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6話 姉になる

 ノベルゲーム作成、今のステップはゲームの世界観を考える段階。三郷(みさと)楽阿(ラクア)水天宮(すいてんぐう)千城(チシロ)は決定したので最後は武蔵浦(むさしうら)春桜(サクラ)の番だ。


「感情は感動泣き、か」

「うん、それでいく」


 サクラがこれまでに決めたことを振り返ると、プレイして得られる感情は感動泣き。感動とは感情が揺れることでラクアとチシロが作る物語にも求められる概念だが、彼女の場合は泣きに注力する。それは二人に比べてハードルが高い。


「難しそうだけど、自信あるな。ジャンルはどれ?」


 世界観はジャンル×舞台で構成される。解説動画の一例からラクアが恋愛もの×学校、チシロは青春もの×学校を選択した。彼らは中学三年生なので、舞台は自然と学校に偏った。ちなみに三人は今チシロの部屋に集まって話し合っているが、今後各自の自室で会話することを想定して、各々のパソコンと向き合って同じ画面を見ながら会話している。


「……ミステリーかなぁ」

「へえ、意外」

「もしかして私たちと被ったせい?」


 泣けるとなると恋愛か青春あたりと予想していたラクアたちは、自分たちが先に選択してしまったせいでサクラの択を削ってしまったのではないかと心配した。被っては駄目というルールはないが、被ると身内同士の比較になりそうだから避けたい気持ちは分かる。流れで番を最後にしてしまったことを申し訳なく感じた。


「ううん、違うよ。恋愛は無いし、青春はあるけどメインはこっち。だから大丈夫」


 しかしそれは誤解だとサクラは告げる。自分で考えたうえでミステリーを選択し、それが偶然二人とは被らなかっただけのこと。余り物から選択したつもりは微塵もないから、気にしなくていいと答えた。


「私と妹……フユキとの話だから」

「お前も自分たちをモデルにするのか」


 発端はラクアの趣味がゲーム作成で、特殊能力者になった時期が近い"同期"の課外活動としてオリジナルのゲームを作ろうという話になり、自分たちでシナリオを考えるノベルゲームに決めた。だから架空の物語でいいのであって、必ずしも自分を主人公にする必要はない。ラクアが自分を主人公にすると言い、チシロも乗った。

 その結果、二人は恥ずかしい結末を求められたり自分の歪んだ理想はバッドエンドにされたりと、思いがけないダメージを受けた。そんな惨状を目の当たりにしてなおサクラも続こうとしていることに、止めた方が身のためだとラクアは忠告したくなる。加えて二人と同様、ここにいない知人も勝手にモデルにするつもりでいる。



「私とフユキ、年子だけど本当の姉妹ではないの」

「……やっぱり。それで苗字が違うのか」


 ラクアは以前から疑問に思っていた。広小路(ひろこうじ)冬雪(フユキ)が、なぜ苗字が違うサクラのことをお姉ちゃんと呼んでいるのかを。知り合ったばかりゆえ、迂闊に触れない方がいいと考えていたが、サクラ本人から真相を聞いて理解した。

 一方、チシロは嫌悪感を抱いた。


「聞いてラクア! 私この前サクラと観覧車乗ったとき、年子仲間だって打ち明けてきたけど嘘だったの!」

「あのときはそう……そういう設定で通す気でいたから」


 この狭い輪で年子仲間ができたことを運命的だと喜んでいたチシロは、裏切られた事実にショックを受けていた。原因は勘違いではなくサクラに騙されたことにあると明かされると、ラクアに同情を求める。

 そしてサクラが嘘をついた理由は、チシロが年子と聞いたから自分もと言って共通点を作り会話のネタを増やすためであり、当時は苗字違いの実きょうだいという設定で通しても問題ないと判断した結果だった。


 だがサクラはこのゲーム作成にあたり、自分たちは義理のきょうだいという設定で通した方が自分をモデルにする物語を考えるうえで好都合と判断した。そのため嘘と白状し撤回したのだ。


「だから髪の色とか違うのか」

「そ、そうなの」


 気にせずラクアは姉妹で髪の色が違うことに納得した。フユキは水色、サクラは桃色。きょうだいにしては差が激しいが、それぞれの名前的にしっくりくるカラーリング。傍からみればどっちがどっちか分かりやすい。

 サクラとしては今のラクアの呟きはありがたかった。義理の姉妹だと納得してくれたから、チシロも信じた。


「そういえば背もフユキのが高いかも」

「そうなん? いうて個人差だろ」


 ラクアはそこまでは分からなかったが同い年なのは事実なわけで、妹のフユキの方が身長があるとしてもそれは成長差の範囲内で、実きょうだいでもあり得る話だとツッコむ。


「ラクアから見たら皆チビだよね」

「そんなこと思ってねえ!」


 断じて彼からすればどんぐりの背比べと見下しているつもりはないと弁明した。チシロの矛先が彼に向いた隙にサクラは話を戻す。


「フユキの姉は死んじゃって、身寄りのない私が代わりになった」

「えっ、本当? それ」


 死とか身寄りとか代わりとか不穏なワードが連発され、思わず耳を疑う。だがサクラ本人は顔色を変えない。嘘や冗談と言って撤回する素振りもない。

 そのときラクアはふと思い返す。サクラが自己紹介のときにサラッと口走った夢のことを。


「いなくなった人にまた会えるってのは」

「うん。だから私は言葉と錯視で、本当の姉になる」


 サクラの言ういなくなった人とはフユキの姉のこと。そして錯視は言葉では伝わらないと思いチャットで投稿する。サクラは騙し絵に興味がある。その動機は、消えてしまった人がさも帰ってきたかのように騙せるようになること。そして自分はフユキの亡き姉になりきることが目標だ。あの自己紹介は、特殊な姉妹関係と繋がりがあったのだ。


「……この話、他の人には内緒よ。もし喋ったら……」

「言わねえよ。この企画のこと言いふらすんだろ?」


 ラクアはサクラがどう脅してくるか読めた。彼の作る世界観を話しているとき、散々弱みを握られた。片想い相手との恋愛もの創作など、知人に知れ渡ったら堪ったものじゃない。話が早くて助かる、とサクラは無言で微笑み、話を続ける。


「確かにそんな話ならミステリーに決まりね。謎でいっぱいだもの」

「確かにな。サクラの過去とか、亡くなった原因とか」


 サクラの話を聞くだけで疑問がいくつも湧いてきた。それが妄想ではなく事実だというのだから驚きだ。ラクアやチシロが考えるゲームとは、また違う楽しみがある。


「それも書くつもりよ。ゲームの中に」

「そうか……というか、ミステリーで結末を聞くのはヤボか。チームとはいえ」

「でも止めるのはもったいないよ」

「そうかもだけど、一人じゃ作れないと思うし……特にラクアの力が必要」


 一緒に作るとはいえ、計画の段階でエンディングを教えてもらうのはミステリーという点ではもったいなく思えた。ラクア自身、プレイして初めて自力で辿り着きたい願望がある。かといってボツにするにも惜しい題材だから悩ましい。

 するとサクラは二人の協力が必要だと告げた。物語は頭の中にあって解説動画は一人で視聴できても、それを作品という形にするには周りの意見やチェックが不可欠だし、何より技術不足だ。


「だから今言える範囲で」

「よし、当ててやる。実は生きてて変装した本人だ」


 かといっていきなりネタばらしするにはもったいないので、どんなエンディングを迎えるかを話す。そうしようとした矢先、発表される前に自力で言い当てようと意気込むラクアが推理した。その勢いにサクラは面食らう。



「だったら正体明かすよ。他人のフリしないでさ」

「それもそうだ」

「あ、じゃあ幽霊。別人に憑依したとか」

「それは誰かが行方不明ってことになるわ」


 推理に反論されるとラクアは撤回した。今度はチシロが発言する。それにもすぐ言い返すと反論が出ない彼女は引き下がった。


「よくスラスラ返せるな。まるで前もって考えてたみたい」

「正解。実は二人の話聞きながら、話すこと考えてたの」


 ラクアは自分たちの推理にサクラが間髪入れず指摘できるのを不思議に思ったが、それはこれまでの時間を準備に充てていたからと聞いて納得した。先に彼とチシロが各々の世界観を練っている間に、サクラは自分の番になったときの会話を想定していたのだ。そして正解はラクアの推理。彼女は姉本人だが、正体を明かせない理由がある。その理由はゲームに仕込む。この場では答えない。


「で、舞台は……二人と同じで中学生の自分たち。季節は冬から春にかけて」


 サクラは姉の死を冬、フユキとの出会いを春で想定し、物語の時期を決めた。ジャンルはさっき言った通りミステリーで、二人の謎を解き明かすことをテーマとする。ここまで決まったら、次はトゥルーエンドだ。



「バッドエンドは想像つくよ。うっかり謎がバレちゃうとか」

「ああ。それで二人がもう会えなくなるとか」


 後で決めるバッドエンドはラクアたちにも想像がつく。秘密の場面に出会した結果口封じされてしまう、ミステリー定番の犠牲者ルートだ。謎を追求して不用意に行動した結果と考えれば、ゲームに落とし込みやすい。


「……駄目かな?」

「何が?」

「もう会えなくなるって」


 そこに疑問をぶつけたのはサクラだった。何せ彼女が考えたトゥルーエンドは、結末だけ見れば今ラクアたちが想像したものと同じだから、それがバッドエンドとの差別化になると思われていることに疑問を抱く。


「……もしかして実は生きててサクラも親が帰ってきて、お別れのトゥルーエンドとか?」

「そんな良い話じゃないよ。私が消えて妹が悲しく泣いてジ•エンド」

「え?」


 トゥルーエンドが良い結末とは限らない。物語的におさまりが良いのであって、プレイヤーの理想たるハッピーエンドとは別物。少なくともハッピーエンドはお別れではない。何かしら起こって二人はずっと姉妹でいることが、謎こそ残るものの悲しみのない理想の結末。

 それに対し真実の結末は、すべての謎が解けることで迎えるエンド。ゆえにサクラは明らかになった家族の元へ、フユキは見つけた本当の姉と再会する。代わりに二人は姉妹でなくなる、あるいはうまいこと三人で姉妹になるなどが考えられる。


 しかしそれらは悲しさが足りない。サクラが描きたい真実の結末とはかけ離れている。誰も報われず泣いて終わる結末こそ、彼女が望む結末なのだ。


「それは感動? 鬱って言わねえ?」

「そう? 童話でよくある展開だけど……」

「……まあ需要はあるか」


 童話や国語の教科書の物語にも、苦い結末を迎えるものはあった。それにラクアが暇つぶしに観る動画はブラック企業体験談で、それらは転職したりクビにされたりと心が痛む結末を迎えるものもある。再生回数から他にも大勢観ていることが分かるから、鬱を欲する層がいるのは数字で読み取れる。彼自身も展開や視聴者コメントへの興味本位で観ている。だからサクラの考えは悪くないと思った。何より本人が書きたくて書きやすいなら止める理由がない。


「じゃあサクラの結末は……こんな感じか」


 ラクアはメモに打ち込む。世界観はミステリー×学校で、トゥルーエンドは謎の解明と悲しい別れ、バッドエンドは予期せぬ謎を暴き始末されるなど。そして残すはハッピーエンドだが、ラクアはサクラ基準のハッピーを信用していいのか不安に思う。


「それは私が本当の姉になることよ」

「そういえばそうだった」

「でも死んじゃったのは本当なんだ」


 身構えたのが肩透かしになるほどにサクラの案はまともだった。彼女の夢であるフユキの姉になりきる目標にも繋がる。

 だがチシロの言うように、姉は実は生きていて再会するという結末ではない。まるでサクラの脳内では死は覆しようのない事実かのようだ。


「まあ生きてたら居づらくなるって考えもあるか」


 それぞれの家族に戻るとか、これからは三人で姉妹とか、良い結末は考えられるがサクラの立場が変わってしまうことを考えると、姉として受け入れられることこそ理想の結末という考え方に頷ける。

 これで三パターンの結末が決まった。バッドエンドは複数あっていいが、それはこれから展開を決めつつ追加すればいい。


「よし、ひとまず全員できたな。世界観ができたら、次はキャラクター」

「使命と性格、外見か……」


 解説動画の世界観パートを観終えたら、次は登場キャラクター作成。けれどもどの要素から考えたいかで、次の動画を観る順番が異なるのがこの動画の構成。各要素が自分の理想通りになるとは限らない。曲げたくない方を優先し、他を調整するという意味だ。


「外見はもう決まったもんだよ」

「自分たちがモデルだからな。……いや、サクラ、死んだ姉は」

「大丈夫。よく知ってる」


 物語も登場人物も自分の経験がベースだ。そしてサクラが会う前に他界したフユキの姉についても、彼女に色々聞いてあるためか外見は分かっていると即答したので問題ない。

 今の発言は少し怪しいかとサクラは反省する。そして自分の使命を踏まえると、プレイヤーが真相に辿り着いたら、自分は正体と真意を見抜かれたヒロインと同じ結末を迎えてしまうことだろう。ゲームという形で自分を遺せるのは素晴らしいことだと浮かれていた。

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