95話 その選択をした
その日三郷楽阿は想像していた以上に平穏な学校生活を送った。先週末に出かけた際に持参したパソコンに隠しておいた秘密の妄想資料を同級生の酒々井鉄道に見られたことに気づき、内容が拡散されていないか不安だったが、今朝一人にバレたこと以外は普段通りの一日だった。きっとその一人、小村井陽珠は誰にも言わないでおいてくれたのだろう。
スバルが出かけの誘いを断ったため代わりにラクアが行くことになり、彼が秘密を知られる結果を招いたわけで、せめてもの償いで秘密を守ってくれた。そう信じたラクアは彼に内心感謝した。
けれども警戒を続けるラクアは、放課後にテツジとスバルの所属する部活動を偵察した。入部希望者と誤解されたので退散せざるを得なくなったが、監視アピールが伝わったのか、彼らが言いふらす様子は見受けられず、きっと大丈夫と信じて帰宅した。
動きがあったのは夜。部活動を終え帰宅したスバルが校則で中学校に持ち込み禁止のスマホを手に取ると、グループチャットに投稿した。そこは同学年のAランク能力者のグループ。ラクアはいないがテツジ含め同級生が何人かいる。条件を満たす他校生もいて、その一人の武蔵浦春桜あてに、グループメンバー全員に見える場所でチャットを投げた。同学年のサクラのことを先輩と呼ぶ、奇妙で唐突でだが誤爆ではない一言に、彼女含めほとんど全員困惑した。
『なんかスバルに先輩って呼ばれたんだけど』
『へえー。変なの』
『本当だ。Aランクのチャットにだから、見えるの私たちだけね』
別のグループチャット、ランクではなく能力者に認定された時期が同じ同学年すなわち"同期"のメンバーの方に、サクラが呟いた。ラクアはこちらに参加しており、彼女を先輩と呼ぶことに心当たりがある彼は動揺を隠しながら平静を装った文章で返した。サクラ同様にAランクでスバルのチャットを見えるのは、このグループでは美南哀月のみ。アイリも彼の一言を見たが、謎としか思わない。サクラ本人も、先輩と呼ばれる理由に思い当たる節がない。なにせラクアの脳内設定なのだから。
ラクアはサクラを先輩と呼ぶことと、そう呼んだのがスバルであることから、例の妄想資料の匂わせ狙いの投稿だと察し、真綿で首を絞められる感覚に囚われた。だがそんな本音を吐露すれば余計に恥ずかしい思いをするだけなので、この場は知らないフリで乗り切った。
ただ朗報ではあった。サクラもアイリも心当たりがないということは、少なくともまだ彼女らに例の妄想資料のことは伝わっていないと考えられる。もし知られていたら、勝手に恋愛相関図を考えられているのがバレて、ドン引きされることだろう。
翌日、同級生のAランク組で昨夜のスバルの謎の呟きの話が出た。彼自身も意図は明かさず、追加のヒントも出さない。だがテツジだけは彼の呟きの意図を読み取っていた。あれはスバルから自分に向けられたメッセージだと。テツジはスバルを見ており、彼と目が合うと通じ合った。チャットに込めた意図は伝わったとアピールするための視線が届いた。
ラクアの脳内設定を相関図に起こしたのが例の妄想資料。密かに作っていること、彼は恋愛ゲームの主人公で、周囲には多くのヒロインがいる。その中の上級生ヒロインというポジションにサクラを据えた。その資料を直接見たテツジと、そのことに動揺して挙動不審だったラクアに探りを入れて直接見てないが内容を暴いたスバル。お互い会話して情報共有することなく、暗号を通じて認識を揃えた。
そのやりとりを眺めるラクアは一層胃を痛める。知られると特にマズい相手に広まっていないのは救いだったものの、実態を突き止める人が増えていくのを目の当たりにするのは怖い。
そんな日々を送っていると、ある夜に東千葉見悠からチャットで、また休日に出かけないかと誘われた。前回は彼女がテツジを誘い彼がラクアを誘う形で出かけたが、今回は彼から何も聞いていない。
このミハルこそラクアが苦しむ元凶というべき存在。気に入った相手の秘密の覗く能力を持った、親しまれるほど危険になる女子。彼女の前でパソコンを置き去りにしたばかりに、教えていないパスワードを入力され、特に見られたくない部類のファイルを更新された。すぐに元の位置に戻して何もいじっていないよう振る舞って、まさか自分がターゲットになるとはラクアも思わなかったから、しばらく経って勝手に彼女が相関図に足されていたのを知ったときは横転した。
あの場にいたのはミハルだけでなくテツジと、ラクアが誘った"同期"の川口青空澄で、少なくともこの二人にもバレている。
これ以上秘密を暴かれてまた周りに広められるわけにはいかないので、もう誘いには乗らないと決めていたラクアは、何かしら理由をつけて今回のは断ることにした。忙しいと言いたいが、それだけでは効果が薄い。きっとまた今度余裕があるときに、と返されかねない。かといってもう関わりたくないなんて素直に言うのも気が引ける。一番楽な解決策は、ミハルが彼への興味を失ってもらうこと。
『俺はパス。他をあたれ』
『まあ。では三人で集まるわ』
断って事なきを得たと思った矢先、またチャットが届いた。実は他に二人来るからラクア抜きのその三人で集まるとミハルは送ってきた。そう聞いて彼は考えが変わった。その二人とは西浦あかりと北参道天羽。ミハルにとってはアゲハが同じBランク仲間というだけで、この三人に繋がりはない。せいぜい同学年能力者仲間なくらいだ。
けれどもラクアにとっては違う。アカリとは"同期"でアゲハは今月の初旬に肝試し会場で会い、ともに乗り越えた。そんな縁があったのを理由に二人してヒロイン扱いして相関図に含めている。他にもアスミだったり対象はいるが、もしミハルがそのことを二人に明かしたらと考えるとゾッとする。他に接点が思い当たらない面子を見て、嫌な予感がした。
『やっぱり行く』
さっきの発言を撤回して、ラクアは三人と週末に会うことにした。なぜミハルが二人を誘ったのかは、聞かないことにした。
当日、ラクアは待ち合わせの駅に着く。そこにはミハルとアカリが先に着いていた。
「こんにちはラクア。奇遇ね」
「おう……」
ラクアはアカリに会うのが怖かった。彼女が安心して留学に申し込めるように、"同期"で取り組んでいるノベルゲーム制作は今月頑張って進め、彼女が一時的に抜けてもメンバーに負担がかかることなく応募を目指す。そう約束したのに貴重な休日に出かけている場合ではないはずだと詰められそうだからだ。もしそう言われてもアカリ自身も出かけているので責められる筋合いはないと反論を用意していたので会う準備はできていたが、いざ対面したら想定外の反応で拍子抜けだ。
「俺もこいつに呼ばれて」
「そうだったの…… 他に二人来るとは聞いていたけど」
アカリはラクアが来ると知らなかった。今会ったのも偶然同じ時間に同じ場所に来ただけと考えて、ここは乗り越え駅だから別々の目的で鉢合わせになるのも不自然とは思わなかった。そして彼が出歩いていることを責めることもなく、彼の思い過ごしだった。
ラクアがアカリの反応を予想外だと思ったのは、彼はミハルから他に来る二人の名前を聞いていたからで、その二人にも同じように誰が来るか伝わっているものと思い込んでいた。だが彼女は、四人集まることしか知らず、誰が来るかは現地まで秘密にされていた。
「俺が来ること伝えてなかったのか」
「ええ」
「まあいいけど」
あくまでも確認のつもりでラクアはミハルに尋ね、判明したところで特に気にしなかった。なぜ伏せておいたのか探る気はなく、伏せてたことで問題が出たわけでもないから。
「……ラクアは知ってた?」
「ああ。最初は行く気がなくて、他の人を誘えって言ったら、アカリたちを呼んでいるって」
「そう…… その選択をしたからなのね」
アカリはなぜ自分とラクアでミハルからの扱いの差があるのか気になって探りを入れると、自分と彼で誘いへの反応が違った結果と考え、疑問が解消した。彼は二つ返事でオーケーしたのではなく、その選択の結果、他に誰が来るか聞くというイベントが発生した。ノベルゲーム制作に触れる中で、彼女はゲーム風の解釈をし、腑に落ちた。
そしてアカリは、ラクアと会ったときにかけた言葉を思い返し、彼に弁明した。
「あの、奇遇ねって言ったのはラクアが呼ばれてるなんて思わなかっただけで、だってこの子と仲良いってイメージがなくて」
ものすごい勢いで訴えかけるアカリにラクアは面食らう。確かに奇遇と言われたのは彼女が彼に会うと想定していなかったことを意味するわけで、おかげで彼は彼女がミハルから今日来る人を聞いていないことに気づけた。
他に二人来ると聞いていて、実際に来たラクアをその候補と考えなかったことを根に持つなんてことはない。けれどもアカリは彼に悪い印象を持たせてしまったと思い込んで、必死に誤解を防ごうとしている。
「ラクアのこと眼中になかったわけじゃなくて、むしろ……」
「悪いな、期待を裏切って。約束破って呑気に遊んでて」
だが却ってラクアに誤解を与えた。彼はアカリから、この時期は遊ぶのを我慢してゲーム制作に没頭していると期待されていて、今日来る候補から真っ先に除外されていた。だから会ったのは別件と思い込んで、奇遇と発言した。
けれども実態は違うわけで、遊ぶはずがないという信用をラクアは踏みにじった。自己嫌悪とそもそもプライベートを縛られることへの苛立ちから、彼は露悪的に言い放った。
「違っ…… そういうわけじゃ」
「やっぱり帰る。やることあるんだ」
「今日は持ってこなかったの? あのパソコン」
待ち合わせ場所に来ただけで帰るのではお金と時間の無駄だが、八つ当たりしたい欲が勝り、引き返そうとした。アカリは咄嗟に掴んで引き留めると、ミハルが口を挟んできた。ラクアの言うやることとは、前回同様に持ち込んできたパソコンの作業なのかと。
それを聞いてラクアは肝が冷えた。そのパソコンの中身を見たミハルがアカリたちに話すことだけは避けたくて今日来たといっても過言ではない。彼はアカリと会うのは知ってて他のメンバーと偶然会う可能性も考慮して、遊ぶだけではなく隙間時間に作業を進めるやる気があると誇示するために今回もパソコンは持参した。ミハルに触られるとまた秘密が暴かれてしまうが、前回の反省を活かし肌見放さないと決めている。触らせなければノーリスクだ。
「……持ってきた」
ラクアは素直に答えて引き返した。置いてきたと言えば進める気があると言い張る予定が破綻する以上、嘘はつけない。そして持っているのなら急いで帰る説得力がない。どんなにカッとなっていても秘密がバレて開き直れるほど自暴自棄になれる度胸はない。帰ってミハルを野放しにするリスクを潰すべく、帰る発言は撤回した。
一方アカリは二人のやりとりに引っかかる点があった。"今日は"と言ったあたり、前にもこうして会っていたのかと疑惑が生まれた。自分が知らないだけで二人は親しい関係なのかと考え、けれども受け入れ難い。
「あれ、もう着いているみたい」
だがミハルの一言で彼らの意識はアゲハとの合流に向いた。会話の最中に彼女にチャットが届いて、駅に着いたのにどこにもいないと困っている。ラクアは探しつつ、場所が違う線を疑った。
「別路線の駅にいるんだ」
「確かに。じゃあ移動しようか」
別の路線の同じ駅名。アゲハだけ違う方にいるから、探しても見つからない。チャットを続けてその説が正しいと判明し、元々彼女がいる方へ向かう予定だったこともあり、待ってもらって三人で合流しにいくことになって解決した。
「……誰が来てるの?」
「どんな子?」
「アゲハって奴。今月こっちに来て、サクラと一緒に住んでる」
歩きながらアカリはミハルにチャットの相手は誰か尋ねた。すかさずラクアに横流しにした。彼女はアゲハの名前を知ってて今月からBランクに加わったこともあり中身を多少知っているから自分で答えられるが、今回において重要なのは彼にとってどういう存在かだ。あの相関図に載っていたから、今日はアゲハとアカリを呼んだ。
ミハルはラクアがアゲハのことをどう説明するか気にして耳を傾ける。だが彼はアカリに伝わるように説明することを意識して、"同期"のサクラと親しい子だと簡潔に答えた。狙い通りアカリには彼女らの関係性が伝わった。
「……その子を呼んだのは?」
次のアカリの質問にラクアは黙り込んだ。なぜそんな子と今日出かけることになったのか、彼は正直に答えると妄想内でヒロイン扱いしている一角と白状せざるを得ない。ミハルの暴露されるのを恐れているからといって、自分から明かす覚悟もできていないのだ。




