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『ハルノキヲク』 ~生まれ変わったら一輪の花だった~  作者: たつを


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三話 空の名



存在は、静かにため息をつき、ハルの記憶のページをめくるのを止めた。

世界が白く戻っても、ハルは胸を押さえたまま動かなかった。


存在は、しばらくハルを眺めた後、


「まあ……大体の事は理解した……。

 その……あれだ……悪かったな」


先程までのイライラとした口調とは打って変わり、落ち着いた口調で、少しバツが悪そうにハルに声をかけた。


この男の感情の欠落は、砕け散りそうな自分を繋ぎとめるための鎧だな……。


存在は、ひとまずそう思う事にした。


「あの……」


「胸がチクチクとするのですが……僕に何かしましたか?」


ハルは静かに、相手に問いかけた。


「直接的には何もしてないが……お前の記憶を世界に投影した事は認める」


「……じゃあ……この感覚は何でしょうか?」


再び問いかける。


「おそらく……お前達人間が言う、悲しみ、後悔、寂しさ、喪失感。

 そんな感情のどれかだ」


存在は、あるいは全てかもな、と喋った後に思った。


――お前達人間。


その言葉を頭の隅に引っかけながら、


「悲しみ、後悔、寂しさ、喪失感……」


と、相手の言った言葉を小さく復唱した。


ハルは今なら、少しわかる気がした。


「他に聞きたい事はあるか?」


存在は、ハルに聞き返した。


ハルは一拍置いた後、


「あなたは……神様ですか?」


真っ直ぐ相手を見つめ、問いかける。


神は、拍子抜けした。

深い眠りから覚めた記憶を堪能する訳でもなく、

魂を引き裂く悲しみに打ちひしがれる訳でもなく、

自分は何なのかと問う男を見て、


「やはり変わったヤツだ……」


と思った。


しかし、「聞きたい事はあるか?」と言った以上、返答はせねばならない。


神は気を取り直して、


「なぜ、そう思ったんだ?」


返答の前に、ハルに質問を返した。


ハルは、宙を眺めながら思案した。


死後の世界……忘れてた記憶を見せた存在……。

さっき言った言葉も、人間ではないと暗に示している。

しかし、神と名乗った訳ではない……。


「なぜか……そう感じました」


ハルは、相手を神と感じた答えが見つからず、そう答えるしかなかった。


「ふんっ……半分正解と言っておこう」


神は続ける。


「私は、この世界の最初の存在だ。

 空の星も、地上の生命も、すべて私が作った」


「人は、あらゆる物に僅かに残る私の存在を感じ、

 神という概念を作った」


「お前達から見たら神だろう。

 しかし私は、始まりの点でしかない」


神は淡々と語る。


「ただ一人、この場から地上を見下ろすだけの創造者だ」


創造者は、ぐっと胸を張った。


ハルは、壮大に語り上げる創造者が、

少しだけ目を伏せたのを見逃さなかった。


「ここに、ずっと一人で……?」


「そうだ!」


「……いつからですか?」


「最初からとしか言えない」


「これからもですか?」


「だろうな」


全て即答だ。

あまりに早く返事が返ってくるので、

ハルはつられて早口になっていた。


――この男……淀みなく話すようになってきたな。


創造者は、そう思いながら唇の片方の端を少し上げた。


やはり、記憶の旅が終わってから変化が見られる。

先程から会話の間も減っている。

僅かだが、感情の起伏も見えた瞬間があった。

まあ、今はある種の興奮状態なのだろうが……。


創造者が考えを巡らせていると、


「では、運命もあなたが作ったのですか?」


つららのように、冷たく尖った声が、

創造者の眉間に突き立てられた。


創造者は、フンッと鼻で笑いながら、

質問の意図を汲み取った。


「結論から言うと、そんな物は作ってない。

 それも人間が勝手に作り上げた概念だ」


続けて言う。


「受け止めきれない幸福や、

 どうしようもない絶望を、

 神の所業として心を平坦にするために作ったのだろう」

「気持ちは理解できるがな……」


落ち着いた声だ。


「大体……そんな物でお前達を縛っているなら、

 わざわざ地上を眺める必要も無いだろう?」


そう言うと、ハルの目を覗いた。

つららが、ゆっくり溶けてなくなった。


「ごめんなさい」


ハルは小さく頭を下げた。


「謝る必要は無い」


少しの間、二人の声は姿を消した。


「質問は、終わりか?

 ならば今後についてだが……」


創造者の声が先に戻ってきた。


「あの……」


ハルは、遠慮がちに口を開く。


「なんだ?」


創造者は話を遮られ、少し不機嫌そうな顔をした。

だが、ハルには聞いておかないといけない事があった。


「お名前を教えていただけますか……?」


最初の存在、創造者と言われても、蜃気楼のように揺らめいて実感が薄い。

何か少しでも、確かな形が欲しかった。


「無い」


「え?」


「無いのだ」


「……ない?」


「だから、無い」


「えっと……」


ハルは言葉を失った。

無い。とは……?


創造者の存在が、さらに揺らいだ。


「……何で無いのですか?」


陳腐な質問だと、自分でも思った。


「必要無いからな」


素っ気ない返事が、すぐに届く。


「……必要無いですか?」


「ああ……ここで一人。

 名を呼ぶ者もいない」


そうか……。

最初の存在……。

名付け親もいない……。

必要無い?

付けなかったのか。


ハルは納得した。


「それでも、付けませんか?」


ハルは、素直に思った事を聞いた。


「ん……」


創造者は、少し言葉に詰まる。


ハルは、感じたままに続けた。


「…………つけ忘れ……ですか?」


「そんな訳無いだろ!

 忙し……必要無いのだ!」


「……忙しくて、後回しにしたんですか?」


「違う!

 良い名が……じゃなくて!

 必要無かったのだ!」


創造者は、ムキになってハルの言葉に被せるように返してくる。


――さっきまで、こんな感じだったかな?


そう思いながら、ハルは頭の中で会話を反芻していた。


「えっと……良い名前が浮かばなくて……

 後回しにしているうちに……忘れた?」


いつの間にか、頭の中の回答を口に出していた。


創造者は、ぎくりとした顔をした後、

ワナワナと震えながら言った。


「悪いか?」


「え?」


「名前をつけ忘れて、

 お前に迷惑をかけたのか!?」


「いえ……」


「そうだろうが!

 この世の全てに名前を付けたのは私だ!

 この苦労がわかるか!」


「なんとなくですが……」


「わかるものか!

 お前に名付けの苦しみが――――」


すっかり怒らせてしまった。


ハルに悪気は無かったが、

静かな口調は、火に息を吹きかけるように

相手を燃え上がらせた。


口調は早口になり、止めどなく溢れる言葉。

ハルの意識は、耳だけに宿った。


「大体、私のような偉大な存在に似合う名前など、

 なかなか思いつかないのだ!」


そう言い終えると、創造者は肩で息をした。


ハルは、最後の叫びだけ聞き取れた。


「……もういい」


「お前が付けろ」


「……え?」


「私の名前だ。

 今すぐ考えろ」


「それは……」


「考えろ」


「私は今、非常に不機嫌だ」


突然何を……とハルは思った。


名前など、考えたことがない。

何にも興味を持たずに生きてきた。

だが、拒む理由も見つからない。


……無茶だな……。


そう思いながらも、とにかく考え続ける。


考え続け、ある光景で立ち止まった。


リリ。

舞う花びら。

閉じる視界。

青い空。


意識が、ふわりと舞い上がる。


創造者は、深く考えるハルを見てニヤニヤと笑っていた。

考えつくはずもあるまい。

私がどれだけ頭をひねっても、

気に入る名前は出てこなかったのだ。

人間ふぜいが、

それも、こんな植物のように生きた男が――。


「……ソラ」


「は?」


不意を突かれた創造者は、

間の抜けた声を出した。


「……ソラ、はどうですか」


ハルは、そっと一つの名前を差し出した。


「……もう一回言え」


「……ソラ……」


相手はしばらく黙って受け止めた後、

ゴホンと軽く咳払いをした。


「……まあ」


「悪くはない」


「……まあまあだ」


どこか、そわそわしている。


「……まあまあ、ですか……」


「すみません」


「もう少し考えて――」


「あー! いやいや!」


「少し意地悪だったな!」


「お前にしては、頑張った方だ!」


「もう考えなくていいぞ!」


創造者は、慌ててハルを制止した。


「考えなくていいから……」


「ちょっと、呼んでみろ」


「は?」


「だから、名前を呼んでみろ」


ハルは少し躊躇しながら、


「……ソラ様?」


「様じゃない!」


「……ソラ……さん?」


「うむ……ちょっと、さんを取ってみろ」


「……ソラ」


「もう一度」


「ソラ」


「もっと大きく!」


「ソラ!」


ハルが名前を叫ぶと、

こだまするように響き、

ゆっくりと染み込んでいった。


「まあ……あれだな」


「名前があった方が、

 お前も話をしやすいだろうし……」


「お前が、深く考えて出した名前だしな」


存在者は珍しく、もごもごと話す。


「使ってやってもいいぞ……」


「え?」


「だから、名前を使ってやる!」


「感謝しろ。

 私のような存在に名付けられた事をな!」


ソラは、ガハハと笑った。


ハルは、機嫌の直ったソラを見て、

やっと終わったと小さなため息をついた。


そして、一つ思い出す。


「あの……ソラさん?」


「さん?」


ソラは、ハルを軽く睨む。


「あ……ソラ……」


「なんだ?」


「少し気になった事があるんですが……」


「敬語も止めろ」


「……少し気になった事があるんだ……」


「なんだ?」


「さっき……ソラ……が言いかけた……」


「今後って……?」


「あぁ……その事か」


「うん」


「お前の今後……」


ソラは少し間を置き、

様子を伺うように話し出す。


「ハル……の今後だがな……」


そう言って、ハルをじっと見る。


ハルの様子に変化が無いのを見て、

ソラは安堵した表情を見せる。


「ハルの次の命の話をしなければならない」


と、落ち着いた声で語り始めた。


「次の命……」


「そうだ」


「ハル。

 お前はこの場所に来た時、

 『死んだと思う』と言ったな」


ハルは頷く。


「正解だ。

 お前は死んだ」


「お前は、

 お前の母と同じ病で倒れた」


「心臓だ」


「心臓……」


ハルの胸に、あの時の感覚が甦る。


「母さんと同じ……

 遺伝なの?」


「ちょっと待て……」


ソラはそう言って目を閉じた。


「どうやら違うな。

 たまたまだ」


「たまたまと言うより、

 あの街はその病にかかる人間が多い」


「風土病と言うやつだ」


「そうなんだね……」


「まあ、その話は一旦置いておけ」


ソラは仕切り直すように顔を引き締めた。


「とにかく、

 お前はあの瞬間死んだ」


「今のお前は、

 人間の言葉を借りて言うと、魂だ」


「魂……」


「そうだ」


「滅びた肉体から、

 抜け出た意識だ」


「そうなんだ……」


「ああ……そうして魂になったお前は、

 ここに来た」


「正しくは、私が呼んだ」


「ソラ……が?」


「そうだ」


「普通、魂はここには来ない」


「どこに行くの?」


「どこかに宿る、

 命を探す旅に出る」


「そして再び肉体を得て、

 人間として誕生する」


「私が、そう造った」


「そうなんだ……

 じゃあ僕も、生まれ変わるって事?」


「そこなんだがな……」

 

「ハル。

 お前は人間にはならない」


そう言うと、ソラはハルの反応を待った。


「何となく、そんな気はしてた……」


「ショックか?」


「いや……別に……」


相変わらずの反応に、ソラはため息をついたが、

随分慣れてきていた。


「そんな気がしてたのは何故だ?」


「ソラが、普通はここに来ないって言ったから……」


返答を聞いたソラは、

ハルは頭の回転が早い事を確信した。


「なら、話は早いな」


「お前は、

 今のまま人間に生まれてしまうと問題がある」


「問題って?」


ハルは問いながら、返事の内容を察していた。


「お前は幼い頃、

 魂がひび割れてしまったんだ……」


「うん……」


「それでもお前は……生きてきた……」


「しかし、また大きな傷がつくと、

 魂は壊れる……」


「肉体も、意識も消え去り……」


「無へ還る」


「本当の死だ」


「本当の……死……」


ソラは、ハルが考えを整理する時間を作るため、

少しの間会話を止めた。


「私は、人間に特権を与えた」


「個性、多くの快楽、私と同じ言葉。

 ただ生きる為だけなら必要は無い。」


「すると人間は他人と、

 生活や思考を複雑に絡み合わせながら社会を作った」


「欲、秩序、愛情や憎しみ、自由と不自由……」


「様々な感情や、矛盾を抱えるようになった」


ソラは抑揚なく語り続ける。


「今のお前は、

 そんな人間の生活に……」


「受け入れられるのは難しいだろうな」


「うん……」


掛け違えたボタン。

大海に浮かぶ小舟。


街での暮らしを思い出す…… 

一人だけ、例外はいたが……。


「だからハル。

 お前は一度、人間以外に生まれ変わるのが良いだろう」


「魂が癒えるまで――」


ハルも、それが良いと思った。

やけになった訳でも、投げやりでもない。


街の人々は親切だった。

だが、寄りかかれない。

自分も、周りも、少しずつ傷ついていく。


もう、止めた方がいい。


ハルにとって、それは自然な考えだった。


「ソラは、

 そうやって傷ついた魂を救ってるの?」


「別に、今回は特別だ」


「え?」


「ある日な、

 騒がしい声に起こされてな」


「よく喋る娘と、何も語らない男」


「何ともおかしな組み合わせでな」


「退屈凌ぎに見ていたんだが……

 少し興味が湧いた」


「そういう訳だ」


「運命の話をしただろう?」


「私は、あまり人間に関わらない方がいい」


ソラは、少し笑った。


「で……僕は何に生まれ変わるの?」


当然の質問だった。


ソラは、ぎくりとした表情を見せた。


「もしかして……まだ決まってないの?」


「いや……決まってる」


そう言いながら、目が泳いでいる。


「じゃあ、何になるの?」


「それは……あれだ……」


「お楽しみで……その……

 うん!お楽しみだ!」


しどろもどろのソラに、

ハルは小さくため息をついた。


「当たり前だろ!」


「お前を見つけたのは最近だし!」


「さっき過去を見て、

 事情を知ったんだぞ!」


「そんなにすぐ決まるか!」


「もういい!

 お前が決めろ!」


――まただ。


「……ソラに……決めてほしいな……」


「決まるまで、待ってるから……」


「……そうか……まあ、仕方ないな」


ソラは機嫌を直したようだった。


なんとか、切り抜けた。


ソラはハルの幼い日から、記憶を辿り直す。


ハルが、何に生まれ変わるのが正解か。

記憶の隅々まで見渡すが、なかなか手掛かりは無い。


記憶は進み、繰り返しの日々になった。


――本当に動きの少ない男だな。


ソラは呆れていた。

繰り返すだけの毎日では、何も考えつかない。


しかし、思考の隅に何か引っ掛かる。

これは何だ?と考えていると、

娘の叫びが聞こえた……


ソラは目を開け、迷いなく呟く。


「決まった」


「……何?」


「それはな……」


ソラがパチンと指を鳴らす。


赤、黄、紫、オレンジ。

白い世界に小さな点がぽつぽつと浮かび、

瞬く間に世界を埋め尽くした。


「これは……」


「花だ」


ソラは満足げに答えた。


花か……。


ハルは不思議としっくりきていた。


「僕……綺麗に、咲けるかな?」


ハルは呟いた。


「お前次第だろ」


ソラは、にやりと笑った。  

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