焚き火と距離
火は、小さくてよかった。
枝を組み、火打石で火花を落とす。乾いた音がして、炎が息をする。夜は急に深くなり、境界の道は昼とは別の顔を見せていた。
魔物に遭ってから、まだそれほど時間は経っていない。
追い払っただけとはいえ、身体は少し強張っている。
リュカは、焚き火の前に腰を下ろした。
「……思ったより、静かだな」
夜の音はある。虫の声、風が草を撫でる音。
けれど街で聞いたざわめきとは違う。必要な音だけが、ここにある。
ミアは、少し離れた場所に座っていた。
火の明かりが、横顔を柔らかく照らす。
「ここは、溜まらないから」
「また、その言い方」
「でも、そう」
ミアは膝を抱え、火を見る。
「街は……きれいだった。整ってて、安心で」
「うん」
「でも、ここは……散らかってる。だから、息がしやすい」
リュカは頷いた。
理屈は分からないが、感覚は分かる。
しばらく、言葉が途切れた。
リュカは水筒を取り出し、少し迷ってから言う。
「……手、見せて」
ミアは一瞬、目を瞬かせたが、何も言わずに差し出した。
魔物とすれ違ったとき、腕を掠めていたのだろう。薄く赤い線が走っている。
「大したことない」
「そういうのが、一番後で響く」
布を湿らせ、そっと拭く。
距離が近い。思ったよりも。
ミアは、じっと動かずにいた。
「……さっき」
「うん」
「右が濃いって言ったとき、
すぐ止まってくれた」
「あれは……止まるだろ」
「でも、止まらない人もいる」
焚き火が、ぱちりと弾ける。
「ありがとう」
声は小さい。
けれど、はっきりと届いた。
リュカは、視線を逸らしながら言う。
「俺は……
見えないから」
「?」
「ミアみたいに、世界は分からない。
だから、言われたら信じるしかない」
ミアは少し考え、首を振った。
「信じてるんじゃない」
「違うのか?」
「一緒に見てる」
その言葉に、リュカは返事ができなかった。
火の向こうで、ミアが微笑む。
「……ねえ」
「ん?」
「近い?」
今さら気づいたように聞く。
リュカは一瞬固まり、正直に答えた。
「……近いな」
「じゃあ」
ミアは、ほんの少しだけ後ろに下がった。
それでも、手の届く距離だ。
「これくらいで」
「……ああ」
火は、静かに燃え続ける。
夜は、怖くない。
でも、何も起きないわけでもない。
ミアは焚き火を見ながら、ぽつりと言った。
「さっき、ちょっとだけ……
楽しかった」
「魔物に遭って?」
「ううん。
……一緒だったから」
リュカは、何も言わなかった。
ただ、焚き火に枝を足した。
炎が少しだけ強くなる。
距離は、近すぎず、遠すぎず。
今は、それでいい。
夜は、まだ続く。
面白い、続きが気になると思って頂けましたら、
下の☆マークから評価・お気に入り登録などをお願い致します!




