リバース!
chapter1:phantom of the past‐過去の幻影‐
部屋の中に悲痛な悲鳴がひびく。
「うわあぁぁぁん。いやだあぁぁ。やめてよおぉぉぉ。」
泣いているのは、夜明け前の空を写したような碧い髪と、海に落ちた木の葉の影のように透き通った緑の瞳をもつ9歳ごろの男の子だった。その容姿は女の子と見紛うほど可愛い。
「うふふ。ケイさまは凄く可愛いですねぇ。」
うしろからそんな男の子を抱きすくめるのは、金色の髪に琥珀の瞳をもつティーンエイジの少女。その顔は興奮で真っ赤に染まり、整った顔が残念に見えるぐらいの満面の笑顔を浮かべている。
「はぁはぁ、ケイさま可愛いよ。まるで天使だよ。」
紅潮した頬のまま危ない言葉をつぶやく少女。
「もう、舐めちゃいたいくらい。いや、舐める!」
ぺろぺろぺろ
少女は極めて危険な顔のまま少年の顔に舌をはわし、危ない薬を舐めたみたいにトリップした顔を見せる。あらゆる意味で末期だ。少年の方はあまりの恐怖に、ガクガク震え悲鳴すらあげられないでいる。
そんな少年を助けるものはおらず、少女はひたすら荒い息をつきか弱い少年の瞼や顎や頬に舌を這わす。
「ああー、ケイさまなんでそんなに可愛いんだー!最高だよー!」
これはそんないろんな意味で可哀想な場面からはじまる物語。
chapter2:go slow‐いきおくれ‐
「もうやだー。」
ラヴェルニカは机の前でぐでーっとその身を投げ出した。
「お行儀わるいですよ、ラヴェルニカさま。」
その姿を見て侍女のマイカがすぐに注意する。それにラヴェルニカは口を尖らせて答える。
「だってー、またお見合いしろっていうのよ。」
「当り前です。公爵家の令嬢が、二十歳を越えても結婚どころか浮いた話ひとつないなんて緊急事態です。」
恋愛話にはとんと縁がないラヴェルニカだが、別に不細工なわけではない。金色の髪に、くりくりの琥珀色の瞳、雪のような白い肌。可愛くてお人形さんみたいと呼ばれる容姿は、貴族の間でも評判が高い。なのに何故この歳まで相手がいないのか。
「だって素敵な人がいないんだもん。」
「素敵な人って素晴らしい人ばかりだったじゃないですか。王族の血を引く宮廷一番の楽師に、若くして騎士団を束ねるカリスマ騎士団長、将来の宰相候補の殿下の側近。どなたも容姿、性格、家柄どれをとっても申し分のない方でした。」
「えー、あんなのやだ。」
「何故ですか?」
「だってでっかくてごつくて全然可愛くないんだもん。ていうか怖い。」
「では、どんなの方がよろしいのですか?」
「ちっちゃくて可愛い10歳以下の美少年。」
「犯罪です…。犯罪者がいます…。」
真顔で言い放つラヴェルニカに、顔を暗くして額を押さえる侍女。
そこにバンッと扉が開かれ、涙で濡らした目をハンカチで拭う妙齢の女性が現れる。
「いいのよ。その子をショタコンに育ててしまったのは私の罪。全部わたくしが悪いの。」
誰であろう。ラヴェルニカの母、マルニカである。
「ショタコンってまるで変態みたいに呼ばないで!私は神聖なる美少年愛好家よ!」
胸をたたいてきっぱりと変態宣言するラヴェルニカ、この歳になって嫁の貰い手がいないわけである。
マルニカはそんなラヴェルニカの姿に溜息を吐くと、机の上に白封筒を置いた。
「何よ。また縁談?絶対いかないからね。」
「ええ、あなたが『ルベラント王国三大優良物件』とのお見合いを全力ですっぽかしたことから、普通の縁談はあきらめたわ。今日は最終手段を持ってきたの。」
「最終手段?」
ラヴェルニカは胡散臭げな表情で母親を見る。
「ええ、ケイナードさまを覚えてる?」
「ケイさま!?」
その名前を聞いた瞬間、ラヴェルニカの目が爛々と輝きだす。
「ケイナードさまと言えば隣国のロマーニ帝国の王子さまですよね。公爵さまの妹君があちらに王妃として嫁いで生まれたという。」
「ええ、そうよ。私の義妹でもあるラヴェンダさまは美しく素敵な方でいらっしゃったわ。ロマーニ帝国に留学してたころ陛下に見初められて王妃になったのよ。」
「ケイさま…。それは私が今まで出会った中で最高の至高の完璧なる美少年よ。」
世間話をする二人とは、何か別の話をしているラヴェルニカ。
「5年前にロマーニ帝国で初めて会ったの。もう天使みたいに可愛くて、一緒にいられた時間は人生の中でも最良の時だったわ。でも…、次にロマーニに行ったときには会ってくれなかったの。いったい何故…。」
「心当たりとかないんですか?何か失礼をしたとか。」
「全然ないわ。二人っきりでとっても可愛がってあげたの。ずっと抱きしめて、頬ずりしたり、撫でまわしたり。ちょっと舐めたりしたの。女の子の服着せてあげて、それがもう本当に似合ってたの!」
「絶対それが原因ですね。」
マイカはラヴェルニカのセリフに納得して頷く。
「それでそのケイさまがどうしたの?」
訪ねるラヴェルニカに、マルニカは微笑んだ。
「あなたをケイナードさまの妃として迎えたいという話が来てるの。」
chapter3:tiger and horse‐トラウマ‐
「ふざけるな!」
ケイナードは目の前にいる側近のルベラックを怒鳴りつけた。
「俺に言われても困るぜ。陛下の命令なんだし。だいたい決まった相手もいないんだろ?別にいいじゃないか。」
一応部下のはずのルベラックだが、中が良いせいかケイナードに対してはかなりざっくんばらんな態度をとる。
「いいわけあるか!確かに王族に生まれて望んだ相手と結婚しようとは思っていない。だが、あいつだけはあいつだけは…。」
ケイナードは何かを思い出したように、顔を蒼白にして頭を抱え座り込む。
「子供の時の話だろ。いい加減に立ち直れよ。」
「お前はあれに会ったことないから分からんのだ。あいつが俺に何をしたと思う。部屋に連れ込んで、女モノの服を着せられ、ずっと逃れられないように拘束され、あまつさえ俺を舐めだしたのだぞ!あの狂気の笑み。奴は…奴は間違いなく悪魔の娘だ。」
ガクガク震える一国の王子の姿にルベラックは苦笑する。
「まあ会ったことはないが、遠目でなら見たぞ。あれはお前…。」
そこでルベラックは何かを楽しむような笑みを浮かべる。
「まあとりあえず会ってみろ。5年前の話だし、会ってみれば印象が変わるって。というか今からここに来るしな。」
「なんだと!」
ルベラックのセリフにケイナードが驚きの声を上げたのと同時に。
「ケイさまああああああああ。」
大きな女の声が城の中に響く。
忘れようもないあの女の声。
それと同時に駆け足の足音がこの部屋に近づいてきている。ケイナードは顔を一層青白くすると、あたりをキョロキョロと見回しはじめた。
「どこか、隠れるところはないか!逃げ道は!」
「諦めろ。俺が逃がさん。それに…。」
ルベラックが言葉をつづけようとしたとき、バタンッと執務室のドアが開かれた。
「ケイさまああああ。お嫁に参りましたああああああ。」
chapter4:where are you‐貴方は何処?‐
ケイナードとの縁談の話を聞いたラヴェルニカは、すさまじい勢いで承諾し、そのまま準備されていた馬車にのり、ロマーニ帝国にたどりついた。
あまりの準備の良さ陰謀めいたものをマイカは感じたが、「ケイナードさまにまた会える!それどころかケイさまと結婚!?」とテンションがあがったラヴェルニカのほうは気付かなかった。
ロマーニ帝国の王宮についたラヴェルニカは歓迎もそこそこに、ケイナードがいるという執務室にむかって全力疾走した。
そして奇跡的な速さでケイナードの執務室までたどり着き、そのままの勢いで扉を開け、現在に至る。
ケイナードの執務室に入ったラヴェルニカは、キョロキョロしていた。
だっていないのだ。
「あれ、ケイさまー。ケイさまどこですかー?」
せっかくケイナードの執務室にたどり着き、感動の再会という場面なのに肝心の愛しのケイさまがいない。
「あれれ?」
ラヴェルニカは一旦外に出て表札を確認する。そこにはケイナードと忘れようもないスペルで書かれている。
「うん、間違ってない。」
中に入ってもう一度部屋を見渡す。
いるのは男が二人。赤い髪のルーズそうな男に、碧い髪と緑の瞳はケイさまと同じ色だけど、身長推定190㎝はあろうかというでかすぎて怖い男。
ラヴェルニカの天使の姿は何処にもない。
「あのー、あなたケイナードさまが何処にいらっしゃるかご存知ですか?」
赤髪の男の方がにやにやとして嫌な感じなので、ちょっと怖かったがでかい男の方に聞く。放心したような顔でじっとこちらを見てたから、ちゃんと答えてくれるか不安だった。
「……。」
案の定、男は放心したまま何もしゃべらない。
「ぶはっ、ぶはははははは!」
赤髪の男が何がツボに入ったかわからないが、爆笑しはじめた。いったいこの二人はなんなのだろう。なんでケイさまの執務室にいるのだろう。
やがて追いついてきたマルニカとマイカも部屋に入ってくる。
「お母さま!ケイさま何処にもいないの!執務室にいるって言ったのに!」
感動の再会を逸したラヴェルニカは、眉を寄せて母親に抗議する。
「あら、いらっしゃるじゃない。失礼な態度をとったらだめよ?」
マルニカは穏やかに微笑む。『ルベラント王国三大見ると危険な笑顔』に数えられるマルニカの笑顔だ。
「え、どこ?どこ?」
キョロキョロ部屋をもう一度見渡すが、やはりあの誰よりも可愛い男の子はいない。
「ほら、こちらに。」
マルニカが手で指し示したのは、190㎝のでかい男だった。
chapter5:who is she‐彼女は?‐
執務室の扉が開け放たれた。ケイナードの体は硬直する。
そしてあの悪魔が部屋の中に入って…。入って…。
こなかった…?
いや、違う入ってきた…。金色の髪に琥珀の瞳、その姿は忘れようもない。
だが、しかし…。
ケイナードは部屋に入ってきたトラウマの女を見て驚愕した。
なんだ!このちっささは!?
その大きさは記憶にあるような、上から迫ってくる巨人のような女ではなかった。平均的な女性の身長よりもかなり低いかもしれない。自分の胸元に額がくるかというほど、小柄な女だった。
「あれ?ケイさまー。ケイさま何処ですか?」
そしてその小さな女はケイナードに気付く様子無く部屋の中をキョロキョロ見回している。自分は目の前にいるのに。
ケイナードは目を見開いて記憶と同じ姿で、なのに小さくなった女を見つめた。
上から見下ろした悪魔の容姿は、とても可愛らしい姿をしていた。小さく小作りなパーツ。身長が低く、幼く見えがちだが体は女性としてきちんと完成されたラインを保っている。白い肌にくりくりの目、鮮やかな金髪、そうまるで人形みたいだ。部屋中を見回すやや挙動不審な姿も小動物みたいで愛嬌があった。
怖くて仕方なかったあの女が、まるで愛らしい女性のように見えた。
そして気づく。
自分が大きくなったのだ。あの頃より身長は比べ物にならないほど伸びた。倍近く伸びたと言っていい。
それがこれほどまでの印象の変化を生み出したのか…。
呆気にとられながらも様々な事実に気付いていったケイナードに比べて、ラヴェルニカのほうはまったく何も気づいた様子がなかった。
一旦部屋を出て戻ってくるという奇妙な動作を繰り返した後、あろうことかケイナードに向かってこう聞いた。
「あのー、あなたケイナードさまが何処にいらっしゃるかご存知ですか?」
後ろでルベラックが爆笑する声が聞こえる。
その言葉を聞いて何故か、ケイナードの胸にはいら立ちのようなものが生まれた。何故俺はすぐに気付いたのに、お前は未だに俺に気付かない。
それは恨みが籠った感情にも見えるが、部屋に入ってきた当初の気付かれたくない、逃げ出したいという思考からはまったく真逆だった。
そして後ろからラヴェルニカの母君であるマルニカと、侍女が一人やってくる。
ラヴェルニカは母親の方に向き直った。自分を見ていた琥珀色の瞳が、向こうを向いてしまう。
「お母さま!ケイさま何処にもいないの!執務室にいるって言ったのに!」
マルニカはちらっとこちらの表情をみて薄く微笑むと、満面の笑顔に変わり娘に言う。
「あら、いらっしゃるじゃない。失礼な態度をとったらだめよ?」
「え、どこ?どこ?」
ラヴェルニカの目はまったくこっちに向くことはない。胸がなぜかざわつく。
「ほら、こちらに。」
母親の手に従って、やっと琥珀色の瞳がこちらに向き直った。大きく輝く宝石みたいな瞳。
「は?」
そしてラヴェルニカは顔をしかめて首をかしげた。
chapter6:passage of time‐時は流れる‐
ラヴェルニカはわけがわからなかった。
ケイナードの執務室に着いたと思ったら、愛しのケイさまはいない。でかい男は何も答えてくれないし、赤い髪のやつは何故だか笑っている。
そしてやっと来た母さまがケイさまだと言って指差したのは、あの190㎝はあるでかすぎて怖い男だった。
これは説教ものである。
「あのね。ケイさまはとっても小さくてかわいくて天使みたいなお方なのよ!確かに髪と瞳の色は同じで容姿も少し似ているけど、こんなでっかくてごつくて巨人みたいな人とは全然違うの!」
そう愛しのケイさまのことは今でもはっきり思い描ける。さらさらの髪に、白いふっくらとした頬、綺麗な緑の瞳、華奢で繊細な儚げな手足。あれ以上の美少年は地上にはおらず、天上にもいるか怪しい。あれこそまさに私の天使。
「あの…。ラヴェルニカさま…。」
遠慮がちに声をかけてきたのはマイカだった。
「なに?」
「ラヴェルニカさまがケイナード殿下にお会いしたのはいつでしたっけ。」
それは馬鹿らしいくらい簡単な質問だった。自分がケイさまと会った日を忘れるはずがない。
「5年前、正確には5年と127日と2時間前よ!」
「そ、そうですか…。」
自分の答えに何故か若干引き気味になる周りの人たち。「時間まで覚えてるのかよ。」と赤い髪の男がなぜかまた爆笑していた。
「それで?」
もういちいち気にしてられないのでラヴェルニカはマイカの言葉を施す。
「その時ケイナード殿下は確か9歳でいらっしゃいましたよね。今はおいくつだと思います?」
「15歳と1ヶ月と12日。」
誕生日の暗記は基本だ。ラヴェルニカの頭脳は無意味に回転して正確な日をはじきだす。
「はい、たぶんその通りでございます。」
「それで?」
ラヴェルニカにはマイカが何を言いたいのか未だ理解できなかった。
「15歳になれば成長されて別のお姿になっているのではないでしょうか。成長期もとっくに迎えてらっしゃるはずですし。」
「ロマーニ帝国の人は成長が早いっていうけど本当ねぇ。あんなに小さかった殿下もこんなに立派になられて。」
マイカの言葉を肯定するように母親が、でかい男に話しかける。
ラヴェルニカの頭は嫌な予感で満たされた。
目はいつもよりいっそう大きく開かれ、でっかい男をまじまじと見つめる。
「も…もしかして、ケイさまでいらっしゃいますか?」
確かにちょっと似ているとは思っていたけど、髪の色も瞳の色もまったく一緒だけど。そんな、そんな…。
自分の身長のはるか上に頭があるその男は、何故か不機嫌そうな顔で答えた。
「いかにも。余がケイナードだ。」
ガラガラガラ
ラヴェルニカの中で、可愛いケイさまと結婚という夢が音を立てて崩れた。
chapter7:reverse‐逆転‐
*
ケイナードはラヴェルニカを見る。
自分をやっとケイナードだと認識したらしいラヴェルニカは、口を開いたまま固まってしまった。
肩をぽんっと叩かれて振り向くとルベラックがにやにや笑っていた。
「どうだ?実際会ってみて。」
「いや、なんというか…。」
胸には複雑な感情が渦巻いて言葉にできなかった。
「ちなみにルヴェルニカさまは、『ルベラント三大美少女』でもぶっちぎりの人気らしいぜ。この三大美少女に選ばれるのはみんな15歳以下の女の子なんだが、ルヴェルニカさまだけは10歳のころから12年ずっと不動の一位らしい。良かったな悪魔の女じゃなくて、可愛い嫁さんで。ま、うまくやれよ。」
そう言って側近は扉から去って行った。
ケイナードはあらためてルヴェルニカを見る。間抜けな顔をしても、色の良い小さな唇に、小作りの鼻、ふっくらした頬、その容貌は天使みたいに可愛らしかった。
*
ラヴェルニカはケイナードを見る。
やっと目の前の人間をケイナードだと認識したが、頭の中は真っ白で理解できない。いや理解したくない。こんな現実。
肩をちょこんっと触られて振り向くとにやにやと笑って自分をみる母親がいた。
「それじゃあ、あとは二人で大丈夫ね。」
「へ?」
ラヴェルニカは母親が何をいっているのか理解できなかった。
「あなたの了承で縁談は成立してるけど、結婚式までは日にちがあるから今から二人っきりで親交を深めなさい。ちゃんと仲良くするのよ。」
そう言って母親は上機嫌な笑顔で、去って行った。
「え、ちょっと待って。」
ラヴェルニカは自失の状態ながらも嫌な予感に扉の方へ手を伸ばす。だが、木の扉は、無情にも閉じられていく。
ガチャッ
さらに扉の外側から不吉な音が響いた。
*
ラヴェルニカはこちらを見ずに、母君が去った扉のほうをずっと見ている。
何故だろう。あの琥珀の瞳が自分を見ていないと胸がざわつく。ケイナードは手を扉の方に向けたまま固まっているラヴェルニカを見た。
昔と同じ部屋にふたりっきりの状況。5年前の記憶。自分より大きかったこの女に好き勝手にされた恐ろしい思い出。
それと同じ状況なのに、今の気持ちは全然違った。
5年間、悪魔だと思っていた女は、今、自分よりどうしようもなく小さい。
ケイナードはにやりと笑い、ラヴェルニカを後ろから抱き上げた。
なんということだろう。自分の腕にすっぽりおさまるほどその体は小さい。その体は柔らかく自分の腕を受け止める。金糸の髪から覗く横顔は可愛らしく綺麗に整っている。
ケイナードは笑いながら言った。
「5年前のことを覚えているか?」
ラヴェルニカの体がびくっと震え、涙で濡れた琥珀の瞳がケイナードを見つめる。
「え、えっとぉ…。あれは愛ゆえにというか…。あくまでも有り余った愛情表現というか…」
可愛くて、どうしようもなく愛おしくなるのに、同時にいじめてしまいたくなるような表情。
ケイナードの胸に愉悦がこみ上げてきた。
*
扉を呆然と見ていたラヴェルニカは、うしろからいきなりひょいっと抱き上げられた。
背中に当たるかたい胸板。自分を強く拘束する太い男の腕の感触。自分を軽々と抱き上げ胸に収めてしまう体の大きさ。
昔と同じ部屋にふたりっきりの状況。5年前の記憶。自分より小さかったこの男を全力で可愛がった楽しい思い出が蘇る。なのに…、とてつもなく危険な感じがするのは何故だろう。この状況、この体格差。昔とは真逆なのと同時に、とてもよく似ていた。
5年前、天使だと思っていた男の子は、今、どうしようもなくおおきな男に成長していた。
ラヴェルニカは嫌な予感に、体を硬直させた。
なんてことだろう。自分の胸の中に軽く納まった体は、今や自分をあっさり包み込み、その拘束から抜け出せる気がしない。
低く太い男の声が耳もとで響いた。
「5年前のこと覚えているか?」
覚えているとも。自分の人生の中で一番楽しかった記憶。でも、今逆の立場でこうされてみると、やられた側は決して楽しい思い出にはなっていなかったような気がした。振り返って見たケイさまの瞳は楽しげに揺れている。
思わず涙目になる。
「え、えっとぉ…。あれは愛ゆえにというか…。あくまでも有り余った愛情表現というか…。」
そう、あれは純粋な愛の証による行為。決して悪意はなかったのだ。
「ふむ、それじゃあ俺も未来の妻に愛情表現するとしよう。」
そして墓穴を掘った。
「お前がやったようにな。」
ケイナードさまの顔に獰猛な笑みが浮かぶ。
そしてケイナードさまの舌がラヴェルニカの頬をぺろりとなでた。
「ぎゃあああああああああああ。ごめんなさああああああああい。」
extra1:the beast‐野生化‐
そのあと放心してしまったラヴェルニカとはやばやと結婚式をあげてしまったケイナード。
新婚初夜、二人の寝室を訪れたケイナードが見たのは野生化したラヴェルニカだった。
「ガルルルルルル!」
ベッドの上でこちらを威嚇してくる小さな妻。
ヒョイッ
なんといっても身長差があるのであっさり襟元を掴まれ捕獲される。
「ウウウゥ!」
それでもしゃーっと可愛い瞳を精一杯吊り上げ睨みつけてくる。この姿を可愛いと思ってしまうあたりやられてしまっているのかもしれない。
「まったく、そこまで警戒しなくてもいいだろう。」
「ずっと、ずっと抱きしめて、触りまくり、あまつさえ頬とかを舐めました!」
ラヴェルニカは涙目で言う。
「お前だって俺にやったろう。しかも俺がもっと幼いときに。」
思わずじと目見ると、さすがにもう自覚したらしい。ラヴェルニカは気まずげな顔で横を向いて黙り込んだ。
extra2:devil whisper‐悪魔のささやき‐
さすがに人間に戻ったが、未だこちらに対して警戒をとかないラヴェルニカ。ケイナードは溜息をついた。こちらを警戒しているのに、ベッドの上から下りないのはちょっと間抜けだった。
「そんなに俺との結婚が嫌か?」
「いやです。だって大きくて怖くて可愛くないです。」
あまりにもきっぱり言われて腹を立てる気すら失せた。
「それじゃあ小さくて可愛かったらいいのか?」
「もちろんです!」
それは無意味に力強い返事だった。
「はぁ…。もう私のケイさまは何処にもいないんですね。」
ラヴェルニカは悲しげに溜息をつく。
「あの頃、お前のものだった記憶はないし、今も俺はここにいるぞ。」
さすがの言い草に青筋が立つ。
だがケイナードは深呼吸して落ち着きを取り戻すと、ラヴェルニカに語りかけた。
「そんなに昔の俺が好きか?」
「はい!あれはまさに私の天使!世界最高の美少年!」
頬を紅潮させて満面の笑顔で答えるラヴェルニカ。その瞳が見ているのは昔の自分とわかっていても嫉妬の心がうずく。
だが、あくまでも冷静に。ケイナードは獲物を狙う獣が如く呼吸を沈める。危険な気配は出さずに。
「それなら俺の子供はどうだ?」
「へ、ケイナードさまの子供?」
「そうだ、俺とお前の子なら、きっと昔の俺以上に可愛らしいぞ。」
危険な台詞だったが、ラヴェルニカの意識はそのまま自分とケイナードの子供を想像することに意識が行った。少年愛好家の鏡とも言えるだろう。
世界で一番の美少年だったケイさま。そしてあまり自覚したことはないが、可愛い子供が多いと評判の公爵家の子供。
碧い髪に琥珀の瞳、金色の髪に緑の瞳、ラヴェルニカの頭がフル回転して自分と昔のケイさまの特徴を持つ子供の姿を複数に渡って想像しだす。そのどれもが完璧に可愛らしかった。
「い、いいかも…?」
そしてラヴェルニカが意識を取り戻した時には、ケイナードによってベッドの上に押し倒された後だった。
「えっ、あれ?ケイさま?」
何をされているか分からないように慌てるラヴェルニカにケイナードは笑って耳もとで告げた。
「そうか。お前が喜ぶようにたくさん作ろう。」
「ちょっ。やめっ。ぎにゃあああああああああああああああああああ。」
いつか自分がぺろぺろされる側になるかもしれないから、可愛い男の子や女の子がいてもぺろぺろしちゃいけないよ!新都おにいちゃんとの約束だよ!
英語は適当です。アホです。