足音
最初に聞こえたのは、音というより、間だった。
焚き火のはぜる音が、ひとつ遅れた。
風が吹くはずの方向から、何も来なかった。
リュカは、顔を上げる。
ミアも、同時だった。
二人とも、声を出さない。
息を潜めるでもなく、ただ耳を澄ませる。
――足音。
乾いた地面を踏む、一定でない重さ。
獣でも、人でもない。
どちらにも似ていて、どちらとも違う。
数は、ひとつ。
リュカは、ゆっくりと立ち上がった。
焚き火から一歩、影の方へ下がる。
ミアは、すでに視線を向けている。
「……来る」
囁き声だった。
「さっきの、あれ?」
「違う。
でも、近い」
草が揺れた。
闇の縁から、影がにじみ出る。
背は低く、輪郭が曖昧だ。足は確かにあるのに、地面との接点が薄い。
魔物だ。
だが、昼に見たものより、ずっと静かだった。
リュカは、前に出ない。
逃げ道を確かめ、距離を測る。
「追い払える?」
「……できる。でも」
「でも?」
「ここ、
さっきより、少し濃い」
焚き火の熱が、空気に溜まり始めている。
夜の流れが、ほんのわずか滞っている。
魔物が、足を止めた。
焚き火を見ている。
光ではない。溜まりを見ている。
「来るぞ」
リュカが言った瞬間、影が跳ねた。
速い。
一直線ではない。横に、低く。
リュカは地面に石を投げつける。
音を立てる。
進路が、わずかに逸れる。
その一瞬で、ミアが動いた。
手を伸ばす。
強くはない。
ほんの一瞬、流れを通すだけ。
空気が、すっと軽くなる。
魔物は、着地に失敗したように体勢を崩し、方向を変えて走り去った。
草が揺れ、足音が遠ざかる。
すぐには追わない。
二人は、そのまま立っていた。
音が完全に消えるまで。
「……行ったな」
「うん」
ミアは、息を整えながら言う。
「焚き火、少し小さくしよう」
「分かった」
枝を外し、炎を抑える。
光が弱まり、夜が戻ってくる。
しばらくして、リュカが言った。
「起きてて、よかったな」
「……うん」
ミアは、焚き火の跡を見つめる。
「ここ、
何もしないと、溜まる」
「街と逆だな」
「うん。
だから……歩く」
理由はそれで十分だった。
二人は、もう一度座る。
今度は、さっきより少し近く。
夜は、完全には静まらない。
でも、怖くもない。
足音は、もう聞こえなかった。
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