53話 ケアしてほしい
三郷楽阿は今月下旬から頻繁にカレンダーを気にするようになった。今月中に同学年の能力者が現れると、彼は"同期"に加わる。
別に悪いことではない。仲間が増えるのは楽しい。でも問題点はノベルゲーム作成のメンバーとしても仲間になることで、つまりは彼が作っているゲームの詳細を知られることになり、恥ずかしい。だから今月が早く終わってほしい。来月になったら、能力が覚醒しても五月組として別グループになる。ゲーム作成のメンバーにならないから、関係ないのだ。
だからかラクアはここ数日、特殊能力測定器を確認している。これは自身だけでなく登録された能力者の情報を見られる。彼は春休み、同級生が能力者になった順番を覚えるために確認した。だが以降は誰かが変化に気づいてグループチャットに投稿しない限り確認しなかったわけで、けれども今は何も連絡が無くても、つい気になって確認してしまう。学校にスマホを持ち込めたらわざわざ測定器に立ち寄らなくてもいいのだが、そんな理由で校則を破るわけにはいかないので仕方ない。
今日は先客がいた。水天宮千城はラクアと同日に能力者になった。つまり彼と同じ立場で、測定器の元へ来た理由も同じと考えられた。
「チシロも気になるのか?」
「ラクア……煽ってるの?」
チシロはラクアと違う目的で来た。能力にはランクがあり、それも測定器で見られる。Bランクの彼女は測定して、昇格したか確かめにきた。現時点で最高級のSランクに位置する彼がその中でトップを目指しているように聞こえ、ムカついた。
「人が増えたか見てたんじゃないの?」
「ううん。私のランクが上がらないなって」
ここで二人はすれ違いに気づく。来た目的は違うのに、立場の近さゆえ同じだと思い込んでの第一声を飛ばしていたと。
「トモエに勝ったのにな。何も無かったら殴られ損だぜ」
「いや、倒すことが目的だったからスッキリしたけど」
ラクアと同じSランクの戸塚智絵。チシロは彼女に勝てば能力が進化してその階級に上がれると期待した。とはいえそれはついでの願い。本音は同じくSランクであるチシロの兄、水天宮渡に近づくことへの牽制。ランクがたまたま同じだからという理由でワタルに馴れ馴れしくするなと圧をかけるために倒したのが週末の出来事。
ついでにチシロもSランクに上がったら、同ランクの交流会に参加する権利を得られるわけで監視しやすい。けれどもそれは叶っていないと、この測定器で証明された。
その交流会でラクアはワタルに言われたことを思い出す。"同期"としてチシロのことを気にかけてほしい。特に兄と比べてランクで劣っているとコンプレックスを抱かないようケアしてほしいと頼まれた。
ランクや序列は能力の価値や本人の実力を踏まえて評価される。適材適所。ランクが下でも上にできないことができる強みがある。だからチシロは鉄化させた拳でトモエをノックアウトできたわけで、とはいえそれで両者の価値が逆転することもない。
一度出た序列はちょっとやそっとの努力で変動しない。確認しても他に誰も上がっていない。ラクア自身も覚醒と同時に最高級の評価を得ていたわけで、助言できることは何もない。きっとワタルも同じ考えだ。
「何も変わってないけど、ラクアも見る?」
「いや、変わってないならいい」
ひとしきり見終えたチシロは結果を伝えてラクアに番を譲るも、その結果を知ることが目的だった彼は、今日は見なくてよくなった。とはいえ彼女と違って気になるのは今月だけで、理由を打ち明ける。
「俺が見たいのは新しく誰か増えたかどうか。メンバー増えるかもしれないじゃん?」
「ああ……キリンみたいに自分でゲーム作りたいって言い出したら、アスミは猛反対するよね」
秘密を知られる相手が増えることもネックだが、やることが増えるという懸念点もある。川口青空澄は最初の追加メンバーで、彼らの活動を聞いたときは新しいことを始めず彼らのアシスタントをすると決めた。次の追加で新座黄麟も加わったときはもっと楽になると思いきや、キリンもラクアたちと同様に自分でノベルゲームを作りたいと希望し、結果当初より大変になった。
それは悪いことではない。やりたい気持ちを優先しただけだ。だがもしもまた次にメンバーが加わって、彼も自分で一つ作ると言おうものなら、無謀だとアスミは怒り心頭に達することだろう。それだけ彼女は現実的で、彼女の言い分も分かる。
「あのときはありがとね、アスミを説得してくれて」
「ゲームの話は学校で禁止」
「……言い出しっぺはラクアじゃん」
ラクアはチシロに忠告した。彼が気をつけたいのは活動の詳細を誰かに知られること。だから学校では話題にしないよう頼んだ。だがチシロの言うと通り、先に言及したのは彼の方。けれども彼は、言葉を濁している。ゲームとは一言も言っていない。
「通りすがりに何の話か分からないように話してくれって意味だ」
「まあいいけど……」
バレない程度なら話題にしても問題ない。そんな線引きをチシロは受け入れ、話を戻した。アスミを説得してくれたお礼を、ゲームに言及せず告げる。
「正直アスミの考えのが正しいと思ったんだ。それに、仲違いするのも避けたいし」
最初はゴールも期限も決めず、やりたいからというだけでノベルゲーム作成を始めた。アスミが加入して、そんな心構えではいつかやる気を失うかデータが消えるか、何らかの理由で徒労に終わると宣告された。直感で分かる特殊能力とのことで、何をすれば解決できるかは彼女にも分からない。
ただ、アスミの言い分が間違っていないのは、チシロもラクアも理解した。だからゴールをコンテスト応募、期限を今年の締め切りすなわち夏休みが終わるまでと定めた。
これでダラダラ続けることはなくなる。そう勢いづいた矢先に、キリンを加えて作るゲームを増やして、やることを増やした。締め切りに間に合わないと思うのも無理はない。実現できるのなら、皆がやりたいことをやって終わらせる方が良い。けれどもそれは、夢を見過ぎな考え方だ。だからアスミは反対したわけで、チシロも従うべきと迷った。
「でも自分たちだけやりたいことやって、後から入った人はお手伝いなんて、嫌じゃん。あのとき言えなかったけど」
ただそうすると、やりたいことではなく任されることしかできない。終わらせることを最優先に考えたら、最低限の作業を効率良く進めるべき。そうなると割を食うのは、後から"同期"に加わったばかりにやれることの選択肢が少ないメンバーだ。初期組も後発組も同じ扱いの方が平等で良いとチシロは思う。
チシロは思っただけで、アスミに言うのは怖かった。対立して拗れるのが嫌で、だからラクアたちに任せてしまった。
「……その通りだ。ありがとうチシロ」
ラクアは彼女の意見に納得し、気づかせてくれたお礼を言った。彼は加入したのがプログラミングに詳しいキリンだから、作るゲームを増やして大丈夫だと力説したのであって、そうでなかったら同じように言えなかったはずだ。
それこそ今月中に能力者が現れ"同期"として加わり、その人も自分のゲームを作ると言い出したとき、後押しする根拠がない。だがチシロは違う。誰であってもその人の希望を尊重したいという考え方なら、メンバーの実力は関係ない。
「これなら誰が仲間になっても大丈夫だ」
「……あ、もしかして誰が来てもいいようにチェックしてるの?」
たまたまキリンという幼馴染だったから、新メンバーとしてラクアは迷わず後押しできた。だが実力をよく知らない人だったらそうはいかない。アスミを説得するためには、加入をいち早く認識しておく方が良い。
測定器で確認しにきた彼の狙いはそれかとチシロは読んだ。だがそれは誤解で、むしろもう誰も増えないでほしいと彼は思っている。
「いや……というか逆に誰も来てほしくない。チシロはいいのか? 他の人にその……自分の欲望を知られるの」
ゲームの話を学校でしないと約束した以上、チシロが自身と兄をモデルに周囲を見返す物語を練っていることを事細かに言えない。だから言葉を濁し、知っている人にだけ伝わる言い回しをする
「俺は恥ずかしいから、もう増えないでほしくて」
「うん。……そんなの見ても変わらなくない?」
「それはそう」
チシロがどう思おうとラクアは隠したいから、情報を共有するメンバーは少ない方が安心する。ただ増えないよう頑張ることと情報をチェックすることに関連性は無い。今日はまだ大丈夫という気休め程度でしかないし、いざ現れてしまったら手遅れだ。
「……測定を来月にすればいいんだよな」
「多分。私たち四月組だし」
「壊そう。鉄の体で」
「は!?」
ラクアは着眼点を変えた。"同期"の基準はいつ能力者として登録されたか。以前から能力者だったアスミと武蔵浦春桜は、この島に来たのが今月だから彼らの仲間になった。
ということは、今月中に覚醒しても測定が来月なら、彼らのゲーム作成に加わってくることはない。行動を遅らせる方法はいくつかある。ラクアが真っ先に思いついたのは破壊。チシロの能力は自身や触れたものを鉄化させる。これで腕を重く硬くして、測定不能に故障させてしまおうと企んだ。
「来月まで使えなくすればいい」
「怒られるよ! それに他の所にもあるのに」
だが効果は薄いとチシロに指摘された。この一台を故障させたところで他校にも街中にも稼働しているから代わりに使えばいいし、怒られる割に成果を得られない。
逆に事件が騒ぎになって目立ってしまう。それでは気になって他の測定器に触れる人が増えかねない。目立つことが逆効果と気づかされたラクアは、穏便に解決する案を思いつく。
「じゃあ行くぞ」
そこで彼らは測定器から離れることにした。チシロとしても用は済んでいたから、撤退を急かされても困らなかった。
「しばらくアレには近づくな。通行人が気になって触りにくる」
「うん、分かった。どうせ私に変化無いだろうし」
人だかりができていると、何かあるのかと思ってしまう。つまり変化を気にして頻繁に確認していると人目につきやすくなり、普段以上に生徒が測定に来てしまう。検知のタイミングも早めてしまうから、気にしていることが却って仲間を増やす結果に誘導してしまうのだ。
気休めを図っての行動が裏目に出ることになる。そこに気づいたラクアはただちに離れ、今月中は近づくなと注意を促した。
能力が進化してランクが昇格したか、自覚はなくても測定すれば分かるのではないか気になるチシロも、期待は薄いと自覚している。加えてラクアの頼みもあるのでもう気にしないことにした。
そしてラクアは、元々測定器への用が済んだら移動しつつ触れるつもりだった話題に移す。
「俺は今のチシロでもいいと思うぜ。Bの中で一位じゃん」
「まあね。ランクとか何でもいいから、早くなってほしいと思ってたから」
そもそも能力が覚醒すること自体が珍しい。だからランクや序列にコンプレックスを抱かなくてもいいとラクアは思う。彼自身は何もしなくてもいきなり最高級の評価を出されたから、チシロの気持ちを理解できるとは言えない。
ただ彼女は、半年前にワタルが能力者になってから今月の春休みに彼女もそうなるまで、長い辛抱だった。彼が先になって他校生との交流が増え、その二ヶ月後にはトモエという同格のライバルに燃えて。
無能力者の自分は彼の世界から消えてしまうのではとチシロは不安だった。だからランクが何であれ、ようやく彼と同じステージに立てたことに満足している。
そんな彼女の本心にラクアは安堵し、その喜びを忘れないでほしいと願った。心無い者が彼女とワタルをきょうだいとして比較し、兄に比べて低いと罵るような事態は未然に防ぎたい。もっとも、そう言う輩は能力者ですらないから、ただの負け惜しみだと聞き流しても平気だ。
そういう意味でも、部外者が能力者の情報を目にする機会を増やさないことは効果的に思えた。今日みたいに測定器に触れていると、気になって眺めて能力者一覧を目にして、苗字の同じ二人のランク差に気づきかねない。
気づいてどう感じるかは人それぞれだが、気づかせる機会を減らしておくことが最大の対策になる。こういう問題の方がよっぽど手遅れになると後悔する。ワタルに頼まれたことをどう実践できるのか最初は曖昧だったが、今はそれができていると実感できた。気配りではなく、行動が招く事態をケアするようにという意味だったのだ。




