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12.まだ失われてない

 



 僕には、血の繋がらない兄がいる。

 連れ子同士の兄弟だった。


 実の母は、僕を「気味が悪い」と疎んだ。

 父は、それを止めなかった。


 人のオーラが見えること。

 未来の歪みを、違和感として感じ取ってしまうこと。

 それを「占いの力」と呼ぶようになったのは、後になってからだ。


 家族にとっても、周囲にとっても。

 それは理解されるものじゃなかった。

 異物で、忌避すべきものだった。


 ——ただ一人を除いては。


「ナギの占いはすごいよ」

「その力があれば、きっと誰かの役に立てる」

「ナギの力は、特別だよ」


 兄だけは、そう言ってくれた。


 兄は病弱で、身体も弱かった。

 オーラも、いつも薄かった。


 会うたびに、それが少しずつ弱くなっていくのが分かって、不安で仕方がなかった。

 それでも兄は、いつも笑っていた。


 僕を安心させるように。

 優しくて、穏やかで、あたたかい顔で。


 僕が荒まずにいられたのは、間違いなく兄の存在のおかげだ。

 僕は、そんな兄のことが大好きだった。


 ——だから。


 あの日のことは、現実味がなかった。

 あまりにも呆気ない、唐突な別れ。


 嫌な予感は、だいたい当たる。それが、自分の取り柄だと思っていた。


 それなのに。


 占えなかった。感じ取れなかった。

 兆しは、どこにもなかった。


「……占いなんて、何の役にも立たないじゃないか」


 呟いた言葉は、誰にも届かない。


 未来を読めるつもりでいた。

 人の感情も、流れも、察してきたつもりだった。


 なのに。

 肝心なときに、何もできなかった。


 兄を救えなかった自分。兄が信じてくれた“力”を否定する自分。


 それは、兄そのものを否定してしまうことと同じように感じて。胸の奥に、重たい自己嫌悪だけが残った。




 ―――――――――――――




 それは、まだヒロインと親しくなる前。ひさぎナギルートの冒頭。

 ヒロインと制服を着た楸ナギが、偶然学校の外で鉢合わせるところから始まる。


「偶然だね、それとも言ってた占い?なんて」

「……そんなわけないだろ。占いなんて、何の役にも立たない」


「なんの力にもならない、ゴミだ」


 八つ当たりのように吐き捨てた言葉。

 それでも彼女は、驚きながらも、真っ直ぐ彼の目を見て言った。


「……どうしたの?楸くん」


 楸くん。確か最初はそう呼んでたっけ。

 まだ、ヒロインは彼と仲良くなっていない。友達未満で、距離もあった頃。


 なんだっけ、これ。

 そうだ、これはお兄さんの葬儀帰りの話。


 この時のナギくんは、唯一味方だった兄を事故で失い、自暴自棄になっていた。

 それからしばらくは、彼は力を使えなくなる。


 そんな楸ナギのことをヒロインは辛抱強く支え続けた。彼女は否定せず、遮らず、真摯に向き合う。


「それでも、あなたの力は意味があると思う」

「誰かの役に立てる、特別な力だよ」

「それだけは、紛れもない事実」


 兄と、同じことを言った。


 その言葉が、深く胸に刺さって。

 失った穴を埋めるように、ナギはヒロインに依存していく。


 彼女は“光”であり、“拠り所”であり、同時に——代替物になる。


 それが、楸ナギルート。


 一度上がった好感度が下がりにくい理由も、今なら分かる。


 楸ナギのストーリー。

 私が覚えている記憶と、彼女から聞いたシナリオを照らし合わせる。


 兄は今、高校三年生。

 私たちと同じ、桜ヶ峰学園に通っている。


 彼は最近まで療養していて、今は体調が良くなったから登校を再開しているはず。

 ナギくんが姿を見せなくなったのは、その兄のもとに通い詰めているからだ。


 ——問題は。


 上級生のエリアは広い。

「通い詰めている」という情報だけで、簡単に見つかるわけがない。


 そう言うと、橘キョウカは誇らしげに胸を張った。


「私が、どうやって貴方の居場所を特定してたと思う?」




 ―――――――――――――




「まさか、親衛隊をあごで使って居場所を特定してたなんて」

「人効きが悪い!ちょっと教えて貰ってただけだよ!」

「なんにせよ、そのおかげで場所がわかったからグッジョブだよ、橘さん」


 そんな軽口を交わしながらも、その足取りはやけに重かった。学園の空気が、いつもと違って感じられた。


 世界が変わったわけじゃない。

 変わったのは——私の認識だ。


 昨日まで何気なく通っていた廊下も、何気なく見ていた掲示板も、全部が「時間制限付きの背景」に見える。もう、知らなかった頃には戻れない。


「……顔、硬いよ」


 隣を歩く橘キョウカが、ちらりとこちらを見た。

 相変わらず背筋は真っ直ぐ、歩幅も乱れない。けれど、どこか落ち着きのない視線は、私と同じだった。


「仕方ないでしょ。これから起こること、思い出しちゃったんだから」


 そう言うと、キョウカは小さく鼻で笑った。


「呑気に忘れてた方が良かったってこと?」

「違う!」

「……でも」


 一拍、間を置いて。


「今の貴方は、ちゃんと“ヒロイン”してると思う」


 またそれか、と思いながらも、今回は否定しなかった。胸の奥で、同じ方向を向いている感覚が確かにあったから。


 向かっているのは、校舎の奥。

 医務室に近い、少し人通りの少ないエリア。


「ナギくんのお兄さん、今日は登校してるはず」

「体調が良い日は、午前中だけ講義を受けて、昼前に帰るってシナリオだった」


 キョウカの言葉は、淡々としている。

 まるでチェックリストを読み上げるみたいに。


 ——楸ナギの兄。


 血は繋がっていない。

 それでも、誰よりもナギを肯定してくれた人。


『ナギの占いはすごいよ』

『この力は、きっと誰かの役に立てる』


 画面越しに見ていたはずの台詞が、今は生身の人間の言葉として胸に刺さる。


(……この人が)


 彼がいなければ、ナギは壊れていた。

 そして、彼を失ったからこそ——ナギは歪んだ。


 遠くに、医務室の入口が見える。

 その前に、見覚えのある後ろ姿があった。


「……いた」


 思わず、足が止まる。

 キョウカも、同時に視線を向けた。


 背は高く、少し痩せている。

 風に揺れる長い白髪と、どこか儚げな佇まい。スチルでみた彼そのもの。


 ——生きてる。


 その事実だけで、喉の奥がきゅっと詰まった。


「今のところ、まだ大丈夫」

「でも、油断しないで。シナリオでは——」


「分かってる」


 私は、深く息を吸った。


 あの事故が起きるのは、放課後。通学路の横断歩道。その日はたまたま、ナギくんがそばにいなかった。重なった不運。重なった、悲劇。


 知っている。知ってしまっている。


 だからこそ。


「行こう」


 声が震えないように、意識して言った。

 キョウカは一瞬だけ私を見て、すぐに頷く。


「ええ。ヒロインちゃんなら——」

「それ以上言ったら、殴る」

「……わかったよ」


 二人で、兄の方へ近づく。

 まだ、こちらには気づいていない。


 声をかける理由も、正当な名目もない。

 ただ、未来を知っているという一点だけで動いている。


(不自然だよね)


 理由もなく近づくなんて。

 関係者でもないのに、忠告するなんて。


 でも。


(知ってるのに、何もしない方が、ずっと不自然だ)


 その瞬間、兄が小さく咳き込んだ。胸を押さえ、少しだけよろける。


 反射的に、足が動いた。


「大丈夫ですか?」


 声をかけたのは、私だった。

 兄は少し驚いたように顔を上げ、柔らかく微笑む。


「ああ、ありがとう。ちょっと立ちくらみがしただけだよ」


 その笑顔を見て、胸が締めつけられる。

 こんな人が、何の前触れもなく——。


「無理、しないでください」

「今日は、早めに帰った方が……」


 言いかけて、言葉を飲み込む。

 これ以上は、不自然だ。


 隣で、キョウカが一歩前に出る。


「そうです。最近、学園周辺で事故が多発してるって聞きました」

「特に、夕方は」


 完璧な作り話。でも、声色は真剣だった。

 兄は少し考えるように視線を落とし、やがて苦笑する。


「見ず知らずの僕に、親切にしてくれてありがとう。でも、僕は君たちのような可憐な女の子たちの方が心配だな」


 サラッと言う言葉に下心を感じない。こんな状況なのにも関わらず、彼の妖艶で儚げな笑みに一瞬胸が高なった。


 ——信じてもらえない。

 ——まだ、未来は変わっていない。


 でも。


 私とキョウカは、視線を交わした。

 同じものを見ている。同じ未来を、思い出している。


 そして、同じ決意を胸に抱いている。


 楸ナギの物語を、悲劇で終わらせない。


 これは、攻略じゃない。運命の上書きだ。

 迫る分岐点を前に、私たちはまだ、立っている。


 ——未来は、これからいくらでも選べる。







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