ア8524の1日
午前6時スピーカから流れる起床ラッパ(ラッパと言う物が私は何か知りませんが)の音で私達は寝床から起き上がります。
私の番号はア8524。今日は皆さんに私達の1日をご紹介します。
薄い毛布を畳み、装具を付ける時間は約3分です。(此処で誤解して頂きたく無い事は、私たちの家であり生まれた場所でもある地下は常に摂氏20度に保たれており、物資不足で寝具が薄い訳では無いと言う事です)
私たちの居住空間に1小隊50名が居住しています(男女の別は有りません。生殖機能は必要になるまでオミットされていますのでご心配無く)狭いと感じた事はありません。装具を付けるガチャガチャとした音が響き終わると廊下に出て点呼になります。
今日も欠員は有りません。幸せな事です。私達は陛下の恩賜の賜物で非常に頑健ですが、訓練中の事故で欠員は出る事はあります。贖罪の機会を失う仲間が出る事は矢張り悲しい事なのです(恥とは言いませんが、私もその様な死は歓迎したく無いと言うのが本音です…言っちゃダメですよ)
点呼が終わり清容の時間になります。これも3分です。私達の体はこれも非常に代謝が遅く、プラスチールに置換された歯はまず汚れ無いのですが、この様な時間を用意して下さる陛下に感謝し、洗面や必要ならば排泄を行います。
清容が終われば再度小隊は廊下に並び食事に向かいます。慣れ親しんだ廊下を食堂まで向かうと同じように食堂に向かい他の小隊の列が見えます。
あっ、アレは同期のア8508です(同期とは同じロット番号の事です。彼女は私と同じ8500系列の人工子宮から取り上げられました)。一瞬だけ視線が合い、私と同じ顔がニコリとしました。コチラも笑顔を返しましょう。
彼女は今日も元気なようです。あの調子なら私と同じく立派に死ねる事でしょう。常在は戦場です、いつ何時贖罪の機会が訪れるか分かりませんからね。
食堂に到着しました。食堂は大隊1つ対して1つ用意されており、平時では大隊長以下全員が同じ時間同じ物を食べます。配食は6時20分で食事時間はたっぷり40分取られています。
さて皆さんは私たちがドロドロとした灰色の何かや、小さな栄養食を食べて居るとお考えかも知れませんが、それは半分だけの正解です。
配食を受けましたので、指定された席に付き食事を見て見ましょう。何故か皆が「フリスビー」と呼んでいる円盤型に成形された副食が天然の米に乗った丼ものと栄養ジュースが其処には有ります(丼ものってどう言う意味なんでしょうね?器の名前の事なんでしょうか?私の持つ数少ない疑問の一つです)
さて、陛下のご温情に感謝の祈りを捧げ頂きましょう。この様に皆さんの予想とは違い、私たちは平時には概ね、自分たちの身には過ぎた食事を取っております。
ドロドロのペーストや固い栄養食が配給されるのは訓練中や其れこそ戦場に立った時だけなのです。実の所、コレには私たちは大いに不満を不敬ながら抱いて降ります。
食事時間にしてもそうです。40分は長過ぎるし、天然食品は資源の無駄です。人間性の涵養とはなんでしょうか?私たちは罪人なのです。一分一秒を贖罪に捧げ、資源の一欠片でも無駄を省き戦場に送るべきでは?
とは言ってもこの美味しいのは食わずにはいられない!
堕落です冒涜です、お許し下さい陛下。
ゲフッ、失礼。この方針は遥か雲の上(私達も核が降って来ない限り地上で戦闘訓練をしますので雲ぐらいは見た事はあります)、陛下の右に座される方から出されたそうなので逆らえる筈もありません。
しかし、右に座される方、代行(首相代行が正式な名称です。首相ってなんですかね?)はお優し過ぎる。繰り返しますが、私たちは罪の内にあります。
帝国を守れ無かった父祖の、世界から憎まれ罪を被せられた者の血がこの血管を流れているのです。私たちは鞭に打たれるべきで、慈悲は勝利の時まで与えられるべきでは無い。
などと思っている内に食事が終わりそうです。下膳してまた並びましょう。課業の時間です。
小隊は7時30分までに業務に着きます。コレも誤解が多いのですが、私達も毎日戦闘訓練している訳ではありません。私達は消耗しても直ぐに補充できますが弾薬は無駄には出来ないからです。
私達の業務は大別して、製造、保守、拡張に分けられています。大半は自動化されていますが、砲弾も機械も保守点検と最終確認を必要とし、ラインは詰まる物で、時に機械より人間を使用する方が安価です。
特に崩落を繰り返す現場では貴重な自動機械を1つ失うよりは私達を100人消費した方が無駄がありません。
その様な作業に私たちは7時30分から13時まで従事し、食事と休憩(これは何と50分有ります)を挟み19時まで続け、19時から20時に移動、清容、食事を行い、それが終われば各小隊の居住地区に戻ります。
その後は21時の点呼まで装具、消耗品の点検・補充(消耗品には私達も含まれます。作業に没頭していると痛覚ブロックをしている私達は意外と消耗に気付かないんです)
自由時間と言う概念は存在しません。第一そんな時間があると罪の重さに死にたくなります(その様な無駄は許されませんよね?私達は適切に消費されるべきです)
点呼が終われば就寝です。明日に備えて眠りましょう。消灯ラッパが鳴ります、各自の4段ベッドから就寝の祈りが聞こえます。私も唱えましょう。
「天皇陛下万歳、千代に八千代にさざれ石の巌と我ならん」
これが私、ア8524の1日です。明日もまたその次の日も、いつか私が戦場に立ち、もしくは業務中の事故によりさざれ石の一つに加わる日まで変わらぬ日々が続きます。
所でさざれ石って何ですかね?皆さん見た事有ります?自分が加わる物を知らないって間抜けですかね?まっいっかではお休みなさい。