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2.友達になろうよ

 



 私は、入学初日にして失恋した。


 ヒロインに転生できたと浮かれていた。

 だから、私みたいな人間が他にもいる可能性なんて、考えもしなかった。


 まさか――悪役令嬢も転生者だったなんて。


 まだ確定じゃない。

 けれど、あの豹変ぶりを見てしまったら、そうとしか思えなかった。


 何より、リヒトくんは彼女に明らかな好意を向けていた。


 推しが、他の人を好きになるなんて。

 そんな未来、想像したこともなかった。


 悪役令嬢の姿を見た瞬間、何となく悟ってしまったのだ。

 この物語の世界は、私のために用意されたものじゃない。


 主人公は、ヒロインの私ではなく――

 悪役令嬢の橘キョウカだったのだと。


(…そりゃ、私が転生できてるんだから、他の転生者もいるってそりゃそうじゃん)


 この世界の主人公は自分だと信じてやまなかったのだ。すこぶる恥ずかしい。


 あの後、放心状態で何とか入学式には参加できたもののあまり記憶は無い。ただ、すれ違う生徒が悪役令嬢の話で盛り上がっていたのは覚えている。悪役令嬢はこの学園で有名な人らしい。


 入学してしばらくしか経ってないが、いつも話の中心にいる彼女らの情報は嫌でも耳に入ってきた。悪役令嬢の橘キョウカと攻略対象の椿リヒト。セットでアイドルのような人気っぷり。2人のそばにはいつも人だかりができていた。


 成績優秀、眉目秀麗、性格も誰にでも優しく誰もが憧れる完璧なお嬢様。知れば知るほどその隙のない完璧な存在に絶望した。

 リヒトくんが彼女を好きになったのも納得したし、同時に私には敵わないのだと分かってしまったから。私は彼女みたいに性格も良くなければ、愛されるような努力もしていない。家柄だって庶民の私はリヒトくんの隣に立つに相応しくない。性格も成績も家柄も何もかも劣る。

 そんな彼女の存在に私の思い描いていた学園生活はガラガラと崩れ去っていた。


 私は呆気なく失恋したのだ。

 もはやこの学園に通う意味も気力もなくなってしまった。


(それでも推しに会えたんだから。恋仲になることはもちろん、話すことすらままならないけど、同じ空間に存在して、幸せに暮らしてるならそれでいい)


 なんて、私らしくない綺麗事で自分自身に言い聞かせた。そうしないと彼と笑いあっていた橘キョウカへの嫉妬でおかしくなりそうだから。

 もしかしたら彼女と仲良くなればリヒトくんに近づくことができるのではとも思ったが、彼女のそばにいたら私はきっと惨めになる。


 悪役令嬢にデレデレしてる推しを間近で見て正常な精神で接する事ができるだろうか。

 推しには嫌われたくない。彼に嫌われることはしたくない。だからこそ、悪役令嬢にはできるだけ関わらないようにしようと決めた。





 ―――――――――――――





 放課後。一人図書室で勉強する。

 勉強して気を紛らわすというのもそうだが、3年間続けていたせいか勉強することが習慣になっていた。前の私では考えられない真面目な優等生と化している。


『さくそま』でもよく出てきたこの場所。

 さすがお金持ち学校なだけあって図書室も圧巻の広さをしており、もはや図書館である。キャラの立ち絵の背景でよく映っていたが、リアルで見ると格式高く豪華な雰囲気に圧倒される。こんなところで勉強していてもいいのかと場違いに思えてきた。

 図書室で勉強会というイベントがあったから勉強自体はしてもいいと思うが、何となく居心地が悪い。

 そもそもテストが近い訳でもない入学したての1年生が一人黙々と勉強している姿は異様だろう。


(せめて成績くらいはいい点とって橘キョウカに勝ちたい)


 私は3年間勉強しかしてこなかったから、勝てる可能性があるのはテストの点数しかない。どうせ私が必死に勉強してた3年間、悪役令嬢は恋愛にうつつを抜かして楽しんでたんだろうし。そうとも知らずに健気に頑張った私が馬鹿らしく思えてきた。


 そこまで考えて改めて費やした3年間の報われなさを自覚し虚無感に襲われた。あんなに恋焦がれたリヒトくんは悪役令嬢のことが好きだったなんてそんな結末誰が予想するか。彼に会うために必死に勉強したあの3年間はなんだったのか。

 勉強で勝てたところで今更、リヒトくんを落とした時点で負けているんだから。


(これじゃ努力した3年間全部無駄…)


 いや、無駄は言い過ぎか。何も恋仲になるのが全てじゃない。好きなゲームの舞台である学園に入れて聖地巡礼ができて、キャラとリアルで会える。それができてるだけでも感動ものなんだから。


(…そういえば、他の攻略キャラクターたちはどうなってるんだろう)


『さくそま』の攻略キャラクターはもちろん椿リヒト以外にも存在する。

 リヒトくん入れて4人。椿くんはメインヒーロー、『さくそま』の顔的立ち位置。最推しである。


(まさかみんなも悪役令嬢に籠絡されてたりとか……いやそんなことあるわけないか)


 そういえば、私と同じく高等部から入学してきた攻略キャラクターがいたな。彼ならまだ橘キョウカと知り合ってすらないはずだ。

 でも失恋した今恋愛どうこうにやる気をなくした。私の片思いは終わったのだ。

 それにどうせみんな、悪役令嬢のことを好きになると思うと、どうも前のめりになれない。

 そう思案していると、不意に声をかけられた。


「あの、さくらアリスさん…ですか?」


 桜アリス。今の私の名前。

『さくそま』ヒロインのデフォルトネームだ。3年経った今でも慣れない。自分の名前だと認識出来ず一瞬反応が遅れる。

 声の方を振り向き、その人物を正しく認識するとあまりの衝撃に言葉を失った。


「本当に桜アリスさんだ…!」


 嬉しそうに顔をほころばせ、小走りにこちらへ駆け寄る彼女を見て硬直する。

 思わず顔が引き攣る。声だけでは分からなかった。それもそのはず、“悪役令嬢“には声が収録されていなかったから。


(私を見掛けてわざわざ声をかけてきたのか。彼女がなんのために…?)


 悪役令嬢とは関わらないと決意したのも束の間、この広い学園でばったり出くわしてしまうとはつくづく運が悪い。

 そんな私を他所に、当の彼女は恥ずかしそうに少し緊張した面持ちで口を開いた。


「私、ずっとあなたと話してみたくて…」


 ……………なんで?

 悪役令嬢が攻略キャラでもなんでもない私に頬を染めて話しかけてくる。

 あまりにも訝しんでいるのが顔に出ていたのか、彼女は慌てて弁明した。


「いや!あの、初対面なのにおかしいですよね…でも、とにかく!話してみたかったんですよ!!」


(勢いでどうにかしようとするな)


 心の中で冷静にツッコミを入れつつ、なんで好意的なのか考える。リヒトくんが取られる可能性のあるヒロインのことが怖くないのか?


(この反応、もしかして『さくそま』ヒロインのファンとか?)


 もしそうなら私みたいな人がヒロインの中身で申し訳ないな。元のヒロインは見た目も相まって小動物みたいな可愛らしい女の子だった。だが、今の私は表情も固く感情の起伏も薄い、小動物とは言い難い性格をしている。物静かで暗く可愛いなんてとても当てはまらない。


 中身が違うだけでこうも雰囲気が変わるのかと、そんなことはとっくに目の前の悪役令嬢だった人が証明している。表情や声色、話し方が変わるだけでここまで印象が変化した。愛嬌の重要性を理解したところで今更故意に変えられるわけじゃないのだけど。


「…なんであなたみたいな完璧な人が私に」

「え?」


 思ってることが口から出ていたらしい。彼女はまるで鳩が豆鉄砲を食らったかのように目を丸くした。口から出たのが褒める言葉で良かった。それに橘キョウカは有名な人だから、入学したての私が知ってても別に不自然なセリフではない。


 何故だか分からないが、何となく、転生者だと悟られたくなかった。こんな私がヒロインの中身という事実を知られたくないのかもしれない。


「完璧なんて、そんなそんな、あなたの方が素敵な人だよ!!」

「私なんてあなたと比べたら全然…」


 認めたくない事実を言わされ、心が重くなる。やっぱりこの人とは関わりたくない。自分がどんどん惨めになる。あぁ、早く離れたい。


「あの、桜さん良ければ友達に…」

「ごめん!!私…用事があるから」


 咄嗟に声を遮るように食い気味に言ってしまった。

 焦って出た言葉だったが、すぐやってしまったと後悔した。これではあまりにも露骨に嫌がっているみたいだ。

 違和感を覚えるそれに、流石の橘キョウカもなにかを感じ取ったのか、少し俯き考え込んだ後泣きそうな声で呟く。


「ご、ごめんなさい、もしかして迷惑でした……?」


 潤んだ瞳で見詰められこちらの罪悪感を煽ってくる。私よりもヒロインらしい振る舞いを見せつけられ、現ヒロインである私は敗北感を味わった。

 泣きたいのはこっちだ。


「キョウカ?奇遇だな、こんなところで…………泣いてるのか?」

「あ、リヒト…」


(え…?)


 今、1番会いたくなかった最悪のタイミングでリヒトくんと対面する。想像し得る限り最も最悪な初めての出会いだった。


「ど、どうしたんだ!?何があった?………君、キョウカに何をした…?」


 切望していた推しとの初会話。こんなことになるなんて誰が想像する。あんなに望んでいた推しに疑いの目を向けられて、蛇に睨まれた蛙みたいに動けなくなった。


(このままじゃ私、推しに嫌われる)


 リヒトくんは橘キョウカのことを心配そうに見つめた後、呆然としている私に目を向けた。

 明らかに敵意の籠っている目。その目を認識して私は冷や汗をかいた。震えが止まらない。


 ーーこれじゃまるで、私の方が悪役令嬢みたいだ。


 この状況を覆すには、私はどうすればいい?どうすればいい、リヒトくんに嫌われたくない、怖い、怖い。思考が埋まって策が考えられない。何も出来ない。


(苦しい、息が出来ない、誰か、誰か助けて…!)




「ねぇ、ちょっとそこの人に用があるんだけど」

「…ぇ?」

「桜サン」


 そこに現れたのは、肩まで長い銀髪を雑にハーフアップにしたぼんやりとした表情を浮かべる美しい男性だった。


 私を指差し、じっと見つめてくる彼の表情は何を考えているのかまるで分からない。でもそんな彼が私には救世主に思えた。

 無言を同意と捉えたのか、彼は手招きして図書室を出ていこうとする。

 なぜ彼が私に声をかけてくれたのか分からない。だけど今の私はなりふり構っていられず、即座に立ち上がり彼に着いて行った。


「待て!まだ話は…!」

「リヒト!桜さんは関係ないから!ちょっと目にゴミが入って泣いちゃっただけだよ!!」


 図書室を後にする間際、そんな2人の会話が聞こえてきて私はやっと落ち着いて息が吸えた気がした。





 私をあの場から救ってくれた彼に着いて行く。お互い無言である程度進むと、不意に彼がゆったりとした口調で話しかけてきた。


「ごめんね、急に連れ出しちゃって」

「い、いやむしろ助かった、ありがとう」

「そう、良かった」

「あの、なんで、私の名前知って…?」

「さっきの人がそう呼んでたから」

「なるほど」


 淡々とした会話がぽつぽつと続き、そうしてまた無言に戻る。彼の独特な雰囲気に妙な感じはするが、嫌では無い。むしろ何となく落ち着いた。


「…それで、用って」

「ないよ、泣きそうな“オーラ”が見えたから声かけちゃっただけ」


(オーラ…やっぱりあの人だよな)

 その単語を聞いて確信した。これが彼を彼たらしめる個性。彼の名前は、ひさぎナギという。『さくそま』の攻略キャラクターの一人だ。


 彼を一言で表すなら、スピリチュアル不思議くん系男子。マイペースでミステリアスだからよく誤解されるが、実は心優しい穏やかないい人。

 実際それを身をもって体感して、さっきまでの強ばった心が急激に癒されていく。


「そうなんだ、ありがとう、本当に優しい人だね」

「え?」


 しまった。これじゃ彼のことを知っていたみたいな発言だ。訂正しないと変な人だと思われてしまう。天然に変な人だと思われたら終わりだ。


「オーラのこと、信じてくれるの…?」

「え?あぁ、信じるよ。だってあの時本当に泣きそうだったし」


 そう言うと彼は目を見開き、驚いた表情で私を凝視した。いつもあまり表情が変わらない飄々としてるナギくんがこんな反応するなんて、一体どうしたのか。何か変なこと言ったかな。


「疑ってるオーラがでてない…なら、本当に」


 そう呟いた後、間髪入れずに嬉しそうな声色でこう言ってきた。


「友達になろうよ」


 本日二度目のその誘いに、今度は酷く穏やかな気持ちで応えられることに喜びを感じた。


 学園生活初めての、いやこの世界で初めての友達ができた瞬間だった。







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