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『ハルノキヲク』 ~生まれ変わったら一輪の花だった~  作者: たつを


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十五話 ハルノキヲク



ハルの意識は起きたまま、悪夢を見せられていた。


なぜ自分にばかり、こんな事が起こるのか?

いや、自分自身が死神なのか……


崩れ落ちたリリを見ながら、ハルは自分の心が縛られていくのを感じていた……


ハルの意識は起きたまま、悪夢を見せられていた。


なぜ自分にばかり、こんな事が起こるのか?

いや、自分自身が死神なのか……


崩れ落ちたリリを見ながら、ハルは自分の心が縛られていくのを感じていた……


あの時と、同じ……


ハルの脳裏に、母の記憶が甦る。


何も出来ない……


ハルは目を見開き、動く事が出来ない。


記憶だけが流れていく……


倒れた母。

立ち尽くす自分。

何か叫び続けるリリ……


ハルは、ハッと我に返る。


そうだ、あの時も自分は何も出来なかった。

リリが医者を呼びに行くのも、ただ眺めているだけだった……


あの時、すぐに動いていたら――


ハルがそう考えていると、


「ハル!」


ソラの声が、ハルの心に飛び込んで来た。


「ソラ!リリが……」

「わかっている……」


ソラは、リリの姿を捉えた後、静かに目を閉じた。


「心臓だな……」

「お前と、お前の母親と同じ病だ」


「同じ……、なんでリリが……」


「最初に言ったろ?この街では、この病は風土病みたいな物だと……」

「水が悪いのか……食べ物が悪いか……」

「まあ、今はそんな話はどうでもいい」


珍しくソラは、早口に答える。


「リリは……?助かるの?」


ハルの問いに、ソラは苦悶の表情を浮かべながら、首を横に振った。


「ソラ!リリを助けて!」


ハルは、ソラにすがるように頼んだ。


「ハル……、前に言ったろ?」

「生命の時間を伸ばす事は、私には出来ない……」

「じゃあ、病気を治して!」

「同じ事だ……」

「創造者なんでしょ?今までも、奇跡を起こしてくれたでしょ!?」


ハルは、ソラに食い下がる。


「遥か昔に、生命を造る時に決めた事だ……」

「私が、お前達に干渉しすぎないように……」

「そうしてやっと、お前達は初めて自由に生きれる」

「しかし、今は後悔しているがな……」


ソラは、ギリギリと奥歯を噛みしめた。


「そんな……」

「他には?他にリリが助かる方法は?」


ソラは、ハルの取り乱す様子を見ながら、しっかりとした口調で答える。


「……厳しい」

「お前も胸に衝撃を感じてから、すぐに意識が途切れたはずだ……」

「せいぜい……早く医者に見せる事ぐらいしか……」


ソラは言葉を選びながらも、淡々と事実を告げるしかなかった。


「……なら」

「僕が運ぶ!僕を今すぐ人間に戻して!」


ハルの声は、真剣だ。


「あのな……昨日も話をしただろう?」

「今から人間の体を探して、赤ん坊として産まれて何が出来る!」


ハルは、大きく首を振り……


「違う、そうじゃない……」

「なんだ?」

「ソラがやった事だよ……」

「私が?」

「あの夜、レストランで……」

「人間の体を作って、ソラが食事をした……」

「あの方法で、僕の体を作って!」


ハルの願いに、ソラは一瞬言葉を失う。


「出来るでしょ?お願い!」

「可能だな……」

「お願い!今すぐ人間に戻して!」


ソラは、ふうっとため息をついた後、パチンと指を弾いた。


辺りの草木や花、そして星や月からも、小さな小さな光の粒が吸い出されるように現れた。


光の粒は、ソラの近くにフワフワと集まってきて、人の形を作り始めた。


「時間が無いのは確かだな……作りながら説明するぞ」


ソラはそう言うと、ハルと向かい合った。


「リリ!もう少しだから!待ってて!」


ハルは、リリに叫ぶ。


その時、リリの体がぴくりと動くのを、ソラは視界の端で捉えていた。


「いいかハル……」

「まず、先日私がしたように、今作っている人形に、お前の魂を入れるのは可能だ」

「うん」

「私の感覚上、お前でも二時間程は動けるだろう」

「医者の所へリリを連れて行くには、十分だよ――」


ソラは、ハルの前へ手のひらを開いて突き出す。


「聞け。しかしあの娘を担いで行くならば、人形と魂の消耗が激しい」

「一時間と持たないだろう」

「それでも……」

「いいから聞け……」


ハルは、じれったさを感じながらも頷き黙る。


「更に、走って行くなら三十分も持たないだろうな」

「あの街の医者の所まで行けるかどうかだな……」


ハルは、一瞬目を伏せた。


「ここからが重要だが……人形の形が崩れる時」

「お前の魂も、一緒に霧散する……」

「つまり、お前の存在はこの世界から」

「完全に消え去る……」


「え?」


「本当の死だ……」

「そして、お前の事を知る者がいなくなれば……」

「お前が生きていた証明すら無くなる」

「何も残らない……」


ハルは、ソラの言葉に何も言えなくなってしまった。


「そこでだ……」

「私が、あの娘を医者に連れて行く」


ソラが再び指を鳴らすと、光る人の形の塊が、以前見たソラの姿に変わった。


「助かる見込みは、ほぼ無いが……」

「それで納得しろ」


ソラは、そう言うと人形の方へ歩み出した。


「待って!」


ハルはソラの背中に叫んだ。


「時間が無い……」


ソラは、ハルの声を無視するように人形の中へ消えた。

すると、人形はソラの意思と共に動き出した。


「そこで待ってろ」


ソラはそう言うと、リリの方へ歩き始めた。


「待って!お願い!」

「消えてもいい!僕にやらせて!」


ハルは、ソラの背中に叫び続ける。


再び、リリの体がピクリと反応するのを、今度こそソラはしっかりと確認した。

その後、ソラは呆れた顔で振り返る。


「ハル!お前なら理解できるだろう?」

「この娘は、助からない可能性が高い」

「助かったとしても、お前は消える!」

「いや、二人共助からない可能性が一番高い!」

「お前がやる事に、何の意味がある?」


ソラは、ハルに叫ぶ。

その目には、僅かに怒りを感じる。


「ソラ!僕は変わりたいんだ!」

「母さんの時は、何も出来なかった!」

「リリが変わりに、医者を呼んでくれた!」

「あの時、僕が動いていたら……」

「何か変わったかもしれないだろ?」


ハルも、引き下がらない。


「わからないヤツだな……」


ソラは、ハルの方へ戻って来る。


「いいか?お前が行けば、どんな結果になってもお前達二人が共に助かる事は無い」

「だから私が行くんだ!」

「僅かな可能性だが、それが唯一二人が助かる道なんだ!」


ソラは、聞き分けの無いハルに苛立ちをぶつける。


「ソラ……わかってるよ……」

「キミの考えは、僕だってわかる……」

「ソラが言ってる事は間違ってないよ……」


「だったら――」


「ソラは、リリが助からないと思ってるんでしょ?」


ソラの言葉を遮り、ハルはソラに問いかけた。


ソラは返事に詰まる。それがソラの答えでもあった。


「それに、僕が消えるのも見たくない……」

「そうでしょ?」


「ああ……」


ソラは力無く返事をする。


「ありがとう……」

「でも僕は……僕が……」

「行きたいんだ……」


「ハル……」


「ねえ、わかってくれるでしょ?」

「僕の気持ち……」

「だって僕達……」


「友達でしょ?」


ハルのその言葉に、ソラはもう返す言葉は無かった……


ソラはため息をついた後、手を高く上げ、

バチンバチンとヤケに自棄になったように指を鳴らした。


光の粒が、さっきの倍程の速度で集まってくる。


辺りは、光る霧に包まれた……


「お前の好きにすればいい……」


霧に隠れ、ソラの表情は見えないが、その声は震えていた……


「ありがとうソラ……」

「ごめんね……」


「……気にするな」


ソラはそう言うと、再び指を鳴らした。


その音が響き渡ると、光の霧は渦となり、その中心に一つの人影が浮かび上がった。


それは、あの日ここで生命を散らしたハルの姿をしていた。


「僕の身体……」


ハルは、久しぶりに見る自分の身体に懐かしさを覚えた。


「その方が扱いやすいだろ?」

「ただし、急ごしらえだからな……」

「気を抜くと、すぐに崩れるぞ」


そう言いながら、ソラはそっと花のハルを手で包み目を閉じた。


ハルの意識は、ソラの両手に優しく包み込まれた。


ソラはそのままハルの身体に歩み寄り、胸にゆっくりと両手を添えた。


「気分はどうだ?」


ソラは、ハルの身体に声をかける。


「久しぶりだから、変な感覚だけど……」

「懐かしいかな……」


ハルは、そう言うと両の手のひらを、開いては閉じた。


「急ぐぞ!時間が無い」

「うん!」


二人は、リリの元へ駆け寄る。


「リリ!」


ハルは、リリの上体を優しく抱き起こす。

久しぶりに触れたリリの体は、細く柔らかかった。

しかし、白い肌は更に白く、呼吸も浅く弱い。


「今から僕が、お医者さんの所へ連れて行ってあげるから……」

「頑張れ!」


ハルがそう声をかけると、リリの指がぴくりと動いた。


ハルは、リリを背中に優しく担ごうとする。

ソラもそれを手伝ってやる。


意識は無いはずだが……ハルの声に反応している……


ソラはそっと手を貸しながらそう考えた。


もしかしたらハルならば、リリを救えるかもしれない……


ソラは、奇跡などほとんど起きない事を知っていたが、淡い期待を抱いた。


この娘が助かるのなら……

ハルが消えてしまう事も、意味を持つ……

それは、ソラの自分への言い訳だったかもしれない。

    

そうしてリリを背中に担いだハルは、慎重に立ち上がり、静かにソラと目を合わせた。


「ソラ……」

「キミと出会えて良かったよ……」

「ありがとう……」


そう言って感謝を告げるハルの頭を、ソラは優しく自分の胸に引き寄せた……


「ハル……」

「最後まで走り抜くんだぞ……」

「いいか?負けるな……」


そう言うと、そっとハルの頭を離した。


顔を上げたハルの目からは、涙が溢れていた……


「ソラとの時間……」

「楽しかったよ!」


ハルはそう言って、にこりと笑った。


「私も、いい暇潰しになった……」


ソラは、込み上げてくる物を必死に抑えながら、いつものように強がってみせた。


ハルはそんなソラを見て、ふふっと笑うと、夜の草原を駆けて行った……


ソラは、ハルの背中を見送りながら


「頑張れ……ハル……」


そう一言呟いた。


ハルは、リリを背中に乗せて月明かりを頼りに、草原を駆けていた。


背中に当たる、リリの胸からは鼓動が感じられない。


逆にハルの心臓は、破裂しそうな程に早く胸を叩く。


「急がなきゃ……」


ハルは、そう呟くと一層足の動きを早めた。


リリの温もりも、だんだん抜け落ちていく。


「リリ!リリ!」


ハルはリリを励ます余裕も無く、延々と名前を叫ぶ。


だんだんと足が重くなり、息も上手く吸えない。


何より気を抜くと、ソラから貰った体が砂のように崩れてしまいそうな感覚があった。


それでもハルは、足を止めない。


やがて遠くに、街の明かりが見えてきた。


「もう少し頑張って!」


それは、リリに向けてか自分に向けてか分からない叫びだった……


ハルの意識は、リリを落とさないよう、足を交互に前に出す事だけに集中していた。


しかし、いよいよ体が言うことを聞かない。


「リリ……頑張れ!」

「リリ……」


もう、声も出なくなってきた……


それでも、一歩一歩前に進む。


その時……


「ハル……」


リリの声がハルの耳に微かに届いた……


それは、本当に聞こえたのか、幻聴かもわからない程に小さな声だった……


しかし、ハルが残った力を振り絞るには充分な贈り物だった。


ハルは、ひたむきに前へ前へ進んだ。


やがて、ハルは街の入り口まで辿り着く事ができた。


ハルにとって久しぶりの景色だが、懐かしさを感じる余裕も無い。


通りには人影も無く、両脇の建物から溢れた明かりが、うっすらと道を照らしていた。


「あと少しだ……」


ハルは、歯を食い縛り石畳の道を睨み付けるようにして歩いた。


ハルは、歩いているのか走っているのか、それとも這っているのかもわからない。


とにかく、少しでも早くリリを医者に診せる事だけしか考えられなくなっていた。


記憶を辿り、医者のいる建物へと進む。


どれくらい時間が過ぎたかはわからないが、ハルはついに目的の場所へ辿り着いていた。


ハルはリリを丁寧に下ろし、壁にもたれさせるように座らせた。


ハルは力を振り絞り、ドアに付いた金具を掴み打ち付ける。


コンコンと木を叩く金具の音が闇に響いた……


しかし、応答が無い。


建物の明かりも、消えている……


ハルは、もう一度金具を掴んだ……


もう、他の場所へリリを運ぶ事も出来ない。


祈るように、金具をドアに打ち付ける……


コンコン……コンコン……


何度も何度も……


もうダメか……


ハルが、諦めかけた時、建物の窓に明かりが灯った……


ハルは、崩れるようにリリの隣に座ると、優しくリリの頬を撫でた。


「リリ……生きて……」


そう呟くと、ハルは建物と建物の隙間に這っていき、誰にも気付かれないよう身を潜めた……


破裂しそうな心臓の音だけが響くハルの耳に、誰かの慌てた声がうっすらと聞こえた……


「良かった……」


ハルは、リリが医者の手に渡った事を感じると、身体を包む緊張が消えていくのを感じた。


同時に……


ハルの身体は、足元からサラサラと崩れ去っていく……


崩れた身体は光の粒となり、優しく光っては消えていく……


同時に、ハルの意識も白く染まっていく……


だんだん何も、思い出せなくなってきた……


「リリを助けて……神様……ソラ……」


そう呟いてハルは、最後の光を小さく放った……



それから、二つの夜が過ぎた……


静かで美しく、

それでいて何か物足りなく感じる朝。

ソラは、あの花畑に一人立っていた。


ソラはゆっくりと花畑の中に入ると、一輪のユリの花を優しく摘んだ。


ハルの意識が咲いていたユリの花……


ソラは、その花を持ち花畑を後にした。


太陽が、南の空へ向かう頃、町外れの教会には黒い服を着た人の長い列ができていた……


街の太陽の訃報を聞きつけ、最後の別れを告げに来た人の列だった……


その列の一番後ろに、ソラは立ち止まった。


「随分たくさんの人間が集まったな……」


ソラは、長い列を見ながら呟く……


列の途中には、知った顔もあった。


ゴウだった。


酷く落ち込んでいる……


ソラはユリの花を手に持ったまま、静かに列が進むのを待った。


やがて、人々は徐々に進みだした……


前からは、最後の別れを告げた人々がソラの横を通り過ぎて行った。


皆、一様に深い悲しみを目に浮かべている……


ハルの愛した娘は、皆からも愛されていた事が、ソラには少し誇らしかった。


やがてソラの前に人はいなくなり、代わりに棺に納められたリリの姿が現れた。


白いドレスに身を包み、透き通るような白い肌、

長い睫に、微笑みを浮かべたような口元……


ソラは、これほどに人間を美しいと思った事は、過去には無かった…… 


ソラは持っていたユリを、リリの頬の横にそっと供え手を合わせた……


短い祈りを捧げ、最後に……とリリの顔を見ると、風も感じないのに頬の横のユリが、ゆらりと揺らめいた……


「礼などいらんよ……」


「……友達だろ?」

 

そう呟くと、ソラはクスリと笑った……


周りにいた人々は、その場に相応しくないソラの態度に、不信な目を一瞬向けたが、ソラの顔を見て目を伏せた。


ソラの瞳からは、一筋の涙が流れていた……


ソラは、ゆっくりとその場を後にし、一人どこかへと消えて行った……


それから、いくつの季節が過ぎただろう……


空の上の白い世界でソラは目を覚ました……


「またあの夢か……」


ソラは、そう呟くとゆっくり体を起こし、少しの間物思いにふける……


そんなソラの耳に地上から、騒がしい声が聞こえた……


「やれやれ……また騒がしい人間が……」


ソラはそう言うと、地上を見下ろした。


その人間を観察していたが、

すぐに興味を失い、野に咲く一輪の花に視線を移し、

しばらく眺めていた……  


やがて顔を上げ、ソラは白い世界を見渡す……


「心配しなくても、お前の事は私が覚えているさ……」


そう呟くと、ソラはまたゴロリと横になった……


ソラは、いつまでも思い出す……


短く美しかった

あの春の記憶を――

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