表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/18

閑話:橘キョウカの独白

 





 中学一年生の時。

 『さくそま』の悪役令嬢――橘キョウカに転生していると気づいた瞬間、私は泣いた。


 喜びで、だ。


 だってここは、私が前世で何度も何度もプレイした乙女ゲームの世界。

 つまり、私の大好きな最推し、ヒロインちゃんがいる。


 ヒロインちゃんがいて、攻略対象がいて、物語があって――

 そして私は、その中に“存在している”。


 悪役令嬢?物語の敵役?

 そんな立ち位置、どうでもよかった。


 ヒロインちゃんが輝く世界に、同じ空気を吸って生きられるなら。

 それだけで、十分だった。


 私は、この物語の全てを知っている。

 ヒロインちゃんがどれだけ健気で、優しくて、誠実で。どんな選択をして、どんな言葉を紡ぐのか。


 だからこそ、思った。


 ――釣り合わなきゃ。


 攻略対象に? 違う。ヒロインちゃんに、だ。


 私が心優しい完璧令嬢になり、彼女を虐めなければ、悪役令嬢という立場でも彼女に好かれるはずだと思った。


 彼女のそばに立つ資格のある存在でいなきゃいけない。

 物語の邪魔にならないように。支えられるように。


 私は、努力した。


 成績。所作。立ち振る舞い。

 ヒロインちゃんに少しでも気に入ってもらえるように。彼女の世界を汚さないために、完璧であろうとした。


 ヒロインちゃんを守れるなら、何だってやる。

 ――本気で、そう思っていた。


 ……なのに。


 ずっと会いたかったヒロインちゃん――桜アリスを目にした瞬間、胸の奥がざわついた。


「ごめん!!私…用事があるから」


 友人の申し出を、食い気味に断られた。

 焦った。私が何か粗相をしたのかと。


 今の私は、悪役令嬢じゃない。

 完璧なお嬢様になれてるはずだ。


(やっぱり、いくら努力しても、私は悪役令嬢として嫌われる運命なの……?)


 けれど、その視線に覚えたのは、拒絶よりも――違和感だった。


 違う。


 ヒロインちゃんは、そんな顔しない。

 そんな冷たい言い方、しない。


 最初は、気のせいだと思った。

 ルート外の行動。好感度が上がる前の段階。

 そういうことも、あるはずだと。


 でも、何度も目にするたびに、確信へと変わる。


 ――解釈違いだ。


 まるで、ヒロインちゃんじゃないみたい。


 怖かった。

 私が信じてきたヒロインちゃんが、崩れていくのが。


「ヒロインちゃんなら、そんなことしない」


 正そうとしていたんじゃない。

 縋っていただけだ。


 この世界は、物語のはずだって。


 そして、気づいてしまった。

 桜アリスも、転生者だと。


「——この世界を、知ってる?」


 だから、思い切って聞いてみたのだ。

 彼女の口から、否定して欲しくて。


「……彼女たちは、今は悪役令嬢の取り巻きじゃない」

「一人の、生きている人間だよ」


 そう言われて、正しく転生者だということを飲み込んだ。そして理解した。

 ああ、なるほど。だから、違うんだって。


 納得したはずなのに、途端に胸が空っぽになった。


 じゃあ私は、今まで誰のために、何をしてきた?信じてきたヒロインちゃんは、どこにいる?


 私の生きる希望が、なくなった。


 ――それでも。


 彼女が、ヒロインである事実は変わらない。

 物語の中心であることも。


 そう思っていた。

 あの瞬間までは。


 横断歩道。迫るエンジン音。

 視界の端で、桜アリスが動いた。


「——っ!」


 叫ぶよりも早く、彼女は前に出た。

 迷いは、なかった。


 自分の身を投げ出して、楸ユウリを突き飛ばして。


 倒れる身体。

 あまりにも現実的で、非現実的な光景。


 ――ヒロインちゃんが、血を流している。


 頭が、真っ白になった。


 物語じゃない。

 イベントも、スチルも、テキストもない。


 生身の人間が、そこに倒れていた。


「……なんで……」


 ヒロインちゃんは、守られる側じゃなかったの?

 ヒロインちゃんは、選択肢を選ぶ存在じゃなかったの?


 なのに。


 彼女は、自分で選んで、飛び出して、倒れた。


 その瞬間、全てが崩れた。


 私の信じてきた物語も、理想のヒロイン像も、自分の居場所も。


 血を流す姿を見て、私は理解した。


 ああ、この人は。


 物語のヒロインじゃない。

 “物語”に守られる存在じゃない。


 ただ残ったのは――


 桜アリスという一人の少女と、

 この人を、失ってはいけないという感情だけ。


 ヒロインちゃんじゃなくていい。

 物語の通りじゃなくていい。


 お願いだから、生きて。

 私は初めて、物語じゃなく、現実に祈った。


「アリス……貴方が代わりに死んだら、本末転倒でしょ……!」


 もしこの人が目を覚ましたら、

 もう、「解釈違い」なんて言わない。


 ヒロインちゃん、なんて呼ばない。


 桜アリスを、桜アリスとして見る。


 そう、心に決めた。


 ――物語は、もう壊れてしまった。


 でも。


 壊れた先で、彼女が生きているなら。

 それでいい。


 それが、

 私が初めて選んだ“本当の選択”だった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ