閑話 エンパイア・ライズ・アゲイン 企業の帰還
唐突ではあるが、我々は「帝国」と言う存在にどの様な印象を抱いているだろうか?その様な存在に好印象は抱いてはいないのが一般的だろう。
我々は「帝国」に支配と抑圧、衰退と崩壊を見る。歴史的な視点に立った時、これまで現れたどの様な偉大な「帝国」も滅び去った事を知る我々は「帝国」にその様な視線を向けている。
端的に言ってやられ役だ。創作物を含めて良いなら、その傾向は顕著であろう。基本的に「帝国」は「悪」であり滅ぼされる存在なのだ。実際に滅んだ帝国の燃え殻の上に今も住む日本人には特に。
しかし、それは一方的な視点と印象であろう(抑圧された記憶を持つ者にはまた違う意見もあるだろうが)
我々が語り、また見る事が出来るのは「帝国」の墓標のみだ。我々は土に還った亡骸を、または己の脳内に形造られた印象を「帝国」として、あーだこーだと論評している。あたかも化石になったジュラ期の巨獣を見るが如く。
我々は全盛期の「帝国」をその目で見ていない。彼らの若さ姿を知らない。繰り返すが我々が頭に浮かべる事が出来るのは何れ無惨に滅ぶを予め知った「帝国」の姿だ。
栄光のローマしかり大日本帝国しかりである。さて、その上で考えて欲しい。歴史にIFは無く、「帝国」は滅びるべくして滅びるのだとしても思考を巡らせて欲しい。
滅びに瀕した西ローマがある日突然に栄光の始まりの時代に入れ替わったとしたら?崩れて行く大明帝国に盗賊と聖賢と豪傑を兼ね備える男が己の蓄えて来た全てを持って戻って来たなら、彼らは失った物を取り返すだろう。もう一度、天下に号令を掛け、蛮族を打ち払い、舐めた事を抜かす連中に熱湯を掛け、よく棒で叩いてから頭から足まで皮を綺麗に剥がす筈だ。
全盛にある「帝国」とはその様な存在なのだ。貪欲で嫉妬深く決して逆らえず、致命に至る筈の敗北を受けなお平然とし、その内にある者は「帝国」が衰える等信じられぬのが「帝国」の真の姿である。
その「帝国」を過去に戻って来た日本国は幾つも抱えている。閉じ込めていると言った方が正しい。日本国自身は「帝国」としての権利も義務も意志すら放棄しているが、この国が内部に抱える「企業」と言う名の「帝国」はその野望を全く持って捨てていない。
彼らは衰退した訳ではないからだ。突然にこれまでの領土から切り離され逼塞を余儀なくされているが、その牙も食欲も全く衰えて等いない。それは日本国が再併合した台湾府、自治領である朝鮮半島、ソ連と隣会う関係上微妙な位置にいるが日本国の施政権の及ぶ樺太の半分の姿を見れば明らかだ。
彼らの暴虐の結果示す顕著な事例は日本国の一部になった台湾だろう。日本帝国の影は台湾の鉄道、港湾、都市インフラはゼネコンの襲来を受け消え去り、お脳に日本国民を機械的に刷り込まれた不幸と幸運の間にいる人々は、日本製品無しには生きれぬ体にされてしまっている。
日本国はこの様な「帝国」たちの飽くなき経済支配への欲求を国内開発と制限された他国へのインフラ投資でガス抜きしつつ飼いならしていた。人口が急増し日本国の津々浦々まで再開発の必要が出たのも大きかった。
だがそれでも飼いならしきれない物もある。戦争の影が世界に忍びよる中、巨大なる帝国が失った物を取り戻すべく脈動を始めようとしている。
「社員の皆さん。我々は帝国を失いました。ガリア、ダキア、ブリタニア、ゲルマニア、小アジア、数多の領土を失いました」
1938年のその日、帝国の長たる人物が日本全国にいる全ての兵士に向けて放送を行っていた。兵士たちは…内勤であろうと工場勤務であろうとだ…カメラレンズを通して皇帝の声とその只ならぬ顔を見ていた。
「ですが我々はまだ立っています。我々には皆さんが、培ってきた技術が、生産能力があります。我々は断じて負けた訳ではありません」
その顔は一種狂気を帯びていた。仕方がない事なのだ。なぜなら、これから始まるのは世界を平らげる為の戦いなのだ。1938年、米国は対中戦争へ協力する見返りとして、英仏は欧州に蔓延り始めた赤い脅威への恐怖から日本国の支援を必要とし、自国の「自動車産業」に「帝国」が進出する事を認めたのだ。
「帝国」詰まり「日本国自動車メーカー」にである。これが意味する事は唯一つ。燎原の火が如く侵略と虐殺が始まると言う事だ。無論本当に殺す訳では無い。市場に置いてと言う意味でである…恐らくは。
もしかすると幾らかの犠牲は出るかもしれないが、これまで散々に日本国が投資を続けていたのだから少しばかり利益を上げた所で良いだろう。
「我々は失った領土を回収します。我々は帝国を復興させます。我々は敵を打倒し、我々の前に跪かせ、全ての帝国領土の人々に我々の製品こそが最良だと刻みつけます」
だからこそ皇帝の言葉は過激であった。海の向こうには無知蒙昧な蛮族(海外メーカー)しか存在せず、労ぜず勝てる相手を刈り取らんとする競合他社もそれを虎視眈々と狙っている。嗚呼叶うならば建機であろうとバイクであろうと全て我が帝国(企業)の物(独占市場)にしたい。
「社員の皆さん。皆さん一人一人がベルサリウスなのです。貴方たち一人一人の手に帝国…失礼…我が社の運命が握られています。我々は勝利します。永遠に支配します。世界の自動車市場は我々の元に帰るべきなのです」
帝国は動き出す。海を越え、国を超え、この惑星の全ての市場を握らんと…
「あの課長?本社の社長ナニ言ってたんですかね?ベルなんとかとか言ってましたが?」
「ああアレね。社内報読みなよ君も。家の社長、歴史好きなんだよ。車と同じ位ね」
もっともその熱意が一兵卒にまで届いたかは幾分か不安はあるが…




