3話 理想と真実
ノベルゲーム作成に向けて、三人のパソコンのセットアップは完了した。これで帰宅した後でも、自分の作業をしたりチャットで共有できたり、やりとりが楽になる。
「まだ時間あるし、動画観てみる?」
「いいよ。せっかく集まってるんだし意見交換だ」
「そうだな。チャットの動作テストも兼ねて」
プログラミングで入門向けゲームを自作したことがある三郷楽阿以外は素人の三人が、物語を書きたいことを動機に"同期"で始めたのがノベルゲーム作成。準備ができても何から手をつけていいか悩む彼らは、後でも観られる解説動画を今観て、一緒にいる今だからできる話し合いに繋げてみることにした。
ラクアは後を見据え、セットアップの確認として全員が自宅にいるつもりでの視聴を提案した。チャットルームで誰かがパソコンの画面を表示し、他の二人にも見えるかのテストだ。
「じゃ画面共有する」
「見えた」
「聞こえた」
ラクアは試しに無関係の動画を再生し、映像や音声が二人のパソコンから出力されていることを確認した。そしてさっき共有した解説動画のURLを選択し、本題に入ろうとした矢先、ロード中に画面に映った、彼がよく観る動画を二人は見逃さなかった。
「……ラクアそういうの観てるんだ。ブラック企業体験談チャンネル」
「い、いいだろ別に」
サムネイルは動物の絵や写真に、残業時間やパワハラ会話の文字、かわいさとおぞましさが共存した独特な一枚で、動画の中身は社会人の辛い体験談。ラクアは日頃から視聴しているばかりに、動画ツールを起動したホーム画面にオススメとして表示されたのだ。
画面共有すると、時折こういった事故が起こる。だが恥を晒すことはなくてよかったと彼は安堵した。
そしてCMが終わり動画が再生される。まずはノベルゲームが何たるか、説明が流れた。
ノベル、つまり小説のゲームではなく、小説のようなゲームのこと。小説は前から後ろに順に読んでいく一方で、ノベルゲームは作中の選択肢によって途中を飛ばしたり戻ったりする。小説として書くなら、段落に番号を振り、読む途中で選択肢が出る。選んだ先の番号に飛ぶ。指示に従うと飛ばす段落が出て、無視して前から順に全部読むと話は繋がらない。
段落の番号といえば、小学校の国語の授業を思い出す。最初に番号を書き込んで、説明や音読の際に番号で指示があった。ラクアは小学生の自分と、同じクラスだった好きな子を思い出し、未練で呻いた。
「え、何!?」
「気にしないで。いつもの発作だから」
段落に番号と聞いて小学校の頃を想起したのは水天宮千城も同じだった。そしてラクアの今みたいな奇行は何度も見ている。動機もきっかけも分かっているから大丈夫と確信し、放っておいていいと武蔵浦春桜に告げた。
話を戻すと、重要なのは物語に番号を振ることではなく、読み方が一本道ではないこと。だからどこを読むか、どの順に読むかなど読み方は人それぞれだし、同じ人がもう一回今度は違う選択で進めても一度目とは違う物語に辿り着く。これが小説のようなゲームと称される所以。そしていわゆる周回プレイが、このノベルゲームの醍醐味なのだ。
次に、ノベルゲームは正解探しではない、と説明された。確かに他ジャンルのゲームと同じくゲームオーバーは存在する。だがこのゲームにおけるそれは、そういう結末に辿り着いたことを指す。ラクアが家で遊んでいるような、バトルに負けても勝つまで再挑戦することはなく、バッドエンドを迎えて物語が終わる。そのバッドエンドもまた、ゲーム作成者が用意した結末の一つなのだ。
なぜならその結末に辿り着くのはゲームのテクニックやステータスが足りないからではない。プレイヤーがゲーム内の主人公になりきって判断し選択したから、相応の結末が待っている。
まるで現実のようだ、とラクアは憂いだ。あのとき勇気を出せず、行動しない選択をした。その結果が今の自分。クラスメイトの距離にいながら告白できず、学校が離れ疎遠になった今の。
そしていくつもの結末は、たった一つのグッドエンドといくつものバッドエンドで成り立つとは限らないと説明された。グッドエンドは二つある。作品としての真実の結末と、プレイヤーが望む理想の結末。これは漫画やドラマ、映画ではできない。なぜなら客が物語に干渉できず、作者が選んだ一つのグッドエンドだけが待っているから。これもまたノベルゲームの醍醐味。
違う選択と結末を望んでいた客に、もしそうしていたらの世界を見せられるゲーム。それがグッドエンドを複数用意するということ。
そしてここで動画の解説が終わる。最後に表示された文章は、なんと選択肢。理想と真実、どちらを書きたいか。それによって次に再生を勧められる動画の番号が違う。
「凄えな、同じ解説動画でも見る順番で違いができるのか」
「あー、それでチャプター数が多いんだ」
「きっと全部は観なくていいのね。作りやすさとか面白さとか、自分が何を優先したいかでルートが変わるのよ」
この解説動画そのものが、ノベルゲームを意識した構成をしている。番号が手順ではなく選択肢で、人によって観るもの得るものが変わってくるし、二周目でも判断を変えたら一周目とは違う内容を学べる。そして何が正しいとかは無い。
「どうしようか。理想と真実、結末はどっちを先に作るか」
「真実一択だ」
「決めるの早っ!?」
「ねえ、ちょっと話し合いしてみない? チャットのテストも兼ねて」
ラクアは即決した。多くの人が望むハッピーエンドより、作品に相応しいトゥルーエンドを先に作ると。サクラもチシロも選択に迷っていたので、彼の選択の早さには驚いた。
ゲーム作りの実績がある彼の判断を真似るか、自分で考えて決めるか。そもそも理想と真実とは何か。ここは一度、話し合ってみる。まだ次の動画へは進まず、チャットでのやりとりの練習をする良い機会なので、同じ部屋でも各々パソコンと向き合って始める。
「最初の大事なところだと思うし、話し合いしよう。ラクアの思う理想と真実ってどんな?」
「オッケー、画面に出すわ」
声が届く位置だが、文字でも発信する。画面は共有したまま、動画は閉じてツールを起動する。テキストエディタと表計算ツールにキーボードで文字を打って二人の画面に見せた。彼の思う二つのグッドエンドを言語化していく。すでにいくらか文字や画像が載っていた。
「さっきの動画に出ていた表のスクショ。作りやすいほど真実に、伝えやすいほど理想に近づくのが俺の考え」
「撮ってたんだ。いいかも、それ」
「これ、さっきインストールしたツールを起動しておけばすぐできるぜ」
動画視聴中、画面キャプチャツールで画像して表計算ツールに貼り付ける。これで動画を見返さなくても済む。さらに文字を書き足す。これは動画そのものにはできない、動画のコピーだからできること。ラクアが今までゲーム作成で使っていた手口だ。必要なツールはサクラたちの端末にも入れておいたから彼女らにもできることだ。使い方は彼の画面で見せながら伝える。
そして主題の、彼が真実を選択した経緯に触れる。説明の補助に映した表は、縦軸が伝えやすさ、横軸が作りやすさを示す座標。そこに彼は理想と真実という文字を付け足した。それからその右端、すなわち作りやすさマックスの線をマウスカーソルでなぞる。
「俺が主人公のゲームを作りたい。だから先に作る」
その理由は至って単純。彼が目指すのは大衆ウケではない。自分を主人公に、好きな子をヒロインにした物語を作りたい願いが、真実という名のトゥルーエンドを先に作りたい思いを生み出した。
「……確かに、やるからには気持ちよくやりたいよね。私も真実が先」
「私も。評判とか気にしない」
ノベルゲーム作成は、彼ら"同期"の課外活動。やりたいことに挑戦したいサクラは賛同し、禁断の愛とされる世間に一石を投じたいチシロも賛同した。
「でもそれって理想じゃない? 自分の」
プレイヤーの理想がハッピーエンド、作品の真実がトゥルーエンド。けれどもプレイヤーと違う理想を掲げて作った真実であり、作品の作り手の理想をトゥルーエンドにしているという見方もあることにチシロは気づく。彼女自身、書きたい物語は自分の理想だという自覚がある。
「それに自分が主人公なら現実があるわけで」
「ああああー!」
ラクアは発狂した。そうだ。彼の想定しているノベルゲームのシナリオは、過去に違う選択をした自分。それは未練のある自分にとっての理想であり、現在地が真実。
「そうだよ理想だよ。でもそれができたら苦労しねえよ」
周りは自分の理想通りにならない。それが現実と分かっているから、怖くて理想の選択ができない。その結果が真実かというと、彼はそうは思わない。
「うんうん分かる。ちょっと違ったら全然違う未来があって、それが真実ってことよね」
「そう、それ! 別に全部俺の思い通りにしたいわけじゃない」
自分の理想を詰め込まない。それが真実だ、とサクラの意見でラクアは腑に落ちた。すべてが自分の思い通りになるのなら、そこにいるのは自分ではない。自分らしく、けれども自分にできなかったことができる。その結末こそが自分の真実。彼は改めて、先に決めるのはトゥルーエンドだと決心した。
真実を先に決めると選択した三人は、その先のURLから次の解説動画を開く。次のテーマは作品のアピールポイントを決めること。ゲームに限った話ではないが、感情の動きが面白さを意味する。好きの反対は無関心とも言うが、つまらないということは感情が動かないこと。
自分たちが作るゲームは、プレイするとどんな感情が動くのか。それを決めたら作品の世界観やキャラクター、ストーリーを練っていく。
「ラクアはどんな気持ちでゲーム作ってたの?」
「いや、特に考えては……すでにあるゲームだったし」
ラクアは考えたことがなかった。自分が作ったゲームをプレイする人が、どんな気持ちになるのかを。なぜならそれらは、すでに遊んだことがあるゲームなのだから。ただ、彼は無感情だったわけではない。だんだんと完成に近づくと、達成感を得られていた。
「でも動いたら感動した。自分でもできるんだって」
「だよねっ。だって凄いことだし」
「私たちもいつか味わえるかも。その気持ち」
サクラとチシロは、これからゲームを作るなかで達成感を得られるときが来るのだろうと思うと心が躍る。
だが今重要なのは、作って楽しいかではない。遊んで楽しいかどうかだ。そして楽しむためにはどんな感情が動くのか、その一例が動画に表示される。
正義が悪を下すスカッと、ひたすらかわいい萌え、感動の涙。感情とそれを得る展開は様々。そこでラクアは思いついた。一例の表をスクリーンショットで保存して、動画を一時停止する。
「一旦この中から選んでみようぜ。決めたらチャットで」
「いいよ。なら一斉に送信しない?」
「賛成。書いたら送信前でストップね」
どんな感情を得られるゲームを作りたいか。選んでから先に進もうと提案するラクアに、チシロたちがユーモアを付け足す。彼も賛同し、キーボードで打ち込んだ。エンターキーを押すまでは、二人に文字は読まれない。
「ラクア見えてる」
「そうじゃん」
「あ、表が見えない」
だが画面共有をしていたせいで、入力画面が二人のパソコンに投影されていた。言われて気づき、共有を停止する。けれどもそれではさっきの一例も消えてしまうので、代わりに画像をチャットで送信した。
途中まで見られてしまったラクアだが、訂正はしない。書きたいものはもう決まっているから、感情も絞られる。恋愛で甘い感情を味わいたい。その一択だ。
チシロはスカッとを即決。現実の自分を否定してきた周囲への復讐心を込めて選択した。サクラは感動泣きを選択。悲しい出来事と結末が好物だから選ばない手はない。三人の準備ができたので、せーので同時に送信する。
「……割れたね」
「チシロはそれ選ぶとは思ってたけど」
「それ言ったらラクアだって」
得たい感情が分かれるのはラクアとチシロの想定内。長い付き合いゆえ、お互い何を選択するか予想した通りだったからだ。
「自分が主人公で、恋愛……もしかしてラクア、好きな人がいるの!?」
一方で島に来たばかりのサクラは彼らのことをあまり知らない。チシロのスカッとも気になるが、ラクアの恋愛感情に興味がある。加えてさっき彼は、自分を主人公にしたゲームを作りたいからトゥルーエンドを先に作ると言っていた。つまり恋愛相手にモデルがいるわけで、ぜひ聞きたいと思った。
「さ、さあな」
「"同期"のよしみで教えてよ。誰にも言わないからっ」
「……分かったよ。企業秘密な」
ラクアは少し迷ったが、好きになった過去を明かすと決めた。一緒にノベルゲームを作るうえで、共有した方がシナリオを考えやすい利点がある。課外活動のメンバーに、業務目的で連携するために打ち明けるのだと正当化し、決心した。