下請けではない
村長会議の日、再生村の広場には雨よけの布が張られた。
その布も、破れた天幕と古い袋をつないだものだ。
ニコは見上げて言う。
「空も直したみたい」
レムが首を横に振る。
「雨を横へ流してるだけ」
「それも直したって言わない?」
アルトは二人の会話を聞きながら、作業小屋の前に長い板を置いた。
古い砦の地下から出た、割れた看板板だ。
表面には、かすれた文字が残っている。
辺境再生組合。
最初に見つけた時、誰もすぐには声を出さなかった。
歯車と芽の印も刻まれている。
昔、この辺境にも、壊れた物を作り直して暮らしを支える集まりがあったのかもしれない。
ミナは板を見て、真鍮の鍵を握った。
「今日の話に使う」
集まったのは、周辺五つの村の村長と、ロッコ、それから再生村の主だった者たち。
王都工房からの出張所提案も、全員に見せた。
年配の村長が唸る。
「王都の看板があれば、安心する者もいる」
別の村長が反論する。
「だが、うちの井戸縄より貴族の馬車を先にされたら困る」
話は割れた。
当然だった。
王都の力は大きい。
無視すれば怖い。
頼れば楽に見える。
ミナは全員の意見を聞いた後、立ち上がった。
「王都と争いたいわけではありません」
声は広場によく通った。
「でも、私たちの暮らしの順番を、王都に預けるわけにはいかない」
アルトも前へ出た。
「壊れた物を直す時、最初に見るのは名前ではありません。王都製か、辺境製かでもありません。何に使われ、誰が困っているかです」
ロッコが帳面を掲げる。
「商人としても、ここが王都の下請けになるだけなら価値は半分です。王都で断られた物、辺境でしか使い道が見えない物。それを拾うから商売になる」
ミナは古い板を持ち上げた。
「砦の地下に、これが残っていました。辺境再生組合。昔のことはまだわかりません。でも、この言葉は今の私たちに近い」
ニコが小声で読む。
「へんきょう、さいせい、くみあい」
ミナはうなずいた。
「再生村だけで抱えない。周辺村も、材料、人手、見張り、道を出す。依頼の順番は、水、飯、火、怪我、道、商売。王都からの依頼も、この順番の後ろに並ぶ」
王都工房の書類を、隣へ置く。
「私たちは王都の下請けではない。辺境で暮らすための組合にする」
広場は静かだった。
最初にうなずいたのは、水車を持ち込んだ隣村の村長だった。
「うちは入る。粉挽きで助かった」
次に、橋の村長。
「道の補修に人を出す」
井戸縄の村長。
「古布と縄を集める」
年配の村長は最後まで黙っていたが、やがて息を吐いた。
「王都は怖い」
ミナはごまかさない。
「怖いです」
「それでも?」
「村が止まる方が怖い」
年配の村長は笑った。
「若いのに、嫌なことをはっきり言う」
「必要なので」
「なら、うちも入る」
ロッコが帳面に印を並べていく。
辺境再生組合。
まだ名前だけだ。
規則も足りない。
倉庫も道も人手も不足している。
けれど、村々の印が同じ板の下に並んだ。
アルトは古い看板板の欠けた端をなぞる。
捨てられた言葉が、今の村に戻ってきた。
夕方、ロッコが王都へ送る返書を読み上げた。
「再生村直し場は、王都工房辺境出張所化を辞退します。今後は辺境再生組合として、辺境の生活維持を優先し、王都工房とは対等な依頼関係を望みます」
ニコが首をかしげる。
「難しい」
ミナが言い換える。
「王都の下じゃない。横に立つ」
「横ならいい」
ニコは納得した。
その夜、作業小屋の前に新しい板が掛かった。
再生村直し場。
その横に、古い板を直したもう一枚。
辺境再生組合。
灯り石が二つの板を照らす。
アルトはミナと並んで、それを見上げた。
「大きくなりましたね」
「大きくした」
ミナは短く言う。
「だから、守る形を次に作る」
その声はいつも通りだった。
けれど、真鍮の鍵を握る指が少し震えていた。
アルトは見ないふりをしなかった。
「怖いですか」
ミナはすぐには答えなかった。
灯り石の青白い光が、古い板の傷を浮かび上がらせる。
「怖くない顔はできる」
ミナはようやく言った。
「でも、怖くないわけじゃない。王都に逆らえば、村を巻き込む」
「僕も怖いです」
アルトは手袋の縫い目を押さえた。
「でも、戻りません。ここで作った水も、飯も、道も、誰かを待っています」
ミナは少しだけ息を吐いた。
「なら、怖いまま進む」
「はい」
「一人で背負わないで」
「ミナさんもです」
ミナは横目でアルトを見た。
「口が回るようになった」
「村長に似ました」
ほんの短い沈黙の後、ミナは小さく笑った。
王都へ返書が向かう。
辺境には、新しい看板が灯る。
捨て村から始まった場所は、もう誰かの下請けではなかった。




