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世界が呼吸する場所で、君と出会った  作者: 優耀
はじまり

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3/18

うまくいかない修復

 朝の村は、静かだった。


 静かすぎる、というわけではない。

 鶏は鳴いているし、畑では鍬の音もする。ただ、どこか音が揃いすぎている。風が吹く間隔も、人の動きも、少しだけ規則的だった。


 リュカは畑の端で、それに気づいた。


「……水、変じゃないか?」


 畝の間を流れる水路。

 いつもなら一定の速さで流れていく水が、今日は早くなったり、急に緩んだりを繰り返している。溢れるほどではないが、落ち着きがない。


 隣でミアがしゃがみ込み、水面を覗いた。


「……昨日より、浅い」


「浅い?」


「うん。でも、押されてる」


 意味は分からない。

 だが、ミアの眉がわずかに寄ったのを見て、リュカは胸の奥がざわついた。


「よくなってない、ってことか?」


「……移動しただけ」


 ミアはそう言って、水路の先を指さした。


「詰まりが、ここから……あっちに」


 指の先は、村の中央――鍛冶場の方角だった。


 その直後だった。


 遠くから、金属がぶつかる音が響いた。

 普段なら聞き慣れた槌音だが、今日は一拍ずれている。


「……荒れてる」


 ミアが立ち上がる。


「行くぞ」


 鍛冶場に着くと、炉の前で鍛冶師が腕を組んでいた。


「どうした?」


「火が、言うこと聞かねえ」


 炉の中で、炎が不規則に跳ねている。

 強くなったかと思えば、急にしぼむ。炭を足しても安定しない。


「昨日は良かったんだがな」


 ミアは一歩前に出た。


「……少し、見ていい?」


 鍛冶師は一瞬考え、それから頷いた。


「触らなきゃいい」


 ミアは炉に手を伸ばさない。

 ただ、少し離れた位置で目を閉じ、ゆっくり息を吸った。


 リュカは、その様子を初めて真正面から見る。


 深呼吸――ではない。

 合わせにいっている。

 自分の呼吸を、場に。


 数拍後、炎の揺れが落ち着いた。

 炉の音が、いつもの調子に戻る。


「……おお」


 鍛冶師が感嘆の声を漏らす。


「すげえな。何した?」


 ミアは答えなかった。

 代わりに、ふらりと身体が揺れた。


「ミア?」


「……大丈夫」


 そう言いながら、額に汗が滲んでいる。


 直った――そう思った瞬間だった。


 外で誰かが叫んだ。


「水が――!」


 水路の方から、慌てた足音がする。


 畑に戻ると、さっきまで落ち着きかけていた水が、今度は逆に溢れ始めていた。畝が崩れ、土が流される。


「……広げた」


 ミアが小さく呟く。


「一か所、整えると……別が、苦しくなる」


 彼女の声は、悔しさよりも諦めに近かった。


「世界、つながってるから……」


 その場にいた村人が、不安そうにざわつく。


「どうするんだ」

「止められねえのか」


 ミアは一歩前に出ようとして、足を止めた。

 息が浅い。肩が上下している。


「私が……やらないと」


 その瞬間、リュカは彼女の腕を掴んだ。


「やめろ」


 思ったより強い声が出た。


 ミアが驚いて振り返る。


「でも……!」


「今日は、ここまでだ」


「放っておいたら――」


「死なない」


 断言ではなかった。

 ただ、今を見ての判断だ。


「苦しいかもしれない。でも、今より無理させたら、もっとひどくなる」


 ミアは唇を噛んだ。


「……私、前は……もう少し、うまくできた」


 ぽつりと零れた言葉。


「でも、今は……分からない。世界が、重い」


 その声は、助けを求めてはいなかった。

 ただ、事実を述べているだけだった。


 リュカは手を離さなかった。


「今日は戻ろう」


「……逃げ?」


「違う」


 少し考えてから、言葉を選ぶ。


「続けるためだ」


 ミアはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


 夕方、村は完全には元に戻らなかった。

 水路は応急処置で持ちこたえ、炉も弱めの火で回している。


 完璧じゃない。

 でも、今日を越えることはできる。


 夜。


 リュカが目を覚ますと、家の外が静かだった。

 気配を感じて起き上がると、ミアが庭に立っていた。


 星を見上げている。


「眠れないのか?」


 ミアは小さく頷いた。


「世界が……私を使ってる気がする」


 リュカは隣に立ち、同じ空を見る。


「じゃあさ」


 心の中で、続きを考えながら。


 ――俺は、何になる?


 答えは、まだ出ない。


 ただ、隣に立つことだけは、決めていた。


 夜風が畑を撫でる。

 村は、少しぎこちなく、それでも息を続けていた。

面白い、続きが気になると思って頂けましたら、

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