7話 楽なはず
ノベルゲームの世界観は三人とも考えた。次はキャラクター作成。それができたらシナリオや選択肢を考えて、ノベルゲーム用のソフトウェアに文章やプログラムを打ち込んでいく。さらに絵や音楽を作ってゲームに取り込んで、テストして不具合を見つけて直す。まだまだ完成は遠い。
「使命とは目的と行動。そのキャラクターが作中で何をするか明確にしないとストーリーは進まない」
「確かに、外見はあまり関係ないね」
「ゲームで性別や名前を自由にできるのも、そういうことか」
三郷楽阿が読み上げた解説動画によると、キャラクター作成において要点は使命、性格そして外見の三つがある。ノベルゲームは物語を進めるゲームで、その物語はラクアたち作成者が考える。主人公の目的が分からないと物語は書けないし、どんな行動をするか分からないとストーリーは進まない。だから使命を考えるわけで、そこに関係ない要素が無くてもゲームとして成立する。それは遊んだことがあるゲームソフトで実感した。キャラクターがどっちの性別でもどんな名前でも、あるいはどんな格好でも、関係なくクリアできるのは、使命と無関係だからだ。
「で、使命には必然性と説得力が必要で、納得できる行動原理を考える」
「必然性……どうしてその使命を果たそうと目的を持つのか」
「アニメで旅する主人公がいるけど、それは夢を叶えるためって感じだよな」
かといって使命を考えるだけでは足りない。アニメの主人公を例に考えると、冒険をしているがそれは世界一になりたいから、などと作中で宣言している。旅が使命なら、夢は必然性。旅をする理由は夢を叶えるため。使命と必然性の関連性に納得したところ、別の疑問が浮かんだ。
「……そいつらはなんでそんな夢があるんだ?」
「分からない」
「言われてみれば、知らないかも」
夢は明確でも、なぜその夢を追いかけるのか。動機が不明な主人公がいることに気づく。つまり必然性があっても説得力が不明ということだ。武蔵浦春桜も、水天宮千城も、思い当たる節がない。言われるまで疑問を持たず楽しく観ていた。
「……まあ、そういう世界観だからじゃない?」
「そうかも。皆その夢を持つのが普通な世界だから」
そこで考えると、何も主人公だけがその夢を追いかけているわけではないことに気づく。誰もが世界一を目指し、ときに主人公と勝負する。作中では持って当然の使命であり、主人公も例外ではない。それなら合点がいく。
「つまり世界観が関係しているってことね」
「あー、繋がったわ」
そこで関係してくるのがゲームの世界観だ。舞台やジャンルがキャラクターの使命に不明だった説得力を与える。ノベルゲーム作成に必要な作業に触れて、店と点が線で結ばれる感覚が走った。学校の授業で過去に学んだ分野が新しい単元に絡んできたときと同じような感覚だ。
「でも俺のは違うな……」
「確かに。私たち、周りと同じことするわけじゃないわ」
「それに、相手ありきだし。皆、関係性を変えることがゴールでしょ」
だが同じように説得力を持たせることはできないと気づく。何せラクアたちのゲームにおいて、主人公の役割はオンリーワンで、同じ夢を持つ他キャラクターと争うことはない。世界観を使命の説得力に流用することができないのだ。
そして主人公とヒロインや他キャラクターとの関係性が変わることがゲームの終着点。ラクアはヒロインとと結ばれ、チシロは周囲との和解、そしてサクラはヒロインの本当の姉になる。どの使命も相手に受け入れられて成立するもの。
「これも俺から考えていいか? キャラが少ない分、楽なはずだし」
「そうか、賛成」
世界観を決めたのもラクアが一番手だったが、彼は使命を練るのも自分を最初にしたいと名乗りを上げる。登場キャラクターが彼はメインの二人で事足りるため、考えやすいと判断した。
「私もワタルと二人だけど」
「いや、お前のはクラスメイト大勢だろ」
「そして私は、私と妹とその死んだ姉で三人」
チシロの物語は年子への偏見で弄ってくる周囲との和解がゴールで、その使命に関連するキャラクターは多くなる。一方サクラの物語には主人公とヒロインと、その亡き姉の三人が登場する。人数の少ない順に使命を考えるなら二番手はサクラとなる。
「受け入れろ。ゴールは兄との結婚じゃねえ」
ラクアは改めて現実を突きつける。ラクアもチシロも各々の理想をトゥルーエンドとする夢は意見の出し合いの末に阻まれた。ラクアは恥に耐えてキスまで描き、チシロは兄との結婚は一つのバッドエンドとして描く。形は違えど苦しいのはお互い様だから、現実逃避を許さない。片付いたところで、彼はキャラクターの使命の話に戻す。このキャラクターのモデルは自分と好きな人だ。
「そして……使命の説得力も考える」
テーマはキャラクターの使命と、その必然性と説得力。これらをまずは主人公から考える。ヒロインの使命はどうするべきかふと疑問に思う。
「これ主人公だけでいいのか?」
ラクアは解説動画を早送りし、出来上がったものを確かめる。そこには使命に加えその後考える性格や外見、特技などを書いた設定資料の例が映されていた。それは主人公一人分だけではない。同じ項目、同じサイズで他キャラクターの分も作成されていた。つまり、最低限メインキャラクターは全員キャラクター資料を作らないといけないのだ。
「ヒロインの分も作るのか」
「そりゃあ立ち絵とか表情とか必要だし」
「使命だってあるはずよ。人間だもの」
ラクアは納得しものの困ってしまった。モデルがいるから性格と外見は平気だ。平気といっても万が一本人に知られたら間違いなく嫌がられるからバレないように名前も見た目も変えておく。ただ惚れた笑顔だけは本人とそっくりに描くつもりだ。
そして問題は使命。本人の夢そのものではなく、物語に関係する夢だ。
「……使命に、俺は関係ない」
「あったら片想いじゃないもんね」
チシロの言葉が事実だが心に刺さる。ラクアと二人の違いは、相関関係の有無。きょうだいではなく元同級生で、もう会話さえしていない。そんな勇気があったら、未練をゲームで晴らそうなんて惨めな行動に出ていない。今も彼とは同級生で相手のことも当時からよく知っているチシロは、彼の今の呟きの意図がすぐに分かった。二人とは知り合ったばかりでその子と面識のないサクラは、チシロの返しでラクアの呟きが意味するものを察した。
「そうか。むしろ場合によってはラクアが邪魔ってことも」
サクラの意見もラクアに追撃を浴びせた。女子校に進学したとは聞いているから、勉強に力を入れたいと予想がつく。その使命から、恋愛にうつつを抜かしている場合でないというスタンスでも不自然ではないわけで、仮に告白しても断られる線は考えられる。
「それはバッドエンドでいいか」
だがその線はゲームに利用できる。告白失敗のバッドエンドとして。思い切り他人事でゲーム脳なサクラの考えは、もしそれが現実になったらと想像するラクアの精神に大きなダメージを与えた。
「そ、そうだな。最初は好感度足りてないから、普通にコクっても失敗って流れで」
未来の自分ではない。ゲームの中の自分の結末の一つだと割り切って、ラクアはメモをする。ヒロインの使命に主人公無関係。好感度が一定以上にならないとグッドエンドにならない。その好感度は、これから作る、ノベルゲームの醍醐味である選択肢で上げていく。ゲームの面白さをアップさせるには、現状の疎遠な関係は却って好都合だ。彼は悲観しつつも肯定的に捉えて、まずは主人公のキャラクターを考える。
「えっと、使命は」
「告白すること」
「……その必然性は」
「……何だっけ」
ラクアは使命を自分で言おうとしたがチシロに先を越された。筒抜けなのは悔しいが合っているのでそれを書く。次はヒロインに告白する必然性だが、それはチシロでも思いつかない。好きだからという理由はあるが、告白成功してどうしたいかは聞いたことがなかった。
「笑顔が可愛かったからじゃなかった?」
「それなら今でも見られるじゃん。お菓子食べて、嘘でも美味しいって言えば」
サクラは先ほどラクアから恋に落ちた過程を聞いた。それは幼い頃、他の男子に不評だったお気に入りの飴を彼は美味しいと言って、すると見せた笑顔に恋をしたというもの。チシロの言う通り、今も飴を貰いにいって美味しいと感想を述べれば喜んでくれることだろうから、告白しなくても満たされる思いだ。
ちなみにチシロは美味しいと思わないので試したことは一度もない。ラクアも泣かせたくなくて我慢して美味しいと答えたに過ぎないと言っていたから、それが普通の感想だと思っている。
「そうだ、美味しいって嘘ついたのがバレるのもバッドエンドで」
「主人公は嘘つきって特徴も入れとこう」
そしてサクラの思いつきでまた駄目な結末案が、チシロの気づきで主人公の欠点が追加された。肝心の主人公の使命に関しては何も進捗がない。
「いっそ本人に聞いてみる?」
「え、私も会ってみたい」
「待てよ」
嘘をついたことはすでにバレているのか、使命はラクアと無関係なのか。ヒロインのキャラクターを考えるにあたり、チシロはモデルから直接情報収集をしてみてはどうかと提案する。私立へは進学したが自宅から通学しており、友達と出かけてなければ歩いて家までいって聞いてもいい。するとサクラは、こっそりでもいいからラクアの好きな人を見てみたいと思い、会いにいくならついていきたいと進言した。
だがラクアはストップをかける。この企画のことは本人に知られたくないから、万が一に備えてチシロたちの接触は許さない。
「でも先に進めなくない?」
「そうそう。ラクアのためにもなって」
ラクアが手詰まりだから彼の助けになると思っての行動だとチシロは説得を試みる。しかしその目の煌めきから、好奇心に正当性を塗った興味本位が原動力だと見抜いた。
「それは俺がやる。俺の使命だ」
「……やるって、ラクアが?」
ヒロインとの接触で情報を探る。それは主人公である自分の役目だから手出しさせない。ラクアは宣言した。ただその行動が現実かゲーム内か疑問に思う。
「両方だ。悩んでいる自分でしか書けないこともある」
「あー、連動するってこと?」
「確かに面白そう」
今確かめたら分かった状態でゲームの物語を考えることになる。それでは自分とゲームの主人公がリンクしない。主人公が知らないはずの情報を、作成者は握っている。それでは主人公に感情移入できない。それがラクアの言い分で、サクラたちは意味を理解した。
物語を考えて、現実での距離を詰める。そうやって現実とゲームでヒロインとの関係を連動させて完成を目指す狙いなのだと。そしてその連動という進め方は、同じく自身の境遇をゲームにするサクラたちも採用に前向きだった。彼女らのゲームにも、身近人がモデルのキャラクターが登場する。
「つまり、ラクアの……主人公の使命は告白することだけど、必然性はハッキリしてなくて……それはアイ」
「相手の、子の使命を知らないから。だから好きでも告白できない」
チシロがヒロインのモデルの名前をポロッと出すと察したラクアは咄嗟に言葉を被せ、事なきを得た。相手の使命にとって自分は邪魔な存在ではないか、それを恐れて自分は告白に必然性を見出せない。勇気を出せないことへの言い訳にもなるその設定で、ラクアは自分を納得させた。
「だから少しずつ距離を詰める」
「……それはなんで? 諦めないの?」
ゲームのように段階を踏んでいく。そう宣言したラクアにチシロはさっきと同じような質問をぶつける。そこまでその子に固執する理由は何なのかと。理由なら簡単に出るはずだ。容姿が好みとか、性格とか趣味とか。
けれどもそういう根拠がないなら、吹っ切れて他の子との付き合いを目指す方が良いように思えたのだ。
「確かに。例えば私とチシロがラクアに好きだって言ったら断る?」
サクラは彼の反応を窺う。自分ではその子の代わりになれないか、そこに彼がハッキリと意思を持てれば、それは主人公の使命の必然性や説得力を固める判断材料になる。付き合えれば誰でもいいか、何かしらの要素が好みの相手がいいというこだわりがあるのか。
「どっちも断るかな」
「へえ、一途なのね」
そんな夢みたいな経験はないし、想像したこともない。選ばなかった人のことは考えたくないから、同時に告白されたら両方断る。そんな本心は隠し、けれどもそういう思考回路を持つことはゲームにも反映させようと考えた。他にはそのシチュエーションの対処法をネットで検索し、参考にしようと考えた。