大人(たいじん)には勝てなかったよ…
「おう、飲みに行こうや」
「げぇ!幹事長!」
「お前、つくづく漫画みてぇな反応するな。そうだよ、お前のおかげで仕事の減った与党幹事長様だ。警官でもなきゃ部長でもねえ」
以上の様にコミック的な会話が交わされたのは、2016年の暮れも押し詰まった首相官邸の一室
うず高く積まれた乱雑な書物(漫画・ラノベ6、学術書4)と常時付けっぱなしのお高いパソコンが熱を放ち、備え付けられたベッドには何日前から放置されたかわからない下着の転がる汚部屋での事だった。
「わい君ちょっと忙しいからまた今度に…」
「さっさと用意しろ。俺が飲みに誘ってこない奴は普通はいねぇんだ有難てぇと思え」
「はい…何でオッさんと差し飲みなんぞ…」
「何か言ったか?」
「いえ!何も有りません!着替えるから覗かんといて!」
「誰が除くかバカ野郎。早くしろ」
日本国を実施操る者にこの言いよう。力関係が良く分かる。チート転生者事、バカはこのへの字口の与党幹事長がひじょーに苦手だった。
国政掌握の第一段階としてチート流オラ!催眠!を駆使し与党本部に乗り込んだ際、バカを出迎えたのは彼だった。
「おう小僧、お前がマッカサー以来の日本の支配者様か?何だそのしけた面と成りは?オイ!車回してくれ!コイツに服買いに行く」
出くわして開口一番そう食らわされ。顔を合わす度に
「小僧、飯行くぞ」
「料亭でっしゃろ?ワイそう言うの苦手…」
「バカ野郎!其処に慣れないで政治が出来るか!それにだ政治家は料亭しか行かないと思ってんのかテメェ!決めた!テメェのバカ舌が治るまで付き合ってやる!俺のポケットマネーでだ!三つ指付いて感謝しろ!」
「酒も覚えろ!ドサ周りすりゃ嫌でも飲まされる!縄暖簾?テメェの立場考えろ!警備の人間殺す気か!ホテルだよホテル!」
「一杯5000て…税金無駄や!腐敗や政治腐敗!」
「俺の金だって言ってんだろバカ野郎!こう言う場所はな、高い金取るから客の話は口外しない様出来てる。俺らみたいな人種はこう言う所で社交ってのをするんだよ。テメェはもうそう言う世界の人間なんだ理解しやがれ」
等と連れ回されて
「おい小僧、テメェのせいで防衛族なんて議員が増えちまった。顔繋ぎしてやるから部会に出てこい。嫌じゃねえ!テメェが行かなくてどうする!」
「次の勉強会な、お前が資料作れ。司会もやれよ。あん?何だその顔?テメェのトンチキ説明出来るのはテメェだけだろうが!役人の手ぇ煩わせるな!サッサと行けぇ!」
「あのバカは何処行った!外務省次官がムカつくからって頭弄りやがったな!ありゃ内の爺さんその物じゃねぇか!出て来い大バカ物!」
「◯◯さん。彼、腹が痛いと寝込んでますから落ち着いて…」
「首相自らが甘やかすからつけ上がるんだ!三つ数える内に出て来い!出てこないなら撃つ!ひとーつ…」
最後は兎も角、バカの認識としてはこき使われていた。バカはバカなので、自分が如何に恵まれているか、政治を目指す者であれば殺してでも成り代わりたい位置に自分が居る事に理解が及んではいなかった。
バカに取って与党幹事長は口の五月蝿く偶に会うと説教ばかりの叔父さんと言う認識だった。因みにに現首相はその性格とバカの気性をいち早く
(あっ、彼、力があるだけのど素人だ。癇癪を起こさせなければ誘導は出来るな)
と気付いたので、いたくバカに気に入られ首相官邸に居候されている。バカのやらかしに一番に対処出来る場所にいる彼は2008年以降、バカ係として長期政権を保っている(バカに持病は治された)
「まあ一杯飲めや」
銀座の焼き鳥屋、庶民ではまず手の届かない(旅行行くつもりでなら行けない事も無い)お値段の完全個室で幹事長はバカにビールを勧めた。
この時点で生半可な議員は固まる物だが、繰り返すがバカはバカなので
「おおきに」
等と言いながらガブガブやりバクバクとコースだったら20000は取る焼き鳥を食っている。其処に緊張感は無い。
その姿を見る幹事長は政治家がサシで飲みに行く意味を全く理解出来ていないバカに呆れていたが、こんな者でも現在の日本国の要なのだと思い直し、要件を切り出す。
それは差し迫った危機。バカだけでは無い。日本国その物への危機であった。
「小僧」
「何でっか?このササミに梅乗ったの美味いで、早う食わんとなくなりまっせ?」
「幾らでも追加すりゃ良いだろうが。そんなんじゃねぇ」
「ボンジリはやらんで?ワイの好物や」
「違う。ああ、それ以上喋るな、話がややこしくなる。単刀直入に言うぞ」
「そない言うても、あんさんワイとお喋りしたかったから誘ったんやろ?それで黙っては場がシラケ…」
「お前死ぬぞ」
その言葉にバカはむせ返った。一本800円はするササミが口の端から飛び出し磨かれた卓に飛ぶ。
「何でワイが死ななあかんねん!アホとちゃうか!ワイはこの日本国の救世主様やぞ!」
そして、バカに取って衝撃的な事を言い出した幹事長に食って掛かる。だがその剣幕(本気になれば人の頭から国家まで弄れる者の)を受けても幹事長は泰然としていた。
「だからだよ」
幹事長はグビリとコップの中の金色の液体を一気に呷り、次を手酌でやりながら続ける。
「テメェは今まで幸運チートとやらで全部交わしてただろうが今度はいけねぇ。なんだその顔、テメェがきてから俺は好みじゃあねぇオレスゲェものを読み漁ったんだよ。だから言えるオメェは死ぬ。助からねぇ。んでもってわが国も巻き添えを食う」
「何があったんでっか?」
此処に来て目の前の相手が本気であると気付いたのであろう、幾分小さな声になったバカは尋ねた。
「アメリカはテメェの始末に協力しろとやの催促だ。CIAのエージェントが何回か暗殺に失敗したんだろ我慢し切れなくなったのさ。アメリカばかりじゃねえ。中国の国家安全部もロシアのFSBもテメェの暗殺を企だててる。早晩、連盟で我が国にテメェの引き渡しか暗殺への協力を言って来るだろう」
「ヒェ!ワイ其処まで悪い事しとらん!人違いや!ワイは世界平和に貢献した筈や!」
「オメェなぁ…世界中の大国の核戦略をグチャグチャにしてそれはねぇだろ?しかもオメェが来たから北は潰れちまった、アレ見て危機感を抱かない国はねぇぞ」
心底、良い事をしたと思っているバカの発言に呆れ果てた声の幹事長。
「それでも殺すのはどうかとワイ君思うんですが…あんさんも言ったやろ?引き渡し!引き渡しでどうにか…」
「其れこそ無理だ。テメェが市ヶ谷に量産型政信を作ったから陸自はテメェが逃げようとした時には特選群を動かすつもりだし、公安はどんな手を使ってでもテメェを捕まえる腹だ。オメェなんで公安内局の連中の頭にベリヤだのハイドリヒだの入れたんだ?テメェがやられると思わなかったのかよ?」
「良かれと思って」
「じゃあアレか?この前テメェの裏垢で、経済って難しいから金本位制で良く無い?金が無限に有ればいけるんちゃう?って書き込みしたのも良かれと思ってか?」
「何で貴方がワイの裏垢の存在を?」
「世界中の諜報機関がマークしてんだよ。俺も公安から報告がある迄よもやと思ってたが、オメェは俺の予想を超えてくれたよ本当に…今日の金相場見てねぇだろ?アレ見て腰抜かさねぇってのは無理だ。お陰で寿命が縮んだよ。ありがとうな」
其処まで喋って、への字口の与党幹事長は卓に乗っていた物を端に避け始めた。
「な〜んでそないな事しはるんで」
「な〜んでだろうなぁ?」
「な〜んでビール瓶を逆手に持ちはるんで?」
「な〜んでだか、分かるよなぁ?」
「お父ちゃん!堪忍や!堪忍!」
「出来るかぁ!このクソボケがぁーーー!」
「「お客様ぁ!!おやめください、お客様ぁ!」」
正確に頭の何処を振り抜いて来たビール瓶を間一髪で避けるバカ。追撃を描ける幹事長。逃げるバカ追う幹事長、店員が叫び、皿が飛び醤油差しが跳ねた所で駆け付けたSPの手により二人は取り押さえられた。