血肉は嘘を付かない
「ここはクソ溜だ」
眼前で繰り広げられる光景をワトキンス大尉はそう評するしか無かった。カナダ、自然の中に人が点在する国。
その国の美しくも厳しい森林と山々が燃え殻となって横たわっている。ブリティッシュコロンビア州ヒューストンはその代表だ。
焼け爛れた大地に嘗てあった木々は無く、水は沸騰し、嫌な匂いを立てる腐敗すら出来ない魚が浮かんでいる。
それをもたらした半分は自分達なのだ。此処には最早自然は存在出来ない。分厚い装甲服と息の籠る対放射性物質マスク無しには1秒たりと地球が産み出した生命は生きられない。
だが自分達は其れを成さねばならかった理由がある。もし60年代の自然保護ブームを守っていたら、祖国は愛する人々は復讐の業火に文字通り焼かれていたろう。
「いや、細切れにされて食われるか…」
ワトキンス大尉はそう口に出した後怖気を振るった。一度「アイツら」が敵も味方も一緒くたにして死体を運んでいる所を見た。
「アイツらは人を食う」そう政府が喚き立てるのは憎しみを煽り立てる為だけのプロパガンダでは無い。そう確信が持てる光景だった。
「アイツら」
日本人、ジャップ、もう存在しない筈の国から来た悪魔達、この世全てを憎む無言の軍隊、アイツらが声を上げるのを聞いた時はこちらが死ぬ時なのだ。
「何故?何でそこまで俺たちを憎む?」
ワトキンス大尉はまた独り言を呟いた後、マスクのしたで苦笑した。バカな疑問だった。当然なのだ。自分達はそれだけの事をしてしまった。
(そうだと言って負けてやる義理は無い。頼むから地獄に帰ってくれ、美しく国があった思い出の中でじっとしていろ)
今度は心中で思う。何となればあの忌まわしくも頼もしかった轟音、味方からの砲撃音が消えたからだ。日本人のカウンターバッテリー、反応砲弾の雨と言う狂気の沙汰は少しでも陣地転換が遅れれば全てを消してしまう。
そして音が消えた言う事は味方砲兵は消えた言う事、次に来るのは…
笑ってしまう事に轟音の消えた死の静寂の中に鋭く高い音が響く、ホイッスルの音だ。日本人は日本軍は第一次大戦まで頭が後退してしまった。
だから味方事吹き飛ばして平然としている砲撃が来る。
装甲服に少しでも穴が開けば想像したく無い死を迎えるガスが来る。
肉の人の津波がやって来る。
馬鹿げた行為だ。一マイル進むのに一万人が死ぬ事は、当に証明されている。
「それなのに奴らは来る」
配置を叫ぶ声、塹壕の中、体を軋ませながら窮屈そうに機動鎧が立ち上がる。彼の有する5.56ミリミニガンに何故小銃と収束手榴弾で挑む?
そう馬鹿げた行為なのだ。今は先進化学の希望の時代で、空中徘徊兵器が自走式追尾小型車両が戦場を闊歩している。
1980年に冷戦が熱戦に変わり、短く激しい戦争が日本国と言う経済大国にして最大の調停者を根こそぎ吹き飛ばした悲劇を超え、米ソの融和が産み出した負の遺産。
それを日本人は知っている筈だ。1993年のこの世界の発展の基盤は彼らから世界が奪った技術にある。
「いや知っているから来るのか」
装甲服に備え付けられた通信機越しに矢継ぎ早に指示を飛ばしながら大尉はまたこぼす。
自動兵器群は尽きた。弾道弾は無意味で、最新鋭機は対空反応兵器に叩き落とされ続けている
歩兵、砲兵、装甲車両、それが今の戦場を支配している。未来は機械が人を殺す時代は肉に膝を屈した。
耳障りな回転音をたててミニガンが唸り始めた。掩蔽壕から引き摺り出された迫撃砲が焼け付くまで弾を吐き出している。
自分も配置に付かなければいけない。
「まだだ、まだ撃つな」
怒鳴る必要は無い。日本製のコピーである事は公然の秘密である通信機の性能は良好だ。
装甲服のバイザーに備えられた液晶モニターを望遠モードにする。居た
上がる爆炎
人の群れ
焼けた大地
光る銃剣が巻き上げられ落ちてバラバラに
それでも止まらない。
憎しみを感じる
狂気を恐怖を
彼らのガスマスク
その奥にある無感情な目の中に
「撃て」
短く命じる
発砲が始まる
アレをアイツらを近づけてはならない
一マイル進むのに一万人が死ぬのなら?
単純な計算だ。
百マイル進むには百万死ねば良い。
日本人にはそれが成せる
その日、ワトキンス大尉は死んだ。
肉の津波が彼と部下を押し流し、血の海が彼の肺腑に染み込んで死んだ。
太陽は上る
数え切れない死の上に輝く
誰も、決して、逃げる事は出来ない




