5話 兄を救う一手
ノベルゲーム作成、今のステップはゲームの世界観を考える段階。三郷楽阿は考えたので、次は水天宮千城と武蔵浦春桜の番だ。ラクアは主人公を自分にする気で物語を考えたばかりに、初恋の記憶を言語化することを強いられて恥ずかしい思いをした。二人もこれから同じ苦しみを味わわせてやれると思うと胸が高鳴る。
そして二人の話し合いの結果、先行はチシロが貰った。その前にまず、彼女が選んだ感情、プレイヤーがゲームから得られる感情を振り返る。
「チシロはスカッとする作品にしたいのよね」
「うん。私とワタルに酷いこと言った連中を見返してやるの」
水天宮渡はチシロと同い年の実の兄。彼女が異性として好意を抱く相手だ。
「兄妹で結婚したいって夢のこと?」
「それもそうだけど、きっかけは別なんだ」
「話してやれよ。メモは俺がやる」
チシロは禁断の恋をしている。自己紹介でそう聞いたサクラは、まだ彼女の過去をよく知らない。一方ラクアは幼馴染として知っているので、聞きながら世界観を文字起こしする余力がある。だからチシロには説明に専念するよう促した。
「最初はそんなことなかったんだ。ワタルはお兄ちゃんで、それ以上の感情はなくて、周りにも普通のきょうだいって見られてて。でも、年子の意味を知ったあたりから変な噂が広まって……」
「確かに珍しいよね」
何を隠そう、サクラも年子の姉だった。自分たちが希少な存在ということは、彼女もよく分かる。
「兄を産んだ後にすぐ妹を……それは女の子が欲しかったからじゃないかって。ワタルは望まれなかったんだって」
「酷い話……え、あなたたちの地域、治安悪いの?」
さっきのラクアの思い出話にも、女児をぶつ男児が出てきた。島に来たばかりでよく知らないサクラは、二人が住むこと地域の問題か、あるいは島全体の問題か心配になった。
「俺たちは温厚だ。周りは知らんが」
「能力者は多いけど、そうなる前からの話だもんね」
この街の特徴といえば、同学年の特殊能力者が多いこと。ちょうど一年前から能力が目覚める人が現れて、以降毎月覚醒して今は三十四人。そのうち十三人が同じ中学校に所属している。ラクア、チシロもその一員なのだ。だが問題の話は覚醒以前、小学生の頃の出来事で、能力とは無関係と彼らは考える。
「ごめんねチシロ、話遮って」
「じゃあ続けるね。私のせいでお兄ちゃんは苦しんでいるから、色々考えて……双子を演じればいいって分かったの」
「そうか、双子ならよくあるし」
同学年のきょうだいでも、双子にそういうイメージは無い。一緒に生まれたのなら、第一子に不満があったとは思われない。それが兄を救う一手になると考えたチシロは、双子のきょうだいになりきった。しかし誕生して八ヶ月の差を埋めることはできない。だから錯覚させることしかできないが、それでも実践した。
「そこでお兄ちゃんから呼び捨てに変えたんだ。そしたら、なんか目覚めて」
「ああそれ分かる! 呼び方変えると関係も変わったんだなって」
サクラはチシロに共感した。親しくなったり特別な仲になったりすると、呼称を変えてと望む展開はある。そしていざ口にすると、そういう関係になったのを改めて実感する。逆に何も変化がなくても呼称を変えるだけで自分の何かが壊れた感覚に襲われる。前触れなく違う呼び方をされるとドキッとするが、呼ぶ方もまたゾクゾクする。それが目覚めてはいけない感情なら、なおさら昂ってしまう。
一方、関係も呼称も前進しなかったラクアは疎外感を味わいながら淡々とメモをとる。
「それから私の態度は変わって、周りにもそう見られるようになって……今度は私が色々言われた」
「そっか……まあ」
言いたくなる気持ちは分かる、と言いかけたところでサクラは思い留まり、チシロのためを思って飲み込んだ。そしてこの後の展開も読める。ワタルに怒られたのだと。
「善意が裏目に出ることもあるよね。それが取り返しのつかないことになることも」
チシロは兄のために行動したが、思わぬ方向に進んだ。結果それは彼を救うことにならず、関係も悪化してしまった。実話だから気の毒だが、フィクションと思えば心を揺さぶられる。そしてこれはチシロが呼び方を元に戻し、芽生えてしまった感情を殺してやり直せる問題ではない。
「だからってワタルは私を受け入れようとはしなかった。でも私は諦めない。ゲームを作るのだって、野望のために必要な……」
チシロの目は本気だ。兄と結婚する夢は諦めておらず、叶えるためなら法律に歯向かうことを厭わない。そしてゲーム作成にも本気だ。画面にチラつくラクアのメモで、彼女は今の主題がゲームだと思い出す。
「ああ、つい熱入っちゃった。何決めるんだっけ」
「世界観。どこどこを舞台にしたスカッとするまるまるもの」
ラクアは結論を穴埋め形式で記述した。舞台とジャンルを解説動画の一例から選択すればいい。彼の場合は、卒業式の日を始まりに現実の春休みを舞台にした恋愛もの、だ。
その後はトゥルーエンド、つまりこのノベルゲームにおいて、プレイヤーの理想とは違う、作品としてまとまりの良いグッドエンドを考える。
「舞台ってか時期だな。俺は卒業式の後だけど」
「うーん……」
舞台の一例は現実かファンタジー世界、未来などがあり、選択するなら現実一択だ。だがそれはラクアの作品と同じ。違いを明確にするには、物語の主軸をいつにするか決める方がいい。
「思春期が良いと思う。イライラしやすい時期ほどスカッと求めるし」
「そうか……じゃあ中学生で」
「待って俺も中学生にする」
チシロ自身、年子と意識されたのも、それに対抗したせいで兄を異性と意識し始めたのも小学生の頃の話だ。それから今に至るまでを描くには期間が長い。そこで始まりの時期を改変することにした。今より少し前で、周囲への反感が強まる時期とも重なる時期に。
小学校卒業後を選択したラクアの作品とも差別化できて良い案だと思った矢先、彼は変えて被せてきた。
「中学校の卒業式ってことにする。だってほら、ラノベ読者層だって小学生よか中高生だ」
「確かにターゲット層の意識って大事ね。うん、それ良いと思う」
ラクアは今の自分の気持ちを乗せて書きたいと思い、設定を現実に合わせず三年後にスライドさせた。そして咄嗟に、プレイヤーの年齢層に合っているという言い訳も思いついた。するとサクラたちは納得し、これから決める彼女もメインは中学生の話にしようと考えた。
「じゃあ決定。私の世界観は、現実の中学校生活を舞台にしたスカッともの、で」
「ラクアと違うのは季節が関係ないことかな。それは後で決めてもいいよね」
「それと出てくるキャラも多いぞ。学校だし、敵役が居るし」
ラクアのように春休みと特定する必然性はない。だから書くうちに、良い時期が見つかればそれを選択すればいいという融通が利く。
逆にネックな点はジャンルの違いによる登場人物の数。スカッとするにはイライラさせてくる相手役が必要。一方ラクアの恋愛ものは極論主人公とヒロインで事足りる。
「敵役……オーケー」
「おいまさか」
敵役と聞いてチシロの頭を過ったのは戸塚智絵。二ヶ月前にワタルに次ぐSランク能力者になった他校の女子にして、チシロが目の敵にしている相手だ。ワタルとトモエはライバル関係だが、彼に何かと絡んでくる彼女がチシロは気に入らない。そこで自分の作るゲームに、やられ役として出そうと目論んだのだ。
「出来上がったらマジでスカッとするんだろうなぁ……」
「バレたときが怖いんだが」
「そんなの気にしないよ」
そもそもワタルをモデルにすることは決定事項なのでチシロはモデルを増やすことに迷いがない。ラクアは"同期"の課外活動として始めたことを聞かれたら、詳細はぼかそうと思った。
「トゥルーエンドも決めちゃう? ハッピーエンドとの違いとか」
世界観を決める段階だが、さっきラクアは流れで次の段階まで行った。それがトゥルーエンド。ゲーム作成者が、作品的にしっくりくる真実のグッドエンドだ。ラクアの場合は告白成功が理想のハッピーエンドで、キスまで行くのが真実のトゥルーエンド。
「理想の方は、年子への偏見を無くすことかな」
「だな。メインはそこだし、くっつかない方がウケはいいだろう」
同い年のきょうだいであることが物語の起点だから、結末はそうあるべきだとラクアは思う。普通に結ばれるだけなら学年の違うきょうだいでもできるし、そういう作品はある。個性を出すなら歳の差がないことを活かすと良い。アブノーマルな恋愛を求める層は少ないから、多くの理想に沿うのは元の関係に戻り、周りとも和解することだ。
何よりそこがゴールなら、物語も長期間にならない。
「で、トゥルーエンドはそれぞれが好きな人と出会うのはどう?」
「おー、それならキャラに意味がある」
サクラの提案にラクアは賛同する。年子への悪評を払拭したらチシロがワタルに固執する理由はなくなり、お互い自由に恋愛できる。その相手も、途中に出た敵役を使い回せば楽だ。
「やだやだやだやだ! ワタルと結婚したい」
「大丈夫、そのうち慣れる」
ラクアは今のチシロの願望を応援したい気はない。だがこのゲーム作成を機にワタルへの意識が変わって普通のきょうだいになったら、それは良いことだと思う。彼女自身は苦しいかもしれないが、彼女のためであり、ゲームのためには乗り越えるべきだ。自己紹介で宣言していた、兄と結婚する夢はここで諦めさせる。
「はい決まり! 保存保存保存」
「まあ途中までなら多少自由にやっていいから、ね」
ラクアはチシロに荒らされる前にメモを保存しては書き足し、入念にデータを残す。サクラは彼女を押さえつつ、結婚とまではいかなくともデート回くらいはあっても大丈夫と考え、それで我慢するよう説得を試みる。
「俺だって恥ずかしさを我慢して書くって決めたんだ。お前も苦しめ」
「そんなぁ……私の夢が」
それにチシロだけが苦しむわけではない。ラクアも自分をモデルに知らない恋愛の世界を書くべきと背中を押されて覚悟を決めた。そしてそうせざるを得なくなった原因はチシロとサクラが他人事のようにアイディアを編み出したことにある。
責任を取るべきなのはお互い様。苦しみを分かち合いながら乗り越えるのだと励ました。チシロの抗議も空しく、彼女が作成するノベルゲームの世界観は同い年中学生きょうだいが年子の悪いイメージに抗うスカッと系の学園もの。ハッピーエンドは悪印象の払拭と周囲との和解で、トゥルーエンドはその先をきょうだいそれぞれ違う道を歩むこと。
箇条書きしてラクアはふと気づいた。
「これきょうだい恋愛が邪魔だな。普通に年子問題が主軸でよくね?」
「確かに、余計な問題生むだけかも……」
元は先に産まれた兄が、娘であってほしかったからすぐ第二子を産む準備をした、というレッテルを貼られるところから始まった物語であり、だったら双子っぽく振る舞おうとして妹が兄を名前呼びしたら恋人同士になりたくなったという展開は、オマケ要素になる。いっそ無くしても物語は成立するくらいだ。ただ無くていいだけであって、あると困るものでもない。
「まあいいんじゃない? バッドエンドのネタになるし」
「そうだな」
そこでサクラが閃いたのは、バッドエンドの一つに繋げることだった。ノベルゲームにはトゥルー、ハッピーの二種類のグッドエンドとは別に、バッドエンドがある。アドベンチャーゲームにおけるゲームオーバーと違うのは、迎えたときに途中からやり直せないこと。バッドエンドとして用意した結末に辿り着いたという意味で、一種のゲームクリアと言える。
そんなバッドエンドに繋がる要因として、兄に恋する妹という展開を消さないのは面白くなる、とサクラたちは考え、残すことにした。
「禁断の恋のバッドエンド……はぁ、楽しみぃ」
「私の夢が……」
もはや二つのグッドエンド以上に、そのバッドエンドが完成したらぜひシナリオを読んでみたいと胸躍るサクラの裏で、チシロは自分の夢はバッドエンドと解釈され酷く落ち込んでいた。しかしそのとき決意した。この作品を世に出した暁には、このバッドエンドに異議を唱える人が湧くような展開を書く。それをきっかけにきょうだい恋愛への意識に一石を投じ、ゆくゆくは法律まで変えてみせると決意を抱いた。彼女の夢は、まだ折れていない。