ぐぬう! 至近距離からの弓か、考えたな! この距離では避けることはまず不可能か!」
ギルドラドンは慌てて飛びのいた。あっ、やばい。
直後、ナルは矢を放つ。
ねじ曲がった軌道を描く矢は、俺たちの戦いを見守っていたコボルトの大群の中心にどっかーん!と突き刺さった。
その距離では当てることはまず不可能なんだよな……。
泣きそうな顔でこっちを見つめるコボルトたちに、ナルは慌てて手を振る。
「ああっ! あたし! そんなつもりじゃ!」
「――貴様ぁ! 卑怯だぞ! 我が部下たちは関係がないだろう!」
「そんなつもりじゃないのー!!」
「そうだぞナル! お前が血に飢えているのはわかっているが今は真面目にやれ! 手加減をして勝てるような相手じゃないだぞ!」
「なんでマサムネくんまでそんなこと言うの!?」
決まっているだろ!
お前が屑カードだって悟られるわけにはいかないんだよ!
そして、ナルがギルドラドンの動きを止めているからこそ――。
「――ッ!」
「うぐっ!?」
真っ青な顔のシーフが、ギルドラドンの背中を十文字に切り裂いた。
ギルドラドンは驚きに目を見張り、振り返る。
「――俺様の皮を貫くとは! それは! ギガントドラゴンの骨で作った剣か! やはり貴様たちがギガントドラゴンを退治したのだな!」
「ひいっ!」
睨まれた途端、こいつはそのまま二十メートルぐらい後退をしてゆく。
今一瞬だけカッコいいと思ったんだが、やはりジャックはジャックか……。
だが、よし、この調子だ。
このままなら、いける。
前衛がアーチャーとシーフ、そして後衛が俺とウィッチというちょっと意味不明な布陣でも、十分に戦えるぞ。
戦術がうまくハマれば、どんな大型クリーチャー相手にだって、屑カードで戦えるんだ!
俺はそう思っていた。
しかし――。
「なるほど、そういうことか……。ならば俺様も、本気を出さなければならないだろう……」
そう言い、ギルドラドンは両手の拳を重ね合わせた。
いったいなにをやるのか、こいつは――。
そう思った次の瞬間だ。
「まずは貴様からだ!」
ギルドラドンは真っ先にナルに向かって駆け出してゆく。
しかし、拳の一撃をなんてことない顔で耐えたナルだ。自信満々に弓を構えて、ギルドラドンを迎え撃つ。
「かかってくるんだね! あたしの金城鉄壁! キミの鉄拳制裁なんかに破られるようなものじゃな――」
ギルドラドンは鈍重なナルを持ち上げた。
そしてそのまま、遥か彼方に――。
「そおおおおおおおおおおおおい!」
「えええええええええええええええええええええ!」
投げ飛ばされたあああああああああああ。
肩を回しながら、こちらを不敵な笑みでこちらを見やるギルドラドン。
「さあて、貴様たちの盾がいなくなったな」
こ、こいつ、なんて卑怯な奴だ――!
緻密な作戦だからこそ、たったひとつの予想外のアクシデントで崩壊してゆくものだ。
俺とキキレアは後ずさりする。
「あ、あんた、まだまだ打つ手はあるんでしょ……?」
「……あるとも」
さて、どうかな。
ここから先は、賭けになる。
俺は賭けを好まない。
なぜだか知らんが、俺の賭けは特別に勝率が低いからだ。
だが、やるしかないんだろうな。
このままじゃ勝てる確率は、ゼロパーセントだ。
「いくぞ、【レイズアップ――】」
「フンッ!」
ギルドラドンが思いきり地面を殴りつけると、ぐらついた俺の手元からバインダがこぼれる。――しまった。
再び手元に呼び寄せたときには、ギルドラドンが目の前にいた。
「グワッハッハッハ! 貴様の不思議な術はその本で使うのだろう! ならば、これでどうだ!」
このままじゃ、殴られて死ぬ。
うおおおおお、輝け俺の【ラッセル】!
慌てて間一髪でかわした。
だがその拳の風圧だけで、俺は数メートルも吹き飛ばされた。
なんだこいつ、やべえな……。
拳圧で、シャツが切れている。
今さらながら凄まじい相手と戦っていたんだという恐怖が、背筋をのぼってゆく。
くっそう。
俺は本当にこいつに、勝てるのか……?
死のイメージが頭の中に付きまとう。
そんなときだ、キキレアが俺の前に立った。
「もうやめて! ギルドラドン! あなたの相手は私のはずでしょう! ここから先は私が一対一で戦うわ!」
おい、待て。
なにを衝動的に叫んでいる。
そんな話はしていなかっただろう。
「だからこの人たちは見逃してよ! ねえ、いいじゃない! ギルドラドン! あなたは戦士でしょ!」
「ほほう」
ギルドラドンは感心したように声をあげた。
ふざけるな、そんな話はしていない。
キキレアは俺を振り返って、ひきつった顔で笑う。
「ありがとね……。あんたの作ったパン、おいしかったわ。たった一日だけの縁で、ここまで付き合ってくれて、本当にありがとうございます。立派な冒険者になってね」
「……」
俺は拳を握り締める。
そうだ、確かにたった一日だけの縁だ。
ゴブリン退治の帰りにこいつを拾って、ただそれだけだ。
命さえ懸ける理由はない、な。
「わああああああああああ!」
「ムッ――」
叫び声をあげながら斬りかかっていったのは、ジャックだった。
相変わらず背中からという汚い戦法だったが、しかしギルドラドンはさらりと身をかわす。
「逃げたんじゃなかったのか、お前……」
「ぼ、ぼ、ぼ、僕には! 許せないことがふたつだけ! ある!」
ジャックは震えながら、ギルドラドンを睨んでいた。
「それは! 僕の明日が見えなくなることと! そして、――誰かの明日が見えなくなっちゃうこと、だ! だから、ぼくは、ここで、たたか、たたた、たたたた……」
泣きながら叫んでもかっこつかねえよ、お前。
やれやれ。
俺は頭をかきながら、立ち上がった。
「……なんで逃げねえんだよ、ジャック」
「こわいけど! こわいけどー!」
締まらねえやつだな、まったく。
そんな風に、衝動的に行動しやがって……。
ギルドラドンの拳を低い態勢で避けるジャックは、返す剣でその腹を裂いた。わずかに血が飛ぶ。
その間もずっと涙を流し続けていた。
「ううううう、前が見にくいよおおおおおおおおお!」
「だったら逃げりゃよかっただろ……」
「もうそれ言わないで! 逃げちゃいそうだから! もう必死だから! すっごい必死だから今! そういうこと言わないで!」
こいつ……。
まったく。
「お前が逃げなかったらな、――俺も逃げられねえだろうが!」
俺がバインダを掲げた、そのときだった。
天から光が、舞い降りた――。
『異界の覇王よ――。其方の仲間を想う心に、新たなる力が覚醒めるであろう』
誰が仲間を想う心だ、誰が。
別にそんなんじゃねえよ。
キキレアを助けようと思ったのは、タダで魔法を教えてもらうためだ。
この戦いは俺にとって、命を懸けるほどのものではなかった。
勝てると思っていたんだ。
だから、それ以上でもそれ以下でもない。勘違いするな。
だが、もらえるモンはありがたくもらっておくよ。
「なんだこの凄まじい魔力は――!? ぐっ」
ギルドラドンがよそ見をした瞬間、その頬に赤い線が走る。
ジャック、頑張っているな。
だったら、俺もだ。
俺は降りてきたカードを掴みとり、そして絵柄を確認する。
ん。
これなら、――知っている。
「キキレア」
「な、なに?」
「俺の合図に合わせて、めいっぱいのファイアーアローを使え。掛け声は、オープンだ」
「わ、わかったわ!」
俺はバインダから【オイル】と、そして【スクリュー】を取り出した。
二枚のカードと、さらにもう一枚のカードを引き抜く。
今手に入れたばかりの俺の力。
放つぜ。
「オープン! オンリーカード!」
「っ、ファイアーアロー!」
火の矢が軌道を描く。
ここからだ。
「先ほどからそのような低級魔法ばかり! この俺様を愚弄しているのか、キキレア――!」
腰だめに構えたギルドラドンに向けて、俺はカードを発動させる。
全身から魔力が吸い取られる。目の前が暗くなってきた。
だが、まだだ。
まだ気絶するわけにはいかない。
耐えるんだ。
――よし。
「いけ! これが俺の決定技だ!」
――ここに【レイズアップ】も、乗せる!
「【レイズアップ・『ダブル』・オイル&スクリュー】!」
直後、俺の手のひらから大量の黒い液体が噴射された。
それは凄まじい速度でファイアーアローを追い越し、そしてその炎を数倍、いや――数十倍にまで膨れ上がらせた。
「ぬあ?」
「お前ら伏せろ!」
ギルドラドンの顔面に吸い込まれた次の瞬間、炎は着弾する。
辺りを吹き飛ばすような巨大な爆発が巻き起こった。
炎の風は周囲をなぎ倒し、さらにコボルトたちを吹き飛ばしてゆく。
召喚術の準備も、テントも、根こそぎ倒されていった。
――【ダブル】。
それはふたつのカードを一枚に融合する力を持つ、オンリーキングダムのカードであった。
「……や、やったのかい?」
「ジャック、それを言うな!」
「え?」
黒煙が晴れると、焼け焦げた魔族の体が見えた。
――だが、やっぱり生きてやがる。
「貴様たち……、まさか、最後にあんな切り札を用意しているとは、ぬかったわ……」
ギルドラドンの目は怒りに燃えていた。
くっ、今のでもダメなのか……。
「キキレア、貴様は雷魔法だけの使い手だと思っていたが、まさかあのような高等の炎魔法を使いこなすとはな……」
「えっ? あっ、ああ、そ、そうね!」
なにが、そうね、だよ。
くっそ。
俺はその場に尻餅をついていた。
もう魔力がすっからかんだ。
今のが本当に切り札だったんだけどな。
だが歩こうとして、ギルドラドンもまた、その場にひざまずいた。
いや、効いているんだ、確かに。
それでもまだこいつは、なにかを隠し持っているような顔をしている。
いったいなんだっていうんだ……。
そこに――。
『おおおおい! お前たちいいいいいいいいい!』
「……ん?」
皆が振り向いた。
そこには、金属鎧を着たナルを先頭に、大量の冒険者たちがいた!
お、お前たち……。
どうしてここに。
「ぼ、僕がお願いしたんだ」
「……誰にも声をかけることができなくてビビってたジャックが?」
「う、うん……。だって、怖かったから! 少しでも助けがほしかったから!」
「その結果がこれか……」
ああ、魔力の枯渇で頭がガンガン鳴る。
しかし、すげえ数の冒険者がいるな。
百人ぐらいいるんじゃないだろうか。
「俺たちはギガントドラゴンにどうしようもできなかった!」
「だから、今度こそ自分たちの町は、自分たちで守ろうって思ってね!」
「S級冒険者さまだけに任せちゃダメだからー!」
「さあ、かかってこい、魔王軍め! 俺たちの兄貴のゴルムさんが相手になるぜ!」
「俺かよ!?」
これだけの数の冒険者がいれば。さすがにもう大丈夫だろう。
ギルドラドンは今にも倒れそうだ。
そう楽観視したいところだがな――。
ギルドラドンはまだ笑っているんだ。
嫌な予感がする。
「俺様にこの手を使わせるとはな! 相手の数が増えれば増えるほど、好都合! この魔王七羅将のひとり、『轟鳴のギルドラドン』の名の意味をとくと味わうがいい――!」
こいつは両手を広げた。
まずい――。
「――大範囲魔法が来るのか!」
『ええええええええええええええええええええええ』
みんなが叫んだ。
蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく。
――だが、ギルドラドンはもう詠唱に入っていた。
「脈々と受け継がれし聖なる鉄槌! この世のあらゆる魔を滅し、灰燼と化せ、穢れなき雷! 此処に! 我が腕に出でよ!」
やべえ、すげえ強そう。
キキレアが目を見張る。
「あの魔法は!」
「え」
「発動すればこの一帯が消し飛ぶわよ!」
「ええええええええ!」
そして、ギルドラドンは森中に響き渡るような怒鳴り声をあげた。
「これが俺様の奥の手だ! ――インディグネイション!!!!」
その指先は、俺たちを指して止まる。
……。
……。
……ん?
「……発動すれば、だけど……」
「……」
……。
……。
「――え!?」
ギルドラドンは己の手のひらを見下ろした。
「なぜ!? なぜだ! 俺様の、この『轟鳴』の名を持つ俺様の雷魔法が、発動しない!? ばかな! なぜだ! 毎日ミエリさまにお祈りも捧げているのに! どうして!」
「……」
俺とキキレアは顔を見合わせた。
そうして互いにうなずく。
『突撃――――――!』
「ぎゃああああああああああああああああああああ!」
雪崩のように突っ込んでいった冒険者が、
なにもかもを轢き殺していった。
――俺たちの勝利だ。
「俺様は、もともと、魔法使いで……。体を鍛えるために毎日、腕立て伏せを続けていったんだ……。その結果、ここまで強くなって……だが、だからといって、魔法が使えなくなっては意味がないではないか……」
雷魔法信仰の悲しき犠牲者が、ここにもいた。
ぷすぷすと焦げたり、全身に矢が刺さったり、ひどいことになっているギルドラドンが横たわりながらつぶやいている。
そうか、お前頑張ってすごいマッチョになったんだな……。
すべてはミエリを恨むがいい。
コボルトや亜人族たちは、大将軍がやられたことで、あっさりと逃げ出した。
乱戦になったところで、これだけの冒険者がいたら勝てたかもしれないが。
だが、こちらに被害がなくてよかった。
ギルドラドンはうめく。
「だが、不思議な力を使う貴様よ……。その力は、いずれ魔王さまを脅かすであろう……。覚悟しておけ、われらが七羅将、そうやすやすと負けはせんぞ……」
「……あ、ああ」
ギルドラドン。知能指数はともかく、強かったな。
その言葉を最期に、がたっと崩れ落ちるギルドラドン。
次の瞬間――。
その体から三つの光があふれて、俺のバインダに収まった。
「お……。」
新たなるカードが、三つも同時に手に入ったか。
さすが魔王軍の強敵だな。
いやはや。
ダブルとレイズアップの同時使用はキツかった。
「マサムネ」
「ん」
俺に、キキレアが手を伸ばした。
その目はなぜだか潤んでいて、真っ赤に染まっている。
「本当にありがとう、マサムネ」
「いやあ」
俺は頭をかいて、そっぽを向いた。
妙に気恥ずかしい。
別に、大したことをしたつもりはないが。
胸の奥がふわふわしている。
だから――。
「気にするな。――すべて俺の予定通りになっただけだ」
俺はそう言って、そして大の字に寝転がったのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌々日、改めてキキレアに魔法を教わろうとした俺は、しかしすぐに呆れられることになる。
「あんた、だめかも……すごく、魔法の才能ないかも……。こんなに才能がない人、見たことないかも……これはさすがに妬ましくないわね……」
「なんだと!」
あれほどがんばったのに!?
なんてことだ……。
俺の夢が、一個潰されてしまった。
――ちくしょう、明日が見えない!
――
今回で二章はおしまいです。
明日から第三章となります。
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