村の息づかい
村に戻ると、空気は丘の上より軽かった。
軽い、というより――慣れている、が近い。
干した薬草と土、炊事の煙が混じった、いつもの村の匂いだ。
リュカは背中の袋を下ろし、肩を回した。
中で、朝に摘んだ薬草がかさりと鳴る。
「……まずは、これを干さないとな」
独り言のように呟くと、隣を歩いていたミアが立ち止まった。
「それ、さっきの丘で?」
「いや、丘の手前。あそこより上は、今日はやめた」
ミアは小さく頷いた。
「正解。あの上は、今は吸い込みが強い」
意味は分からないが、褒められた気がして、リュカは鼻の頭をかいた。
「今日は薬草採りと、鍛冶場へのお使いなんだ。
……寄り道した分、少し遅くなったけど」
「鍛冶場?」
「母さんに頼まれててさ。
柄が壊れた道具を、鍛冶場まで運ぶだけ」
ミアはそれをじっと見ていた。
「……ちゃんと、今日を生きてる人の生活」
「変な言い方だな」
「でも、大事」
村に入ると、ミアの足取りが少しだけ軽くなった。
「……ここは、大丈夫そう」
「大丈夫?」
「息が、ちゃんと回ってる」
相変わらず分かったようで分からない。
家に戻ると、リュカは母に薬草を渡し、簡単に事情を説明した。
丘の話は伏せ、「途中で気分の悪い子を見つけた」とだけ伝える。
母はミアを見て、慈愛の満ちた顔で頷いた。
「休んでいきなさい。顔色が良くないもの」
ミアは変に畏まっていた。
水を飲み、少し落ち着いたところで、リュカは思い出したように言う。
「……そうだ。鍛冶場に行かないと」
そう言って立ち上がり、裏手の物置へ向かう。
しばらくして戻ってきたリュカの腕には、
柄が割れた鍬と、欠けた鎌が抱えられていた。
「今日中でいいって言われてたからさ」
ミアはその道具をじっと見つめる。
「……火の場所、行くんだ」
「鍛冶場だからな」
「私も……一緒に行っていい?」
「暑いぞ?」
「平気」
即答だった。
リュカは少し考え、頷いた。
鍛冶場では、槌の音が規則正しく響いている。
鍛冶師はリュカを見るなり手を止めた。
「おう、遅かったな」
「丘でちょっと……」
言いかけて、リュカは言葉を切った。
ミアが隣にいる。
「こっちは?」
「知り合いか?」
「……今日、知り合った」
鍛冶師はミアを一瞥し、何も言わずに道具を受け取った。
「……今日は火の調子がいい」
ミアがぽつりと言う。
鍛冶師は眉をひそめ、炉を見る。
「……ああ。確かに、今日は変に暴れねえ」
偶然だろう。
でも、ミアは何も言わなかった。ただ、少し安心したように息を吐いた。
用事を終え、家に戻る途中。
「……村、好き?」
唐突にミアが聞いた。
「嫌いじゃない」
「理由は?」
「ここで生きてるから」
ミアは、その答えを大事そうに胸にしまった。
「……いいね」
夜。
乾かした薬草の匂いが、家に満ちている。
鍛冶場で直された道具は、翌日には畑に戻る。
ミアは布団に入り、静かな寝息を立てていた。
世界が詰まっているとか、循環がどうとか。
まだ分からないことばかりだ。
今日は薬草を採り、道具を運び、少女を泊めた。
村は、ゆっくりと息をしている。
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