3.いっその事、悪役令嬢になりたい
楸ナギ。
乙女ゲーム『桜色に染まるふたり』に登場する攻略キャラクターの一人。
人には見えないものが見える、不思議系イケメン。
その特異な体質のせいで周囲から浮き、馬鹿にされ、友達を作れずにきた人物だ。
そんな彼の前に現れる一人の少女。
――ヒロイン、桜アリス。
ひょんなことから出会い、
『すごいね!オーラが見えるなんて素敵!』
そう無邪気に笑いかけられ、彼は肯定される。
疑いも打算もないその言葉に、人に興味のなかった楸ナギは心を開き、やがてヒロインに恋をする。
それが、楸ナギルートの物語。
そして――
(私を助けてくれたのがその楸ナギで、まさか友達になれるなんて)
―――――――――――――
この世界に来て初めて友達ができた。
それが攻略対象のナギくんなのは予想外だったが、友達になろうと言ってくれて純粋に嬉しかった。
あの時助けてくれたナギくんに、完全に心を許して深く考えず了承してしまったが、果たしてこの選択は正しかったのだろうか。
ナギくんは攻略対象だ。そしてこの世界の主人公は悪役令嬢、橘キョウカ…だと私は思っている。
つまり攻略対象のそばにいる限り、悪役令嬢に遭遇する確率も高くなるというわけだ。
それでも推しに嫌われたかもしれないという事実に心が癒えていないから、ナギくんの存在は正直有難かった。ゆったりとした空気感が一緒にいると落ち着くから。
ナギくんは私と同じく、高等部から入学してきた1年生。図書室では橘キョウカのことを知っている素振りは見えなかったから、まだ知り合ってはいないんだろう。
悪役令嬢は私に好意を寄せているようだった。私が思っているよりあまり攻略や恋愛に重きを置いていないのかもしれない。
(橘キョウカはキャラに恋愛感情を抱かないタイプの人なのかな…)
それなら尚更、リヒトくんに好かれた悪役令嬢に嫉妬する。恋愛的なアプローチをすることなく自然に好かれたということだから。
彼女がヒロインに転生していても今のようになっていただろう。
これは彼女の人柄がなせる技。私には到底真似出来ない。
悪役令嬢のことをリヒトくんは確実に好いているようだった。
もちろん推しとリアルで会えたのは嬉しい。ただ私じゃない他の人を愛おしそうに見つめる推しの姿を見たくはなかった。これならまだ会えない方が幸せだったかもしれない。
「桜さん、桜アリスさん!」
「は、はい!」
(やばい、ぼーっとしてた…。)
先生に名前を呼ばれて、今が授業中だったことを思い出す。
『さくそま』のキャラクターは皆、苗字が木偏の漢字1文字という癖のあるネーミングをしている。現実では有り得ない名前の統一感が、ここがゲームの世界だと思い出させてくれる。
今のところ普通に授業を受けて普通に暮らしているだけの毎日。ゲーム要素と言えば名前とカラフルで綺麗な見た目ぐらいだろう。舞台は現代だからか、元の世界とあまり違いは無い。
まぁ、私が勉強しかしてこなかったから違いに気づけてないだけかもしれないが。
1日悩んでいたからかいつの間にか授業が終わり放課後になっていた。これじゃ入学式の二の舞だ。こんなことではせっかく得た学力がまた戻ってしまう。私の地頭の出来では着いていくのがやっとだから授業を逃すのはかなり痛い。
そういえば同じ転生者である悪役令嬢は勉強に着いていけてるのだろうか。『さくそま』では名家のお嬢様なのもあり、かなり優秀で成績はいつもトップの優等生だ。そんな橘キョウカの頭脳を引き継いでいるのか気になる。
そもそも悪役令嬢はいつこちらの世界に来たんだろうか。
まぁ、成績優秀な完璧お嬢様、橘キョウカの噂は耳にしている。勉強の方も特に問題ないのだろう。
…憂鬱になってきた。せめて彼女が救いようのない性格だったなら。いや、逆に私が悪役令嬢だったのなら、推しに好かれなくても当然だと割り切れただろう。
なんで、私がヒロインに転生してしまったんだろうか。元々のヒロインに申し訳ないし、私は悪役令嬢の方が合っていたはず。
いっその事、悪役令嬢になりたい。なんでヒロインに。なんで…
「こんにちは、桜サン」
後ろから不意に聞こえてきた穏やかな声に、ぐるぐると考え込んでいた頭の中が急速にクリアになっていく感覚に陥る。
あの時と同じだ。
振り向いた先にはナギくんがいた。
いつもと同じく、ぼんやりした何を考えているのか分からない表情で。
彼は不思議な人だ。彼の内情は全然見えないのに、何故か彼といると心が安らぐ。
正直、私は彼のことが好みのタイプではなかった。だから彼のルートは1回しか通っていない。
(いや、逆によかったのでは)
友達になった今、ナギくんのことは攻略キャラどうこうとして見ていない。
それにもし仮にナギくんが悪役令嬢のことを好きになっても、彼に恋愛感情を抱いていないからリヒトくんよりはショックは少ないだろう。
…それにしても。
「こんにちは。ナギくん、この広い学園でよく会うね」
「占いでここにいるって出たから」
占い便利だな。
そこまでいったらもはや超能力者とかそういう類になるんじゃ…。
ナギくんといるとツッコミが絶えない。
確かに『さくそま』でもヒロインの居場所を占いやダウジングで特定して、ストーカー並みに目の前に現れるのでユーザーから若干引かれていた。
「ナギくん今日はまた一段と派手だね?」
「今日のラッキーアイテムは、ヒョウ柄のアウター」
「チャラいけどなんか似合う」
(けど、学校でそれはいいのか?)
ゲームで散々トンチキな格好になっていたが、いざ目の前にすると思っていたよりも学園に似つかわしくない見た目に心配になってしまう。
「ナギくん、そのラッキーアイテム効いた?」
「うん、桜サンに会えたからね」
「へ…?」
私に会えて、ラッキーだったってことかな?
どうやらあの一言ですっかり懐かれてしまったらしい。あの一言というのは、オーラのことを信じると言ったあれだ。あれだけで好感度が上がるなんて、なんともピュアというべきかちょろいというべきか。
(でもそれだけ信じてくれる人がいなかったってことだよな…)
私はゲームで知っていただけ。だから信じたとかじゃない。そんな私なんかじゃなくもっと彼のことを前情報なしで純粋に信じてくれる人は絶対現れるはずだ。
それで好かれるのはなんとも複雑で、まるで騙しているみたいな罪悪感がある。
でもナギくんが今までそのことで浮いていたと知っているから、できるだけ肯定はしてあげたい。
いつか素敵な人が現れるまで。
「…やっぱり桜サンは信じてくれるんだね」
「え?」
「この格好でも普通に接してくれたから、僕こういう友達っぽい会話初めてで、うれしい」
ビックリしたのはその言葉だけでなく彼が急に顔を近づけてきたから。彼は人との関わりが無さすぎて距離感がバグっているのだ。そのことを急激に思い出した。
バクバクと高鳴る心臓を他所に、やけに冷静な頭がギュルギュルと彼のルートを巡る。
彼は、作中屈指の低難易度ルート。こう言っちゃなんだが、ルート攻略はかなりすこぶるイージーで、すぐ好感度が上がるのに下がることはそうそうない、いわゆる初心者向けキャラクターなのだ。
彼に素敵な人が現れるまでと思ったが、これじゃダメかもしれない。現れる前に攻略してしまう可能性が出てきた。
彼とは友達として、これからも仲良くしたい。ずっとリヒトくん一筋だったから、彼を恋愛対象として見れない。それに騙された好感度で好かれても嬉しくない。
(……いっその事、私が悪役令嬢になればいいのでは?)
それならリヒトくんに嫌われて当然だと切り替えれるし、ナギくんも中身私のヒロインに騙されずに、こんな私を好きにならずに済む。
「……ナギくん、離れてくれない?」
「え、あ、あぁ、ごめん、近かったよね、嬉しくて舞い上がっちゃってつい、ほんとごめんね?」
く、苦しい。
ナギくんの顔を直視できない。
というか悪役令嬢の振る舞いってどうすればいいんだ。悪役令嬢はナギくんのルートではあまり登場しない。だから彼女が彼にどのように接するのか分からない。
…いや、私流の悪役令嬢になればいいんだ。なにも模倣しなくていい、ナギくんに嫌われたい訳じゃないんだし、程々の冷たさで接すれば、流石のナギくんだって少なくとも私の事を好きになることはないでしょう!
そう!友達としているために、適切な距離感で関わればいいんだ。簡単な事じゃん。
好感度を上げることも下げることもせず、一定を保つ。
「ナギくん、その格好目立つしダサいからやめた方がいいよ」
この世界で私がやるべきことが増えた。
橘キョウカと、極力関わらないこと。
それともう一つ。
ーー楸ナギと友達でいること。




