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『ハルノキヲク』 ~生まれ変わったら一輪の花だった~  作者: たつを


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四話  占いと笑顔


 

ゆっくりと、ハルの意識が開いていく……。


風の声、暖かな陽射し。

生命を支える大地、静かな青空。


ハルの魂は、地上で生命を咲かせていた。


懐かしいな……。

あれから、何日と経っていないが、そう思った。


ハルは、ゆっくりと意識を空気に溶かしてみた。


根はしっかりと地を掴み、

茎は風に揺れ、

葉は太陽に差し伸べられ、

花弁が円を描いて広がっている。


ハルは、「咲いている」のだと実感した。


「ソラの言った通りだ……」

ハルは、心の中で呟く。


「だろう?」

ソラの声が、体の中に染み込んできた。


少し前。

虹色の世界で、ハルとソラは言葉を重ね合わせていた。


「ハル、では早速行くか?」

「ちょっと待って……」

「なんだ?」

「……聞きたい事がいくつかあるんだけど……」


ハルは、右手を目の高さまで上げ、ソラに問いかけた。


「僕が、花に生まれ変わるのは理解したけど……」

「花として生きるって、どうすればいいの?」


ごく自然な質問だった。


「行けばわかる」


簡単な返事が返ってきた。


「行けばわかる……って事は、

 僕のこの意識はあるの?」


「ああ……確かに説明不足か」


ソラは、頭をポリポリと掻いた。


「いいか、ハル。

 お前はこれから、花として命を繰り返していく」

「魂が、癒えるまでな」


ソラは、静かに話し始めた。


「お前は、花として世界に触れる事になる」

「ただそこに、咲いている存在としてな」


「花として世界に触れる……」


いまいちピンと来ない、と、

ハルの表情が言っている。


ソラは、フフッと笑い、続ける。


「要するに、花の視点で世界を見聞きしてくればいい」


ハルの手が、ぴくりと動く。


「お前なら気づいたと思うが、

 意識はそのまま残る」

「身動きは取れないが、

 世界を感じながら咲けるようにしてある」


ハルは、小さく数回頷いた。


「まあ、以前のお前と大して変わらんさ」

「すぐに慣れる」


ソラは、少し皮肉を込めて言った。


「……そうだね」


ハルも、素直にそう思った。


「もう少し聞いていいかな……?」

「いいぞ」

「繰り返す、って言ったけど……」

「ひとつの花の、終わりは何?」


「……えっと……だな……」


また考えてなかったの?と言いそうになったが、

ハルは言葉にしなかった。

口に出すと、おそらく面倒な事になる……。


「うーん……、まあ……」

「私のさじ加減で……良いかな……と」


ソラは、ゆっくりとハルの目を見た。

――うむ。呆れた目をしている。


「あれだ!」


「誰が見ても、

 『花』と認識できなくなれば、

 その命は終わりだ」


取り繕うように、ソラは言った。


「なるほどね……」


ハルが納得しているようなので、

ソラは得意げに喋り始めた。


「要はだ、

 花弁が全て落ちたり、

 踏み潰されてしまったり……

 誰かが見て、

 花と認識できなくなれば終わりだ」

「花とは、そういう物だ」


急ごしらえにしては、

良いルールが出来たと、

ソラは満足した。


「なるほどね……」


「理解したか?

 逆に言えば、

 摘まれたりしても、

 綺麗に咲いていれば生きている、

 という事だ」


ハルは、頷いた。


「それとな……」

「普通の花より、

 咲いている時間は少し伸ばしておいてやる」

「沢山の世界を見るのは良い事だが、

 あまりコロコロと世界が入れ替わるのも、

 せわしいだろ?」


「ありがとう……で、いいのかな?」

「それでいい」

「じゃあ、お腹は空く?」

「そこは、他の植物と一緒だ。

 水と日の光で生きられる」

「せいぜい、

 雨か、水やりをする人間が現れる事を

 祈るんだな」


「……わかったよ……」


今日は調子が良い、とソラは思った。

なかなか良い決まりごとが、

次々に浮かんだ。


「痛みや気温の変化には、

 鈍くしておいてやる」


それは別に……とハルは思ったが、言わなかった。


「匂いなんかも、鈍くて問題無いな」

「代わりに、

 目と耳は少し良くしておいてやる」


枯れる事ない泉のように、

次々にルールが決まる。


「ま、こんな所だろう」


ソラは、腕を組み、満足げに頷く。


「後は、その都度教えてやる」

「え? その都度って……」

「ソラも一緒に、花になるの?」

「いや、

 お前の側に、私の意識を飛ばしておく」

「だから、退屈もしないぞ。

 話し相手になってやる」


騒がしい生活になりそうだな……

とハルは思ったが、

嫌な感覚は無かった。


「私も暇……ゴホン……

 お前が心配だからな」


ソラは、得意げに言った。


ハルは、そういう事か、と思った。


「ハル……」


さっきまでの、

少しおどけたソラの声ではなく、

慈愛と威厳に満ちた、

創造者の声が響いた。


「お前は、何も悪くない」

「それなのに、

 人間として生まれ変われないのは、

 気の毒に思う」

「いいか? 負けるな」


「うん……大丈夫……」


「よし、ではプレゼントだ」


いつものソラの声だ。


「一つの花の間に、

 一度だけ……」

「お前の、

 ほんの小さな願いを叶えてやる」

「日当たりの良い場所に移したり、

 優しい風を吹かせたり……

 些細な願いをな」


「……ありがとう」


ハルは、素直に礼を言った。


「名前のお返しだ」


ソラは、ニヤッと笑う。


「では行くか!」


そう言うと、

ソラは小さな種をいくつか取り出し、

地上に撒いた。


「あの種が地上に落ち、

 芽吹き、蕾をつける」

「花が開くと、

 お前の新しい生命が始まる」


「何が咲くか、

 何処に落ちるか……」

「風に任せてみよう」


「さあ!

 一つ目の花はすぐに咲くぞ!」

「行け!」


ソラがそう言い終わると、

ハルの意識は、

ヒラヒラと地上に落ちていく……。


花びらが舞い落ちるように、

ゆっくりと……。


ハルは、花になった自分の感覚を確かめていた。


ソラが言ったように、

人間として生きていた頃と、大差なく感じる。

違いと言えば、身動きが取れない事くらいだ。


ふとした時に、

手足を動かそうとしてしまう。

しかし、どうにも動かないので、

この感覚もすぐに慣れた。


自分は、元から植物だったのかも、と

錯覚するほど自然に受け入れた。


「ハル!

 意識して、周りを見渡す感覚を持ってみろ」


ソラの声が、入って来た。


「こうかな……?」


ハルは、言われた通りにやってみる。


「出来たか?」

「うん。」


ハルは、周囲をぐるりと見渡してた。


集落の中にある、小さな花畑のような場所に、

ハルは根付いているようだ。


集落の規模は、

ハルの住んでいた小さな街より、

もう少し小さい。

大きめの村といった所か。


住人達には活気があり、

朝から街道を、せわしく歩いている。


「次は、そうだな……」

「向こうの広場で話をしている、

 女の会話に意識を向けてみろ!」


ハルは、また言われるがままにやってみる。


「今日は、天気が良いわね……」

「昨日、ウチの主人が……」


少し距離があるのに、しっかり聞こえる。

それどころか、

周囲の雑音や他者の会話を掻き分けるように、

二人の女性の会話を聞き分けられた。


「ハル。

 お前は、その力を使って、

 世界を見て行くんだ」


ソラは、珍しく優しい口調で言った。


「うん。わかった」


ハルも、珍しく流暢に返事をした。


ハルは、感覚を確かめるように

街のいたる所に、意識を向ける。


「随分遠くまで見える……それに……」


「色彩もはっきりしてる気がする……

 こんなに色ってあったかな?」


「それは……」


ソラは、何か言おうとしたが、止めた。


「ねえ、自分の姿は見えないの?」


ハルは尋ねた。

さっきから、

どうにか自分の姿を見ようとするが、

上手くいかない。


「ああ。

 俯瞰で見られるようにはなっていない」


ソラは答えた。


ソラには一つ狙いがあった。

自分の姿が見えてしまえば、

終わりの時間など、推測できてしまう。


いつ終わるかわからない生命だからこそ、

日々をどう過ごすか。


それがいずれ人間に還る時に、

役立つと思ったからだ。


「自分の姿を知りたいなら、

 周りを見ろ!」


ハルが視線を巡らせると、

同じ白い花が、そこかしこに咲いていた。


黄色い中心。

小さく、控えめで、

それでいて群れている。


「ヒナギクだ」

「お前も、そのひとつだ」


ソラは、なぜか得意げに続ける。


「太陽に向かって咲く花でな、

 丈夫で、どこにでも生える」

「花弁の数は一定ではないが、

 数列的な傾向があってだな——」


ソラが得意気に語り続ける、その途中。


小さな影が、ハルの前に落ちた。


少女だった。


しゃがみ込み、

花畑を覗き込む。


「今日は……いい日になりますか?」


小さく呟く。


白い花弁に指を伸ばし、

一枚ずつ、そっと取っていく。


「なる……ならない……」


ハルは、状況がよく分からなかった。


「……ソラ」

「何だ」

「この子は、何をしてるの……?」


ソラは、ため息をついた。


「花占いだろ……」

「……?」

「それも知らないのだな……」

「不安を紛らわす遊びみたいなものだ」


「占い……? 当たるの……?」


「そういう話じゃない」


ソラは、少し言葉を選ぶ。


「答えをもらうことで、

 前に進む理由を作るんだ」


最後の花弁が落ちた。


「……今日は、いい日」


少女は、ぱっと笑った。


「ありがとう、お花さん」


そう言って、走り去っていく。


向かった先は、

通りを挟んだ向こう側の、

小さな店。


飲食店のようだ。


「……嬉しそうだったね」


ハルが言う。


「朝の占いが良いと、

 気分も良くなるもんだ」

「当たるかどうかじゃない」

「良い言葉を、

 受け取れたことが大事なんだ」


「……ふーん」


ハルは、少し考えてから続けた。


「ていうか、

 今ので僕が占いの道具になってたら、

 花としての一生、終わってたね……」


「……」


ソラは、一瞬言葉に詰まる。


「確かに……」

「お前の願いで、

 少し通りから離れた場所に移すか?」

「今なら、誰も見ていないから出来るぞ?」


「別にいいよ」

「それなら、それで」


ハルは淡々と答えながら、

少女の姿を追っていた。


少女は一度、店の奥に姿を消したが、

しばらくすると、

年季の入った前掛けを着けて現れた。


ほうきで、

店内から店の前までを綺麗に掃き、

丁寧にテーブルを拭き上げる。


店の軒先に暖簾をかけ、

ふうっと息を吐いて、

腕で額を拭った。


再び店に入ると、

テキパキと店の雑事を片付ける。


しばらくすると、

店に、くたびれた労働者達が、

ぞろぞろとやって来た。


そこから様子が一変する。


飢えた狼の来襲に、

店内は戦場と化した。


少女は、

次々とテーブルに水を運び、

注文を聞いて回るが、

彼らは、次々と牙を剥く。


運ばれた側から水を飲み干し、

遠吠えのように注文を叫ぶ。


そんな様子を、

ハルはのんびりと眺めていた。


時間は昼時。

ハルも、日の光をたっぷりと浴びていた。


「よく働く子だな……」


ハルは呟く。


店は、

少女と、少女の父親らしい男が、

二人で切り盛りしていた。


父親は厨房で鍋を振り続け、

娘は、テーブルの間を、

小鳥のようにせわしく飛び回った。


「花占いの娘か?」


ソラが横から割り込む。


「うん……」


「本当によく働く娘だな。

 その中でも、笑顔を絶やさない。

 誰かとは、大違いだな」


皮肉たっぷりに言う。


「……」


「怒ったのか?」

「……別に……」


ハルは、それ以上語らなかった。


「だが、あの娘……」


ソラは、

何か言いたそうだったが、

途中で言葉を切った。


しばらくすると、

狼達の胃袋を満たした戦場に、

秩序が戻ってきた。


「ディナ! 今日もよく働くな!」

「若いのに偉いな」


まだ、せわしく動く少女に、

狼達は労いの言葉をかける。


少女の名前は、

ディナと言うらしい。


ディナは、

ありがとうという気持ちを、

満面の笑みで返した。


洗い場には、

城壁のように、

うず高く皿が積み上げられていく。


ディナの戦いは、

まだ終わっていなかった。


「……確かに、僕と違うね……」

「ずっと笑ってる。

 朝からずっと……」


ハルが、再び呟いた。


「そうだな……」


と、気のない返事をしながら、

ソラは考えていた。


働き者の娘。

明るい笑顔……。


どうにも引っ掛かる。


あの笑顔……。

心からのものではない気がする。


「思い違いなら、いいがな……」

「え?」

「何でもない」


二人は、

ずっとディナを見ていた。


次の朝も、

その次の朝も、

ディナはハルの近くにやって来た。


今日一日の行く末を決める、

大事な時間だ。


「今日は、お客さんは沢山来ますか?」

「隣の猫が、いなくなったみたいです。

 無事、見つかりますか?」


他愛もない内容だが、

ディナは丁寧に花びらを取り、占う。


結果は、

来る。

見つかる。


その度に、

ディナは花を咲かせたような笑顔で、

礼を言い、帰っていく。


ハルは、

毎朝、ぼんやりと見ていた。


昼間も夜も、ディナは相変わらずだ。


店の名物は、

骨のついた鳥足を、

秘伝のタレで焼き上げた物と、

ディナの笑顔。


いつも多くの客で賑わっている。


次の朝も、

ディナはやって来た。


ハルは、少し違和感を感じる。


ディナは、

いつもの笑顔だが、

どこか少し、影がある。


ディナは、そっと、

ハルの近くのヒナギクに手を伸ばし、


「……お母さんは、帰ってきますか?」


そう呟き、

花びらに手をかけた。


帰って来る……。

来ない……。


淡々としたリズムで、

花びらが舞い落ちる。


帰って来る……。

来ない……。


占いの途中で、

ディナの声が、ピタリと止まる。


どうしたのかな?

と、ハルは覗き込むように、

ディナを見た。


なるほど。

残りの花弁は四枚。

一目で結果はわかる。


「まあ、そういう事だな」


ソラが語りかけてきた。


「悪い結果が出るのが分かっている。

 最後まで花を散らす必要も無い」


「確かにね……」


ハルも、そう思った。


しかし、ディナは、

ぐっと唇を引き結び、

再び花びらを散らしだした。


帰って来る……。

来ない……。

帰って来る……。


来ない……。


最後の花びらを散らす。


ディナは、少し俯いた。

ハルは、そっと視線を外した。


「大丈夫!」


ディナの声。


「お店が繁盛したら、

 きっと帰ってくる!」


ディナは、

そう言い聞かせるように言った後、

いつものように、

花に礼を言い、走り去った。


「……お母さん、いないんだ」

「みたいだな」

「過去を見てみるか?」


「……いいよ」


ハルは、

少女の背中を見つめたまま言う。


「……人の記憶を覗くの、

 悪趣味な気がするし……」


「悪趣味とは何だ!」


ソラは、

いつものように反論するが、

ハルは、聞いていなかった。


 

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