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崎裏町の怪異  作者: 齊藤
三枝教諭
13/18

崎裏町とサヤ

崎裏(さきうら)町は歴史が浅い。 一九七〇年代に大規模に造成するまでは五件ほどの世帯しかなく、行政区画としては四崎(よつさき)町の一部として扱われていたのだという。 市の人口増大を見越しておよそ四百世帯分の土地を確保してひとつの町として成立させたという経緯がある。 崎裏(さきうら)という町名は元々あった地名で、おそらく四崎(よつさき)の裏側の土地という意味だろう。

そんなわけで、崎裏(さきうら)町には田畑が全くない。 しかし、宅地と森が(まだら)になっている区画配置のせいもあって田舎っぽさは感じられる。

元から崎裏(さきうら)に住んでいた五世帯のうちのひとつが我が家であり、祖父は落日(らくじつ)峠の頂上にある夕日(ゆうひ)神社で神職を(つと)めていたそうだ。 四崎(よつさき)町の側から見て夕日が沈む方向にあったので夕日(ゆうひ)神社という名前らしい。 おそらく落日(らくじつ)峠という名前も同じ理由だろう。

夕日(ゆうひ)神社に住居が併設されていないのは、夕日(ゆうひ)神社に(まつ)られている神が山や森を司どるものなので、峠を(のぼ)ること自体が一種の神事であるとされているためだ。 我が家が落日(らくじつ)峠の(ふもと)にあるのはそういう事情だ。 父は神職を継がなかったので、祖父が亡くなった後は四崎(よつさき)町にある別の神社の宮司が兼任する形で夕日(ゆうひ)神社を管理している。 全国神社の数に比べて神職の数は少なく、平均すると神職ひとりあたり四社程度の管理をしていると聞いたことがある。

神職の家系としての役割は祖父を最後として終えたとは()え、記録が消えるわけではない。 先祖の名前を戦国時代の中頃まで(さかのぼ)ることが出来る家系図が残されている。 記録が有ろうと無かろうと誰にだって先祖はいるのだから家系を誇るわけではないが、この崎裏(さきうら)という土地と自分が強い因縁で結ばれていると、非論理的な思いが頭をよぎる。

夕日(ゆうひ)神社の小さな社殿が自分の系譜の象徴のように思えていたので、神社の敷地内でもある落日(らくじつ)峠で殺人事件があったかもしれないというのはその系譜に汚点を残すかのようで不快感を感じる。

落日(らくじつ)峠で殺すとまずいのなら、どうして落日(らくじつ)峠で殺したのだ。 衝動的な殺人だったのか、あるいは突発的な事故か。

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