うまくいかない修復
朝の村は、静かだった。
静かすぎる、というわけではない。
鶏は鳴いているし、畑では鍬の音もする。ただ、どこか音が揃いすぎている。風が吹く間隔も、人の動きも、少しだけ規則的だった。
リュカは畑の端で、それに気づいた。
「……水、変じゃないか?」
畝の間を流れる水路。
いつもなら一定の速さで流れていく水が、今日は早くなったり、急に緩んだりを繰り返している。溢れるほどではないが、落ち着きがない。
隣でミアがしゃがみ込み、水面を覗いた。
「……昨日より、浅い」
「浅い?」
「うん。でも、押されてる」
意味は分からない。
だが、ミアの眉がわずかに寄ったのを見て、リュカは胸の奥がざわついた。
「よくなってない、ってことか?」
「……移動しただけ」
ミアはそう言って、水路の先を指さした。
「詰まりが、ここから……あっちに」
指の先は、村の中央――鍛冶場の方角だった。
その直後だった。
遠くから、金属がぶつかる音が響いた。
普段なら聞き慣れた槌音だが、今日は一拍ずれている。
「……荒れてる」
ミアが立ち上がる。
「行くぞ」
鍛冶場に着くと、炉の前で鍛冶師が腕を組んでいた。
「どうした?」
「火が、言うこと聞かねえ」
炉の中で、炎が不規則に跳ねている。
強くなったかと思えば、急にしぼむ。炭を足しても安定しない。
「昨日は良かったんだがな」
ミアは一歩前に出た。
「……少し、見ていい?」
鍛冶師は一瞬考え、それから頷いた。
「触らなきゃいい」
ミアは炉に手を伸ばさない。
ただ、少し離れた位置で目を閉じ、ゆっくり息を吸った。
リュカは、その様子を初めて真正面から見る。
深呼吸――ではない。
合わせにいっている。
自分の呼吸を、場に。
数拍後、炎の揺れが落ち着いた。
炉の音が、いつもの調子に戻る。
「……おお」
鍛冶師が感嘆の声を漏らす。
「すげえな。何した?」
ミアは答えなかった。
代わりに、ふらりと身体が揺れた。
「ミア?」
「……大丈夫」
そう言いながら、額に汗が滲んでいる。
直った――そう思った瞬間だった。
外で誰かが叫んだ。
「水が――!」
水路の方から、慌てた足音がする。
畑に戻ると、さっきまで落ち着きかけていた水が、今度は逆に溢れ始めていた。畝が崩れ、土が流される。
「……広げた」
ミアが小さく呟く。
「一か所、整えると……別が、苦しくなる」
彼女の声は、悔しさよりも諦めに近かった。
「世界、つながってるから……」
その場にいた村人が、不安そうにざわつく。
「どうするんだ」
「止められねえのか」
ミアは一歩前に出ようとして、足を止めた。
息が浅い。肩が上下している。
「私が……やらないと」
その瞬間、リュカは彼女の腕を掴んだ。
「やめろ」
思ったより強い声が出た。
ミアが驚いて振り返る。
「でも……!」
「今日は、ここまでだ」
「放っておいたら――」
「死なない」
断言ではなかった。
ただ、今を見ての判断だ。
「苦しいかもしれない。でも、今より無理させたら、もっとひどくなる」
ミアは唇を噛んだ。
「……私、前は……もう少し、うまくできた」
ぽつりと零れた言葉。
「でも、今は……分からない。世界が、重い」
その声は、助けを求めてはいなかった。
ただ、事実を述べているだけだった。
リュカは手を離さなかった。
「今日は戻ろう」
「……逃げ?」
「違う」
少し考えてから、言葉を選ぶ。
「続けるためだ」
ミアはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
夕方、村は完全には元に戻らなかった。
水路は応急処置で持ちこたえ、炉も弱めの火で回している。
完璧じゃない。
でも、今日を越えることはできる。
夜。
リュカが目を覚ますと、家の外が静かだった。
気配を感じて起き上がると、ミアが庭に立っていた。
星を見上げている。
「眠れないのか?」
ミアは小さく頷いた。
「世界が……私を使ってる気がする」
リュカは隣に立ち、同じ空を見る。
「じゃあさ」
心の中で、続きを考えながら。
――俺は、何になる?
答えは、まだ出ない。
ただ、隣に立つことだけは、決めていた。
夜風が畑を撫でる。
村は、少しぎこちなく、それでも息を続けていた。
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