13.疑われる転生者
正直に言えば、自覚はあった。
私たちの行動が、周りからどう見えているかくらい。
楸ナギのお兄さん――楸ユウリを、遠くから見守る。
距離は詰めない。声もかけない。
ただ、通学路、放課後、人気の少ない場所で。
事故が起きそうな“匂い”のある時間帯に、必ず彼を尾行している。
――どう考えても、怪しい。
「……ねえ、私たち、完全に不審者だよね」
「今さらだよ」
私の小声に、橘キョウカは即答した。
悪びれる様子は一切ない。
「正義って、だいたい端から見ると不審者だから」
「そうかな?開き直りすぎじゃない?」
「未来知ってる側の宿命」
そう言われると、何も言い返せなくなる。
事故が起きる“正確な日付”は分からない。
でも、時期が近いことだけは、はっきりしている。
楸ナギの兄は、体調が回復しつつあり、最近は学園に通える日も増えていた。
――だからこそ、危ない。
事故が起こったのはまさしく、そういう時だったから。
今日は、珍しく兄は一人で校舎を出ていく。
胸の奥がざわつくのを感じながら、私たちは自然を装って後を追う。
校門をくぐり、一定の距離を保ったまま通学路へ。横断歩道の前で信号が変わるのを待つ、彼の後ろ姿をハラハラしながら見つめる。
(……頼むから、今日も何も起きないで)
そう願った瞬間。
「……やっぱり、今日もいるな」
突如、背後から響く、低く冷静な声。
反射的に振り向くと、そこに立っていたのは――……三人目の攻略キャラクター、柊セイの姿だった。
(嘘!?なんで彼が……)
柊セイ。『さくそま』三人目の攻略キャラクター。
青みがかった黒髪、切れ長の藍色の瞳。流石は攻略キャラクター、かなり整った顔立ちをしている。
細身フレームの眼鏡越しに向けられる視線は、感情を読ませない。
こちらを見ている、まるで値踏みするような目。
この世界に来て、四人目のメインキャラクターに会えたのに、何故か嫌な予感しかしない。
「二人とも、悪いが」
一歩、距離を詰められる。
「俺の友人に、何の用だ?」
空気が、一気に張り詰めた。
そうだ。
柊セイは、楸ユウリの幼なじみで、彼をよく知る人物だった。
ユウリの死は、柊セイルートにも深く影を落としていたはずだ。
過去回想で彼のことを話していた記憶がうっすらある。
橘キョウカは想定内だったのか、軽く息を吐く。
「用っていうか、見守り?」
「は?」
私は、慌てて口を挟む。
「ち、違います!誤解で……」
「誤解?」
柊セイの目が、鋭く細められる。
「放課後、決まった時間に現れて」
「距離を保って、声もかけず」
「移動経路に張り付くように待つ」
一つ一つ、淡々と並べられる事実。
「どう見ても、ストーカーだろ」
胸が、きゅっと締めつけられた。
正しい。反論できない。
「ユウリは、体が弱いんだ」
「ようやく学園に通えるようになったばかりで、警戒心も薄い」
さらに一歩、距離を詰められる。
「そんな人間の周囲に、不審者が二人」
「――放っておくと思ったか?」
そのとき、橘キョウカがふっと笑った。
「……柊セイ、懐かしいなぁ」
「何の話だ」
「いや、なんでも」
彼女は一瞬だけ、真剣な目になる。
「でもさ。私たちが本当に害意を持ってたら、とっくに直接接触してると思いません?」
「見張るだけなんて、回りくどいでしょう」
沈黙。
柊セイは答えない。
代わりに、視線を私へ向ける。
「君は、どうなんだ」
心臓が跳ねた。
「君の方が、毎日張り付いて付き纏っていると思うが」
「怯えてるようにも見える」
見透かされている。
「理由を言えないなら、離れてもらう」
「これは警告だ」
有無を言わせない威圧的な声。
冷や汗が背中を伝った、その瞬間――
「こーら、セイ。下級生たちを怖がらせるな」
朗らかな声が、割って入った。
まるでナギくんみたいに、間に入って一瞬で場を掌握する。
振り向くと、そこにいたのは――楸ユウリ本人だった。
「ユウリ!私は君のために……」
「頼んでない」
「……っ」
さっきまで冷え切っていた柊セイの表情が、驚くほど柔らぐ。
尾行していた対象に存在がバレてしまったが、当の本人はあまり気にしていないようだ。おおらかな雰囲気がナギくんに似ていた。
こちらの視線も気に留めず、穏やかに微笑んだ。
「君たち、ナギの友だち?」
「ナギなら、先生に頼まれて居残りしてるよ」
事故が起きた日、ナギはいなかった。
その代わりに、そばに居たのは……柊セイ、彼だったような。
今この場に、あの日のピースが揃っている。
――嫌な感覚が、背中を走った。
横断歩道の信号が、青になった。
人の流れに押されるように、ユウリが一歩、前へ。
説明できない、根拠もない。でも、はっきりと分かる。
「……今日、危ない」
私の呟きに、橘キョウカ以外の二人が振り向く。
「何?」
「今すぐ、ここから離れ――」
言い終わる前に、
遠くでエンジン音が、不自然に大きく響いた。
時間が、一瞬、引き伸ばされた気がした。
楸ユウリが、足を止める。
道路側へ、一歩、踏み出しかけて――
「ユウリ!」
柊セイが、叫ぶ。
その声で、全員が同時に動いた。
――間に合うかどうか。
未来を知っている二人。
何も知らず、ただ守ろうとする一人。
この瞬間、
彼らの認識は、まだ交わっていない。
それでも確かに、
同じ“何か”から、同じ人を守ろうとしていた。
――分岐点は、すぐそこまで迫っている。




