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11.未来を知っている二人

 



ひさぎナギルートのシナリオ、忘れたの?」


 その一言が、頭の中で何度も反響する。

 まるで、内側から壁を叩かれているみたいに。


 私は何も言えず、ただ橘キョウカを見ていた。

 喉が、ひりつく。乾いた息しか出てこない。


「……楸ナギ、ルート」


 彼女の言葉を、なぞるように繰り返す。

 やっと絞り出した声は、自分でも驚くほど弱々しかった。


 橘キョウカは、少しだけ眉を寄せた。

 ついさっきまでの、解釈違いだのヒロイン像だのと捲し立ててきた彼女とは、まるで別人の顔だった。


「本当に、覚えてないの?」


 念押しするような声色。

 私は無意識に、拳を握りしめていた。


 ——彼のルートは、一度しかプレイしていない。

 だから印象が薄い、というのも事実だ。


 けれど、それ以上に。


 私は、この世界を“現実”として認識しすぎていた。

 イベントも起きず、ヒロインらしい展開もなく、ただ普通に日常を過ごしていたせいで。

 すっかりシナリオのことが頭から抜け落ちていた。


 いつの間にか忘れていたのだ。

 自分が未来を知るヒロインだということを。


 言葉を探している間にも、嫌な予感だけが膨らんでいく。

 無言を肯定と受けとったのか、彼女は小さくため息をついた。


「呆れた……てっきり、彼のこと前世で好きだったから一緒にいるんだと思ってた」


「……ナギくんは、友達だから」


 力なく吐いたその言葉に、あまり説得力はない。

 橘キョウカは、すっと視線を逸らした。


「彼のこれからの不幸を呑気に忘れてて、なにが友達なの」


 ——頭を、鈍器で殴られたみたいだった。


 正論だった。

 否定のしようもなくて、私はただ黙り込むしかなかった。


 なんで忘れてたんだろう、これから彼に起こることを。


 楸ナギルート。

 前世でプレイした乙女ゲームの中の物語。

 画面越しに見ていた、キャラクターの人生。


 でも今は違う。


 楸ナギは、ここにいる。

 実在していて、何度も私を助けてくれた、大切な友達だ。


 ——なら。


 今度は、私が彼を救う番。


 楸ナギのルートには、避けられない“曇らせイベント”がある。


(……もう、そんな時期?)


 頭の中で、日付と状況がゆっくり噛み合っていく。

 彼には、大切な人がいた。


(……兄)


 その言葉が、頭に浮かんだだけで、心臓が強く跳ねた。

 血は繋がっていないけれど、家族よりも家族だった存在。


 そして——

 唐突に訪れる、あの喪失。

 それが彼の価値観を大きく歪ませる、決定的な“転換点”。


(まだ、起きてない)


 だからこそ、厄介だった。


 知っている未来、変えられるかもしれない未来。

 けれど、私が知っていること自体が不自然な未来。


 どう頑張っても、理由を説明できない。

 偶然にしては正確すぎる。


(……それでも)


 知っているのに、何もしない。救える命を、見過ごす。そっちの方がよっぽど不自然だ。


 胸の奥で、答えが静かに形を持ち始める。


「橘キョウカ、さん」


 私は、真っ直ぐ彼女を見る。


「ナギくんのこと、教えてくれてありがとう」


 今は素直に、同じ境遇の彼女がいてくれて良かったと心から思った。私一人だったら、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。


 橘キョウカは、驚いたように目を瞬かせた。


 楸ナギの物語は、断片的にしか思い出せない。

 この曖昧な記憶だけで、彼を救える自信はなかった。


 だから。


「お願い、ナギくんを助けたいの。私に、協力してほしい」


 私は、橘キョウカを見る。彼女は、すべてを察したように目を細めた。


「……ヒロインちゃんなら、救える命は救おうと尽力すると思う、それは解釈一致だよ」


 そう言って、彼女は小さく息を吐いた。


「だから、特別に協力してあげる。今のあなたの顔は、ちょっとだけヒロインちゃんに似てる」


 またそれか、と内心で悪態をつきながらも。不思議とブレない彼女になにか安定したものを感じ始めていた。


(会いに行こう)


 楸ナギに。

 それに——ナギくんがいるところに、彼がいるはずだから。


 物語を壊すためじゃない。誰かを“攻略”するためでもない。


 ただ、救える命を、救うために。


 誰にも説明できないまま、二人で“未来の分岐点”へ向かう。


 さっきまで、ただ面倒くさいだけだった彼女が、

 今は、唯一の理解者に思えて。


 その存在が、少しだけ心強かった。









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