第101話 「キキレア・キキ」
「うおー! 出てこいやー!」
「ッスゾオラー!」
「ニンゲンー! しねー! おらー!」
ドンドンガンガンドンドンガンガン!!
俺は石造りの小部屋に逃げ込んでいた。ドアを【グリス】で接着して時間を稼いでいるのだが、そろそろ破られそうな気がする!
藤井正宗、いきなりの大ピンチである。
ええい、このままじゃ死を待つだけだ。現れろ【ゴーレム】! ドアをぶっ壊してあっち側にいる魔物を押し込んでいけー!
「うおおおー! なんか急にゴーレムが!」
「こいつ召喚士か!」
「そいつは予測してなかったー!」
「あっ、ニンゲンが逃げるぞ!」
魔物の群れの横を駆け抜けて、俺は階段の上を目指す。下から追いかけてくるやつらはいったい何匹いるんだ! 三十匹ぐらいいるんじゃないか!? やめてくれよ! 俺みたいな弱そうなやつに構っているんじゃない!
「ええい! 食らえ! 【イッス】【イッス】【イッス】【イッス】!」
俺は上からゴロゴロと椅子を転がす。さらに【イッス】を連打してバリケードを作った。その上、先頭の魔物に【ニードル】を打ち込んで麻痺させる。俺は絶対に逃げ切ってやるぞ! 逃げ切って魔王のいる場所にたどり着くんだ!
「あっ、おい! 待てゴラ!」
「ニンゲンコロス! ニンゲンコロス!」
「乗り込んできたのはテメェだろうが! 戦えやー!」
「ッスゾオラー!」
知ったことか!
俺はさらに上の階に到着する。辺りには無骨な石造りの廊下が広がっている。ええい、どこにいけばいいのかわからん! 魔王城、複雑すぎんだろ!
外敵の侵入を防ぐために複雑な作りになっているんだろうけどさあ! せめて死屍累々とかだったらその死体のあとを追いかけてゆくとかそういうことができそうなのに、それもねえし!
俺は焦っていた。そこらへんに魔王がいればいいのだが、そうもいくまい。タンポポ神の振りをして魔王の居場所をそこらへんのやつから聞き出すか? でもバレたら逆に殺されるからな……。
「ああもう、どこ行きゃいいんだよ!」
俺はうめく。いや、考えろ、考えるんだ! 俺は元慎重で元冷静な男、マサムネ。魔王城で魔王がいそうなところだ。
……そうだな、きっと上だ、よし、上だろう。玉座の間といったら上にあるのがセオリーだ。そうに違いない。
決めた。俺は外に出て【ホバー】で上に向かうとしようじゃないか。
中からチマチマいくより、そっちのほうが安全で確実だろう。そうと決まったらと、俺は窓を探す。
窓はすぐに見つかった。俺は【イッス】を使って窓を叩き割ると、その窓枠に足をかけた。
悪いな。魔物たち。俺はショートカットさせてもらうぜ。賢く生きるのがこの世界を生き延びるコツなのさ。ふふふ。
そう思って窓の外を見ると、数メートル離れた位置に羽の生えた魔物がいた。獅子の体に大鷲の頭を持つ怪物、グリフォンだ。体長三メートルぐらいあって『趣味は人間を生で丸かじりすることです』とでも言いそうな顔をしていた。すごい強そうだ。目が合った。
「ギャギャ?」
「あ、はい」
すみません、人違いでした。
外は安全ではなかったようだ。
俺は静かに窓を閉め――ようとしたのだが。
「――よっ、と!」
上空から、なにものかが降ってきた。
「ギャギャギャ!?」
「は!?」
空から女の子だ。そんなファンタジーな。
その女はグリフォンの頭を踏んで、なんとかこちらへと飛び移ろうとしているが、しかしあと一歩届かない。女の子の表情は悔しそうに歪む。このままでは地上に落下する――。
瞬間、俺は窓の外へと跳んだ。
「おい、捕まれ!」
「えっ!? はっ!?」
ローブを翻しながら、彼女はこちらに向かって手を伸ばす。俺の顔を見て目を見開いた。キキレアだった。
だがそこに先ほど踏んづけたグリフォンとは違うグリフォンが強襲してきた。グリフォンはその鋭いくちばしでキキレアを刺し殺そうと迫る。
「危ねえ!」
「っ!」
キキレアは空中で方向転換し、そちらに杖を向けた。
「ったく、鬱陶しいのよ! ファイアーボール!」
「ギャギャー!?」
「迎撃すんのはいいけどな!」
俺はキキレアを抱きとめ、とっさに【レイズアップ・ホバー】を使用した。ひい、下をみるとここって結構高くね!? いつの間にかビルの五階ぐらいの高さなんだけど! 落ちたら死ぬんだけど!
「グリフォンに殺されるぐらいなら、落下して死ぬわ!」
「どっちも大してかわんねえよ!」
俺はゆるやかに上昇を始める。キキレアとふたり分の体重を支えるには、ちっと出力が足りないな。それでも上空によろよろと昇っていっている。
うめく。
「くっそう、結構重いな、お前」
「は!? 言っとくけど装備の分だからね!?」
「わかったわかった、そういうことにしといてやるよ。で、なんだ? 飛び降り願望でもあったのか?」
キキレアは顔を歪めた。
「室内でナルが弓をぶっ放したから、床が抜けて私だけ外に投げ出されたのよ! あんたちゃんとナルに首輪つけておきなさいよね!」
「お前のパーティーメンバーでもあるんだぞ! お前が甘やかしていたからナルがあんな風になったんだろうが!」
「人の娘みたいに言わないでくんない!?」
ぎゃあぎゃあとわめきあう俺たちに、再びグリフォンが突っ込んできた。
「ちょ、あんた、もうちょっと早く上昇しなさいよ!」
「【ホバー】に無茶言うな! 本来はただの浮くだけのカードなんだぞ!」
「ああもう、ファイアボール! ファイアボール!」
「おい、上から来るぞ!」
「ファイアーボール!」
「次は左斜め下!」
「ファイアーボール!」
「右斜め上七五度だ!」
「ファイアーボール! ってああもう! 私はあんたのファイアーボール射出装置か!」
キキレアがたまりかねたように叫ぶ。っていうか気づけば俺たちグリフォンに囲まれているんですけど!
四方八方からグリフォンが飛びかかってくる。空中という檻に投げ出された生肉か、俺たちは。
炎耐性があるのか、はたまた魔法に強いのか、単純に耐久値が高いのか、グリフォンたちの数はなかなか減らない。くそう!
「なんだよ! 外とか逃げ場ねえじゃねえか! 誰だよ外から上にいこうとか言い出したやつはよお!」
「知らないわよ! 私はナルの巻き添えで落ちてきただけなんだから!」
俺は力を振り絞って上を目指す。グリフォンの群れが『餌だ餌だ』という目で俺たちを追いかけてきた。いいぜ、そうだどんどん来いよ。人間様の知恵を見せてやるよ。
よし、ここだな。
「キキレア! いったん、【ホバー】を解除するぞ!」
「は!? あんた飛び降り願望でもあるの!?」
「ねえよ! 行くぞ!」
鈴なりになって追いかけてくるグリフォンたちが一直線に並んだ。その瞬間に俺は【ホバー】を解除した。
「捕まってろよ、キキレア!」
キキレアをギュッと前から片手で抱き締める。「ちょっ、ばっ」とキキレアが顔を赤らめるが構わず、俺はバインダを開いた。
「いくぞ、オンリーカード・オープン! 【ヘヴィ】!」
俺とキキレアに荷重がかかる。景色が目まぐるしく変わる。唐突のフリーフォールだ。だが重力は敵ではない。俺の圧倒的な味方だ。振り回されるだけのキキレアには申し訳ないがな!
俺はバインダを放り投げるとドラゴンボーンソードを引き抜いた。
「いっくぜえええええ!」
「きゃあああああああ!」
上昇から一転、信じられない速度で急降下を始めた俺たちの動きに対応できず、グリフォンたちは戸惑っている。よし、今だ!
こいつが俺の決定打さ!
俺は渾身の力でドラゴンボーンソードを振り下ろす。体重に【ヘヴィ】を加えて、さらにグリフォンの勢いを利用した大技だ。
先頭のグリフォンの頭にドラゴンボーンソードを突き刺す。その一撃でグリフォンは絶命した。すると後ろのグリフォンたちが次々と先頭のグリフォンにぶつかってゆく。グリフォンは眩暈を起こして、次々と地上に落下していった。
剣を引き抜きながら、俺は再び【レイズアップ・ホバー】を唱えた。グリフォンを蹴って跳躍する。あばよ、グリフォン!
グリフォンたちはもう追ってこなかった。俺とキキレアは無事、外壁の崩壊した上階へと転がり込むことができたのだ。
「はあ、はあ、はあ……」
「あ、あんた、無茶するわね……!」
俺は魔王城の中で大の字になって寝転んでいた。キキレアもまた胸を押さえて荒い息をついている。
「無茶したくてしているわけじゃねえよ……、俺だって平穏無事に生きられたら、それがなによりだよ……」
その言葉に、キキレアは小さなつぶやきを返してきた。
「だったらこんなところに来なければよかったでしょうが……」
俺はむくりと起き上がった。キキレアがちょっとだけ後ずさりする。
「な、なに?」
「なあ、キキレア」
「……な、なによ」
俺はキキレアを見つめて、言った。もう迷うことはない。
「手紙ありがとう。嬉しかった。愛しているよ、キキレア」
キキレアが目を見開いた。
「あ、あ、あ、あんた……、それ……」
そうさ、俺は今度こそ悔いがないように生きるんだ。キキレアが俺のことを許してくれるのなら、今度こそ。ま、少しばかり気づくのが遅かったけどさ。
キキレアの顔が徐々に赤く染まってゆく。見開いた目に涙が浮かんできた。俺は彼女の頭を撫でながら、しっかりとうなずいた。
「だから、キキレア。この魔王退治が終わったら」
「う、うん」
キキレアはなにかを期待するような目で俺をじっと見上げている。
俺は親指を立てた。
「頼む、キキレア。俺のハーレムメンバーになってくれ。今度は冗談じゃない。本気だ。心の底から本気で言っているんだ!」
「なお悪いわ!」
キキレアに殴られた。不本意である。
「まったく、なんなのよ、あんたは……!」
俺を殴った後、キキレアは自分の拳を撫でながらため息をついた。
「都合よく現れて私を助けてくれたから、ちょっとは、ちょっと私だって……それなのに、もう、あんたってやつは……」
バカを見るような目で、俺を睨んでくる。
「そんなことを言うために、ここまで来たの……? だいたい、なんで私なのよ。他にも性格がよくてかわいい子なんて、いくらでもいるでしょ」
「いたとしても」
俺はキキレアの手を握る。
「俺にはお前がいいんだ、キキレア。お前がいないと嫌だ、キキレア」
「……それで口説くセリフが、『俺のハーレムメンバーになってくれ』なの?」
キキレアが半眼で俺を見つめてくるが、物怖じせずにうなずく。
「俺は本気だ。何度断られても絶対にお前を俺のハーレムメンバーに加えるんだ。俺はそう決めたんだ」
彼女は心の底からため息をついた。赤らんだ頬を隠すようにそっぽを向いて、小さくつぶやく。
「まったく、なんで私はこんなのが……、まったくもう……、まったくも~~~……」
そのときだ。
キキレアの胸の中から、一枚のカードがスッとこぼれた。
俺の目を見ないで、キキレアはうつむきながら言った。
「……あんたが魔王を倒して、私の名を世界に轟かせてくれたら、ね。そしたら考えてあげてもいいわ」
「ああ、それでいいさ」
キキレアは最後までうなずかなかったが、しかしカードがすべてを物語っていた。彼女は俺を受け入れてくれたのだ。
その胸から零れたカードの名は【フェイス】。俺はこうして新たなるカードを手に入れて――。
――そしてハーレムメンバーのひとり目を確保したのだ。
やったぜ!




