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世界が呼吸する場所で、君と出会った  作者: 優耀
ふたりたび

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18/18

逃走

 最初に変わったのは、音だった。


 足音が、返ってくる。

 岩に、土に、何かに跳ね返って、少し遅れて戻る。


 リュカは、無意識に歩幅を落とした。


「……ここ、響くな」


「うん」


 ミアの返事は短い。

 声を出すこと自体が、少し重い。


 地面は硬く、草はまばらだ。

 岩が露出し、割れた石が道の脇に転がっている。人が通っていた形跡はあるが、長くは使われていない。


 空気が、厚い。


 吸える。

 でも、肺の奥まで届かない。


 ミアは、歩きながら眉を寄せた。


「……詰まってる」


 村で聞いた言葉と同じだった。


「村のときと、同じか?」


「似てるけど……違う。

 ここは、溜めたまま、放ってある」


 道の先に、黒い穴のような影が見えた。

 崩れた石壁の向こう。かつてのダンジョン跡だ。


 リュカは、立ち止まる。


「入る?」


「……まだ」


 ミアは、首を振った。


「ここ、触ると……

 楽になる。でも」


「でも?」


「動く」


 何が、とは言わなかった。

 でも、リュカは理解した。


 静かに溜まっていたものが、刺激で目を覚ます。

 それは、村の“詰まり”とは違う。


 世界の、深さだ。


 足元で、小石が転がった。


 リュカは即座に振り向く。

 闇の中で、何かが動いた気配。


 魔物だ。


 姿は見えない。

 だが、存在感だけが、じわじわと迫ってくる。


「来る」


 ミアの声が低くなる。


 リュカは、剣ではなく、道具袋に手を伸ばす。

 縄、石、火打石。


 倒す必要はない。

 ここは、そういう場所じゃない。


「……走れるか」


「うん。

 今なら」


 言葉を交わした、その瞬間。


 闇が、動いた。


 影が、壁を伝うように滑り出る。

 数はひとつ。大きくはないが、速い。


 リュカは、地面に石を投げる。

 音を散らす。方向を誤魔化す。


 ミアが、息を整え、手を伸ばす。


 強くは触らない。

 通すだけ。


 空気が、一瞬だけ、抜けた。


「今!」


 二人は、同時に走り出した。


 足音が重なる。

 呼吸が乱れる。


 背後で、魔物が方向を誤り、岩にぶつかる音がした。


 しばらく走って、ようやく足を止める。


 二人とも、膝に手をついて息をつく。


「……詰まってたな」


 リュカが言う。


「うん。

 だから、出た」


 ミアは、苦しそうにしながらも、少し笑った。


「ここは……

 まだ、行く場所じゃない」


「じゃあ、いつか?」


「……分からない」


 でも、否定はしなかった。


 二人は、来た道とは違う方向へ歩き出す。

 息はまだ整っていないが、足は動く。


 背後の空気は、重いままだ。


 でも、それでいい。


 息が詰まる場所は、

 進む理由にはならなかった。


 ――今は、まだ。


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