4話 あのときと同じ味
ノベルゲーム作成、今のステップはプレイヤーに体験させたい感情を考えた段階。次に考えるは世界観。どこどこを舞台にしたまるまるもの、という感じで、解説動画の一例を組み合わせるか自分で考える。そしたら登場人物作りだが、彼らはもう決めてある。それぞれのゲームの主人公は、自分がモデルだと。
「ラクアの好きな人、どんな人?」
三郷楽阿は迫られる。彼は自分が主人公の恋愛ものに決めたばかりに、ヒロインすなわち彼がリアルで好きな異性がいることがバレてしまった。問い出す武蔵浦春桜は島に来たばかりなので名前だけ教えてもらってもきっと分からない。ラクアとは特殊能力者になった時期が同じ"同期"なだけで、離れた街に暮らしているため彼の周囲は知らない。だから特徴や思い出を聞きたい。他言しないことを条件に迫っている。
「ちょうど世界観決めるところだったしな。あれは俺が小学生の頃……」
ラクアは抵抗を諦めた。逃げたとて水天宮千城から情報が渡るのは時間の問題。むしろ他人から語られると誤解されかねない。彼はノベルゲーム作成のためと割り切り、好意を抱いたきっかけから話すと決めた。
「公園で見たんだ。男子たちに殴られてるその子を」
「酷い! いじめ?」
「いや、まあ……その子が持ってたお菓子が不味かったから」
その子、美南哀月は一人で公園にいた。手にはフルーツ飴の缶。辺りを見渡し可愛い女の子を見つけたら、その子に合う味の飴を舐めていた。その子がアイリに見られているのを怖がり兄とその友達に相談したところ、男子たちがやってきて缶を横取りした。味見したら吐き出し、よくもこんなものを食わせたなと怒り、叩かれるアイリの悲鳴に気づいた所が、ラクアの思い出の最初の一ページ。
「可哀想だし、ムカついた俺はそいつらをぶん殴ってやった。反撃されたけど勝った。で、よその小学校だったからか、それっきりで済んだんだが」
「へー、強いのね。確かに体つき良いよね」
それからラクアは暴力行為に及んだ。嫌がらせをする彼らに制裁を下し、気が済んだ。以降は学校で会うこともトラブルもなく、よその児童だと捉えて、殴ったのはもう過ぎたことだと割り切った。
そして彼は返り討ちにされることなく、きっちり成敗した。その度胸と強さにサクラは感心しつつ、彼の筋肉に注目した。いざ意識すると、なかなかがっしりとしている。
「ブチギレたら逃げてね」
「しねえよ! ……多分」
幼馴染ゆえラクアが衝動的になるのを何度も目撃しているチシロは、サクラに忠告する。だがラクアはそんな真似しないと言い張る。ただ前科があるだけに自信ありとは言えない。それに今もプログラミング中に想定通りの挙動にならず一人で画面に向かってキレ散らかしているので、内面は変わっていない自覚がある。
「まあ停学になれば時間いっぱいできるから」
「しねえよそんなこと!」
「これいつまでとかないしね。後で考えてみようか」
チシロは冗談で言ったがラクアはそんな最終手段に走るなど言語道断と言い返す。そうなるくらいなら締切を延ばすし、そもそも現状この"同活"に完成以外の目標は無いので期日も何もないが、決めずにダラダラ進めるのも面白くない。
ノベルゲームを理解して、自分たちのやることが見えてきたら、スケジュール調整だ。
「今考えようぜ」
「続けて?」
だったら理解を進めようとするラクアを、サクラは逃がさない。彼の好きな人の話は、いじめっ子を追い払ったところで止まっている。話題のシフトに失敗したラクアは舌打ちし、諦めて回想を再開した。
「お菓子は拾ってやった。箱は返して、落ちた中身は俺が食った」
「食べたの!?」
「美味しいのに、って言ってたから……多分あいつら、不味いって言ったみたいで」
ラクアは缶を拾った。まだ中身はあり、取出口が砂に接地してなさそうなので返そうとした。出して飴に砂が付いていたら、残念だが蟻のエサ行きだろう。ただアイリは缶を受け取っても泣いており、好きな味を拒絶されたことを気にして呟いていた。そこで彼は落ちた飴を食べた。砂くらいどうってことないと思ったが、ハッカ味が主張して彼は未知の味に驚愕した。不味いと声に出そうだが、それでは奴らの仲間。頑張って舐めて飲み込み、味を褒めた。
「本当は不味かったけど、おいしいって言った」
「わぁ、カッコいいよ」
「そしたらもう一つくれたんだ」
「うわ」
思ってもないことを口にしたが、アイリは笑って缶から飴を差し出した。彼女なりの善意で、砂の付いていない純粋な味を伝えようとしたのだ。サクラはラクアの振る舞いを褒めたが、直後に同情した。
「まあ食べたよ。もう一回美味しいって言ったんだけど」
ラクアは仕方なくもう一つ食べたが、むしろ砂付きの方がマシに思えた。それでも美味しいと答える他はなく、笑って返した。すると彼女も笑い、そのとき彼は恋に落ちた。
「喜ぶ顔に俺は、恋をした」
「え、逆じゃない?」
「そう思うでしょ!?」
そこはアイリがヒーローのようなラクアに恋する流れじゃないのかとサクラはツッコむ。かつて話を聞いたチシロも当時同じことを思ったので、サクラに共感した。ただラクアの恋にまつわる過去話として始まった回想だから、彼が恋に落ちるオチになるのは当然のことだ。
「その子とは学校で再会して、実は同級生だと知って……それからずっと俺の片想いだ」
「そうなんだ……もしかして、もう好きな人いたとか? その子に」
「いや、そんなことはない……けど……」
アイリに好きな男子がいるのならラクアに惚れない理由も分かるが、その線はないと彼は否定する。校内でそういう情報は無いまま卒業式を迎えたから。だが問題はその日だ。
「卒業式、ラブレター貰ってたみたい。それっぽい封筒が下駄箱に置かれていた」
卒業式に貰った手紙が恋文で、ラクアも知らない送り主と交際を始めている可能性はある。そう疑われる情報が回ってきたわけではないが、かといって否定する判断材料もない。
「へー……ラクアは? コクらなかったの?」
「だって違う中学行ったし」
サクラは尋ねた。ラブレターらしき存在を知っててなぜ、片想いのままなのか。そしてラクアは答える。中学校で離れ離れになると分かっていたから、想いを秘めたままにしたと。だがその選択に彼は未練がある。だからこのゲーム作成の題材に、自分たちをモデルとする物語を選択したのだ。
「そうなの!? 取られちゃうよ」
「女子校だし」
「ああ……だからついていかなかったのね」
中学校は別々と聞いて新たな出会いをサクラは危惧したが、アイリの進学先は私立の女子校なので大丈夫だとラクアは考える。皆勉強や部活に励み、異性と関わる機会はほとんどないと想像して、まだ取られてはいないと希望を抱いている。
そう聞いてサクラは納得した。なぜラクアが彼女を追いかけなかったのか、それは性別的に不可能だったからだと。
「で、その未練をゲームで断ち切ろうと」
「まあ、そう。絶対本人には内緒だぞ!」
「なんで?」
「俺が死にたくなるからだ」
ラクアはチシロに忠告する。アイリと面識のないサクラはともかく、小学校が一緒だった彼女はチャットで繋がっていてもおかしくない。この計画が本人の耳に入ろうものなら、彼は死を覚悟する。
「死ぬなんて言うのは駄目よ」
「喩えの話だ」
「じゃあ言っちゃお」
「おいマジでやめろ」
万が一バレたとて首を吊る覚悟なんてできていないが、内緒でモデルにゲームを作り、恋愛をさせているなんて知られたときを想像すると、罪悪感に潰されそうになる。
「だからまあ、その卒業式の日を始まりに現実の春休みを舞台にした恋愛もの……って世界観で作ろうと思う」
ノベルゲーム作成。ラクアはこの失恋を、違った選択から始まる真実のトゥルーエンドへと向かわせる。それが自分の目標だとラクアは宣言し、今言った世界観をキーボードで打ち込む。これで季節と主要キャラクターが固まって、作品のイメージが明確になった。この先で考える、背景や容姿、服装の方向性も見えた。
ただ、それはあくまでも物語開始時点のことだ。ゴールは決まっていない。
「エンディングは? どこまでいく?」
「確かに。告白とか結婚とか色々あるよね」
「けっ、結婚!?」
恋愛成就してエンディングか、交際してからも描写するか、はたまた年月をすっ飛ばして結婚式を描くか。恋愛ものという括りで見ても、漫画やドラマの作品ごとに結末は様々だ。
だがラクアは告白の先を想像したことがなく、激しく動揺した。そして今想像する。何年も先、成長したアイリのウェディングドレス姿を。
「……固まっちゃった」
「その様子だと告白が限度ね。まあ初挑戦だし、短い方がいいでしょ。 ……もしもーし」
チシロは兄との結婚を何度も想像したことがあるので、ウブなラクアに呆れる。サクラは彼にはまだ早いと捉え、ゲーム作成の面でもシナリオが長いと大変ということから、彼の物語は告白成功をゴールにするのが望ましいと考えた。それでいいか彼に確認するために、現実に戻ってくるよう呼びかける。
「そ、そうだな。告白がゴールで、それまでにあれこれする展開で……」
「短くない? あ、でも周回プレイ向きか」
とはいえ告白がゴールならすぐ終わってしまう。面と向かって言うだけなのと、それで成功するかは本人の意思ではなくゲームで設定できる。だがそう簡単にはいかないのが真実であり現実。ラクアは卒業式の日に迷ったいくつもの選択を、ゲームに反映させて成功への道を探る。
それだけできっと物語になる。それにノベルゲームの醍醐味は一度のクリアだけではない。選択を変えたらどんな結末が待っているか探ることだから、エンディングまでが短い方が何度もやることに適している。
ノベルゲームは小説と異なり文章を前から順に読まない。選択肢に応じた段落へと進み、読まずに終える文章がある。ノベルゲームにおける充実したボリュームとは、読み終えるまで通る段落数や文章の長さだけではない。通るパターンの多さだ。一周が短いゲームでも、繰り返し楽しめれば、それは良いゲーム。
だから告白までの短い物語で十分。そうラクアが逃げられる流れをぶった切ったのは、サクラの興味本位の閃きだった。
「でもさ、キスシーンであのときと同じ味がしたって書いたら……綺麗じゃない?」
「それ良い! ナイスアイディア!」
飴を美味しいと言ったのが恋の始まりで、その飴が好物のヒロインとのキスでその飴と同じ匂いを感じられるのではないか。そんな発想からサクラはキスまでやるよう提案する。チシロも賛同し、ラクアは青ざめる。他人事と思って好き放題言って盛り上がる女子たちにムカついた。
「書けるかそんなもん!」
「でも始まりを考えるとこれ以上ない終わり方よ」
「うんうん。それに、こんなのラクアにしか書けない」
真新しい描写だし、こんな展開を読んだら悶絶する。そんなチシロたちだからこそ、ボツにするのはもったいないと主張する。
「俺にしか……」
「そう、トゥルーエンドってやつ。普通に告白できたら、それはハッピーエンドでさ」
「それ良い! 一見クリアだけど、もっといい結末が隠れている感じ」
もう二人は止まらない。仮にラクアが別の提案をしても、それはもう一つのグッドエンドに回される。ノベルゲームには三つのエンディングがある。バッドエンドとグッドエンド、そしてトゥルーエンドだ。グッドエンドはプレイヤーの望む理想の結末で、トゥルーエンドは物語的におさまりの良い真実の結末。
つまり良い終わり方は二つあってよくて、どっちかを捨てる必要はない。ラクアはキスを描くグッドエンドから逃れることができなかった。
「……分かった。その二つで」
「頑張ってね。出来上がったら読ませて」
「なるべく具体的にしてほしいなぁ。実際に体験したとかで」
「うるさいお前らも作るんだよ」
トゥルーエンドのシナリオを読ませてほしいと願い、その描写に期待していると茶化された。それまでに本当にキスをして、明確な表現を文章化するようせがまれている。
そんなの無理だと叫びたいラクアは、人のことで盛り上がってないで各々の世界観を考えるよう呼びかける。実際今はノベルゲームの世界観を考える段階で、ラクアが終えただけ。今度はチシロとサクラの番だ。
「やるけど、今のちゃんと保存しとこう」
「そうそう、今のうちに……」
だが次の話をしているうちにラクアの作品のアイディアが記憶から飛んでしまうのはもったいない。彼にメモを残すのを優先させ、一理あるため彼は反論できず、出し合った意見を箇条書きに打ち込んでいく。
「そういえば、始まりが卒業式なら出会いはどうしよう。あれがないと飴のことが」
「回想でいいんじゃない。出会いから卒業式まで長いけどロクに進展しないしからこうなったんだし」
「そうね。じゃあその方向でいきましょう」
推敲中に湧いた疑問にラクアは刺された。卒業式以前に告白するタイミングを彼はふいにしていた。同じクラスになったり、修学旅行で一緒の班になったり。関わる機会はあれども、一歩踏み出すことはできなかった自分を責めた。
そしてアイディアいひとしきり出し尽くしたらファイルを保存し、一段落ついた。
「いやあ楽しいね。こうして意見出し合って固めていくの」
「二人も自分の番になったら思い知るといいさ。どれだけ恥ずかしいかをな」
浮かれ気分でいられるのは今のうちだ、とラクアは悪い顔をする。次はチシロたちが、思い出と目的を語りつつ、舞台やジャンルなどの面から世界観を明確にしていく番だ。彼は散々いじられた分、たっぷり仕返しをしてやろうと意気込んだ。