□ ファースト・バトル
ラスティが降り立ったのは、小学校の屋上だった。
四階建ての校舎の頂上で、少年は使用済みのパラシュートを切り離す。本来なら地上から徐々に制圧したいところなのだが、不用意に校庭に降り立ってゾンビに囲まれるよりもマシと思い、少年は屋上に足を踏み下ろした。救助者をヘリに収容することを考えても、まず屋上を確保するメリットは十分だろう。
とはいえ、周辺の濃い闇と同調するように、屋上もまた不気味なほど静かだった。幸いにも屋上にはゾンビの姿は無く、少年は周囲の安全を確認した後、屋上から校舎内部へと繋がる灰色のドアへと手をかけた――その時だった。
「グオオオオオッ!」
という人間の声とはかけ離れた叫びと共に、ドアが内部から派手に突き破られる。そして、そのドアがまるで大砲のような勢いで少年に向かってきた。
「マジかよっ!」
とっさに少年はドアを腕で払いのけて難を逃れたが、すぐさまゾンビが立て続けのような形で襲い掛かってくる。ボロボロの衣服に、ところどころ腐った体、白目をむいた眼球。もともとは人間だった生物とはいえ、その魂は生前のものから遠くかけ離れている。だが、こと戦闘力に関してはベースとなった人間よりも遥かに高い能力を保持している。その理由の一つが、不自然に発達した爪だ。ゾンビとなった人間の爪は、十五センチほどの長さにまで不自然に発達し、ナイフと鉤爪を合わせたような鋭い刃物へと変貌する。
「グオオオッ!」
ゾンビは右腕を高く振り上げ、勢い良く少年の頭めがけてその爪を振り下ろす。まともに食らえば命は無い。しかし、
「ハッ!」
「!?」
ラスティは、振り下ろされたゾンビの右腕を抱え込み、そのまま一本背負いを見舞った。ゾンビは地面と水平に飛びながら、落下防止用のフェンスへと派手な音を立てて突っ込む。
「グオ……オオオ……」
だが、ゾンビはフラフラしながらも体を起こすと、またしても○○に向かって突っ込んでくる。今度はその爪を突き伸ばして少年の心臓を狙ってきた。
――ザシュ!
という人の肉が裂ける音と共に鮮血が飛び散る。鋭い爪は確かに心臓を捉えた。しかし、
「惜しかったな」
心臓を捉えたのは、ゾンビの爪ではなく、それと同じように鋭く伸びたラスティの爪だった。ラスティは、ゾンビの爪を数センチでかわした後、ボクシングで言うクロスカウンターのように腕を交差させ、自らの爪をゾンビの心臓に叩き込んだ。鮮血が黒いスニーキングスーツを染めると、
「ウ……ゴ……」
ゾンビは小さく断末魔の声を上げて床に伏した。灰色のコンクリートに血だまりができ、心臓から引き抜いた少年の爪には、乾き切らない血がベットリと付いていた。
「悪いな。その爪はお前だけの専売特許ってわけじゃないんだ」
したたるゾンビの血を舌で舐め取った後、少年の爪は普通の人間の長さへと戻る。いや、本人としては元に戻したと言ったほうが感覚的には近い。これがゾンビキラーである少年の持つ能力の一つである。