聞こえないふり
2話連続で少し重いですが、重要な話です
昼前、朝の静けさが薄れ始めた頃。
畑には人が出ているし、井戸には水を汲みに来る者もいる。
鍛冶場からは、控えめな槌の音が聞こえた。
ただ――声が少ない。
「……今日は、人が静かだな」
リュカが言うと、ミアは少し考えてから頷いた。
「うん。音が、少ない」
「音?」
「話し声」
広場の向こうで、二人の村人が何かを話している。
笑ってはいるが、声を張らない。
会話が、途中で終わる。
「昨日より、楽そうじゃないか?」
リュカの言葉に、ミアはすぐに返さなかった。
「……楽、ではある」
「なら、いいんじゃないか」
「“今”は」
ミアはそう付け足した。
リュカは足を止める。
「それ、どういう意味だよ」
「昨日より、息はしやすい。でも……」
言葉を探して、少しだけ間が空く。
「深くは、吸ってない」
「吸ってない?」
「吸わないように、してる」
リュカは首をかしげた。
「無理してないってことだろ」
「無理しないのと、避けてるのは、違う」
二人は鍛冶場の前を通り過ぎる。
炉は焚かれているが、火は弱い。
「今日は、あんまり使ってないな」
「うん。みんな、そう」
「気をつけてるってことか」
ミアは、炉から視線を外した。
「気をつけてる。でも……決めてない」
「何を?」
「どうするか」
リュカは、少しだけ眉を寄せた。
「決めなくても、様子を見ればいいだろ」
「それも、決めてるうち」
ミアは静かに言った。
「“今は、考えない”って」
広場の端で、老人が咳き込んだ。
すぐに収まり、誰も気に留めない。
「……ねえ、リュカ」
「なんだ」
「私のこと、変だと思われてる?」
「まあ……思われてるな」
「正直」
「正直だ」
ミアは、少しだけ口元を緩めた。
「それでいい」
「いいのかよ」
「深入りされないから」
リュカは、言葉に詰まる。
「それで、楽なのか?」
「楽」
即答だった。
「でも……」
「でも?」
「全部聞いたら、動かなきゃいけなくなる」
ミアは、指先をぎゅっと握った。
「今は……聞こえないふりを、してる」
リュカは、その言葉を繰り返す。
「聞こえないふり、か」
「うん」
「それで、いいのか」
ミアは、少しだけ考えた。
「壊れないためには、いい」
「解決には?」
「ならない」
はっきりと言った。
風が通り抜ける。
畑の葉が揺れ、すぐに静まる。
「……俺はさ」
リュカが言う。
「正直、よく分からない」
「うん」
「でも、この村で、いきなり何かを決めるのは……」
「怖い?」
「……怖い」
ミアは、何も言わずに頷いた。
「それでいい」
「いいのかよ」
「今は」
夕方、村はいつも通りに夕餉の支度を始める。
煙が上がり、匂いが広がる。
「……今日は、まだ大丈夫」
ミアが言った。
「“まだ”って言うなよ」
「言わないと、分からなくなる」
リュカは、何も言えなかった。
村は、今日も息をしている。
浅く、静かに。
それを、はっきりと聞いているのは――
二人だけだった。
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